第三幕 和解
マドンナ「部長さん」
部長「はあ、また何ぞ用ですかいの。こっちは何もありゃせんで」
マドンナ「いえ、あの……、昨日はゴメンなさいね」
部長「その言葉は聞かれません」
マドンナ「どういう事?」
部長「やることやっといて、すまんも何もないじゃろ」
マドンナ「それもそうね」
部長「もう僕らに関わらんでくれ、あんたらと僕らは本当なら関わり合いなんぞありゃせんかったじゃないか。」
マドンナ「……」
部長「マドンナじゃろうが、女役じゃろうが、勝手にやっとれ、こっちは知らんが」
マドンナ「……」
部長「もう帰ってくれ、こっちは顔も見たあないの」
マドンナ「昔はあんなに仲良くしてくれたのに……」
部長「昔なんて知らん、もうええから、はようどこぞにいんでくれ」
マドンナ「……、判ったわ、さよなら」
部長「はい、さようなら」
マドンナ「(手で口を抑えながら出て行く)」
部長「ふん」
B「なあ、言い過ぎじゃないか?仮にもマドンナ様だぜ」
部長「知るか。あんなん何ぼのもんじゃ」
B「はいはい。所で、お前、マドンナと知り合いだったの?」
部長「もう忘れた」
B「はあ、そうですか」
C「お姉さま?泣いてらしたんですか」
マドンナ「Cちゃん……」
C「何かありましたの?」
マドンナ「何でもないのよ」
C「でも……」
マドンナ「私が何でもないと言っているのだから、何でもないの」
C「は、はい、お姉さま」
マドンナ「でも、今日は目がはれちゃって、鼻も詰まっちゃったから、お稽古なんてできないわね」
C「お姉さま……」
マドンナ「私どうしてマドンナになんてなってしまったのかしら……」
C「お姉さま、どうしてそんな事を?」
マドンナ「私にあの子のような強い心があれば……」
C「本当に、今日はどうされましたの?」
マドンナ「そうね、今日はどうかしてるわね、部長!!」
演劇部長「どうしたんだい?大きな声なんか出して」
マドンナ「今日は私帰ります」
演劇部長「あ、ああ、判った。って、何で泣いてるんだ?」
マドンナ「泣いてなんていません」
演劇部長「いや、しかし」
マドンナ「私は人前で泣いたりしません」
演劇部長「判ったよ……」
マドンナ「では、ごきげんよう、さあ、Cちゃん、帰りましょ」
C「は、はいっ、ごきげんよう」
演劇部長「何なんだよ」
A「部長」
部長「何ね」
A「Bさんから伺ったんですけど、今日マドンナと喧嘩されたんですか?もし僕の所為だったらすみませんでした」
部長「君は気にせんでいいの、しかし、あいつは口が軽いの」
A「すみません」
部長「いや、君が謝ることじゃあない」
A「昔からのお知り合いだったんですか?」
部長「あの男はほんまに信用ならんな。まあ、昔の事は忘れたや……」
A「はあ」
部長「まあ、君なら言うても良かろうが、聞きたいかな」
A「是非」
部長「君はあれに苛められたから、知る権利もあろうよ。あのねえ、彼、マドンナね、あれと僕はね幼稚園と小学校が一緒だったのよ。」
A「そうだったんですか!?」
部長「そう。まあ、家も近かったし、あれは気が優しかったから、よう遊んだ」
A「へえ、意外だなあ」
部長「小さい頃なんぞは、僕の嫁になるなんぞ言いよったわね」
A「そうだったんですか」
部長「そうなの。けども、中学に上がる直前に引っ越してしもうてね、それきりで」
A「連絡は?」
部長「中学では新しい仲間も出来て、まあ、そういう事よ」
A「はあ、なるほど」
部長「それでよ、僕はこの高校は男子校で変なうわさもあるし、妙なしきたりやらある言うからよ、ほんまに来たあなかったんじゃが、色々あって来てしもうたの、それで入学式だったか、新入生歓迎式だったかで、あれを見掛けたのよ」
A「それが今のマドンナですか」
部長「そう。まあ、びっくりしたわね。小学校の頃は、ちんまい、それこそ女の子のようなのだったのが、あんな風になっとってね」
A「よく判りましたね」
部長「名前よ」
A「ああ、なるほど」
部長「それから、クラスも違うし、あっちは女役のマドンナ候補で、話掛けられんじゃろ、まあ、向こうは忘れとるじゃろぐらいのもんでこっちは居った訳や」
A「はい」
部長「ほいたらよ、たまたま廊下ですれ違った時に、向こうが僕に気付いたの」
A「へえ、運命の再会ですね」
部長「何をアホな事を……。男同士じゃないか。まあええ、ほいでじゃ、久しぶりと言うて来たので、こっちも久しぶりと、そんだけ」
