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厨二病の真骨頂は転生後  作者: 琴熊
7/12

修行、そしてトラブル

 意識的に流動させたオーラを手に集約し、魔法のイメージを練って具現化する。

 ミルはこの、魔法行使第一段階をあっさりクリアした。


 早速いろんな魔法を試してみたいところだが、「いい?当分は火花魔法を集中して特訓するように!」とシュリアに釘を刺された。

 魔法の威力は集約されたオーラの量や質で決まる。


 魔法を成長させたければ、まずは魔力の操作技術の向上が必須なのだ。


 まだ魔力操作がおぼつかない状態で他の魔法にも手を出すと、どれもこれも想像をはるかに下回るガッカリな威力にしかならない。

 例えば強力な水放射魔法を使っても「それは蛇口の水ですか?(笑)」みたいなのが出るのがオチだ。


 そういうマイナス体験が植え付けられると術者の魔法イメージを変化させ、そのガッカリな威力が標準になることがある。

 つまり魔法の質を落としかねないのだ。何度も言うが魔法はイメージが大事!


 そのため、魔力操作が上手くいかない時期は気安く他の魔法には手を出さない方が得策。魔法界の常識だそうだ。


 その点でいうと、火花魔法はハナから威力も微弱な設定だから落胆を感じずに、純粋な威力向上に励める。

 魔力が上手く集約できれば、そのまま火花の勢いという形でわかりやすく可視化できるメリットもある。

 自分で魔力操作の成長を実感できる、まさに修行用に作られたような魔法なのだ。

 我ながらいいセンスしてるぜ!



 ミルの魔法創造センスはおいといて、微弱な威力の火花魔法を使うにしても、精密な魔力操作ができることが絶対条件だ。

 魔力の流動と集約に慣れないうちは、一度の魔法行使にも膨大な集中力がいる。今のミルは一度魔法として放出すると、再び魔力を練るまでにまだかなり時間がかかる状態だ。


 ミルは魔力集約のコツをつかむのに苦戦していて、かれこれ10日間は言いつけ通り基礎修行と火花魔法の練習のみを繰り返している。


 え、なに?物覚えがわるいって?そんなの簡単そうに見えるぞって!?

 じゃあやってみろよ!


 実際にやってみるとわかる、魔法を意図的に流動させる難しさ。

 人間の感覚的に例えると、血管の中の血液の流れを意図的にコントロールするくらい難しいんだ。



 て、それを平然とやってのけるシュリアの偉大さよ…

 これだけ集中力を要する技術を、高速で連発で超高精度でこなして、さらに何種類もの魔法を同時に使いこなしているのだ。

 シュリア曰く、慣れたら息をするようにできる。らしい。いやシュリアが言っても全く信じられないな。



 本当は魔力の流動をマスターするのに平均して2年はかかるそうだ。

 魔法学校に入るような才あるものでさえも1年生のうちは魔力操作の基礎練だけで終わる者も少なくないそうだ。



 それを思うと、ミルは相当な才能があり勘もいい。曲がりなりにも魔力操作を1日で体得したのだから。しかもものの10日で、それなりの成長を見せている。


 だがそんな天才ミルでも、一回の火花魔法のため魔力を準備するのにまだ1分近くかかる。

 実践に使うには、より早く、より高精度での魔力流動が必要なのだ。

 敵を前にして「魔力が溜まるのを待っててね!」とかが通用するわけがない。



 早く実践的な魔法を獲得したいミルのここ10日間の生活は、まさに修行に全てを費やしている。

 その修行バカみたいな集中力を見て、シュリアたちもやれやれと言いながら見守ってくれている。スライムは遊び相手がいなくなって、寂しそうだ。



 毎日まだ日も暗い朝の4時に起きて外で精神統一。風の音も草の香りも自らのオーラに触れる全てのものを感じ取って、魔力の流動を感じるのだ。


 7時にみんなと一緒に朝食を食べると、昼まで外で魔力集約の練習。

 それが上手くいったら火花を使って精度の確認。基本的にはその繰り返しだ。


 もちろん自分のことだけ考えているのではない。昼からはシュリアの手伝いで採集クエストに出たりする。(強制的に)


