勝利は苦労を愛する
「ようやくこれで落ち着いて話ができるな。貴様らも楽にしてよい」
ほっと一息、椅子に深く腰掛ける。
家臣たちも私に言われた通り、立ち上がる。
「父が死んでからというもの私は部屋で泣きはらしていたわけではない」
家臣たちの前に書類の束をいくつか放り投げる。
父は私にとっては唯一、家族と呼べる存在だ。
久しぶりに再会できたと思ったら人生二度目の死に分かれ、自分の死も含めて幾度も人の死というものに関わってきたが、こればっかりは慣れない。
子供らしく部屋で泣いていたい気分だったが、父の遺言もある。己に従え。この言葉を忘れずに、私は領内の状況把握に努めた。
「これは……」
「すべて、私が調べ上げたものだ」
トート伯が書類の束を一つ拾い上げて、ぺらぺらと目を通していく。
驚いた顔をしているな。
それも当然だ。ここ数日、私はこの屋敷の書庫という書庫をひっくり返し、資料という資料をかき集めて精査した。
そして、お昼寝を挟み見つつ、ここにまとめ上げたのだ。
ここにある束を読めば、領内の状況はメリーでも一目瞭然だろう。
「父が作り上げたこの領土はエイルム王国の中でも最も栄えた場所の一つだといっても過言ではない」
エイルム王国、この時代の列強国のうちの一つだ。
フレイヘルム公爵領はその最北端に位置する広大な領土だ。
二つの列強国、神聖ロートルシア皇国とスカンザール帝国と国境を接する争いの絶えない地でもある。
今から二十年以上前に終結した百年戦争。その時の武功により父はこの地を授かった。
フレイヘルム家は四大公爵家の一つで王族を起源に持つ。私も順位はかなり下になるが、王位継承権を持っている。
この地は広大で豊かだが、長く続いた戦争のせいで人口は激減し、農地は壊滅状態だった。
父の手腕とこの土地の潜在能力、そして二十年の歳月をかけてフレイヘルム公爵領はエイルム王国でも屈指の豊かな土地となった。
「しかし、まだ足りぬ」
たしかにこの土地は豊かだが、これから起こるであろう大戦争には耐えられないだろう。
「当面の目標は富国強兵だ。領地をさらに豊かにし、強い軍隊を作る」
「なぜ、そのようなことを。これ以上、拡大すれば、目を付けられます。軍拡すればなおさらでは」
トート伯の心配は最もだ。
下手に軍備を拡張すれば謀反の疑いありと言われ、国王や他に貴族に攻撃されかねない。
エイルム王国の中央からやっかまれているフレイヘルム公爵領ならばなおのことだ。
「ならばお前はどうするつもりだ。このままエイルム王のもとに屈するつもりか」
「そのようなことは」
「我々は王に屈したりなどしません」
家臣たちが口々に叫ぶ。ここにいる者たちも父と同様、この地に追いやられて、辛酸をなめさせられた。
「大きな戦がなくなって二十年、必ずまた戦争は起きるだろう。その時、果たしてエイルム王は我が領土を守るために尽力するだろうか。いや、しないだろう」
将来的には大陸全土を巻き込んだ戦争が勃発することを私は知っている。
その時、大国に挟まれたこの地が主戦場になるのは間違いない。
今のままでは、この領地を守り切ることは難しいだろう。
「私は天下を取るつもりでいる」
皆が、一葉に驚愕の表情を浮かべる。
戦争を終わらせるだけではだめだ。
考え方を根本的に考えなければならない。
真に平和な世界にするためには新たなる秩序を生み出す必要がある。
創造には破壊がつきものだ。すべての国を征服し、理想国家を建設する。
「五歳児の戯言と思うか」
普通ならばそう思うだろう。だが、私は一度、国を築いた経験者だ。この場にいる誰よりも若いが、だれよりも実戦経験豊富だ。
「いえ、そうは思いません。公爵閣下ならばできる。根拠はありません。ですが、そんな気がいたします」
皆がトート伯の言葉にうなずく。
「そうか」
今はその程度でもいい。すぐにそんなことが可能だと誰もが思うように力をつければいいだけの話だ。
「ならば、迷うな突き進め。それに策を用意していないわけではない」
口に出すだけならば簡単だが、経験者の私とて簡単なことではない。
過去に戻る前、私はクロノスとは違う別の神器に導かれて、やっただけに過ぎない。
今度は神器を従え、家臣を従え、自ら行うのだ。
「私が学園を卒業する十年後を目途に富国強兵を完成させる」
学園はこの王国の最高学府である。様々な技術、特に魔術が日夜研究されている。
エイルム王国では貴族の子供たちは必ず十二歳から十五歳までの間、王都にある王立学園で学ばなくてはならない。
他には類を見ないエイルム王国独特の珍しい制度だ。
貴族の子女たちが集められるのには大きな理由が三つある。
一つ目は人質だ。国王のお膝元である王都に貴族の子女を集めることで、貴族をけん制し、王権を強力にしている。
二つ目は婚姻だ。一つ目の理由が国王の利益であれば、これは貴族の利益だ。貴族の子女は学園にいる間に結婚相手を見つける場合が多い。自らの爵位より上の大貴族と婚姻関係を結べれば、玉の輿に乗ることができる。なので弱小貴族の子供ほど必死になる。
三つ目は外交だ。たとえ結婚しなくとも、学園で情報を集めれば、情勢に敏感になれるし、友好関係を多く築ければ後々、プラスに働く。子供たちの外交の練習の場ともなる。
だが、私が学園に通う理由は、三つとも違う。武力を蓄え、国を富ませれば、そんなことせずともすべて征服してしまえるのだから学園に通う必要はない。
それでもなぜ、私が学園に通うのか。それは私と同時期に入る連中のなかに今後の歴史を大きく左右するものが多いからだ。
この国の王族をはじめ、各国の王族の留学生、位は低くとも、とてつもない才能を秘めたもの。
王族は基本的には敵になるので調べておきたい。そして、将来とんでもない才能を開花させる者たちを私は知っている。彼らをできるだけ多く味方に引き入れたい。
私の計画においては学園はかなり重要な要素だ。
それまでに領内でできることはすべてやっておきたい。
切れる手札の数は多いに越したことはない。
戦いとは事前の準備がすべてだ。勝利は苦労を愛する。いかに周到な用意ができたかで勝利が決まる。
そのためにも最初は領内をまとめ上げねば。