第七幕 二つの問題
A「しかし、大胆でしたね、先代マドンナ」
部長「おお、Dもやるのう。C君の登座式が終わるや否やじゃったけえのう」
B「はじめてだよ、マドンナの男装なんて見るの」
部長「アホ、あれが当たり前じゃ」
A「僕が変わりに女装してあげましょうか?」
部長「君もアホか。もう、アホばっかりで嫌になるわ」
A「冗談ですよ冗談」
B「チェッ、残念」
部長「馬鹿なことを」
D「お邪魔しまあす」
A「邪魔するなら帰って下さい」
D「もう、やだわ。新喜劇みたいなベタベタなネタはよしてよ」
部長「おお、Dじゃあないの。お疲れ様じゃったの」
D「どうも。本当に疲れちゃったわ。って、駄目駄目、なかなか抜けないね」
部長「そうじゃ、君ももう普通の男子学生なんじゃから、女言葉はいけんぞ」
D「うん、気をつけなきゃね」
B「うわあ、新鮮だな、これもイイ!」
部長「馬鹿か」
A「それで、D先輩は何の御用ですか。今練習時間中なんですけど、っていうか、邪魔なんですけど」
D「うわ、何か前以上に露骨だね。あのね、部長、僕やっぱり合唱部に入りたいんだ」
部長「おお、ほうかの。そりゃ歓迎じゃ。」
A「ええ~!大体、昨日の今日で別の部活に移るって信義的にどうなんですか?」
D「じゃあ、A君はいつまで待てって言うのかな?」
A「いつまでもですよ」
D「それじゃあ無理だね。だから、部長、よろしく」
部長「はいはい。向こうさんの合意は得たのね」
D「うん、皆で送り出してくれたよ」
部長「じゃあ、拒む理由はないの。ええな、B、A君」
B「勿論だ」
A「僕は賛成できません」
部長「何が不満なの」
A「マドンナの、いえ、Dさんのマドンナに対する不誠実さです。」
部長「じゃからきちんとやめたじゃあないの」
A「だからと言って、まるで進んで縁を切ったかのようなこの一連の行動は、マドンナ制度の可否は別として、僕は見ていて嫌でした。何よりCが可哀想です。」
D「何も言い返せないなあ・・・」
部長「しかし、みんなで送り出してくれたというとるでしょう」
A「でも、Cはお姉さまどうか私を置いて行かないで、なんて言う筈ないと思います。たとえどんなにそういう想いであっても。少なくとも、今Dさんが入部すれば、Dさんを合唱部に、有体に言えば、部長に盗られたと恨みに思うのではないでしょうか」
部長「ううむ。」
D「じゃあ、僕はどうすればいいんだろうね」
A「知りません」
D「あはっ、厳しいなあ」
A「とにかく、男装に戻したのなら、そこで留めておくべきではないでしょうか。その上、合唱部に転入するのはどうかと思います」
D「そっか・・・」
部長「今回は容赦ないのう、Bよ、お前はどう思う?」
B「今おれはサルだから」
部長「卑怯者め。ううむ・・・、よしわかった。僕が一遍演劇部の連中と先先代様に意見を聞いてくるで、その上で決めるようにしよ」
A「どうして部長がそこまで」
部長「建前上は入部希望者の意志を可能な限り尊重したいからよ」
A「本音は?」
部長「長年の友達じゃもの」
A「結局そこじゃないですか」
D「部長、ごめんね」
部長「いやいや、どちらにせよもう一遍話はせにゃあならんと思っとったで、ほんなら、ちょっと行って来るけ、待っとってちょうだい」
A「何も今じゃなくても」
D「そうだよ」
部長「いんや、善は急げじゃ、ほいたら、ちょっと失礼」
A「あーあ、もう」
D「ごめんね」
A「謝るくらいなら最初から来ないで下さいよ」
D「それは無理だよ」
A「もういいです、お話になりません」
D「怖いなあ」
B「全くだ」
部長「という事なんですけどもね」
演劇部長「そうか。いや、僕らはね、多少といわず寂しいけれども、Dの新しい選択を尊重したいし、Dが演劇部と縁を切ったなんて思っていないよ、なあ、マドンナ」
新マドンナ「・・・」
演劇部長「マドンナ?」
新マドンナ「え?あっ、すみません。まだ呼ばれ慣れてなくて・・・」
部長「そうじゃないんじゃあないの?」
新マドンナ「・・・」
演劇部長「何か言いたいのなら正直に言ってくれよ」
新マドンナ「はい・・・。正直に申しまして、私には今のお姉さまの行動について残念に思う所があります」
部長「ほうか・・・」
