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001 再会から始まる序章

「お母さん、私たち、またいじめられたわ。縁起が悪い名前だって!」

「いつも同じことを言われるわ。縁起が悪い双子だって!」

「あら。あたしにとっては二人とも大事な大事な、かわいい我が子よ」

「ねえ、どうして私たちは縁起が悪い名前なの?」

「お母さん、どうして私たちは双子なの?」

「それはね……」




剣と魔法と冒険の次元。

我こそ勇者たらんとする冒険者、異界よりの来訪者、漂流者、あるいは侵略者……

しかし大部分の人々には、魔王を倒すだの世界を救うだのといった大きな使命など関係ない。

ただ己の日々と暮らしを守り、ささやかな幸せを紡ぎ、時をなぞって明日へ、子へと繋ぐ。

それが、人々にとっての『世界の命運』。

魔王も勇者も関係ない、人々が自然と思い描く『普通』だった。

これは、運命の悪戯に苛まれ続け『普通』の暮らしをつかむことにさえ深く傷ついた男の、数多の悲哀と……最後にやっと得た平穏までの物語。




所は街道筋の宿場町。

乱立する食堂や酒場は二階、三階に客室を持ち、旅人たちに飲食だけでなくその夜の宿も提供していた。

そのうちの一件、肉料理に定評がある食堂の二階から、女が二人出てきた。

片方は若い女、もう片方はさらに若く、むしろ少女と呼ぶのが相応しい見た目だった。


「おいリーウィン、調子に乗って食べすぎるなよ」


若い女が少女の名を呼び、過食をたしなめる。

腹に入れすぎて苦しくなっては、旅の足取りが重くなる。

ましてや、食べきれもしない量を注文して、結果残してしまうわ金は払わざるを得ないわでは、話にならない。

彼女たちは旅の身の上。

そこまで安全でも、裕福でもなかった。


「わかってるよ。ユーニスはいつも心配性だなあ……でもね」


名を呼ばれた少女、リーウィンは栗皮色の長いおさげ髪を体ごと揺らしながら、軽やかに階段を下りる。

それなりの大きさの鞄に、自身の低い背丈に並ぶ程度の長さの杖。

森羅万象に働きかけ、様々な超常現象を起こす《魔法使い(マジックユーザー)》と一目でわかる旅装だった。


「はいはい。『魔法は腹が減る』だろ? ほどほどにな」


リーウィンの後から階段を下りる、浅黄(うすき)色の髪の若い女がユーニス。

こちらも結構な大きさの鞄を用意してはいるが、得物は杖ではなく短剣や短弓、それと便利道具。

隠された扉や宝物の発見、鍵や罠の解除といった技能を訓練した《斥候(スカウト)》の装備だ。


「まずは昼の半鐘が鳴る前に、部屋借り札を返してだな」


食堂の主人とは別にいる宿の主人に、部屋を使い終わって去ることを伝えるチェックアウト手続き。

日時計が南中を指す昼の半鐘前には済ませないと、連泊とみなされてもう一日分の料金を取られてしまう。

それを済ませてようやく、食堂のテーブルに着く。


「肉! 肉食べよう!」


リーウィンは掲げられたお品書きの看板に目を通し、肉料理を物色する。

何を注文しようかと泳ぎながらきらめく瞳。

まだまだ色気より食い気のお年頃だ。


「まあ、肉は食うけどよ……お前が昨日見かけたっていう『会いたいあの人』を探さなきゃならねえんだろ? まだこの町に居んのかよ?」


ユーニスはお品書きも読まず、なんでもいいという態度。

注文は『こいつ(リーウィン)と同じものを』で済ませる腹づもりだ。


「探さないよ?」

「はァ!?」


会いたい人の手がかりをつかんだのに探さない。

支離滅裂とも取れるリーウィンの反応に、ユーニスは面食らうしかなかった。


「だって、あっちの隅のテーブルに、今いるもん」


