休暇初日
資金調達にトラブルがあったらしく、サドラ王国の公道整備はシュリアへの報告から2ヶ月が過ぎたころにようやく開始された。
スライムたちも近くの町におつかいに行く時などには公道を利用していた。
シュリアのように飛んでいくこともできないし、草むらを突っ切って近道しようものなら高確率で方向感覚を失うからだ。
公道が使えないとなると、シュリアの店に来る客が減るだけではなく、シュリアたちも気軽に町に出向くことができなくなるのだ。
まさに陸の孤島、不便極まりないな。
唯一飛行の移動手段を持つシュリアがシドラに飛んで、援助金や食料を確保するのが当分のライフスタイルになるだろうな。
そうなるとおつかい係だったミルやスライムは家の仕事がなくなる。
「働かざるもの食うべからず!」
シュリアの仕事量が増えるとミルやスライムはますます気を使って、ご飯を食べにくくなるのだ。
まあ…ぜんぜんたべるけど?
その辺も考えて役割分担し直さなきゃという話になった。
さあようやく公道の工事が始まり、シュリアの店もしばらくの休業期間に入った。
休暇初日、そんな日でもシュリアの家の朝は早い。
時刻は7時半。ミルがゆっくり寝ていると、階段を上ってくる足音。
勢いよく開くドアの音で、ミルは目を覚ます。
まだ霞む目には、仁王立ちするシュリアの姿が映る。
「いつまで寝てるの!!
朝ごはんヌキにされたいの!?」
その声にビックリして飛び起きると、寝ぼけていたからか反射的に土下座で謝罪した。
シュリアは、いやそこまでしなくても…と笑っている。
さすがのシュリアも休みだからいつもよりは若干リラックスしているようだ。
「顔洗ってらっしゃい、ご飯冷めるわよ」
そう言ってシュリアはまた階段を降りて行った。
ほんと、お姉ちゃんというかおかあちゃんみたいだな。
そうだ、スライムは起きてるのかな?
ミルは自室を出るとチラッとスライムの部屋を覗いたが、スライムは既にいない。
意外とまじめに早起きしてるんだな、意外と。
俺も明日からがんばろう。
一階に降りて行って顔を洗い食卓に着くと、もう朝ごはんの準備ができている。
スライムの姿が見えないが、冷めるからシュリアと2人で食べ始める。
「スライムは?」
ミルがきくと、
「さっき散歩に出かけたわよ、そういえば帰ってこないわね」
とシュリア。
たまにスライムは早朝に散歩に出かけるらしい。
シュリアは呑気にしているが、少し心配そうな顔だ。
というか、いくら散歩でもあの食いしん坊のスライムが朝ごはんの時間に帰ってこないなんて、どう考えても不自然だ。
朝ごはんを食べ終わってから2人で近くを探してみる事にした。
「スライムー」
近くの草むらに向かって呼びかけてみるが、返事がない。
家の近くにはいないようだ。
シュリアは飛行魔法で空から探す。
ミルは解析スキルで周辺にスライムの痕跡がないかを調査する。
すると、かすかに土の上に点々とスライムの成分が発見された。
おそらくスライムが歩いた足跡だろう。
その足跡を追っていくと、草むらの中に続いている。
草をかき分けて進むと、途中で足跡は途絶えていた。
シュリアに知らせて合流し、その方向に絞って探す。
「この辺りに強い魔物は住んでいないから、きっと無事だとは思うんだけど…」
ここで足が途絶えているということは、飛行能力を持つ者に拐われた可能性もある。
しかし飛獣がこの辺りにくることは、ほぼ無いことだ。
しかし念のために飛獣などの強力な魔物の気配が残っていないか調べることにした。
ミルは洞窟での瞑想修行の成果で、魔力感知というスキルを身につけていた。
魔力感知を使うと通常時より精密に周囲の魔力を測ることができるのだ。
そのスキルで魔力を探ると、明らかにスライムのとは違う、強力な魔力が残存している事に気付いた。
シュリアに伝えると、
「その魔力追って!」