 その移動中も、周囲の魔力を意識することはやめない。継続的、日常的に魔力操作と感知の習慣を染み込ませるのがいいと、シュリアがくれた魔法教本に書いてあったのだ。


 すると驚くことに、魔力感知のスキルが高性能になっている。期待以上の成果だ。

 これにより、魔法植物や魔石を正確に感知できるようになり、効率が格段に上がった。


 クエストが終わったら再び魔力を操作する練習をし、最後にはまたシュリアに外に来てもらって魔法の成長具合を見てもらう。



 シュリアは日に日に精度が上がってると言ってくれるが、ミル的にはまだ納得するには程遠い。

 まだ戦闘には使えなさそうだ。


 とはいえ、初日の線香花火みたいな火から比べたら、10日で爆竹くらいの威力に成長した。

 噴出花火か打ち上げ花火くらいの威力になれば攻撃にも使えそうなんだけどな…

 あ、ちなみに花火に例えてることには、特に意味はないよ。



 この世界の魔法修行者の平均から見て、ミルの成長速度は異常すぎる。いや、その前に、集中力が異常というべきか…

 ミルは前世から、魔法世界に並々ならぬ憧れを抱いていた。

 その習得のため努力する自分、徐々に成長する自分、未来に大魔法使いになっているかもしれない自分。


 そんな今の状況全てに酔いしれている。

 言い換えれば、厨二な世界に頭までどっぷり浸っているのだ(いい意味でな)。

 そんなわけでミルは魔法習得に時間と精神の全てをつぎ込んだ。



 シュリアもその成長っぷりに驚いていた。かつてここまでの急成長を遂げた弟子はもったことがなかったからだ。


 ミルは確かに天才だった。天才と言っても努力の天才。

 シュリア自身も天才だが、シュリアはまた別の種類の天才だ。


 それは、生まれた段階で実技魔法が使えたという、世界でも希少な天才。


 魔力操作を生まれ持つ者はたまにいるそうだが、生まれた時から宙に浮いたり炎を纏ったりしてたのはシュリアの他にいないだろう。


 決していいものではない。親にはバケモノと罵声を浴びせられながら川に捨てられ、拾われた町の教会で魔法の力を独自の方法で高めた。

 そのまま自力で完全に膨大な魔力を制御するに至った。

 学校でも常にダントツトップの成績で鬼才と称され、その貫禄に周りには誰も寄り付かなかった。

 シュリアは常に一人で生きてきた。そして無意識に魔法を極めた。


 そのため、シュリアは人に魔法を教えるのがとにかく苦手なのだ。

 シュリアにとっては魔法は呼吸するも同然、誰にも習っていないから教え方もわからない。


 そうして天才ゆえの孤独を味わい続けた人生。

 今思えば、ミルの才能を直感的に感じて、自らの孤独を癒せる存在かもしれないと感じて家に招き入れたのかもしれない。


 そんな過去を思いながら、シュリアは自分の後ろ姿を見て日々成長するミルの存在に、少し心を満たされたのだった。



 話はどんどん逸れるが、スライムを家に住まわせたのも同じような理由だろう。


 ギルドに所属してすぐ、シュリアはその実力と冷酷な性格で魔物にも冒険者にも恐れられ、仲間がいなかった。

