魔法使い ミル
村からの帰り道の途中にだんだんと日が落ちてきて、気づけば夜になった。
長く感じた一日も終わりを迎えようとしている。
家に着くと早速晩御飯だ。
村で調達した食材で、今日はミルとスライムが料理する。今日は全部やるって約束だからな。
スライムは意外と包丁捌きが巧みだ。野菜と魚のカットは任せて、ミルはたれ作りを担当する。うまく連携して手際よく進み、30分くらいで3品が完成した。
アジっぽい魚のヒラキ、ローストタウルス丼、野菜炒めだ…
うん、まあいいだろう!
それに加えてシュリアが作り置きしていた副菜を出してきて、品数の辻褄は合わせた。
シュリアが途中で何度も台所に来て、ねえ大丈夫なの?できる?って訪ねて来たが、その都度丁重に席にお帰り頂いた。
そして実食。
料理を見たシュリアの反応は、…無表情だ。
おこってる?
シュリアが魚を一口食べる。
2人は黙って反応を待つ。
「おいしい」
2人は顔を見合わせる。
聞き間違いじゃないよな、おいしいって言ったよな!
食卓は歓喜に沸く。
シュリアは「ん?なによ…」と困惑しているが、なんだか幸せそうだ。
「今日は全部やってもらってありがとね、ゆっくりできたわ。
でも暇なのも辛いものね、やっぱり明日から私がやることにするわ」
2人はそのお褒めの言葉を有り難く受け取り、ニヤニヤしてまた見合わせた。
シュリア的にはその言葉に「仕事が遅いからやっぱり私がやるわ」と言う意味を暗示したつもりだったが、まあ喜んでるならいいかと思って胸にしまった。
シュリアには2人の想いがひしひしと感じられた。
シュリアにとっては忘れられない幸せな一日になった。
ミルたちは皿洗いまでしっかり終えて、順番にシャワーを浴びて部屋に入った。
初日からはしゃぎすぎて疲れて、3人ともいつもより早く就寝する。
ミルはベッドの中でふと考える。
シュリアは家事や仕事のことも実質全部やってくれている。その上俺たちを守るために戦ってくれている。
俺はシュリアに頼りすぎなのではないか。
今日の牛との戦いで、ミルは自身の無力さを痛感した。
シュリアがいなければ俺はすでに死んでいただろう。
俺も強くなって、この家や大切なものを守れるようになりたい。
瞑想の効果で魔力は覚醒しているから、魔法や妖術は鍛えたら使えるはずだ。
魔法はどうやって覚えるんだろうか、魔法書とかがあるんだろうか、それとも特定の魔物を倒して手に入れるんだろうか。
そうだ、シュリアならトップクラスの魔女だから、魔法の習得の方法も知っているだろう。明日聞いてみよう。
そう決めてミルも意識の限界になり、気絶するように眠りについた。
//チュンチュン//(※小鳥の囀りです)
翌朝7時、窓から静かに朝日が降り注ぐ。
「今日は起きられた!」
朝ごはんに一階に降りる。あれ?2人ともいない…
スライムはまだ寝ているようだ。
シュリアはというと、家の外で何やら作業していた。
「おはよう、なにしてるの?」
眠い目をこすりながら話しかけると、シュリアがミルに気づく。
「ああ、ミルおはよう」
見たところ、家を囲むように大きな魔法陣を描いているようだ。
「魔物が近くに増えたから、念のために抗魔防護結界を張ってるのよ」
なるほど、なんでまたこんな朝っぱらからやってるのかはさておき、バカデカイ魔法陣が出来上がっていた。
シュリアがなにか呪文を唱えると、魔法陣から垂直に赤っぽい光の壁が立ち上がり、ドーム状に家を覆った。
形が完成すると、光は透明になって見えなくなった。
「私の知る限り、1人で張れる一番強力な結界よ、さすがに魔法陣を物理的に描かないと私でもキツイの」
シュリアがそこまで自信を持つ魔法、きっと効果は絶大だろう。
「シュリア、朝ごはんは?」
笑顔で「忘れてた…」といって急いで家の中に入った。
ちょうどスライムも起きてきたので、3人で朝食の準備をする。
基本的に毎日同じようなメニューだから、5分ほどで出来上がり、みんなで食卓に着く。
空気も落ち着いたのでミルはシュリアに、昨日考えていたことを質問する。
「ねえシュリア、魔法ってどうやったら習得できるの?」
「ん、魔法使いになりたいの?」
その言葉にミルが頷く。
「そうね…一番早いのは先生に習って基礎から覚えることかしらね、最初の一歩が一番難しいから。
基礎知識が入っていなければ魔法書や術典を読んだところで何も身につかないからね」
先生か、俺には先生と言ったらシュリアしか思い当たらない。
「シュリア、俺の先生になってくれませんか!?」
シュリアの返答は一言。
「や、教えるの苦手…」
まあ、見ていてなんとなく知ってた。
「あなた魔力量は既にチート級に多い方だけど、魔法は使う力が目覚めるまでが大変なの。
そんな感覚的な指導、私にはできないわ…」
俺チート級の魔力量だったの?なんかうれしい!