と血相を変えて指示した。
シュリアの飛行魔法に乗ってミルも飛び、魔力が尾を引いている先を目指して空を移動した。
初の空中浮遊にテンションが上がるミル。
それもつかの間、ちょっとスピード上げるよってシュリアがぶっ飛ばす。
時速は軽く高速の法定速度を超えているだろう、ミルは逆風で吹っ飛びそうだ。
「ちょっとじゃねぇ!」
そのまましばらく猛スピードで飛ぶと、前方にその魔力を発する主の姿を捉えた。
外見は異常にデカい鷲だ。足にスライムが捕まっている。
スライムは無傷のようだが、気を失っているみたいだ。
ミルは前方の鷲のステータスを解析スキルで見た途端、体が震えた。
「バケモノだ」
この世界に来て初めて見る凶暴な魔物だという時点でビビっているのだが、ミルは魔力感知でその魔力量に驚愕する。
まだ他の魔物を見たことがないので比較できないが、なんというか、想像を絶する魔力。
ミルは魔力にあてられて動けなくなった。
種族名は「ヘルメアイーグル」
全身の毛は鋼鉄のように固く、強靭な脚と嘴に魔力を纏って攻撃する。
きっと世界でも指折りの魔物に違いない。
よりによって、あの厄介な脚にスライムが捕まっているのだ。
しかしミルと違ってシュリアは至って平静を保っている。
いや、既に戦闘態勢に入っている。
「シュリア、いくらなんでもあんな怪物、敵わない!」
とミルが思わず制止する。
しかし全く聞く耳を持たず、シュリアはオーラを高める。
普段とは違う、狩人のような殺気。
その高まった魔力は目の前のイーグルを軽く超えた。
「しゅ、シュリア…?!」
ミルが驚く間も無く、冷酷な顔で杖を取り出し敵に向けると、無詠唱で魔法を放った。
鋭い閃光がイーグルに向かって高速で一直線に飛んで行き、気づけばイーグルの硬化された両脚を切り落としていた。
シュリアはイーグルの比では無いバケモノだったのだ。
落ちて行く脚からスライムを救出すると、スライムをミルに預けて再びイーグルの方を向く。
イーグルも突然両脚を失い、興奮状態になっている。
魔力もさらに高まって、かなり危険だ。
翼を広げてこちらに猛スピードで突進してくる。
だがミルにはもはや不安など無かった。
シュリアは突進を呆気なく躱して、目にも留まらぬ早業でイーグルの翼を引きちぎった。
飛力を失って血を流しながら落下するイーグルを追って下降し、切断魔力を帯びた手刀でスパッと首を刎ねた。豆腐でも切るかのように、あっさりと。
イーグルはバラバラになってそのまま地面に落ちて行く。
ミルはただ呆然と戦いの終わりを見届けた。
イーグルは決して弱く無い。それでもここまで実力差があるのか。
やっぱりシュリアって只者じゃなかった…
「お、お強いんですね…」
シュリアは元の雰囲気に戻っている。
もう殺気は感じられない。
「あんなの敵じゃないわ、せいぜいCランクってとこね」
この世界の魔物は、その強さと脅威によってランク分けされている。
下のランクから順に、
【Gランク】 …無害 一般の人間と同等かそれ以下の力。
【Fランク】 …一般人数名で対応できるレベル。
【Eランク】 …武装した兵士が一人で戦えるレベル。一般人には脅威
【Dランク】 …武装兵数名で連携して対処できるレベル。
【Cランク】 …大規模の兵団で対処できるかどうかのレベル。
【Bランク】 …国家をあげて対応するレベル。街が一つ消されるほどの脅威。
【Aランク】 …国家間で同盟を組んで、世界規模で戦うレベル。国家転覆の脅威。
【Sランク】 …人類存亡をかけて戦うレベル。世界の終末の脅威。
ギルドにもランクがあり、実力が拮抗する魔物のランクによってギルドからランクが与えられる。
シュリアは軍隊レベルの魔物を、ものの数秒で討伐したのだ。
それもそのはず、シュリアはギルドのAランカーでも上位の魔法使いらしい。