 そんな中、ほんの気まぐれで魔物狩りから救ったスライムが自分に懐いた。

 それがシュリアにとって感じたことのない感情を与えた。嬉しかった。恐れもせず、気も使わずに自分の相手してくれるのはこの子だけだ。


 そうして意義を失ったギルドの最前線から離脱し、スライムと2人で人里を離れたこの場所で細々と店を経営することを選択した。


 ただ問題だったのがこのスライム、ドジなのはまあいいとして(いや、良くはない!)、魔力の絶対量が絶望的に少なかったのだ。

 スライムには失礼な言い方だが、シュリアほどの魔女が使役するランクの魔物ではなかった。


 いくらスライムとはいえシュリアの助手で戦闘力皆無はダメだろうと、周りに嘲笑われたそうだ。

 シュリアとしてはそんなことどうでもよかったのだ。しかしスライムは自分の意思で、戦闘力を上げることを選んだ。

 魔法はお世辞にも向いているとは言えない。そこで、町の道場で剣術を習いだした。


 もっとも、最近は忙しかったから行ってない(サボってた)そうだが。


 いいのだ、誰もスライムに戦力としての要求はしない。「癒し系」という枠で仕事してくれればスライムの存在意義としては充分だ。


 スライムは実質、シュリアの使用人として雑務をこなすことになった。


 スライムのあの気さくで優しい性格は、シュリアとの相性が実に良い。

 スライムがあんな感じのヤツだったから、今のシュリアとこの家があるのだ。

 



 ところがここ数日、スライムの様子がおかしい。元気がないみたいなのだ。ご飯の後もそそくさと部屋に入ってしまう。


 ある日ミルは心配になり、ご飯の後でスライムの部屋にいってみた。

 ノックするとゆっくりと戸があき、スライムがミルを不思議そうに見上げている。

 やっぱり元気なさそうだ。


「ちょっとだけ話したいから入れてくれる?」というと、「うん!いいよー」といつも通りのテンションを装って部屋に入れてくれた。


 スライムはベッドに座った。ミルも隣に座る。

「最近あんまり元気ないように見えるけどどうかした?」


 単刀直入に聞いてみる。

 スライムは答えにくそうに俯いたが、意を決して本音を打ち明けてくれた。

「なんだか修行してミルが遠い存在になっちゃう気がして…」


 だそうだ。


 ふむふむ、なるほどー、ミルが修行ばっかりで寂しかったのだろう。

 さては俺の修行の邪魔になると思って言い出せなかったのだな?


 ミルはニヤッと笑って、スライムの肩に手を回した。そして、

「そんなん考えるなよぅ!」

 とスライムを抱きしめて顔を揉みクシャにした。

「ヤメテヨー」と言いながら戯れて楽しそうなスライムは、一度ブヨブヨの塊になって、またすぐにピコンと手足が生えて元どおりになった。



 ミルは集中するあまり周りを見ていなかった。スライムが寂しいのも少し考えたらわかることだった。

 熱中しすぎるのは昔からの悪い癖だ、直さなきゃな…


「そうだ、スライムも一緒に修行する?」

 と誘ってみる。

 だが案の定、僕魔力ないしと断られた。

「あ、でも、剣なら少しはできるよ!」

 まじで!?その体で?