新マドンナ「私は、お姉さまがマドンナを退かれた後も、演劇部に顔を出してくださるのではないかと密かに期待しておりました。勿論、これは私の勝手な期待であることは百も承知しております。けれども、登座式の後、すぐに一般生徒に紛れられた事といい、一度も私どもに顔を見せてくださらない事といい、ましてや、昨日の今日で合唱部に籍を移されるなど・・・、はっきり申しまして、私はお姉さまから裏切られた気持ちで一杯です」
演劇部長「おい、言いすぎだぞ」
部長「いや、ええんです。Aの言うとった通りじゃの」
新マドンナ「A君が?」
部長「ほうじゃ。あんたはきっとよく思っておらんだろうと言うとった」
新マドンナ「そうですか・・・」
部長「あんたの言う事は僕もよう判る。けれども、Dが顔を出さんのはあんたのためじゃあないんかの」
新マドンナ「どういう事ですか?」
部長「先代がいつまでも顔を出せば、マドンナであるあんたの権威が薄れるじゃろう。それにあんたもDをいつまでも頼みにするんじゃあないの」
新マドンナ「・・・」
部長「一般の生徒に紛れたのだって、あれなりのケジメの付け方じゃあ思うで。簡単に出来たこととは思えんけどの」
新マドンナ「でも、合唱部に移籍するのは・・・」
部長「そりゃワガママじゃろうの、しかし、DにもDの人生があるんじゃから、いつまでも縛るのもどうかと思うの」
新マドンナ「そうかも知れませんが・・・」
先先代「Cちゃん。マドンナがそんなワガママを言うものじゃなくてよ」
新マドンナ「先代さま」
演劇部長「先代さま、どうしてこちらに」
先先代「合唱部長のお招きよ」
部長「ご足労お掛けします」
先先代「いいのよ。Dちゃんはいつまでも私の妹なんだから。ねえ、Cちゃん。あなたもこれからもずうっとDちゃんの妹よねえ?」
新マドンナ「はい、勿論ですわ」
先先代「じゃあ、それで良いじゃないの。何かあったらDちゃんに相談に行けばいいじゃない。会いたい時はあなたが会いに行けばいいじゃない。そうでしょ?」
新マドンナ「・・・、はい、そうでした・・・」
先先代「待つのではなく、あなたから姉を慕って行けばいいの。あの子もきっとあなたを拒みはしないわ。たとえ一般生徒と同じ姿になっても、あなたの前では姉に戻ってくれる筈よ」
新マドンナ「はい、そうですわね…。私知らぬ間にワガママになっていました。先代様、ありがとうございます」
先先代「いいのよ。Cちゃんが判ってくれて嬉しいわ。まあ、ちょっとDちゃんもはしゃぎ過ぎかもね、そうだわ、部長さん」
部長「はい!」
先先代「ちょっと今からDちゃんに会いに行きましょ」
部長「は、はあ」
先先代「演劇部長とCちゃんも参りましょ」
演劇部長「しかし・・・」
新マドンナ「あの・・・」
先先代「参りましょう」
演劇部長・新マドンナ「はいっ!!お供致します」
部長「ただいま」
D「あっ、おかえり。どうだった?」
部長「そりゃ本人たちから直接聞いてくれや」
D「え!?」
先先代「お見限り」
演劇部長「よ、よう」
新マドンナ「ごきげんよう、お姉さま」
D「え、ええ!?部長、これは、ど、どういう事だよ」
先先代「まあ、すっかり言葉も荒くなってしまって。お姉さまは悲しいわ」
D「お姉さま、どうしてこちらに?」
先先代「一度、Cちゃんの本音を聞いて貰いに来たのよ」
D「そうなの?Cちゃん」
A「すっかり女言葉に戻ってるし」
部長「あほ、ちゃかすんじゃないの」
新マドンナ「お姉さま、私はお姉さまの選択を妹として尊重致します。男装される事も、演劇部にお越しにならない事も、私と会って下さらない事も、合唱部に移られる事も、すべてお姉さまのなさる事は受け入れます。でも・・・、せめて、お姉さまはこれからも私のお姉さまで居てくださいまし・・・。私はそれだけで十分、十分ですから・・・」
D「Cちゃん・・・」
A「C・・・」
先先代「Dちゃん、こんな健気な妹を粗末にしては駄目でしょ。ちゃんと返事なさいな」
D「は、はい、お姉さま。Cちゃん、どうか顔を上げて頂戴」
新マドンナ「お姉さま・・・」
D「ごめんなさいね。私ったら本当に自分のことばかりで、あなたの事を大事に出来てなかったわね。こんな、もう女装することもない、こんな私で良ければ、これからも私の妹でいて頂戴。私もあなたの前でだけはこれからもあなたの姉でいたいから・・・」
新マドンナ「お姉さま~!」
D「ごめんなさいね。本当にごめんなさい」
先先代「これでよし、さて、A君?」
A「は、はいっ!!」
先先代「あんまり私の妹をいじめると承知しないわよ」
A「そ、そんな、それは脅迫ですか!?」
先先代「さあ?」
A「ぼ、僕は屈しませんよ」