それは文字通り、シュリアには一人で一国の軍隊を凌ぐ戦闘力があるということを意味する。
どうりでサドラのマースさんも敬語だったわけだ。
つくづく味方で良かったと思う。
ヘルイーグルは脅威的に強靭な肉体と催眠などのスキルを持つ。
スライムはイーグルの催眠スキルで眠らされていたようだ。
シュリアがビンタで起こすと、スライムは呑気に目覚めた。
「あれ、なんで2人がいるの?」
シュリアはスライムの無事を確認すると、ホッとした顔をして少し涙ぐんだ。
「このバカスライム…こんなに心配かけて」
思わずスライムを抱き上げながら怒る。
「ご、ごめんなさい…!?」
スライムは散歩中に眠らされたとこから記憶がないらしく、キョトンとしている。
こんな感情的なシュリア初めて見た。
いまだにシュリアのことがよくわからないなぁ。
シュリアのことは解析スキルを持ってしても、優秀な魔女だということしか情報が得られない。
能力がバレるのを妨害する魔法でも使っているのだろうか…
さて、何はともあれみんな無事だ。
殺したイーグルはどうするかというと、今日の昼ごはんにいただくのだ。
「ウチのスライムをエサにしようとしたのが運の尽き、お前がエサになるのよ…」
シュリアは顔には出さないが、スライムを攫われて相当苛立っていたらしく、普段言わないような魔女らしいセリフを言ってる。
家に帰るとすぐに調理を始めた。
シュリアは家の外でイーグルの身体を瞬く間に細切れにし、フレアサークルとかいう魔法で大きなコンロを作ると、丸ごと焼き始めた。
スライムが早く食べたいのかコンロ近づくと、
「スライム、あんた焼きスライムになるわよ」
と脅されて、震え上がって引き下がる。
少々豪快な気がするが、昼ごはんは外でバーベキューだ。
3人ともイーグルへの恨みを晴らすかのように、肉にがっついた。
うわ…めちゃくちゃ美味い!
貪るように巨肉に食らいつき、1時間ほどで肉の全部がお腹に入った。
主にスライムの腹に。
食べすぎて動けない、さらに日差しも暖かくなって気持ちがいいので、瞼が重たくなってきた。
同じくトロンとしているスライムと、このまま日向ぼっこすることになった。
すると珍しいことに、シュリアも隣でゆっくり日にあたりはじめた。
シュリアは店の時も家でもいつも仕事や家事をしているから、リラックスして休んでる姿をあまり見かけない。
今日は完全にオフなんだな、せっかくだしシュリアにはゆっくり休んでもらおう。
スライムと示し合せ、シュリアに
「今日はゆっくり寝てて、俺たちが全部家事やるよ!」
と母親の誕生日の日の子供みたいなアイデアを提案した。
どうゆう風の吹き回しだ?という不思議そうな顔をしている。
「そう、じゃあお願いしようかしら」
けっこうすんなりと任せてくれた。
「ちょうど今日は近くの村で食糧を分けてもらうつもりだったのよ、スライムは道わかるわね」
どうやらまだ援助金が準備できてないらしく、サドラに行くのはそれも含めて来週にするそうだ。
だから今週の分の食糧は、近くの村で調達するらしい。
話し終えるとシュリアは一度家の中に入った。
そうかと思えば美味しそうなドーナツと紅茶を持ってまた外に出てきた。
そして庭の椅子で日向ぼっこしながらひとりでドーナツを食べはじめた。本格的に休む気だ。
スライムがドーナツ欲しそうな目でシュリアを見るが、「あんたは家事でしょ」と言われてあえなく撃沈する。
ミルがスライムを引きずって家の中に入る。
日が出ていて洗濯物がすぐ乾いたので、2人で取り込んで畳む。このへんはミルも得意だ。スライムはキレイにたためないのでタオル担当にした。
洗い物や風呂掃除はいつも手伝っているから、2人とも手際よくこなす。
次はいよいよご飯の買い出しだ。
シュリアに声をかけてから、2人は村に向かおうとした。
「待ちなさい」
シュリアが2人を呼び止める。
シュリアの手の上にはなんだかミルの見覚えがある石が置かれている。