 ミルは疑いの目を向けるが、スライムはマジな目をしている。

 部屋に竹刀や木刀が置いてあるし、まあホントなんだろう。

 スライムの剣、全然想像できねぇ…



 しかし剣の修行か、確か剣を創造する魔法も作ったし、剣術は俺も使えた方がいいか…


「じゃあスライム、剣おしえてくれるか?」

 そう軽く頼んでしまった。

 まさか後であんなトラブルになるとは…



 ミルのお願いを聞いて、スライムは手でおおきく丸を作っている。喜んで引き受けてくれるそうだ。


 そうと決まれば早速翌日から剣の稽古開始だ。

 剣を始めても魔法の訓練の量は減らせないので、少し忙しくなるな。

 一応魔法優先だし。



 その日もいつも通り朝の精神修行と一連の魔法行使練習をこなして、ちょっと早めにお昼ご飯を食べる。

 お昼はシュリアお手製のホットケーキに舌鼓。しかもシュリアが珍しく魔法を使わずに自分の手で作ったホットケーキだ。


 バターとシロップをかけて一口食べると、口の中に衝撃が走る。

「うっまい!」

 声をそろえて絶賛した。


 フワッフワの生地がシロップを吸い込んでペチャッとなるのがまたいい、うん、すごくいいのだ。

 スライムは熱かったのかハフハフしながら文字通りホッペが垂れ落ちている。


 魔法じゃないからこその焼きムラ、これがまたなんかシュリアの真心がこもってる感じがしてホッとする。

 失敗したぁと恥ずかしそうにしてるシュリア。ホットケーキをめくって焦げ目を気にしている。

 たまに見るシュリアの人間的な愛嬌が、ミルはけっこう好きなのだ。



 そうして早めにご飯を始めたので午後にはヒマな時間ができた。


 食器の片付けを終えると示し合わせて、スライムと2人で庭にでる。


 じゃあ始めようかと思ったら、スライムが竹刀を忘れて部屋まで走る。

 出て行ったと思ったら戻ってきてバタバタと二階に上がって、竹刀を持ってまた外に出て行った。

 シュリアは「2人とも元気だねぇ」とコーヒーを淹れながら窓の外の様子を見守っている。


 そうこうしてるうちに2人とも準備できた。


 スライムがどのレベルなのかはわからないが、きっとそこそこ強いんだろう。

「なんせシュリアの助手だもんな!」


 意地悪ゆわないでよーと言いながら、照れている。

 では気を取り直して、はじめる。


「じゃあスライム先生、よろしくおねがいします!」

「くるしゅうない!」


 スライムが踏ん反り返っているが、大丈夫か?そういやコイツどうやって竹刀持ってるのかな?


 そんな心配をよそに稽古が始まる。

 ミルは剣道も何もしたことがないので、まず一通り構えから教わる。

 さすが習っているだけあって、スライムは中々、様になっている。


「ちがう!もっと背筋を正して、脇を締めて!」

「はい!先生!」

 スライムが意外とスパルタ指導者なのには驚いたが、シュリアに比べたら断然教え方がうまい。

 意外な才能だな。


 シュリアなんて、「魔力の操作はイメージ、感覚、センス!」しか言ってくれない。


 まあ、家に魔法の先生と剣の先生がいてくれるのはミルにとって最高の環境だ。

 文句なんか全然無い。


 しばらく素振りを繰り返し、剣の使い方はなんとなくわかってきた。

「よし!形になってきたね!

 さすがミル、飲み込みがはやいぞ!」


 スライム先生にお褒めの言葉をいただいた。

「ははー!」


 なぜミルがこんなに早く剣を覚えられたかって?

 天才だからさ!

 と言いたいところだが少しちがう。

 剣のセンスがあるのは、間違いなく長年のイメトレの成果だ。


 厨二病たるもの、誰しも一つや二つはオリジナルの剣術奥義を開発しているものだ。

 普通の厨二なら剣の基本理論なんかは無視されて出鱈目な技を生み出す傾向にあるが。

 やれ九刀流だとか、やれ無刀流とか、いや不可能だろって技を無責任に考え出すのだ。


 しかし、ミルの厨二は生半可なものではないのだ。

 技を繰り出すために必要な剣の動き、そのために必要な筋肉と効率的な剣さばき、全てを剣道の教本やネットで研究した上で奥義を編み出していたのだ(脳内で)。

 そうこうしているうちに、力学や武術などについてムダに詳しくなった。


 もちろん前世の弛んだ身体では到底現実的ではなかった技だが、この世界でなら或いは可能かもしれないぞ。

 俺の奥義「牙竜一閃(…恥…)」

 ま、いきなり出来るとか甘くは考えてないけどね。



 ミルの独学の剣術理論は、なかなか的を得ていた。

 スライムの教えはそれ故にすんなりとミルの中に吸収され、あっという間に基本の構えや型などを体に定着させた。


 そんなミルをみて、スライムは早速試合をしてみようと言い始めた。

 いやいや先生、まだ初日ですよ?

 いきなり先生と組み手なんて、さすがにムリだよ…


 と言いつつも「勝ち負けなんて関係ないからさ、やるよ!」と半ば強制的に試合が始められた。

 スライムって剣もつと人が変わるタイプ?いや、スライムが変わるタイプ?


 師匠が言うことには逆らえないな、仕方なくミルも剣を構え直した。

 基本しか習っていないが、それに基づいて何パターンかは攻撃、防御方法とカウンターをすでに考えている。ミルに抜かりはない。

 そして隙あらば牙竜一閃を試したいところだ、ふふふふ!


