調理実習
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
どんなコメントでも大歓迎です。
「今説明した通り、来週は2年ぶりに調理実習を行うので残り時間でペアを決めておくように。決まったらこの名簿に記入して……そうだな、委員長の高橋キョウコ、職員室まで届けてくれ」
「はい」
私の返事を聞くと、先生はまだ15分くらい残ってるのに教室を出ていった。
出て行った直後から教室のあちこちでおしゃべりが始まる。隣の席で幼馴染のノリオがだるそうに伸びをしていた。
「はぁー。なんで受験間際になってまで調理実習なんてやらなきゃいけないのさ」
「校長の趣味らしいよ。料理のできない人間に人権はない!ってこないだ広報に書いて炎上してた」
うちの親がそれで発狂していた。料理はできたほうが便利だとは思うんだけどね。
「だからってひどい学校よね。この1日の差で志望校落ちたら責任とってくれるのかっての」
「1日の差で落ちる奴は実習なくても落ちると思うけどな。それより、ペアはどうする?俺とやるか?」
「やだよ。絶対私に押し付けて楽するじゃん」
「冗談だし。一昨年のことがあるからこっちから願い下げだっての」
どんだけ失礼なこと言ってんだこいつは。
「俺の本命は、押しに弱そうなクラスのアイドルだからな!メグちゃーーーん!!」
大きい声を出しながら教室の端の席に座っているメグに駆け寄るノリオ。押しに弱そうなって……
「……ゴミか」
つい口に出てしまったが、誰にも聞こえていないようなのでセーフとする。……何に対してセーフなのかは私にもわからない。
「メグちゃん、俺とペア組もうよ!」
「あ、えっと……その……」
満面の笑みで押し切ろうとするノリオ。その笑顔を少しでも私との会話の時も……と思ったけどそれはそれで気持ち悪いのでいつも通りでいいか。
「いいじゃん組もうよー。しっかりサポートするからさ!」
なぜ初めからサポート宣言なのか。
「じゃあ……よろしく」
メグが可愛らしく微笑む。ホント、小動物みたいだよねー。私が男だったら絶対襲ってる。
「やった!こちらこそよろしくー!いやー楽しい実習になりそうだねー!」
はしゃぎまくるノリオに蹴りを入れる周りの女子たち。いいぞ、もっとやってしまえ。
一層騒がしくなるノリオとメグの周囲を横目に、私は初めから組みたいと思っていたクラスメイトの元へ近づいた。
「永瀬くん。私とペアになってくれない?」
話しかけた相手は定期試験で学年1位を譲ったことがない天才で、見た目もかっこいい永瀬くん。女子から観賞用として人気が高い。私の好みじゃないんだけどね。
「高橋か。オレは誰とでも構わないが……なぜ俺なんだ?」
永瀬くんは机の上に何か紙を広げて眺めていた。建物の設計図みたいだけど私にはよくわからなかった。
「あなたがここにいる誰よりも頭が良くて器用だからよ」
「頭のよさや器用さで調理実習のペアを選ぶのは、あまり賢いとは思えないが」
正論だ。だけど面と向かって賢くないとか言わないでほしい。
「……前回の実習で、自分が不器用であることを自覚したの。だから一番器用なあなたのやり方を間近で見て学びたいの」
「一昨年の実習でなにかあったってことか。……偶然だが、それは俺も同じだ。それじゃ、2人でリベンジといくか」
「……うん!よろしくね!」
名簿を持ってきて二人で名前を記入する。何かこだわりがあるのか永瀬くんは壁際の調理台を希望してきた。私は特に希望もないのでその提案を受け入れた。
自分の席に戻るとノリオも戻ってきていた。
「おいおいキョウコ、お前永瀬にペアを申し込んだのか?」
「悪い?」
「いや、そうは言わねーけどよ……去年実習が中止になった理由を知らないのか?」
「爆発事故があったからでしょ?」
毎年行われている調理実習だけど、一昨年の実習の時に爆発事故が起きて実習室が壊れてしまった。1年では修復に間に合わなかったらしく、去年は中止になったと聞いている。
「そうなんだけどさ。あの爆発は永瀬の仕業なんだぜ……」
ふうん。永瀬くんが爆発を起こしたんだ。
「……ってえぇ!?」
「リアクションが遅いわ」
永瀬くんが爆発を起こした!?そんな危険人物だったの!?反抗期!?