リーウィンが食堂の入口側、入って左の隅のテーブルをこっそり指さす。

そこには小さめの一人用の席に、銀髪の男がひとり。

気だるそうに茶を飲みながら、お品書きの看板をぼんやりと眺めている。


「あー、あいつだったのか……そういや、前に『あの人に助けてもらったんだ』って言ってたな、お前」


リーウィンの『会いたいあの人』は、ユーニスも顔は一応知っている。

以前、リーウィンが家庭の事情による危機を脱した時に、一度は対面していた相手だった。

その彼に今、会ってどうするのか。


「あの人、ちょっとわけがあって旅に出たけど、それまでは騎士見習いだったんだって。私たちに足りないのは『前衛』でしょ? お願いしたいなーと思ってさー」


確かに、魔法使いと斥候はどちらも接近戦に強い職業ではない。

剣士(フェンサー)》や《戦士(ファイター)》などの職業が、前衛として接近戦を担当するのが一般的だ。

そしてその前衛が、この二人の旅には欠如していた。

そこで、騎士見習いとして剣の心得があり、窮地を救われた縁で腕前も見たことがある彼に前衛を依頼しよう、というのがリーウィンの目論見だった。


「でもアイツ、男じゃんかよ」

「わー。出たよ、ユーニスの男嫌いが……ユーニスって見た目はけっこう悪くないのに、その性格で損してるよねー」


それに対してユーニスは、乗り気でないどころか露骨に嫌がる表情を見せる。

悪い男に引っかかって散々な目に遭った結果、純潔をはじめ様々なものを失ってきた。

男嫌いになるのも当然の帰結という人生を、このユーニスは過ごしてきていた。


「なんだぁ、嬢ちゃんたちぃ……前衛が欲しいのかぁ?」


いかにも戦士といった風体の男が一人、ユーニスに近寄ってきた。

ずいぶんな量を飲んでいるようで酒臭く、顔も赤い。


「ごめんなさい、誰でもよいというわけではなくて」


不意の申し出をリーウィンが穏便に断る。

だが、それであっさり引き下がるほど、この男は柄も頭も良い相手ではなかった。


「不自由はさせねえよぉ? 戦闘も『あっち』もなぁ。へっへっへぇ」


断られていることにも気づかず、ユーニスにいやらしい視線と言葉を浴びせる男。

この時点で既に、二人ともが『無し』という結論に至った。


「アタイはな、テメエみたいなのが一番ムカつくんだよ。ヤることしか頭にない猿がな!」


憤怒と憎悪がたっぷり詰まった目で、ユーニスは男を睨んで叫んだ。

こういう輩に性的な目で見られることこそがユーニスが最も嫌う、身の毛もよだつおぞましい行為だからだ。


「なんだとぉ? 人がせっかく親切にしてやろぉ、ってのによぉ!」


罵倒されたことくらいは理解できた男が、ユーニスの肩を強引につかむ。

戦士として武器を扱う握力で、かなり乱雑に力を入れられている。


「くっそ、離せ!」


男の手は酔いと怒りの勢いのまま、抵抗して暴れるユーニスを放り投げた。

入口側に投げ出され、ユーニスは派手に尻餅をつく。

位置的にその様子を見下ろす格好になった男は、しかし『素行の悪い酔っ払い』として、周囲から精神的に見下されていた。


「おい、あんた……ケンカすんなら出て……?」


出て行け、と言おうとした食堂の主人だったが、その目の前を横切る人影に驚いて言葉が詰まる。

隅のテーブルにいたはずの銀髪の男が、酔っ払いの背後からその頭に人差し指一本を立てた。


「飲み過ぎだな」


銀髪の男が一言こぼした瞬間、酔っ払いの頭に立てた指先が一瞬蒼く光る。

あ、と言葉にならない声をわずかに漏らして、酔っ払いは意識を失った。

殺したのかとざわついたり呆気に取られたりする周囲に、寝息を立て始めた酔っ払いの様子を見せて『大事(おおごと)ではない』とわからせると、銀髪の男は酔っ払いを手近な席に座らせた。