「はじめ!」


 スライムの合図で試合は開始された。


 スライムの動きをよく観察する。

 そしていざ向き合ってわかったことだが、筋肉がないスライムには予備動作がほとんどないのだ。

 前世で筋肉の仕組みについても勉強していたミルには相性が悪い相手だ。なかなか厄介。


 突然腕が伸びてきて、対応しきれずに一本取られるなんてことになりかねない。


 と、普通ならそう思うだろう。


 だがミルは違う。

 スライムが攻撃する瞬間を、いとも容易く見抜ける。

 そう、魔力感知があるからだ。


 スライムが何かしようとした瞬間、少しだけ魔力が跳ね上がるのだ。気合いのようなものだろう。


 それさえ見逃さなければ、スライムの動きは手に取るようにわかる。

 スライムもこちらの動きをよく観察している。目が真剣だ。


 剣先を当てて牽制しあい、時たまフェイントをかける。地味な時間だが、2人の精神は刃のように研ぎ澄まされて敏感になっている。

 スライムも片足を踏み込んでフェイントをかけてくるが、魔力が揺れていないからバレバレだ。

 ミルが全くフェイントに引っかからないのでおっかしいなぁーと顔をしかめている。


 ミルは勝機を感じ、スライムがフェイント後に気が緩んだ一瞬を狙って、まずは基本姿勢からの面打ちに打って出た。


 めぇーぇん!

 パシッ!

 さすがはスライム。隙を狙ったつもりだったが、間一髪ムダのない動きで竹刀の角度を調整して防がれた。

 おお、なかなかやるじゃないか。


 ドヤ顔がなんかムカつく!

 いや、冷静さを欠いちゃだめだ、スライムをよく見るんだ。


 この攻撃により試合は動きを持ち始め、スライムも負けじと小手や突きなど、いいタイミングで攻撃を仕掛けてくるが、当然魔力感知で見え見えなので回避する。

 一度小手がかすってヒヤッとしたのは認めるが…。


 スライムはなかなか攻撃が入らないのでイライラしているらしい。ふふふダメだよ冷静さを欠いたら。


 そしてこの精神状態の差は必然的にスライムが気を抜く瞬間を作った。

 お、チャンス!

 よし、今度は実験的に打ってみるか!


 スライムが瞬きした瞬間だった。

 ミルは俊敏に前方に飛び出し、スライムの懐に潜り込んだ。

 昔本で読んだ武術の縮地法という高速移動術を実践したのだ。


 あくまで読んだだけなのでダメモトだったのだが、意外と一発でいけた。

 半妖の体だからか、体術は容易に実行できるもんらしい。


 スライムは急に接近したミルに気づき、咄嗟に竹刀を構え直して防御に徹する。

 だがそれも遅く、なにが起こったのかも気づけないうちにスライムの胴に重い衝撃が走った。


 キョトンとしていると、後ろからミルの声がする。

 ミルはいつのまにかスライムの後方にいるのだ。


「おおお、牙竜一閃、成功だ!」

 ミルの厨二の妄想で作り上げた剣術が、スライムの基礎剣術指導によって完成された。


 え、おいおい、こんな簡単なことでいいのか、剣道を本気でやってる人に怒られないか…?

 一瞬そうは思ったが、異世界だから多少の不自然は問題ないのだ!


 カッコいい名前をつけたが、要は単純に高速移動で相手の懐に入り、反撃を受ける前に相手の後方まで抜き去る技だ。


 この技はミルとしては相当な収穫だ。ようやくまともな戦闘手段が手に入った。

 そしてなによりも、またもや厨二の夢が実現されたのだ!


 ミルはクゥーっやったぜ!と噛み締めて興奮している。

 一方でスライムは…


「負けた…今日初めての人に負けた…」

 膝をついて呆然としている。

 しまった、かなりショックを受けているようだ。顔が紫に曇ってどんよりしている。

 負けた現実を受け止められないんだろう。


 これは無神経だった。完全に俺のせいじゃん…

 うん、慰める責任があるな。

 勝ち負け関係ないんじゃなかったのかよ…


「な、なあスライム、いい試合だったな!スライムが教えてくれたおかげだよ!ありがとう!」


 スライムは褒めてもなかなか立ち直らない。

「ミル強かったよ。今日はここまでだね…ミルはもう一人前だよ…」


 そう言ってスライムは竹刀をその場に忘れてトボトボ家の中に戻ってしまった。


 家の中ではシュリアが「あらら、盛大にやられちゃったわね」と声をかけるもんだから、スライムのプライドは追い討ちをかけられて微塵切りにされた。


 たまらず階段を駆け上がって部屋に閉じこもってしまった。


 珍しいな、あんなに切り替えの早いスライムが…

 もしかして俺、けっこうやっちゃった?