A「それだけですか?」
部長「そうよ。先輩らに目え着けられたら適わんがな」
A「はい」
部長「それから、ちゃんと話したこともないのよ」
A「一度も?」
部長「そう。君が来るまで、僕とBは演劇部を避けとったからね」
A「そうだったんですか」
部長「僕らは日陰者じゃ。あんなのには関わりを持たんの。女役言うても男じゃないか。馬鹿馬鹿しい」
A「部長は女装はお嫌いですか」
部長「何じゃ君も女装には抵抗ないんか」
A「い、いえ、そういう事じゃ」
部長「一応僕はマトモよ。兎に角、そういう間柄言うことよ」
A「なるほど、でも、マドンナは部長の事をよく覚えていたんですね」
部長「さあ、まあ、幼稚園から9年も一緒じゃったから、覚えて居っても不思議じゃないわな」
A「そんなものかなあ」
部長「君が何を言いたいのか知らんが、そんなもんよ」
A「はあ、まあいいですけど。悪い虫は少ないほうが良いんで」
部長「どういう事よ?」
A「あ、いえ、何でもないです」
部長「そんならええけど。ほしたら、ここで」
A「はい、お疲れ様でした」
部長「お疲れ様、気を付けて帰りんさいよ」
A「ありがとうございます」
部長「……ちいと言い過ぎじゃったかいのう」
部長「ただいま」
部長母「おかえり。あんた、久しぶりにDちゃんが来とるよ。えらい、綺麗になって」
部長「Dって、マドンナが?はあ?何でよ」
部長母「あんたの部屋に案内したけんね。早う行きんさい」
部長「勝手な事を」
マドンナ「あ、あの……、お帰りなさい」
部長「もう、何しとんの!?」
マドンナ「やっぱりちゃんとお話したいと思って」
部長「こっちは話すことなんぞない言うたじゃないか、早う帰ってくれ」
マドンナ「お願い、この部屋に来るのも4年ぶりなんだから、もう少しだけ居させて」
部長「いけん、帰ってくれ」
マドンナ「お願いだから……」
部長「いい年した男がメソメソ泣きなさんな」
マドンナ「……ゴメンなさい」
部長母「Dちゃん、麦茶で良かったかいねえって、何、あんた泣かしとんの」
部長「ちょっ、母さん、ノックぐらいしんさいや」
マドンナ「いえ、僕が勝手に泣いてるだけで」
部長母「そんな筈ないでしょう。あんた、いい年して、かわいい子に意地悪して、情ない」
部長「母さん、こいつも男や」
部長母「そんなのどうでも良いじゃないの、この際。久しぶりに遊びに来てくれたのに、もう。ゴメンねえ」
マドンナ「いえ、本当に部長君は悪くないんです」
部長母「そう?」
部長「そういう事じゃ。二人で話すことがあるけん、ちいと出てってくれんかいの」
部長母「はいはい。ほんなら、Dちゃん、何かあったらすぐ呼びんさいよ」
マドンナ「はい、すみません」
部長母「ごゆっくり」
部長「はよ出てけ」
部長母「はいはい」
部長「もう、ほんまにあのおばはんは……」
マドンナ「ふふ、相変わらずね」
部長「人間そんな急には変らんて」
マドンナ「でも……、あなたは変った」
部長「そのお言葉そっくりお返しします」
マドンナ「君はずっと僕を無視してた」
部長「面倒は厭じゃ。あんな取り巻きがいっぱい居ったら、掛けられるもんも掛けられんに決まっとる」
マドンナ「そしたら、僕が演劇部に入ってなかったら?」
部長「そりゃ、幼馴染じゃ、すぐ会いに行ったがな」
マドンナ「マドンナになってなかったら」
部長「まあ、今ごろ昔みたいに遊んだりしとったかも分らん。勿論、あんた次第じゃが」
マドンナ「僕がマドンナになっていなければ、こんな嫌われ方もせずにすんだ?」
部長「少なくとも今回のような事は無かったろうの」
マドンナ「そうだよね……」
部長「そんな事言いにわざわざ来たんかい」
マドンナ「ううん、別に何かを言いに来た訳じゃなくて」
部長「はあ」
マドンナ「あのままお別れしたままだったら、二度とお話出来ない気がして」
部長「そら、こっちはその気だったで」
マドンナ「だから……、来ちゃった」
部長「何じゃそりゃ、来ちゃったじゃあないが」
マドンナ「今日の君の態度で、何かマドンナなんて馬鹿馬鹿しくなっちゃって」
部長「今更何を言うとんの、伝統じゃ誇りじゃ言うとったのはあんたじゃないか」
マドンナ「そうだね、でも、もうどうでも良くなってさ」
部長「あんたがそんな事言うてどうすんの。女役の連中はどうすんのよ」