ケンカでも死人でもないならと、食堂の主人も他の客も皆、それぞれの仕事や食事に戻った。


「このお節介野郎、って思ってる目だな。一人で立てるだろ?」


そして銀髪の男は、ユーニスには手を差し伸べない。

そういう手出しこそ嫌われると、さっきの酔っ払いの前轍を踏むことを避けたい構えだ。


「まあな……でも」


こいつは『まだマシ』で、リーウィンの『会いたい人』だ。

そういう判断材料まで忘れて自制心をなくすほど、ユーニスは特に被害を受けたというほどでもなかった。


「お節介なんて、とんでもないです!」


そこにリーウィンは、元気に飛び込んでくる。

話しかける時機(タイミング)に迷っていた『あの人』が、向こうから近づいてくれたのだ。

一気に距離を詰めて、銀髪の男の目の前に立つ。


「ありがとうございます、ウェズリーさん。お久しぶりです」

「んー……えーと……?」


銀髪の男、ウェズリーの名を呼んで見上げるリーウィンだが、背の高い大人であるウェズリーと子供のリーウィンでは頭二個分ほども背丈に差があるせいで、首だけをかなり上に向ける姿勢になる。

なぜ自分の名前が知られているのかがすぐに理解できないウェズリーが、とりあえずテーブルに戻るよう促す。

リーウィンは自分だけでテーブルに戻ろうとはせず、ウェズリーを同じテーブルの空いている席に招いた。

放っておいても勝手にテーブルに戻ったユーニスと、三人で一つのテーブルを囲う。


「……どっかで会ってたっけ?」


ウェズリーはまだ思い出せない。

しかしリーウィンにとってウェズリーは、忘れられない記憶の中の人だ。

『いつ』『どこで』と聞かれても、はっきり思い出してはしっかりと答えられる。


「私、リーウィン・リーヴィンです。二年と少し前に《クレーナの森》で、捨てられていたのを助けてもらいました」

「クレーナ? あー……ああ」


ウェズリーはすっかり忘れていた。

このリーウィンとの出会いは自分の旅にとっての目的でも何でもなく、通りすがりの出来事という程度でしかなかったからだ。


「あの時は確かに、親元に帰したよな? 親父さんは?」

「父は亡くなりまして、今はこのユーニスと旅をしています」


名前を出されて紹介されても、ユーニスは警戒を解いていない。

あまりにも無防備すぎるリーウィンに何かされては、自分に何かされるより不快だからだ。


「ところでお客さん、何も注文しないのかい?」


そこに食堂の女中が割って入ってきた。

言われてみれば、さっきの酔っ払いのせいもあって何も食べていないどころか、注文すら通していない。


「豚の角切り甘ダレ焼きを!」


即答するリーウィン。

酔っ払いに絡まれる前に、何を注文するかは決めていたようだ。

あまりの速さに、ユーニスとウェズリーは『同じものを』としか言えなかった。


「それでですね、ウェズリーさんは剣の腕が立つようですから是非、前衛をお願いしたいんです。まず、ここは奢らせてもらいますから」


注文を通して女中が去ったところで、リーウィンが本題に入る。

もっと遠くに、もっと色々な場所に行きたい。

それを思うと戦力という意味で、また、さっきの酔っ払いのような『悪い虫』を避ける意味で、ウェズリーには是非一緒に来てほしいとリーウィンは考えていた。


「……次はどこに行くかは、もう決めてるのか?」


しかしどうしたことか、ウェズリーの表情は厳しい。

さっきの酔っ払いをあしらった時にさえ、こんな表情は見せなかったというのに。


「東門を出て、いくつか街を通って、王都……《ガデルベルグ》へ。そしたら、そこからもっと東、もっと先をを見てみたいなあって! けっこう長い旅になると思うんです。だから」


それを聞いたウェズリーが、注文した料理の代金分だけ机に銅貨を並べた。

奢りでは食べない、という意思表示だ。


「俺は王都までは行くが、そこに着いたらもう旅は終わりにするんだ。そんなに付き合えない」

「そう……ですか……」


単に目論見が外れたというだけでなく、自分の奢りも拒絶された。

リーウィンにとっては一気に、上機嫌から引きずり下ろされた気分だ。


「王都までは行くならさ、そこまででもアタイらと一緒できねえか? ほら、コイツの顔に免じてさあ」


さすがに見かねたユーニスが、助け船を出す。

自分やリーウィンに近づく男など本意ではなく、もちろん遠ざけたいが……リーウィン自身が『頼りたい』と願う相手に無下に断られて、それでリーウィンが落胆しているのもまた、ユーニスにとっては本意ではなかった。


