表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄血令嬢戦  作者: 文屋源太郎
序章 領地改革と学園生活
2/30

己に従え

 頭の中を整理する。

  どうやら私は過去に戻ってきたらしい。

  今日は五歳の誕生日だ。

  私はこの時期、まだ、皇帝という地位にはなく、エイルム王国という国のいち公爵の令嬢にすぎない。

 

  とりあえず現状は把握した。

  まずは食事をとるため食堂に入った。


  豪華な内装、その中央にやたらと長く、巨大なテーブルとその上に並べられた銀の食器やグラスとそこに盛り付けられた食事がある。

 周りには執事や他のメイドたちが、静かにせわしなく働いている。

 そうだ。貴族の朝食とはこういうものだったな。朝からここまで豪華にする必要もなかろうに。


 懐かしいにおいだ。それになんとも香しい。

 兵士たちと同じくした戦場の泥水のようなスープとは対照的だ。

  私は皇帝という高い地位にいたが、食事は質素なものだった。

 メリーは私の横に立ち、水をグラスに注いだりと給仕をしている。


「おはようございます。父上様。お待たせいたしました」


 テーブルの中央席に陣取る父に挨拶する。

 遅くして私が生まれたために父は結構な年齢だ。

 髪は白く染まり、しわも深く刻まれている。しかし、老いを感じさせないほど体は鍛え抜かれている。

 久しぶりに見た父の顔に改めて、これが過去だと実感させられる。


 エイルム王国、フレイヘルム公爵家の現当主にして救国の英雄。

 フレイヘルム公爵家はエイルム王国の王族の血を受け継ぐ名家だ。

 エイルム王国と隣国、神聖ロートルシア皇国が争った際、若かりし父は戦況をあっという間にひっくり返し、窮地の王国を勝利へと導いた。


 その後、父は私の母となる皇国の末の皇女を向かい入れ、広大な領土を国王から授かった。

 広大な領土といっても広いだけで戦争で荒れ果て、皇国との境界線であるこの領土を押し付けられただけだった。

 戦争で輝かしい働きをしたばかりに、王に疎んじられたのだ。

 しかし、父は苦労を重ね、この領地を豊かにした。そして私が生まれた。


 当然、こんな話は幼かった私は知らなかった。父も昔の話はあまりしなかった。

 後になって他人から伝え聞いた話だが、事実だろう。 


「よいぞ。ルイーゼ」


 父は嬉しそうに答える。

 そうだ。見た目は厳ついが、父はいつも優しく。私を見ると嬉しそうにしていた。


 なにせ私は一人娘だ。母は私が生まれたときに死に、父は再婚しなかった。

 政治的な理由というのも大きかったのだろうが、母を愛していたのだろう。

 残った家族は私と父の二人だけ。父は惜しみなくその愛情を私に注いでくれた。


「どうしたのだ。今日は我がフレイヘルム家にとっても、お前にとっても、めでたい日だというのに」


 どうやら私は浮かない顔をしていたらしい。

 五歳の誕生日といえば、この王国では成人の前の大きな節目の一つだ。

 貴族では特にだが、平民の間でも子供がここまで育ったことに感謝するため盛大に祝う。 


「いえ、なんでもありません」


 だが、どうして楽しげな顔ができようか。


「それに今日はやけにしっかりしているな」


 父が指摘する。

 確かに私は見た目こそ子供だが、中身は大人だ。

 まさか、この短時間に見抜かれたのだろうか。 


「いや、お前は――――ぐっ」


 父は突然、苦しみだす。

 胸を押さえ、椅子から転げ落ちる。


「父上様!」 


 私は思わず叫ぶ。

 やはり避けられなかったか。

 時間が巻き戻ったところで止められはしない。

 歴史は繰り返すのみだ。

 父に駆け寄り、必死に回復の魔術をかけ続ける。

 息は荒く、顔も真っ青だ。


 周りの者たちも事態に気づき始め、屋敷は大混乱だ。


「父上、父上! 私はどうすれば」

「ルイ……ーゼ」


 父の大きな手が私の頬をゆっくりと撫でると力なく垂れさがる。


「早く、父上をベッドに。回復魔術を使えるものをありったけかき集めろ」


 私はものすごい剣幕で周りの者どもを叱咤する。


「はっはい。ただちに教会に連絡を」 


 そういうと何人かが屋敷を飛び出す。

 まだ回復魔術は教会の生臭坊主頼りか!