先先代「いい度胸ね。まあ、これからもDちゃんとCちゃんと仲良くしたげて頂戴ね、それじゃ」
A「僕は負けませんからね!」
部長「おい、やめとけやめとけ」
先先代「部長さんも宜しくね」
部長「は、はいっ!」
D「お姉さま!」
先先代「何?」
D「お姉さまはこれからも私のお姉さまで居てくださいますか?」
先先代「馬鹿ね。そんなこと答えるまでもないわ。それじゃまたね」
D「お姉さま・・・ありがとうございます・・・」
部長「A君よ、こう言った訳じゃから、あんたも折れんさいや」
A「ずるいです」
部長「そう言わんと、な?」
A「・・・判りました。もう好きになさって下さい」
部長「すまんの、という訳じゃ、合唱部はDを歓迎するで」
演劇部長「D、よかったな」
D「うん、ありがと」
新マドンナ「これからは時々顔を出しますわ」
D「いつでも待ってるわよ」
演劇部長「それじゃ、Dを宜しくお願いします」
新マドンナ「お姉さまをどうぞ宜しく」
部長「はいはい、確かに承りましたで」
演劇部長・新マドンナ「お邪魔しました」
D「二人ともありがとう」
部長「それじゃあどうも」
A「ふん」
会長「そうか・・・、困ったね」
副会長「どうしたものでしょうか」
会長「前例にないからなあ。どうしたものかな」
田島「よう!どうしたどうした?何か困りごとか?」
会長「先生、ちょうど良い所にお越しくださいました」
田島「ほう会長が歓迎してくれるとは珍しいな」
会長「あの、D君の件なのですが」
田島「ああ、先代な」
会長「はい、その彼が今一般生徒と同じように生活しておりますのを、愉快に思わぬ意見が多数届いておりまして」
田島「ほう、退学しろとでも言ってるのか?」
会長「いえ、それが・・・」
副会長「Dさんに再び女装して貰いたいという意見がほぼ100パーセントなのです」
田島「はあ~。そうか、男子校は怖いなあ」
会長「先生!茶化さないでください、これは我が校の伝統の問題です!」
田島「すまんすまん。しかし、女形でもないのに、一般生徒と別の風紀規則を適用する事は原則無理だぞ」
会長「はい。ですから、困っておりまして」
田島「まあ、慣習として引退した女形は卒業まで女形に准ずる待遇を受けるけれども。それも別に校則には無いからなあ。それをDに適用する事が可能かどうかだなあ」
会長「どうしましょうか」
田島「一般生徒の大多数がDの男装?、これに違和感を覚えていて、Dのクラス生活にも支障があるのであれば、どんな形で退任したと言っても、先代は先代だから、まあ、女装を許可することは、生徒指導の方としては可能だと思う」
会長「そうですか!」
副会長「すごく嬉しそうですね」
田島「何だ、会長もDには女装して欲しいのか」
会長「い、いえ、誤解です!僕は公務に私情は挟みません」
副会長「やっぱり」
田島「ほうほう」
会長「副会長、いい加減にしたまえ。田島先生もです」
副会長「別にいいですが」
田島「はあ・・・。なかなか面倒な事だな。さて、しかしだな、Dの女装を許可するには、一つ条件があるぞ」
会長「それは何ですか?」
田島「本人の承諾だ」
会長「なるほど・・・」
副会長「それは難しそうですね」
田島「まあ、後は先先代と演劇部の連中にも一応承諾を得ておいた方がいいだろうな」
会長「それについては心配ご無用です」
副会長「彼らからも請願がありました」
田島「そうだったのか」
会長「主に一般の女形たちの声のようでしたが、それでも演劇部およびOBからの請願ですので」
田島「ならば、余計に本人に承諾させなければ駄目だぞ」
会長「わかりました」
会長「や、やあ」
D「なんだい?珍しいね、君がクラスで声を掛けて来るなんて」
会長「そ、そうかな?」
D「それで、何の用かな?」
会長「いやあ、最近ね生徒会にたくさんの請願が寄せられていてね」
D「ふうん、それはご苦労様です」
会長「あ、どうも。じゃなくて、それが君についての請願なんだ」
D「僕について?退学しろってでも言うの?」
会長「そうじゃあないんだ」
D「じゃあ何だい?」
会長「非常に言いにくいんだけども、君の男装が予想以上に不評でね」
D「・・・!?なんだよそれは。僕は普通の格好に戻っただけだよ。男装って、これが普通なんだよ?」
会長「そりゃわかってるさ。しかしね、君のその格好と喋り方は多くの生徒にとって失望の対象となっているんだ」
D「知らないよ。もう僕はマドンナじゃない」
会長「しかし、先代だ」