マドンナ「うん、やっぱり君は優しいな。敵でも心配してくれるんだね」
部長「そういう事じゃないが」
マドンナ「僕はね、A君がうらやましくなったんだ」
部長「はあ」
マドンナ「実はね……、僕も彼と一緒で別にマドンナになりたくてこの高校に入ったんじゃないんだ」
部長「そうだったの」
マドンナ「意外だった?」
部長「そらまあ」
マドンナ「僕は県立名門高校に受かってたんだよ」
部長「はあ!?じゃあ何でうちなんかに」
マドンナ「君だよ」
部長「僕が何よ」
マドンナ「君が行くと母さんから聞いたから、僕は名門高校に行かずに、この高校を選んだんだ」
部長「俄には信じられん」
マドンナ「そうかもね。でも、本当に入学したらすぐ君に会いに行くつもりだったんだ。中学校では苛められてたから……。また親友だった君に会えるって楽しみだった」
部長「そうじゃったのか……。でも、あんたは来んかったじゃないか」
マドンナ「入学式の日にスカウトされたからね」
部長「なるほどな……」
マドンナ「断ろうかとも思った。でも、まさか女役があんなに特殊なものだとは思っていなくて、それに……」
部長「それに?」
マドンナ「僕が綺麗になったら、君も喜んでくれないかな、なんて思ったんだ」
部長「ううん、そらちょっと意味が判りかねるのう」
マドンナ「いいんだ、分ってもらえなくても。でも、君とは結局、一度廊下ですれ違った時に一言交わせただけだった」
部長「そうね」
マドンナ「それもすごくそっけなく」
部長「先輩とかに目え付けられたら適わんけえねえ」
マドンナ「A君の件で、君と久しぶりにお話できて、すごく嬉しかったのに……。こんな事になるなんて……。知らない内に、僕も染まって居たんだね」
部長「自覚なかったんか」
マドンナ「怖いよね。全然自覚してなかったんだよ。」
部長「はあ、そうかね」
マドンナ「部員は僕をちやほやするし、Cちゃん達も慕ってくれてる。全校生徒も僕を祭り上げてくれるしね。知らずとマドンナに成りきってたんだ」
部長「まあ、仕方ないわ」
マドンナ「ありがと。でも、一番見て欲しかった君は僕を全く見てくれなかった」
部長「僕は日陰者じゃし、マドンナ制度みたいなんは嫌いじゃから」
マドンナ「そうだったんだよね、僕はね、大切な事、そう、君がひねくれ者だったことをすっかり忘れていたんだ。君は僕から徹底的に目をそらし続けたよね」
部長「そうかもわからん、自覚はなかったけども」
マドンナ「そうだよ。だって僕は君を見ていたから」
部長「ストーカーか」
マドンナ「そうかもね。実際こうして勝手に家まで押しかけたし」
部長「怖いわ!」
マドンナ「ごめんね。まあ、一生懸命振り向いて欲しくて頑張った結果がこの様じゃやりきれないよ」
部長「そりゃ知らん、こっちの問題じゃあないが」
マドンナ「そうだね。僕だったら、あの娘たちを止められただろうからね」
部長「じゃあ、何でそうせなんだのよ。そうしたら、僕の方からA君連れてよ、きちんとあんたに詫びに行ったがな」
マドンナ「……、嫉妬かな」
部長「は?」
マドンナ「嫉妬だよ。僕は君に庇ってもらえるA君に嫉妬したんだよ、きっとね」
部長「何を訳のわからん事を」
マドンナ「この前、君の処へ行った時、僕はまだ半分A君の事を執り成すつもりで居たんだ」
部長「ほう」
マドンナ「でも、君は敢然とA君を守ろうとした、僕なんか相手にもせず」
部長「そりゃ後輩じゃもの」
マドンナ「それだけかな。ううん、君のことだから本当にそうかも。でも、君に自分がA君の味方だとはっきり口にされたら、許せなかった・・・」
部長「いや、じゃから後輩を守るんは先輩の義務じゃ」
マドンナ「そうだとしても、僕はもう冷静でいられなかったんだ。A君を苛めてやる、泣かしてやる、恥をかかせてやる、そんな醜い気持ちで一杯になって……、それで……」
部長「しかし、酷かも知れんが、それはそっちの都合でしょ」
マドンナ「そうだよ。だけど、あんなに仲良くしてくれてたのに、あの時、少しも僕の立場なんか考えてもくれなかったじゃない!A君の事ばっかり!マドンナである僕のことなんて少しも……、少しも……」
部長「ちょっと落ちつきんさいや、泣くんじゃないよ、もう。……まあ、なんじゃ、スマンかったの、確かに君の立場も考えるべきじゃった。僕も頭に来ての、すまなんだ」
