家族
「2人とも寝たようね」
シュリアは平野とスライムが寝静まるのを気配で確認すると、ほっと息をついた。
平野の世話をスライムに任せて部屋にこもり、ずっと新しい名前を思案していたのだ。
しかし、シュリアは名付けがどうにも苦手なのだ。
全然いい名前が思い浮かばなくて頭を抱えて、紙に試し書いてはクシャッと丸めて捨てる。
その繰り返しだ。
2人が寝た後は家の中も静かになり、また集中して考えることができた。
シュリアが苦手な名付けを引き受けることは滅多にないことだ。
つまりシュリアにとって名付けは、家族にしたいほど気に入ったという証でもある。
この世界では良い名前をつければそれに比例して強力な魔物に成長する。
だからシュリアの名付けは一晩を費やして慎重に考えられる。
スライムの名付け時にはまだ経験が浅く、シュリアが自力で名前を考えた。
しかし今のシュリアは一人前に成長した魔女だ。
スライムの名付けの時には使えなかった魔法をたくさん習得している。
その中には名付けにも有効な「占い」もある。
平野の名付けの際も初めは自分で考えてあげようと試みた。
でもやってみたけどダメだった。
なので今回は早々に考えるのを諦めて、占いの魔法にて名前を決めることにするのだった。
2人が寝静まるのを待っていたのも、占いなんかで名前を決めたとバレたくないからだ。
頑張って自分で考えて決めたと思ってほしい。
その方が喜んでくれるだろうから。
シュリアは性格がキツいように見えて、実は人が喜ぶのをみるのが好きなやさしい少女なのだ。
そうゆうわけでなるべく物音を立てないように、占いの魔法陣を展開する。
シュリアがかざした手の下に紫や紅色の光が交錯し、机の上に小さな魔法陣が開く。
そして陣の中に紙を置き、自分の血で紋章と名付け親であるシュリアの名を描く。
最後に名付け対象の爪か髪を紙の上に置いて魔法を詠唱する。
しかしここでシュリアは重大なミスをおかした。
道具を一つ揃え忘れたのだ。
そう、平野の髪である。
「私としたことが…なんて失態。
今寝ている彼から髪を抜いてこようか、しかし起こしては私が恥をかく。でも、それしかない…」
意を決してシュリアはこっそりと自室を出て、階段を上がったところにある平野の部屋の前まできた。
「そーっとよ、そーっと」
自分に言い聞かせながら、静かにドアを開けた。中の電気は消えている、やはり寝ているようだ。
忍び足で枕元に寄る。
暗いのでよく見えないが、頭らしきものがある。
「ここは魔女らしく痛覚麻痺の魔法を使ってら気づかれないように髪を抜こう」
魔力を手に纏って、ベッドに潜っている頭に手を触れる。
「あれ、やわらかい…」
爆睡中のスライムの頭があった。
…
なんでコイツがここで寝てるのよ…
平野はスライムの隣で静かに寝ている。
シュリアはベッドの反対側に回り込んで、今度こそ平野の頭に手をやった。
起こさないように細心の注意を払って髪を一本掴み、痛覚麻痺魔法を発揮して無痛で髪を抜き取った。
「やった!」
そこで油断したのが悪かった。
ベッドに足が当たって、少し揺らしてしまった。
衝撃でスライムの目が覚めてしまった。
「あれ…?マスターなんでここに…」
「…っ催眠魔法!!!!!」
スライムがまだ寝ぼけているうちに、すぐさま催眠をかけてやった。
スライムはまた溶けるように横たわって眠りについた。
これ以上いるのは危険だな、目的のブツも入手したし、部屋に戻ろう。
来た時と同じように抜き足差し足で部屋を後にした。
自室に戻ると、早速占いをやってみた。
魔法陣に紙をセットし、先ほどの髪を中央に置く。
「今日ウチに来た半妖にふさわしき名を与えたまえ!」
そして続けて呪文を唱えた。
魔法陣の光が一層強くなる。
そして、紙に染み込んだ血が紙の上を伝って移動して行く。
そしてその血は、すぐに一つの名前を書き上げた。
《ミル・アレリード》
これが占いによって選ばれた、平野の新しい名前だ。シュリアも納得のようだ。
「意味はわからないけど、なんとなく彼に会っている気がする」
シュリアはその後、彼がミル・アレリードという人間としても社会的立場に困らないように、ミルの住所登録や籍の登録書類を晩のうちに済ませた。
その作業に時間がかかり、気づけば朝日が昇り始めていた。
一方で翌朝、ミルはというと、温かいベッドに寝ていた。
ここが異世界だなんて、寝起きのミルはすっかり忘れていた。
ああ、また今日は学校か…と思いかけた時横を見ると、スライムがいる。
横に寝ているスライムを見て、ここが異世界だと思い出した。
「夢じゃない、俺は今魔法使いの家でスライムと一緒に寝ている」
転生して最初はどうなることかとおもったが、ファンタジー要素が露わになってきたこの世界はやはり素晴らしい。
起きた瞬間からワクワクが止まらない。
今日の目覚めは最高のものだった。
ミルはスライムを起こして一階に降りていく。
時刻は朝の7時。
朝食は台所でシュリアが作ってくれている。
「おはよう、シュリア!」
後ろから元気に声をかける。
「あぁ…おはよう、よく眠れたかしら?」
そのシュリアの振り向いた顔を見ると、なんだか体調が悪そうだ。
…寝てなさそうだ。
心配したミルとスライムが率先してご飯の準備を手伝う。