D「そうだけど、今は一般の生徒だ」
会長「なあ、この学校が特殊なのは君が一番よく判っているだろ?演劇部の連中も賛成しているんだからさ」
D「いやだ」
会長「頼むよ」
D「聞こえなかったかな。い・や・だ」
会長「兎に角、考えておいてくれたまえよ」
D「その必要はないね」
D「ごきげんよう」
新マドンナ「お、お姉さま!ごきげんよう」
D「Cちゃん、あなたもご存知かしら。生徒会への請願の件は」
新マドンナ「え、ええ、存じております」
D「どうして止めてくれなかったの?」
新マドンナ「申し訳御座いません」
D「すっかり冷たくなってしまって・・・」
新マドンナ「(カチンッ)お、お言葉では御座いますが、お姉さまこそ、お姉さまでありながら、一般生徒に紛れてしまわれて、私を初め女形はとても寂しい思いをしておりますのに、ちっとも考えてくださらないではありませんか」
D「まあ、しばらく会わない間にお生になっちゃって」
新マドンナ「しばらく会って下さらなかったからですわ」
D「もう・・・。と、とにかく、私はもう女装は致しませんし、あなたの前以外で女言葉も使いませんからね、みんなにも言っておいてちょうだい」
新マドンナ「お約束できかねますわ」
D「まあ!何て口の聞きかたなのかしら」
新マドンナ「私これから練習がございますので、ごきげんよう」
D「覚えてなさい!もう・・・、練習がんばってね」
新マドンナ「・・・ありがとうございます」
会長「やあ、これはこれは合唱部長じゃないですか」
部長「あ、これはどうも」
会長「なあ、ちょっと良いかな?」
部長「これから練習じゃもんで」
会長「君に頼みがあるんだよ」
部長「何ですの、不躾な」
会長「まあまあそう言わず聞いてくれよ」
部長「はあ・・・、手短にどうぞ」
会長「恩に着るよ。今ね生徒会は多数の生徒からの請願で困っているんだ」
部長「はあ、それは大変ですな。しかし、それが仕事でしょう」
会長「確かにそうなんだけれども、その請願の大多数がね、D君に再び女装させろというものなんだ」
部長「なんじゃそりゃ。揃いも揃って皆馬鹿じゃないか!?」
会長「そういうなよ。実にねD君の男装と男言葉は不評でねえ、何とかならないかな?」
部長「知らんがな。それは本人に言うてください」
会長「言ったさ。でもけんもほろろでね」
部長「そりゃあそうでしょうとも」
会長「だから、君に頼んでいるんじゃないか」
部長「どういう事です?」
会長「D君は君の事を一番大事に思っている。だから、そんな君の説得ならば受けてくれるのじゃないかと思うんだよ」
部長「お断りします」
会長「頼むよ」
部長「お断りします」
会長「なあ」
部長「くどい!これにて失礼するで」
会長「くそっ…、どいつもこいつも・・・」
部長「なあ、D。」
D「どしたの?」
部長「今日部活の前に会長に会うたんじゃがの」
D「ああ、あの件ね」
B「あの件てどの件?」
部長「お前は黙っとれ」
A「Dさんの男装についてでしょ」
D「ご明察」
A「ふん、別に、みんな言ってますからね」
部長「そうなんか」
A「そうですよ。みんな急にDさんが男装して男言葉になったに凄い違和感があるみたいですよ、人によっては夢を壊されたと逆恨みしているみたいですけど」
D「迷惑しちゃうな」
部長「ほうじゃのう、しかし、逆恨みとは穏やかじゃないの」
A「僕は一遍痛い目に遇うくらいが丁度良いと思いますけど」
D「ひどいっ!」
部長「A君、そんな事は冗談でも言うたらいけんぞ」
A「はい、すみません」
D「もう、でも本当なの?」
A「本当ですよ。この学校は特殊ですからね」
部長「意地の張り合いだけでは済まんかも知れんのう」
D「馬鹿馬鹿しい、僕はみんなの人形じゃないんだ」
部長「勿論、そうじゃが」
A「とにかく、気を付けた方がいいですよ」
D「ねえ」
部長「どうしたんな」
D「部長はまた僕の女装見たい?」
部長「僕は別に・・・」
D「君が見たいと言ってくれるなら、僕はまた女装出来る。でも見たくないと言うなら、もうしたくない」
部長「・・・」
D「正直に言って欲しいんだ」
部長「わからん。ただ・・・」
D「ただ?」
部長「Dの事を思うと、それがDを不自由にするとしても、女装をしてほしい。僕は君が心配じゃ」
D「そっか・・・、聞きたかった事は聞けなかったけど、判ったよ」
部長「すまん、今の僕に言えるのはこれだけじゃ」
D「ありがと、じゃあまた明日ね」
部長「ああ、また明日」