てゆうか魔力の目覚めって、確か瞑想してた時に…
「え?魔法使う力は目覚めてるけど」
シュリアは驚いて暫く息が止まった。
「まさか自力で?信じられない…」
なんでも魔法が目覚めるのは、有力な指導者のもとで長い精神修行を経た者の中でも、一部の才あるものだけらしい。
中には魔法を生まれ持つ天才もいるらしいが。
「独学なんて聞いたことない、あなた物凄く運が良かったのよ」
なんてことだ、あの瞑想であっさり獲得した魔法使用権が、そんなにたいそうなものだとは…
てっきりみんな魔法使える世界だと思ってた。
「黙っててごめん、言うほどの事でもないかと思ったから」
「ほんとよ全く、ミルあなた自分が思ってるよりもバケモノなのよ」
シュリアはため息をついた。
そして簡単な魔法の仕組みについておしえてくれた。
「魔法は簡単に言えば、自分の魔力を自由自在に操ることよ。
その一つ一つには理論とイメージが存在する。それを知らないうちは、魔法使用権があっても具体的な実践魔法は出せないわ」
理論とイメージ…
それが今の俺が得るべき概念か。
「それ、教えてくれないかな!?」
シュリアは少し考えている。
「私は魔法を生まれ持った天才の一人なの。
理論だけは学校で習ったから教えてあげられるけど、魔法のイメージは感覚だから人に使える方法がわからない」
そして言いにくそうに続けた。
「自分に腹がたつから認めたくないけど、私が教えて成功した試しがないの。
ミルは才能があるから、私の手で潰したくない」
名選手、名監督にあらずということか。
理論というのはきっと魔法陣の形や呪文の暗記だろう。
俺は厨二病だったから、それを覚えるのは苦では無いと思う。
イメージか、それがまだわからないんだよな…
そして今知ったが、学校があるのか。
「学校って、先生に魔法教えてもらえるのか?」
「ええ、魔法学校が三校あるわ。
魔法が目覚めるセンスの認められた者だけが合格できる難関試験にクリアした者だけが入学できる。
魔法使いを目指す全人類の憧れのような場所よ」
ミルは悩む。学校は3年制。
学校でしっかり魔法を学びたいけど、それはシュリアの家から巣立つことを意味する。
シュリアの役に立つために魔法を学ぶのに、シュリアのもとを離れるのは元も子もない。
うーん
ミルが悩んだ顔をしていたからだろうか。
「ミルに興味があるなら学校行ってみなさい、但し学費は払えないから特待生で入学するのが条件ね」
シュリアがミルの葛藤を見透かすように、入学を勧めた。
これは意外だった。
スライムはというと、寂しそうな顔をしている。
それもそうだ、唯一の友達だからな。
スライムが引き止めようと何か言おうとしたが、シュリアが口を塞いで止める。
「むぐっ⁉︎」
スライムの気持ちはわかるし、シュリアも同じ気持ちだろう。
俺の意思を尊重して言ってくれてるんだ。
ミルも自分の想いを伝える。
「魔法はたしかにちゃんと習いたい。
でも、魔物がこの地域に流れ込んでくるみたいだし、この家をほっておけないよ!」
「魔法の使えないあんたがいても防衛力は変わらないわよ。」
正論だ。
「もし役に立ちたいと思うなら、立派な魔法使いになって帰って来なさい」
シュリアが聖母に見えてきた。マジ優しいお母さん。
その温かい言葉が決め手になり、ミルは魔法学校入学を決意した。
ミルは頭を下げて言った。
「シュリア!