「私の加護を込めた魔法石よ、持って行きなさい」
シュリアはスライムとミルそれぞれに、シュリアの魔力を宿した魔法石を持たせた。
これである程度は抗魔の防御力が上がるのだ。
さらに魔法石を持っている者には「魔法転送」という魔法が適応されるらしい。
例えばスライムの持っている魔法石を通して、スライムを守る結界を張ったりすることができる。
つまり遠隔で魔法を使用できるようになるそうだ。
「さっきも魔物が出たし、何かがおこってるのかも…
困ったらこの魔法石を出すように」とだけ言われておつかいに送り出された。
…
あの石って確かオレがコジヤ洞窟で拾ってきたやつだよな…
どうやらシュリアがミルの服を洗濯するとき、ポケットに入っていた魔石を見つけて勝手に加護の魔法石に加工したようだ。
「ありがたいけど、オレに一言あってもいいじゃん…」
お母さんに勝手に部屋に入られたり物をあさられるのは気分のいいもんではないのだ。
それと同じ。
せっかく今度町で高値で売ろうと思ってとっておいたのにな…
そんな恩知らずなことを考えていたバチがあたったのだろうか。
道中、普段は見ないEランクのホーンラビットやFランクの砂蛇などの魔物が出現した。
ランクこそ低いが、生身の人間とスライムには脅威でしかない。
しかし思い出して魔法石のお守りを前に翳すと、石にこもったシュリアの魔力に気圧されて魔物の方から逃げ去ってゆく。
シュリアの魔力って魔法石に込めてるだけでもEランクを凌駕するんだな。
前言撤回、シュリアありがとう!文句言ってごめんなさい!
そんなわけでちょくちょく魔物に出くわしながらも、石のお陰で危険もなく村に到着した。
村は土のままの地面に木製の家やテントが石で支えられてポツポツと建っているだけで、ほんとにここに食糧があるのか?と疑問になるほど。
たぶんここって、俺が転生初日に尋ねるかどうか迷った村だろう。
スライムについて行ってシュリアの家に住ませてもらって本当によかった。
シュリアとこの村では、生活水準が正に雲泥の差だ。
まあ、いきなり矢をぶっ放すほどアウトローな集団ではなさそうだ。
そう思った瞬間だった。
土煙とともに一瞬地面が波打ったように見えた。
ズザッ!シュルルッ!
ミルとスライムの足下に網のようなものが広がっている。
「えっ…ちょっ!」
そのまま抵抗する暇もなく網は上方に引き上げられ、ミルとスライムを捕らえて木の枝に吊るしあげた。
「よし!捕まえましたぞ!」
下から数人の声が聞こえる。
ミルが網の中から見おろすと、二十代くらいだろうか、布だけの粗末な服装の若い男性たちが石製の槍を構えてこちらを睨んでいる。
想像してた通り、問答無用の排他的な村だったのか。ほんと、転生して最初にここに来なくてよかった。
スライムは体をくねらせてヌルッと網から脱出して下に降り、男たちに「ぼくだよ、ぼく!」
と必死に弁明している。
しばらくすると村の男たちは「ああ!シュリアさんとこの」と思い出してくれたようだ。
ミルも晴れて網から放たれた。
「いきなり客を捕獲なんて、どうゆうつもりだよ」
ミルが問うと、
「すまんかった、近頃魔物が多くなっているので罠を仕掛けておったのだ」
魔物用の罠にミルたちがかかったので敵だと勘違いしたようだ。
てか魔物相手にあんな原始的な罠で、こいつら大丈夫か?
…その罠にかかったオレが言うなって?やかましいわ!
「シュリアさんのおつかいなら、村長のとこまで案内するよ」
話してみると男たちはとても親切でフレンドリーで、必要以上に愉快な奴らだった。
ちょくちょく炸裂する村男ジョークがウザくなってきた頃、村の奥にある木造の建物に到着した。
「村長、シュリアさんのところからお客さんです」
「おお、シュリアの!」
中から村長が出てきた。
かなりヨボヨボのおじいさんだ、大丈夫か?