 どこにぶつけたらいいのかわからない怒りが沸々と込み上げてくる。


 私の常識よりはるかに遅れているこの時代ではもはやこれまでか。


 その日、私は目覚めぬ父の傍らで、回復魔術かけ続けた。

 

  「うぐっ」

 

  ベッドの端に頭をぶつけ目を覚ます。

  どうやら寝てしまっていたようだ。

  昔の夢を見ていた。

  といっても今からすれば未来の話になる。

  私は常に民とこの世界愛していた。

  しかし、どんなに止めようとしても、終わらせても、戦争は必ず起こった。そしてまた戦った。

  私の隣で死んだ味方の顔。私が殺した敵の顔。

  いつも夢に見る。

  深呼吸をして気分を入れ替え、目覚めぬ父の様子をみる。

 

 父が倒れてから数日後。

 私の持てる力の限りを尽くしたが、及ばず、父はいまだ目覚めない。

 メリーも私の横でぐっすり寝ている。

 つきっきりで看病する私を心配し、幼いながら助けてくれたのだ。

 後で労ってやらねばならんな。


 父の容体は安定したとはいえず、体もやせ細ってしまっている。

 私のいた時代でもこんな病気は見当がつかない。そもそも原因がわからない。

 この手の専門家ではない私はもちろん。教会から来た連中もお手上げだ。

 回復魔術を専門にする教会の連中よりも高度な医療系魔術を扱える私でも駄目だったのだから当然ではあるが。


 いまは真夜中。私も少し休もう。

 幼い体に無理をさせて魔術を使いすぎた。相当ぼろぼろのはずだ。


 そう考え、立ち上がる。案の定、ふらふらだ。

 視界はぼやけ、今にも倒れて眠ってしまいそうだ。

 メリーもゆっくりベッドで休ませてやらねば。


「――――ゼ。ルイーゼよ」


 父のかすかな呼び声に疲れは吹き飛び、目が覚める。


「父上様。お気づきになられましたか」 

「ルイーゼよ。そこにいるのか。よく見えぬ」

「ここに。ここにおります」  


 即座に駆け寄り、父の手を小さくなった両手で握りしめる。

 父は目こそ開いているが、視力はもはやないようだ。


「いや、お前はルイーゼではないな」

「なっ……」


 父の鋭い指摘に言葉を失う。


 やはり私の正体に気付いているのか。

 確かに私は父の知る幼い娘ルイーゼではない。私もルイーゼではあるが。


「ふふ。あまり父を侮るなよルイーゼ。私には見えるたくましく成長したお前の姿が」


 父のうつろな瞳は私のほうを見てはいない。しかし、何か、見えているのだろう。

 まさかとは思うが、中身が成長した私ということにも気づいているのか。


「いつ、お分かりに」    

「人の親とはそういうものだ。見てくれが変わらずとも間違うものか」


 普段あまり笑わない父が、静かに微笑む。

 ついぞ私は死ぬまで子供というものを持たなかったから分からぬが、親子の間には不思議な力が働くものなのかもしれない。


「それに引っ込み思案で恥ずかしがり屋のお前が、あんなにも堂々としているのだ。家中のものでも不思議に思うだろう」


 そうだった。私はあまり前に出ていくタイプではなかった。

 いつも通りにしていては怪しまれるのも当然だ。

 なにせ中身は歴戦の皇帝なのだからな。


「父上様。なんの因果で私が過去に来たのかわかりません。わからないのです。私は一体どうすれば」 


 父は起きたばかりだというのに耐えきれずに自分の気持ちを吐露する。

 つらかったのだ。私とてこのような大事を抱え込んでいられない。人とは弱いものだ。


「ふははは。おかしなことを言う。腹は決まっておろうに」  

「いいえ。私はまだ、何も」


 父は何がおかしいのか笑う。

 私はまだ何も導き出せてはいない。これからどうするべきなのか。どうあるべきなのか。


「運命とはままならぬものだ。しかし、運命がどうあろうとお前の望みは変わるのか」

「私の望むもの……」  


 私は常に民の幸福と世界の平和のために戦った。

 どんなに戦い傷ついても。誰に裏切られようとも。

 だが、裏切られてばかりではなかった。