 ミルも家に入るとシュリアが「あーあ、やっちゃった。調子乗るからよ」と他人事のように笑ってくる。

 クソウ、グサッとくる。

 だいたい、シュリアの言い方も良くなかったんだからな!



「どうしたらいいかな…俺あまりケンカなんかしたことないから対処がわからないんだよ」

「私も友達いなかったしわかんない。気に入らない敵は潰してきたけど…」


 なるほど!相談する相手を間違えた。



 晩御飯の時間になってもスライムがはおりてこない。

「まだいじけてんのかしら…?」

 シュリアもちょっと心配になったらしく、2階に呼びに行く。

 そりゃそうだ、スライムがご飯に来ないなんて天地がひっくり返るほど有り得ないことだし。

 心配だが、ミルは気まずいので1階で待ってる。


 こんなにいじけるスライムも珍しいが、心配して部屋まで行くシュリアもなかなか貴重な光景だ。

 スライムけっこう落ち込んでたな…

 プライドをへし折ってしまったからな…


 ミルもどうしたものかと頭を抱える。

 しばらくするとシュリアがスライムを連れて降りてきた。

 スライムはまだふてくされているようだ。



 なんとか夕食が始まったが、こんなに空気の重たい食卓ははじめてだ。

 誰も口を開かない。


 皿にスプーンが当たってカチャカチャする音と、咀嚼音だけがその空間に響く。


 ミルがその空気に耐えかねて、スライムに話しかけてみる。

「このステーキ美味しいな!スライム、俺のもちょっと分けてあげようか?」


「いらないや、あんまり食欲なくて…」


 おいまじか、これはヤバイぞ、異常事態だ。

 ミルは改めて事の重大さを思い知る。


 シュリアもスライムに気を遣って話しかけている。

 でもスライムが生返事しかしなくなったから、シュリアもお手上げって顔でこっちを見てくる。


 ミルはその間に、頭の中でスライムにかける最善の言葉を探す。


「今日はごめん、無神経にプライドをきずつけてしまって!」

 いやだめだ、所詮勝者の余裕だろ!と思われる。

 もっと下手にでないと。


「スライム教え方うまくて、俺すぐに上達できたよ!」

 うーん。結局俺の強さ自慢に聞こえるかも…


 わからん、前世でコミュニケーションをサボってたツケがきたな。こうゆう時の対処法がわからん…



  そうやって考えているうちに、スライムは食べ終わってまた部屋に入ってしまった。


 残されたシュリアとミルは小声で「どうしよう…」「わかんないわよ!」と答えの出ない議論をはじめた。


 まず、プリンを差し出してご機嫌をとるというシュリアの案は却下された。

 食欲ないって言ってるしな。


 あれこれ意見を出した末、とりあえずミルはしばらく大人しくしてなさいというフワッとした結論に至った。なんとなく、その日はさっさと寝てしまいたくなった。

 まあ、頭が働いてしまってベッドに入っても簡単には寝付けないのだが…



 一方でシュリアはというと、実は少し考えがあった。

 別に私に関係ないけど、いつまでもギクシャクされても困るし…

 というか、スライムが働かないせいで私の仕事が増える!腹立つ!


 うん仕方ない、私が一肌脱ぐしかないようね。

 結果どうなるかは保証できないけど。


 そう、あくまでスライムが仕事しなくて迷惑だから手を貸すのだ、決して心配だからとかではない!

 そう自分に言い聞かせて、シュリアは深夜にこっそり行動を始めた。


 確かこないだテイムした聞き分けのない魔物を魔法牢獄に閉じ込めて拷問していたはず…そろそろ従ってくれるかしら…

 不敵な笑みを浮かべてシュリアは漆黒に染まった魔法陣を壁に展開し、その中の空間へと入って行った。

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