「ようきたの、シュリアは元気しとるかの、いつも魔物退治してもらってるでのぉ」
「あ、はい元気にしてますよ」
シュリアはここでもかなり信頼されているようだ。
老人の雑談は長くなる、早速本題にうつる。
「それで、あの、食糧を分けていただきにきたんですけど…」
「そうゆうことなら、食糧庫に蓄えがあるから好きにもっていきなされ、シュリアには世話になっとるでのぉ」
自分たちもそう余裕がないはずなのに、俺たちを信用して食糧をくれるなんて、ものすごく親切な村だ。
「ありがとう、お礼にこれ家で採れた野菜です」
村に対しては物々交換が原則だ。野菜を少し分けてあげるようにと、シュリアが畑で採れた葉物や根菜を持たしてくれた。
「気を遣わしてすまんのう…」
村長は有難そうに野菜を受けとる。
ミルたちは主に肉や魚、卵などをいただいた。3人なので1週間はこれで食いつなげるだろう。
言い忘れたがシュリアの家の冷蔵庫は抗腐魔法により、食材が一切腐らないように保管できるのだ。全国の主婦が欲しがるランキングNo.1の魔法だな。
家まではスライムの体内に入れて運ぶ。最初見たときはスライムの中にあったものを食べるのか…と抵抗があった(潔癖症だから)が、もはやそんなことは思わなくなった。
シュリアが待ってるので長居はできない。軽くお礼を言って、帰路に着く。
村長も村の入り口まできて見送ってくれる。
最初を除けば、とっても気分のいい村だ。
村に手を振って帰ろうとした時だった。
目の前の草むらに何かが潜んでいる気配がする。
念のため魔力感知で調べると、かなり強烈な魔力が測定された。
「おいおいウソだろ、シュリア居ないんですけど…」
魔法石を翳しても逃げる気配はない。
村の人たちに危険を告げ、戦える者を呼ぶように言った。
もし襲ってきたらひとまず俺がなんとかするしかない、一応俺も魔物の血が入ってるわけだし戦闘力はマシだろう。
解析で弱点を探して付くしかない。
そうだ、まずシュリアに連絡だ。魔法石に向かって思念で危険信号を発した。
シュリアはそれを受け、左手に持っていたシュークリームを投げだして急いで家を飛び出した。
そして、2人の体に遠隔で防御結界を発動した。
もっとも、強力な防御結界が張られたことに本人たちはまるで気づいていないが。
ミルにはまだ戦闘手段が身についていない。
「やばいな、俺に魔法が使えたら…」
期待を込めてスライムの方を見る。
スライムもビビりまくっている。だめか。
そして草むらが動き、ついにのっそりと魔物が姿をあらわす。
[フロガタウルス]
Cランク
巨体を活かした突進で狙った者をどこまでも追跡し、大角で突き殺すまで止まらない。前方しか見ていない。
鼻から高温のガスを発射し、蹄でおこした火花を引火させて爆発を起こす。
「メッチャヤバイやつじゃねえか!」
ミルは威嚇にビビりながらも、なんとか身体は動く。
おそらくCランクでも下の方の魔物なんだろう。
だがスライムはもうとろけそうになっている、既に戦闘不能か…
気を強く持ちなおし、冷静に解析を始める。
すると、「動く物に反応して真っ直ぐついていく特性」ということが解った。
特徴はただの牛だ、それなら闘牛士みたいな感じで時間は稼げるぞ!
ミルはやったことないが、見よう見まねでローブを広げ、牛を挑発する。案の定牛はミルに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。
やはり考えなしに突っ込んできたな、ここでミルは素早く左へと躱す。半妖になったからか体が軽い、楽勝だ。
これを繰り返せば牛に対応できる、そう思ってまたローブを広げて牛から距離を置こうとした時だった。
牛は鼻息を思いっきり吐くと、前足の蹄をコチコチと鳴らした。
蹄から細かい火花が散ったと思うと、鼻息のガスに火花が引火し、半径2メートルを巻き込む爆発した。
ミルは間一髪のところで体を晒し、ローブを盾にして爆風をガードした。
「アツっ!あぶない、ローブの耐久性が高くて助かった…」
忘れてたわけじゃないが、これは普通の闘牛ではなく多少は知性のある魔物なのだ。
ヒラヒラだけで対応できるはずがなかったのだ。
一度の攻撃が突進と爆発がワンセットと考えると、そのうち致命傷を負うことになりそうだ。
初動がわかりやすいとは言え、爆発が厄介だ。
牛がミルの方を向いて今にも突っ込んできそうな雰囲気だが、落ち着いて解析を続ける。
「フロガタウルスの鼻息は鼻に大きなダメージを与えると止まります。混乱して爆発が発動できなくなります。」
ナイス解析!