トーストと卵とベーコン。お手本のような朝食。
みんなで机について、一斉に食べはじめる。
シュリアはまだボーッとしている。
クマがあるよと教えたら、必死にこすって消そうとしていた。
「ごめん、徹夜で名前考えてくれたの?」
「ま、まあ問題ないわ、気にしないで。
…新しい名前知りたい?」
「知りたい!!」
スライムが先に答えた。
目をキランキラン輝かせている。
そして俺も頷いたので、いよいよ発表という流れだ。
でもシュリアは恥ずかしがってなかなか言わない。
誰も笑わないってば…
暖かいミルクを一口飲んで息をつき、やっと教えてくれた。
「私の家のアレリードという姓を貴方にも背負ってもらうわ。
貴方はミル・アレリードよ」
そう発表した途端、照れ隠しなのか勢いよくトーストにかぶりつき、チラチラと俺たちの反応を伺っている。
そしてしばらく何も返答がないのに耐えかねて
「な、何よ、イヤならイヤで言ってくれればもういちど…」
と言い始めたが、それを遮って答える。
「素晴らしい!
最高の名前じゃん!」
シュリアはキョトンとしている。
でもそう言われたのはかなり嬉しそうだ。
満足そうな表情でニヤニヤしはじめた。
「そうかそうか!気にいってくれて何よりだわ!
これから私の弟分としてがんばるのよ、ミル!」
テンションが一変した。
やはりシュリアは褒めに弱いのかな(笑)?
「これからよろしく!シュリア!」
「ぼくもよろしく!」
スライムもよろしく宣言したところで、3人はこの家でファミリーとなった。
魔女とスライムと半妖、へんな家族だ。
異世界に1人孤独に産まれてきたミルは、この世界に居場所を見つけたのだった。
さて、もちろんシュリアたちは家族にもなったが、同時に仕事仲間としてもミルを受け入れた。
3人で協力しながらそれぞれの仕事をして暮らしてゆく。
シュリアは店舗運営やギルド関係、その他諸処の事務もこなす。たまに怖いけど頼りになってやさしいマネージャーだ。
スライムは店の掃除や商品管理、店での販売全般が主な仕事だ。不器用なりに、客や取引先からの人気は高いのだ。
そしてミルは店を手伝いながら、シュリアが受けたギルドの依頼を代わりにこなすことを主な仕事に割り当てられた。
依頼といっても今は採集クエストしかできない。解析スキルがあるので、今のミルの適職だ。
因みに、解析スキルについては名を貰った時に2人には説明した。
話は逸れるが、シュリアは解析スキルのことを知るとミルの前にいろんな骨董品を持ってきて、これは本物なの?それとも偽物?と鑑定を頼んできた。
まあ結果的には、ほとんどがレプリカだったのだが…
シュリアは膝をついて落ち込んで、売りつけた商人を今度殺しに行くと殺気立っていた。
シュリアはああ見えて人がよく、悪徳商法に騙されやすいのだ。
しっかり監視しておかなければ…
そんなわけで採集クエストはミルに任せてもらえるのだが、討伐などの戦闘力を要する依頼は今もシュリアが出向いている。
アンタが行けばエサになって終わりだとシュリアにバッサリ言われた。
そして仕事を開始する前に
「まずミル、その服装をなんとかしないとね…」とシュリア。
今のミルは前世のままの服。ボーダーのシャツにジーンズ、運動靴という平凡大学生ファッションだ。
この世界では目立つらしい。
そこで、シュリアが知り合いの服職人から服を取り寄せてくれた。
白を基調としたローブとズボン、生地は柔らかく軽いが、多くの耐性を兼ね備えた防護服らしい。
さらに護身用に立派な剣も持たしてくれた。
上等な鍛治師にコネがあったので専用に注文してくれたそうだ。
そんな感じで、ミルがこの世界に順応しやすいようにシュリアが全てサポートしてくれた。
そんなシュリアの面倒見の良さ、健気さ、そしてミルとスライムに対する愛情は、生活を共にすればするほど伝わってきていた。
シュリアは2人にとって恩人だ。
ミルもいつしか、シュリアを姉のように慕うようになり、シュリアの力になることを強く望むようになっていた。
シュリアにはいつか楽させてやりたいから、そのうち俺も戦闘力をつけなきゃな…
今度休みの日、シュリアに魔法を教えてもらおう。やっぱり俺も少しは戦えるようにならなきゃな。
毎日各自が仕事をこなし、たくさんミスをして(※主にスライムが)、何かとシュリアのゲンコツが飛んできて(※主にスライムに)、でも晩御飯には食卓で3人笑い合う日々。
ミルは毎日が充実して楽しかった。
前世のあの味気ない生活は、もうどこにもない。
「生きる」とは何なのかを、皮肉なことに死んで始めて実感できていた。
ミルが来てからというもの、シュリアの家は一層賑やかになった。
料理や洗濯なんかはミルも手伝っているし、スライムは買い出しによく走っている。
「ほら食器、そんな積み方しないの!」
「もう!タオルはこうやって畳んで!」
シュリアは家事にも厳しく、ミルも細かいことで毎日怒られている。
でもミルは一人暮らししていたので、シュリアの指導を器用に吸収してこなしていく。
スライム曰く、ミルが来て家に活気が出てから、シュリアが楽しそうな顔をすることが増えたとか。
ミルはすぐに店の仕事にも慣れ、ポツポツと来る客にことごとく気に入られた。
そういえばシュリアは何でこんな街から外れた草原の中で店を構えているんだろうか?
