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鉄血令嬢戦  作者: 文屋源太郎
序章 領地改革と学園生活
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無知は至福だ

 窓から差し込む朝日と鳥たちのさえずりでゆっくりと目を覚ます。

 なんて、穏やかな朝なのだろう。朝目覚めて気分がいいのは久しぶりだ。

 ずいぶんと長い間、眠っていたような気がする。

 長い夢を見ていた。どんな夢だったかはまるで思い出せないが。


 むくりと起き上がる大きく背伸びする。 

 すっかり体の疲れも取れてまるで若返ったかのようだ。


 にしても、ここはどこだ。昨晩のことはまるで思い出せないが、見覚えはある。

 私は不釣り合いな可愛らしい寝間着に着替えて、ふかふかのベッドの上にいる。

 なるほど、さほど悪いことは起こっていない。

 

 手厚く歓迎されているのに悪口は言いたくない。人の趣味を悪くいうのも気がひけるが。

 ここはなんとも品のない部屋だ。

 置かれた調度品は豪華絢爛だが、それだけで調和というものがまるで取れていない。

 少なくとも私のセンスには合わない。

 単調ながらも合理性を追求した無駄のない美。それが私の望むところである。

 

 そんなことを朝からぼんやり考えていると扉をたたく音がする。


 「お嬢様。おはようございます」

 

 少女の声だ。どこか聞き覚えのある懐かしい声。

 私はこの声を知っている。だが、思い出せない。

 

 「もう起きている。入ってよい」

 

 私がそう返事をすると小さなメイドが扉の奥からひょっこり顔を出す。

 黒髪黒目の年端もいかない少女だ。


 「お嬢様。ご朝食の準備ができました。お支度を」

 「うむ。すぐ行こう」


 私の返事にメイドはどこか驚いた様子だ。

 何かおかしなことでも言っただろうか。


 「あ、あの。お手伝いします」

 「そうだな。服を選んでくれると助かる」


 どこか慌てた様子のメイドが衣装ダンスを開き、あれやこれやと服を選んでいる。


 「馬鹿な……」


 ふと目に入った姿見に映る自分の姿に驚愕する。

 深刻な事態だ。


私はルイーゼ・フォン・フレイヘルム。

巨大な帝国を四十年以上、治める皇帝だ。

つい先日まで戦場で指揮を執っていたはず。


しかし、どうだろう。

目の前に映るのは小さなメイドと同じくらいの年頃の少女。

 金色のまばゆい輝きを放つ髪。透き通った青い目。

 疑いようがない。間違えようがない。

 これは子供のころの私だ。


 「お嬢様。こちらはどうでしょう。きっとお似合いになります」


 両手に服をいっぱい抱えたメイドが笑顔で尋ねる。


 「ふはは、メリー。そんなに服は着れんぞ」


 そうだ。彼女の名はメリー。メリー・フォン・トート。

 小さなころから私のそばに仕え続けた、一番の忠臣。

 

 無邪気に笑うメリーを見ていると不思議と奥底から涙がこみあげてくる。

 いつもそばにいたのに今目の前にいるそのことだけが嬉しくてしょうがないのだ。

 熱くなった目頭を押さえ、涙をこらえる。


 「はわわ。そうですよね。じゃあ、これです。これにしましょう」


 メリーがフリルがたくさん付いたドレスを目の前に差し出す。

 そのあどけない顔に平静を取り戻す。 

 あやつが、こんなにも可愛らしい少女だったとは想像もつかん。


 にしてもこれを着るのか。

 また、こんなものを着ることになろうとは。

 

 寝間着を脱ぎ捨て、ドレスに着替える。

 ぴったりだ。私のだから当たり前か。

 それにしても動きにくい。早いところ軍服を手に入れたいところだ。


 動きやすく、汚れようが気にもならない。

 戦争が激化してからはずっとそんな格好だった。


 「メリー、今日が何日か、わかるか」


 メリーに尋ねる。

 