この世界に来てのたれ死にそうだった俺に居場所をくれて、本当にありがとう!
短い時間だったけど、世話になりました!
学校に行っても俺たちは家族だ!」
ミルのアツい気持ちをシュリアは、
「まだ入試は3ヶ月先よ、そうゆうのは旅立ちの朝にとっておきなさい」
と、受け流した。
シュリアは母校でもあるオブリビア魔法学校を紹介、推薦してくれた。
シュリアも特待生で主席で卒業したらしく、理事長とは今でも良い仲を保っているそうだ。
試験まではまだ3ヶ月、その間何するかは決まっている。
受験勉強だ。
魔法学校の試験は大きく分けて二つある。筆記と実技だ。
筆記の勉強はシュリアが教えてくれる。
さすが主席だけあって、何を聞いても的確に教えてくれる。
俺も魔法陣形や呪文、魔法史学には興味津々なので、教本を読んでいるうちにすぐ基本的な知識が頭に入った。
受験勉強がこんなに楽しいなんて知らなかった、まさか厨二が役立つ時が来るとは…
というわけで筆記は問題ない。
問題なのは実技だ。
年によるが、実技試験は魔法行使テストや魔力測定が基本だ。
魔力測定はミルの魔力量ならクリアできる。
しかし魔力行使は別だ。
例えば魔法で炎を出したり、光を放つなど、そんな具体的な魔法が少しでも使えなければ話にならない。
基本魔法を出すためにはイメージが必要なのだ。
シュリアもイメージばかりは教えられず、申し訳なさそうだ。
ふとシュリアが思い出す。
「そういえば、ミルの部屋に魔術書みたいなものが落ちてたけど、あれはどうしたの?」
ミルは顔が赤くなった。自作「秘術の書」だ。
「いや、あれはその、前世で書いたものをそのまま持ってきて…」
「どうりでわたしには読めない言語なわけね
その魔法は使えないの?」
そういえば考えてこともなかった。自作した魔法がこの世界は使用できるなんて都合の良いことがあるのか?
「理論がしっかりと組み立てられている魔法であれば自作であっても発動するはずよ
自作なら魔法のイメージもはっきりしているでしょ」
たしかに、理論はとんでもなく高度に組み込んである。
あらゆるファンタジー小説やマンガなどで得た知識を、この一冊にフルで動員してあるのだ。
呪文、魔法陣形、発動トリガーなど細かな設定まで綿密に書き込んだのだ。
それにイメージだが、俺が青春の全てを費やし、大学の単位も顧みずに徹夜で書き上げた書物なんだ。
脳内で精密な映像として魔法を使っている様子が再生できるレベルだ。
これぞ厨二病の成れの果て!
この世界では俺が厨二病であることが、プラスに働いているらしい。嬉しい誤算だ。
ということは?