「まぁ鍋が突然爆発するっていう完全な事故だったらしいから、ガス漏れとかじゃないかな」
そ、それなら仕方ないか。というかさっき言ってたリベンジってこのこと?……今更不安になってきた。
そんな不安を察したのか、珍しくノリオが優しい言葉をかけてきた。
「わざとじゃないんだから、今年は平気だろ」
「だったら私とペア代わってくれない?」
「無理。断る」
やっぱり優しいのは表面上だけか。メグが相方だったら私は見てるだけで終わるのに。
深いため息をついたところで終了のチャイムが鳴ったので、名簿を職員室へと持って行った。
「当日は普通に終わることを祈るわ……」
独り言のようにつぶやいた祈りは、実習当日の朝っぱらからぶち壊れるのだった。
調理実習当日の家庭科室。室内にいるのは私と永瀬くんだけ。
「ねぇ永瀬くん。実習って何時からだったっけ?」
「5限だから13時半からだな」
永瀬くんはファイルから出した紙を次々と壁に貼り付けていた。壁際の調理台を希望していたのはこのためか。
「じゃあなんで私たちは朝の8時から実習室にいるのかな」
「何かを成し遂げるには相応の準備がいるんだ」
言ってることはかっこいいけど。こういうちょっと変なところのせいで見た目のわりにモテないで観賞用呼ばわりされてるんだろうなぁ。
「高橋も突っ立ってないで手伝ってくれ」
自分から誘っておいて手伝わないのはありえないか。
「はいはい。じゃあ何をすればいいの?」
こうして私たちは午前中の授業をさぼって調理実習にすべてを捧げることになった。
そこからが大変だった。
「まずは米を水につける。水温の維持とつけておく時間に気を付けてくれ。水温は誤差コンマ1度以内、時間は誤差3秒以内で行ってくれ」
……は?
「次に調味料を作る。昨日科学室から酢酸を……」
「待って!……え?市販の調味料じゃダメなの?」
「当然だ。そのために8時からここにいる」
断言できる。この実習は絶対にそこまで求められてない。
「やるときは常に全力。誰もやらないことを本気でやるからこそ高い評価を得られるんだ」
永瀬くんは天才って呼ばれてるけど、これが天才なら天才って頭おかしいんじゃないかな。
「言ってる事自体はかっこいいんだけどね……」
「しゃべってないで手を動かしてくれ。あまり時間がないんだ」
見た目だけではモテないというのがよくわかるいいサンプルだと思った。
文句を言っても何も変わらないので、それからは永瀬くんの指示通りに手伝い続けた。
指示が多すぎて無我夢中でやっていたので、気が付いた時には調理を終えたクラスメイト達がいつの間にかいた。作業をしているうちに5限の時間に入っていたようだ。
そしてそのクラスメイト達の視線で、私はようやく異常事態に気が付いた。
「え、ちょっとやばくない?永瀬くん、これ絶対やばいって!」
鍋から黙々と煙が上がっている。蓋をしていることを考えると異常な量だ。
「計算通りだ」
何かっこつけてんだ。
「計算通りでもこの煙の色はやばいって。緑とか紫とか混ざってるよ!?」
「その色は予想外だが、計算通りだ」
「あんた日本語勉強してきなさいよ!予想外は計算できてないことを言うんだよ!」
この人天才じゃなかったっけ!?というかもしかして……
「一昨年の爆発って……」
「あの1件は反省している」
やっぱり事故じゃなかったのか!料理で爆発ってどんな料理だ!