 どうやらこれは夢ではないらしい。

 怪しげな魔力も察知できない。ということは敵の幻術でもない。

 こうなってしまった以上、今後どうするかを考えねばなるまい。


 とすれば、まずは正確な日時だ。

 この場所は間違いなくフレイヘルム公爵邸の私の部屋。私の生家であり、幼少期はここで暮らしていた。

 さらに見た目から考えるにに私は五、六歳といったところだろうか。


 「ええ! 今日は五歳のお誕生日ですよ。寝る前はあんなに楽しみにしていたのに」


 メリーが大きな声で言う。


 一瞬、頭が回らなくなる。

 鈍器で強く頭を殴られたかのような衝撃。

 手足は震え、痺れる。


 五歳の誕生日。

 よりにもよってこの日。


 そうだ。私が忘れるはずはない。

 小さかった私はたいそう楽しみにしていた。


 この日が大きな転換点であるとも知らずに。


 あまりに残酷だ。

 これを意図してやったとしたならばあまりにも悪趣味だ。

 頭に血が上って、まとまらなくなる。


 何がどうなっているかはさっぱりわからない。

 どうしてこうなったのだ。

 何があったというのだ。

 私は少女などというものはとっくに通り越した。

 認めたくはないが、年齢で考えればそうだ。


 そうだ。私は帝国を統べる皇帝だ。 

 決してもう、公爵令嬢、ルイーゼではないはず。


 落ち着け。分析する必要がある。

 私は皇帝だったことを覚えている。

 まだ幼かった私は平和を望んだ。しかし、すべてに裏切られた。


 それから死に物狂いで戦い抜き、帝国を築いた。

 私はまだ諦めてはいなかった。人の可能性と愛を信じた。

 理想郷の完成とはほど遠いものだった。

 それでもある程度は民に安寧というものを享受させることができたはずだ。

 

 私はみなに祝福された。歓喜に打ち震えていたのを覚えている。

 しかし、それから再び争いが起こった。激戦の中で私たちは傷ついた。

 それからはぼんやりとしていてよく思い出せない。


 覚えているのは強い喪失感と失望。また、裏切られたのだろうか。

 負けたのか。戦いに敗れ、死んだ。

 私のすべてを賭しても願いは叶わず。

 胸に縛りつく、この不快感。

 どうやら気持ちの良い死に方というものをしたわけではないらしい。


 しかし、何の因果か、こうして若かりし頃に蘇った。

 もう一度戦え。そういうことなのだろうか。


 この世ならざる者ども。無作法な超越者ども。

 奴らは時を巻き戻し、やり直させるつもりなのか。

 時を巻き戻せば、うまくいくわけではない。前進せず、停滞を招くだけだ。


 それともこれは私に対する罰なのか。

 選ばれながらも何も成し遂げられなかったことへの罰。

 私の味わった悲しみをもう一度、たっぷりと堪能しろということなのか。


 「お嬢様。お嬢様。大丈夫ですか」


 メリーが私を揺らす。

 答えの出ない暗い思考から起こされ、目が覚める。

 メリーは私を心配そうな表情で見つめている。


 「なにも覚えていないのか」

 「覚えていないって何をですか」


 きょとんとした顔でメリーが私を見る。

 純真な瞳だ。一切混ざりけがなく。どこも汚れていない。

 殺したこともなければ、殺されたこともない、そんな目だ。

 

 ここに戻ってきたのは私だけなのだろうか。


 「いや、なんでもない。それより朝食を食べよう」

 「はい、では急いで準備しましょう」

 

 まだ、この世界は、少なくとも未来よりは平和だ。

 どこか遠くで誰かが、戦っていたり、飢餓に苦しんでいたりするだろう。

 だが、何も知らない幼かった私たちの世界は平和だった。

 無知は至福だ。


 せっかく取り戻したこの幸福は束の間だ。

 今日、その幸福は水泡に帰す。


 私はメリーにされるがまま身支度を整えるとメリーとともに部屋を出た。

お読みいただきありがとうございます。

感想いただけると嬉しいです。



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