鼻を殴れば爆発を封じられる、なら作戦がある!
ミルは罠のある場所に走った。牛もそれを追って突進する。
そしてミルはあえて罠の網を踏むとそのまま網の中に入り、勢いよく木に吊るし上げられた。
前の一点しか見えてない牛には一瞬でミルが消えたように感じられた。
本当に前しか見ていないので、上にミルがぶら下がっていることなど目に入っていないのだ。
キョロキョロと探している牛の上で見つからないように慎重に網を抜ける。ここで爆発されたら丸焦げになっておしまいだ。
網を抜けて息を整えると、覚悟を決めて牛の鼻目掛けて飛び降りた。
デカイ鼻に、重力を利用した全力のかかと落としが炸裂した。
いくら魔獣でも死角からの弱点攻撃は効いただろう。
牛はヴゴーッと鼻を鳴らしたっきり、鼻息が止まった。
しかし怒ったのか、辺りの木を薙ぎ倒しながら暴れる。
やはりミルの攻撃力はまだ育っていないようだ、爆発は抑えられたがダメージは少ない。
そしてまだ体勢の整っていないミルを発見し、牛が狂ったように突進する。
「やば、避けきれない…」
もうだめだと目を瞑った。
次の瞬間俺の体は角に突き刺されて風穴が空き、即死だろうなあ。
やっぱりこんなステータスじゃ生き残れなかったよ、俺最初に言ったよね女神さん…
なんか死までの時間が長く感じる。直前って走馬灯とか走って時間が引き延ばされる感覚になるんだっけ?
そういえば痛みもないな、死んだのかな?
ミルの思考が突進の恐怖のせいで高速回転していると、耳元でなにかの断末魔が聞こえた。
////ブぎゃあぁあぁー、、、///
あれ?
目をあける。
後ろに手をついて倒れるミルの横に、美味しそうなローストビーフがころがっている。
いい焼き具合だ。いや、そうじゃなかった。
これはもしかして…
「よく耐えたわね、まったくムチャして…」
「シュリア!」
あと少しで牛に貫かれるところでシュリアが助けに来てくれた。
死んでなかった。まあ、薄々展開はわかってたけどね。
ミルとスライムが1時間近くかけて来た村まで10分くらいで助けにしてくれたのだ。なんといっても速い。
結局シュリアに世話をかけてしまった。
シュリアは「気にしないで、ちょうど運動不足を心配してたとこよ」と言っている。
どうやったかはわからないが、一瞬で作られた大量のローストビーフは村に半分分けた。
村の人もがびっくりしていたが、特にその説明はなかった。
予想外の収穫あったところで、3人でゆっくり歩いて帰宅することにした。
シュリアがいるからか、来た時みたいな魔物は一切見かけない。ビビって出てこないんだろう。
途中でローストビーフをつまみながら、シュリアが何気なく話しはじめる。
「それにしても、なんであんな魔獣がこの近辺に現れたのかしら…」
魔力濃度の低いエサしかとれないこの地域には魔物は近づかないはずだなのだ。
「イーグルも牛も腹を空かせていたみたいだったし、何かに他のエサ場が荒らされているんじゃない?」
ミルは解析で、魔物の空腹状況まで確認していた。
「一理あるわね、じゃあ他の魔物もどんどん近くに来るかも…」
それは困る。今日戦ってみてわかったが、ミルはまだ戦闘力がない。
半妖としての基礎身体能力はあるが、攻撃力は低すぎる。魔力を使えるようになれば身体強化も自動的にされるらしいが…
ミルは魔物としてはまだレベル1のようだ。
シュリアがいつでも守ってくれるわけではない。
うーん、どうしたものか…
ミルは個人的な課題を残したが、休暇初日は無事?終わった。