「だったら今すぐなんとか……」
言ってるそばから煙が虹のように輝きだした。
「な、なるほど……」
「完全に焦ってるだろあんた!早く火を止め……」
ガスコンロのつまみへと手を伸ばした瞬間。鍋は強烈な光を放ちながらすさまじい爆発音を放った。
「きゃーーーーーーーーーーー!!!!」
耳を抑えながら床に倒れこむように伏せる。悲鳴を上げているつもりだが自分の声が全く聞こえなかった。
「……死んだ。私は死んだんだ。せめて彼氏とかさ…結婚とかもしてみたかったし……」
呪詛のように言葉を吐き続けていると、隣から声が聞こえてきた。
「喋れる死人もいるのか。貴重な経験だ」
クラスメイトの天才、もといすべての元凶である永瀬くんだ。
「……え、永瀬くん?そっか、一緒に死んだから一緒に地獄に来たんだね」
「失礼な。俺は生きてるし、高橋と違って地獄に行くようなことはしていない」
え、じゃあ私も生きてるってこと?よかったぁ……生きてるって素晴らしい。
「ところで私は地獄行きってどういうことかな?」
「よし、誰もケガしてないみたいだな」
私のことを無視して辺りを見回す永瀬くん。いつかこの件に決着をつけると心に決めながら、私も周りを確認する。
「ほんとだ、みんな驚いているだけみたいだね。私たちも無事だったみたいだし……」
去年は入院するほどの爆発だったはずなのに運がよかったのかな。
「言っただろ、計算通りだって。前回の爆発は想定外だったが今回は爆発することも計算に入れてあった。だから爆風の方向も計算できるってことだ。今回は真上に爆風を飛ばしたから周りには被害がなかったというわけ」
……そんな計算までできるなんて。
「天才ってのは、同じ失敗を繰り返さないから天才なんだよ。そしてこれで……」
永瀬くんが上を見上げて数秒後、上から何かが降ってきて鍋の上に着地した。
「きゃっ!な、なに?」
「パーフェクトだ」
見ると先ほどまでなかった蓋がされていた。ということは上に吹っ飛んだ蓋が落ちてきて鍋の上にぴったりはまったってこと?
「もしかしてこないだ見てた設計図って……」
「あらゆる努力を惜しまず目的を達成する。それが楽しいんだ」
私が知る限り、初めて永瀬くんが笑った。いつもの無表情が信じられないくらい無邪気な少年のように。なんだ、ちょっとかわいいとこあるんじゃん。
って何思ってんの私!こんな危険人物のことかわいいとか……心を許したら絶対ダメなタイプなんだから!
永瀬くんから視線を外して鍋を見ると、なぜかスポットライトが当たっていた。
「そういえば計算通りって言ってたけど、これ食べられるの……?」
恐る恐る聞いてみると、永瀬くんはいつもの表情に戻って鍋つかみを手に取って蓋を開けた。
「味も計算済みだ。見た目は計算上どうしてもよくできなかったが、味は確かだ」
先に永瀬くんが一口食べたのを見てから私も口にする。見た目は毒々しい色をしている、というかいまだに毒々しい色の煙を出していて数秒ごとに色が変わるという謎具合だったが、食べてみると普通においしいスープになっていた。
「ほんとだ、味は普通だ」
むしろどうやってこの見た目で普通の味を表現できるのか。
「次は見た目も計算しないとな……」
真剣な顔で思案する永瀬くん。今はっきりわかった。
この人、馬鹿なんだ。
私たちが口にして卒倒しなかったのを見ると、クラスメイト達が怖いもの見たさだろうが味見したいと言ってきた。
「ほんとに見た目はやばいな……」
「味はいいぞ!目を開くと吐きそうになるけど」
「永瀬くんの手料理……」
なんか一人だけ喜び方がおかしい気がしたけど、おいしいものができてよかった。立役者を見るとまだ計算しているようでぶつぶつ言っていた。
つくづく思うけど、何よりもまず爆発させない計算をしてほしい。
「そういえば高橋。お前は一昨年何をミスったんだ?」
「……塩とね。砂糖を間違えて入れちゃったの」
「また古典的な……」
仕方ないじゃない!白い粉なんて大体見た目は一緒だし、なんか鍋がぐつぐついってて急いで入れなきゃと思って確認しなかったら間違ってたんだから……
「じゃあ、おいしいものが作れてよかったな」
「おかげさまでね」
死にかけもしたけど、確かに前回よりおいしいものができたから、まぁいいかな。
「あれ?雨だ」
味見をしていた子の一人がつぶやいた。見ると確かに雨が降っていた。……鍋の上に。
鍋の上を見ると見事なまでにまっすぐな穴が開いていた。だから蓋が落ちてくるまでに時間がかかったのか。
「じゃあさっきスポットライトがあたってたのは、ここから太陽光が差し込んでたのか……」
……ここ三階建ての一階なんだけど。
当然のことながらこの後呼び出されて説教を食らった。
永瀬くんは反省していないようで、まだぶつぶつ計算していた。
もう一緒に調理実習はしたくないけど、彼のまっすぐなところは少しだけまぶしく見えた。
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