今度聞いてみよう。
そんな日々が続く中、シュリアの店に1人の男が訪れた。
見た感じ西洋の貴族みたいな綺麗な格好で、腰には短剣を指している。前髪をあげたオシャレな髪型、男前なスマイルを振りまいている。
おそらく都会の人だろう。
「シュリア様はおられるかな?」
へぇ、シュリア様と呼ぶ人がいるのか。
前から気になっていたけど、シュリアは各界の実力者たちと何かと繋がりがあるようだ。
シュリアってこんなとこで店やってるけど、実は結構凄い魔女なんじゃ…
そう考えるとシュリアの素性を何も知らない。
しかし話したくないこともあるのかもしれないし、何より今は俺のかけがえのない家族だ。
さて一人語りはこの辺にして、店の奥にいるシュリアに客人を引き継ぐ。
シュリアが出てくると男は一礼をして話を始める。
「お久しぶりでございます、シュリア様!」
シュリアは社交辞令に淡々と受け答えする。
そして本題に入る。
「我が国サドラのギルドが半年後にナスティゴ草原にて、大規模な採集クエストを企画しいます。
その際の作業円滑化・効率化のため、我が国で草原へ続く公道を整備、拡張する計画を進めているのです」
要は、クエストのための公道整備のお知らせだ。
工事中は、街へと続く一歩道が一時的に通行止になる。
つまり街から店に来る客が大幅に減ることが予想される。
そのため国の渉外担当が、店の営業にも影響が生じるであろうシュリアに許可を取りに来たようだ。
シュリアはしばらく考えて、口を開いた。
「なるほど、わかりました。どうぞお好きになさって下さい」
そう聞いて、男はホッと胸を撫で下ろしている。
「いやー、ありがとうこざいます!
シュリア様に反対されたらさすがに強行はできませんからね」
しかしシュリアが続ける。
「但し、営業出来ない間は赤字になりますから、生活資金を補助してください。これが条件です」
さすがシュリア、しっかり条件の承諾書も叩きつけた。
男は少し笑顔が曇ったが、すぐに計算を始めて適正な援助額をはじき出し、シュリアに確認をとった。
シュリアも粘り、そのうちに男の方が折れて、男が提示した最初の額の1.5倍にまで引き上げた。
そして、こりゃ上司に怒られる…と苦笑いしながらも、承諾書に署名した。
この男もある程度は裁量が任せられているのだな、なかなかの身分に違いない。
そして交渉が終わった男は店で少し買い物をして、ミルたちにも丁寧に挨拶してから国へと帰って行った。
なかなか感じの良い男だ。
「ミルは初めて会ったとおもうけど、あの人はサドラ王国の外交官、マースよ」
シュリアが説明してくれた。
人当たりはいい男だが、シュリアはあまり好きになれないらしい。
たしかに、シュリアとは正反対でハキハキと元気な印象だった。シュリアには苦手そうだな….
シュリアの店は、客の大幅な減少でしばらく営業困難となった。
「これは困ったね」
本当は工事には反対だったけど、サドラ王国には店の運営に関しても何かと世話になっているらしい。
角が立つことをして睨まれるのは、シュリアにとっても具合が良くない。
友好関係を維持するためにも、渋々認めたようだ。
それでもちゃっかり多額の援助金を交渉したのはシュリアらしいところだが。
3人で話し合った結果、このまま営業を続けても売り上げはのぞめない。
生活資金はクエストとサドラの補助に期待して、店をしばらく休業するという案でまとまった。
だがクエストはギルドにより、不定期に発表される。
この時期は近くのクエストが多くないので、3人は一気にやることがなくなった。
ということで、シュリアたちはのんびりと長期休暇をとることになった。