「……いいとこ一個前までだな。女連れで王都に入るのは避けたいんだよ」


このウェズリーは余程の訳ありなのだろうか。

騎士見習いを辞めて旅に出て、やっと旅を終えるかと思えば、女連れで王都に入るのは避けたいなどと。

気は許せないが、それ以上に奇妙な男だとユーニスは思った。


「じゃあ、せめてその一個前……《リィサ》までだけでも」


諦めきれないリーウィンが食い下がる。

あどけない少女の瞳は、大抵の相手には武器にもなる。

このウェズリーは……


「……まあ、ここで断って変なのに絡まれたり、それでひどい目に遭われたりしても、寝覚めが悪いか……」


……ウェズリーは自分を責めやすい性分だ。

気にしなくてもいいことまで自分のせいだと思いがちになる。

『自分が断ったせいで、この子たちが不幸な目に遭ったら』

リーウィンの眼差しがどうというより自身の性分から来る悲観が、ウェズリーに並べた銅貨を戻させて、腹を決めさせる。


「……リィサまでだぞ。そこから先は、道が同じでも別行動にするからな」

「ありがとうございます!」


結局折れたウェズリーはそのまま、リーウィンの奢りで今日の飯にありついた。

若い女と一緒でもだらしない様子を少しも見せないウェズリーにユーニスはいまだ用心しつつも、リーウィンがこの男を頼りたいと思った理由は少しだけ、理解できてきた。


「ところでリーウィン。堅苦しくする必要はないぞ」


主食は、麦を粉にして水で練って焼いただけの、質素な生地。

あまり柔らかくはないそれをちぎっては食べながら、ウェズリーはリーウィンの緊張を見破る。


「え、あ、はい?」


年齢の割に礼儀正しく利発な態度。

ウェズリーにはそれが堅苦しく感じるのだろうか。


「確か、お前にはあの時も……森でも話したろ。俺は別に高貴な身分でも何でもない、貧乏な出身だからな。楽にしてていいし、呼び捨てでいい」


ウェズリーにはそういう態度は『背伸び』にしか見えなかった。

リーウィンが言った二年と少し前、捨て子だった時のように、気取らず素直に感情を言葉にすればいいと感じたのだ。


「あ、はい……いや、うん……と、ウェズリー?」


やや照れくさいが、リーウィンは言う通りにしてみた。

家族でも同世代でもない年上の男性をそんな風に呼ぶのは、彼女にはずいぶんと久しぶりのことだった。


「ああ。それでいい」


二人が急速に距離を詰めるようで、その様子がユーニスには疑わしい。

ウェズリーに警戒の視線を寄越してしまう。


「リーウィンはこの……ユーニスだっけ? この子に森でのことは話してないのか?」


露骨に疑われているのがわかると、ウェズリーもさすがに居心地が悪い。

リーウィンから話してやってほしいという、遠回しな催促だ。


「え、あ、うーん……ウェズリーさ……ウェズリーにまた会うまでは、怖いだけの思い出だったから……」


無理もない話だ。

そもそも今でさえ本来ならまだ親元を離れるような年齢ではないリーウィンが、今よりさらに幼い時に感じた怖い思いの記憶。

それを親友相手にとはいえ、思い出して話せという方が厳しい。

ウェズリーと出会ったことと同じくらいに怖さの印象が強く、だからこそ二重の意味で『忘れられない記憶』だった。


「まあ……夜の暗さと狼が怖くてチビった話なんか、したくないか……」

「チビっ……やだ! 言わないで!」


その記憶の断片をぽろりと漏らしたウェズリー。

しかも、よりによって『漏らした』ことを。

嫁入りどころか恋も知らない少女には、あんまりな仕打ちだ。


「お前、いい加減にしとけよ……?」


ウェズリーを警戒するユーニスの視線が、更に厳しくなる。

そんな雑談を交わしながらも、注文された料理は綺麗になくなっていった。

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