 逃げ出したくなるような窮地でも私のそばを離れなかった者もいる。


 彼らは今、迫りくる災厄を知らない。

 知っているのは私だけだ。

 ここで寝息を立てて気持ちよさそうに寝ているメリーもすぐに災禍に苦しむことになる。

 もはや止めることはできないだろう。

 止められたとしてもそれは一過性のものにすぎない。

 完全に終止符を打つ必要がある。


 果たしてそれを私の手で成し遂げることができるのだろうか。

 一度は散々な目にあって失敗している。

 父が倒れたように歴史が繰り返すとしたら。


「己に従え。ルイーゼよ。それが覇道であろうとも」

「父上!」


 遺言のようにそう言い残すと父の手からは力が抜け、その目から光が消える。

 必死に回復魔術をかけるが、ついぞ蘇ることはなかった。


 涙があふれて止まらない。

 若返ったばっかりに枯れ果てていた涙が湧き出てきたようだ。


 己に従え。それが覇道であろうとも。

 父の言葉を頭の中で反芻する。

 泣きはらしたせいか、目の前を覆うどす黒い不安は吹き飛び、心は雨上がりの空のように澄み渡っている。


 私は何があろうとこの世界に平和と安寧をもたらすために戦ってきた。

 過去に戻ったことが罰であろうと関係ない。これはいい機会だ。

 望むところは何にも変わらないのだから。


「お嬢……様?」

「ああ、メリー。起きたのか」 


 目を覚ましたメリーが、おびえた様子で私を見る。


 どうしたというのだ。そんな顔をして。

 まったくままならぬな。メリーも守ってやらねばならぬというのに。


 月夜に照らされ、窓ガラスに映し出された私の目は深紅に光り輝いていた。

 その妖艶なる輝きは恐ろしくそして美しい。

 これはきっと烙印なのだろう。


「私はルイーゼ・フォン・フレイヘルム。フレイヘルム家の新しき当主だ」


 父は死んだこの時からフレイヘルム家は一人娘である私のものだ。

 私は父の後を継ぎ、フレイヘルム公爵となる


「メリー・フォン・トート。お前は私の忠実なる臣下か」


 メリーはただ黙って首を垂れる。


 私はいまだ五歳。何もしないのならば長いが、事を成すとなると残された時間はわずかだ。

 迅速に事を運ばねばならない。

 黙っていても災厄はやってくる。

 歴史が繰り返すというならば私の手で運命の歯車を回そうではないか。

 人類を次の段階へと押し進めるために。


 そのためならば、もはや手段は選ばない。

 鬼にでも悪魔にでもなろう。

 神になろうとも構うものか。


 今までの私は甘かった。

 やるならば完璧に徹底的に完膚なきまでにやってしまおう。


「はい。お嬢様。いえ、ルイーゼ様のお側を離れません」


 メリーは私より年上とは言え、まだ子供。ずいぶんと立派なものだ。

 さすがは私の一番の忠臣だ。

 私はベッドの横の壁に飾られている剣を引き抜き、メリーの首筋にあてる。

 忠誠の儀だ。これで名実ともにメリーは私の最初の臣下だ。

 剣を首からゆっくりと離す。


 この剣は代々伝わる古代の遺物、神器とされる剣だ。

 すっかりさび付いていたので、古びたガラクタだと思っていたが、どうやら本物らしい。

 並々ならぬ力を感じる。


 そうか、お前は私に力を貸そうというのか。

 私は自分の持てるすべての魔力を剣に注ぎ込む。

 その必要はない。私に従え。


 剣はドクンと脈動すると姿を変え、二つの短い剣となる。

 新品のようにさびは落ち、引き締まった刃の波紋は美しく波打っている。

 柄には三つ首の黒い龍の紋章。フレイヘルム家の紋章だ。

 紋章の横に刻まれた文字を読む。古い文字だ。

 貴様の名はクロノス、古き神々の王の名か。私にはふさわしいかもしれんな。 


 選ばれたからではない。

 次は私が選ぶのだ。

 もう、迷いは断ち切った。

 王道を行って駄目ならば、覇道を突き進もう。そこが地獄であろうとも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