「ついに、俺の秘術の書の封印を解くときが訪れたんだ!」
しまった、テンションが上がりすぎてつい声に出てしまった。
スライムとシュリアはポカンとしている。
うん、ごめん、封印とか調子に乗ってごめん。
実際発動するのかは保証がないしな。
というわけで、シュリアが魔法の実験を手伝ってくれることになった。
万一魔力が暴走でもしたら止めてもらわないといけない。
ミルは緊張しながら秘術の書を開く。数冊のノートに穴を開けて紐で束ねただけの粗末な見た目、これだけなんとかならないものか…
最初の方のページは自分で考えた魔法の設定がツラツラと書かれている、読み返すと恥ずかしい、何書いてんだ俺は…
そして基礎魔法として作ったページを開く。まずはオーソドックスに炎を発生させる魔法からいくか。
手を前に構えて、火打石で火花を散らすようなイメージで「シレークス!」と叫んだ。
自分で考えた呪文だ。叫ぶとマジで恥ずかしい、ごめんなさい。
ミルのイメージでは呪文を言うと手から大きな火花がバチっと散って炎が拡散するはずだった。
しかし、何も起こらない。
無情にも風が吹く音だけがきこえる。
「うーん、イメージはできてたと思うけど
やっぱり魔力の流し方かしら…」
シュリアによると、体の内部や外部にある魔力を意図的に手まで移動させる技術が必要らしい。
「魔力ってどうやって動かすんだ?」
シュリアが「こうよ」と魔力を手に集めてみせる。そんな簡単にされても…
というかあれは、俺が来た日、スライムに説教してた時にやってたな。
ミルも見よう見まねでやってみる。すると、意外と簡単にできた。シュリアほどの精度はないが、手に少しだけ魔力が溜まった。
シュリアはかなり驚いている。これができるまでに普通は1年はかかるとか。
やっぱ俺天才なのかな?もしかしたら瞑想のおかげなのかもしれない。
本来オーラを自由に動かせるのは高等技術のようで、多くの魔法使いは杖を持つことで手に魔力を集約する補助をするようだ。
杖なしで魔法を放ったりするには、高精度なオーラ移動技術が必要なのだ。
ミルも本来最初は杖を使って魔力の集約を強制するはずだったが、天才シュリアにそんな甘い思考はない。
自力での魔力移動で魔法を習得させようとしていた。
ミルはシュリアに「ねえ、杖かして?」と懇願し続けたが、ことごとく却下された。
ただ、ミルは案外それでもいけるほど天才だったのだ。
2日間ほど練習すると、魔法一発放てる程度には魔力を集約できるようになった。
そうゆうことで仕切り直して魔法実験だ。
また同じようにイメージを練り上げ、手を前にかざし、そこへ体内外の魔力を集める。
すると、ほんのり手に熱気を感じた。
これはいける!と確信して、ミルは叫んだ。
「シレークス!」
手に溜まったオーラは一瞬石のような冷たさを持ち、カチンと衝撃を放つと手の中から細かい火花がバチバチッと散った。
火花は一瞬で終わったが、確かにミルの作った魔法は具現化された。
正直思ったほどの効果ではなかったが、きっと魔力集約が足りなかったのだろう。
「シュリア…でた!」
シュリアも嬉しそうにうんうん!と頷いている。
「3日でここまで成長するとは思っていなかったわ、おめでとう!」
シュリアによると、イメージ通りの威力が出ないのはやはり魔力の集約技術が関係するらしい。
制度を上げれば一つ一つの火花が炎弾となってガトリングのような攻撃にも転じるだろうと評価をいただいた。
ミルは興奮していた。俺が魔法、魔法を使えた…
厨二には夢のような状況だ。
何度も何度もシレークスの魔法を繰り出す。
やっぱり出る!
夢じゃない。
「調子に乗らないの」
シュリアに一喝される。
危ない危ない、調子にのったらだめだ。
慎重に真面目に、着実に魔法を身につけるのだ。
とはいえミルはその日一日、ニヤケがとまらなかった。
スライムにもシレークスを披露した。すごいーっと拍手してくれた。
シュリアは「ダメだこいつ、わかってない」みたいな目でみてくる。
明日から俺も落ち着いて真面目に特訓するよ、今日はこの余韻に浸らせてくれ。
布団に入っても興奮冷めやらず、寝落ちするまでひたすら魔力移動の練習をしていた。