マドンナ「A君はA君で、当たり前のように、いや、僕に見せびらかすように、君に甘えて……。彼は僕の視線に気付いていたよ」
部長「何を馬鹿な事を」
マドンナ「彼はあの場で行われる事が、僕の嫉妬によるものだと判っていた。だから、謝ろうとしなかった」
部長「いい加減にせえ、そんなことあるかや。どうかしとるぞ」
マドンナ「ふふふ、そうだね。どうかしてるね、近頃。でも、僕は別にA君の美貌や魅力に嫉妬してるんじゃないからね、君に甘やかされていることに嫉妬しているんだから」
部長「男が男に焼き餅やくもんかね」
マドンナ「そんなの関係ないよ。今日だってA君と途中まで一緒だったんでしょ」
部長「まあね、大体毎日そうよ」
マドンナ「ほら、当たり前のように君の側にくっついてる。本当ならそこは僕が居るべき場所だったんだ」
部長「でも、自分からマドンナを選んだんでしょうがね、それは道理が通らんよ」
マドンナ「だから、僕が馬鹿だったんだ……」
部長「まあ、君の気持ちは判った。絶交は取り下げる」
マドンナ「えっ!?本当に?」
部長「ああ、まあ僕も大人気なかったわね」
マドンナ「ゴメンなさい。僕が悪かったんだ。僕がちゃんとしてれば……、君に……迷惑を……」
部長「もうええから、な、もうええ」
マドンナ「ごめんね」
部長「はいはい、でもな、こんな口学校で聞いたらいけんぞ」
マドンナ「え?どういう事?」
部長「君はこれからもマドンナを務める責任があろうが。マドンナは軽々しく一般生徒と話してはいけんのじゃろ。これからも今まで通り、学校では口聞かんぞ」
マドンナ「そっか……」
部長「そりゃそうよ。何を言うとんの」
マドンナ「じゃあ、放課後は?」
部長「君らは稽古があるじゃないか。それに帰り道も別じゃ、まあ、そもそも一緒に帰れはせんが」
マドンナ「それなら、どうすればいいの?」
部長「どうすればも何も、今まで通りよ」
マドンナ「結局、僕は一人なんだね」
部長「C君や演劇部の連中がおるじゃないか」
マドンナ「ああ、また嫉妬の炎が……」
部長「次は無いで」
マドンナ「ふんだ、いいですよ。……そうだ、みんなの前で、時々声を掛けてあげるよ。君困るだろうね」
部長「お前なあ」
マドンナ「大事なA君には手を出さないから、それくらいいいでしょ」
部長「そんなん困るわ」
マドンナ「じゃあ……」
部長「何よ」
マドンナ「時々で良いから、遊びに来てもいい?」
部長「部室に?」
マドンナ「部室は校内でしょ。ここに」
部長「家に?しかし、バレたら……」
マドンナ「さすがに、プライベートまでは口出しさせないよ」
部長「まあ、休みの日にそっちの稽古が無ければ、別に構わんが」
マドンナ「じゃあ、決定。そうしましょ?」
部長「ううむ、厭な予感がするけどのう」
マドンナ「大丈夫だよ」
部長母「そろそろええかねえ。夕ご飯できたんじゃけど。D君も一緒に食べて行きんさい。おうちには電話しとくけえ」
マドンナ「ありがとうございます、じゃあ、お言葉に甘えていただきます」
部長「はあ、どうなっても僕は知らんぞ……」
マドンナ「ごきげんよう、Cちゃん」
C「ごきげんよう、お姉さま。今日は大変ご機嫌うるわしく」
マドンナ「そうかしら?」
C「昨日と全然違いますわ」
マドンナ「ふふ、そんな事ないわよ。そんなことより、早く参りましょ」
C「はい、でも、お姉さまがお元気になられて、私も嬉しいです」
マドンナ「ありがと、Cちゃん」
C「はい、お姉さま」
A「失礼します」
部長「はい」
A「あの、部長……」
部長「何?」
A「今日、マドンナをお見かけしたんですが……」
部長「ほう」
A「すごくご機嫌で、僕に深々と頭を下げて謝られまして」
部長「周りに誰ぞ居ったか」
A「Cだけです」
部長「ほうか、それならええが」
A「昨日の今日で何かあったんですかねえ」
部長「さあのう」
A「部長何かご存知じゃありませんか?」
部長「知らんな。しらんしらん」
A「そうですか……。明らかにマドンナの僕に対する目線が変ったんですが……」
部長「ほうかい、まあ、よかったじゃあないの」
A「はあ……」
部長「どしたん」
A「実のところ、何か、マドンナとあったでしょう」
部長「何を言うとるの」
A「勘です」
部長「何も無いで」
A「そうですか……」
部長「B、遅いの」
A「話、逸らした……、怪しい」
部長「何か言うたか?」
A「いえ、何にも」
部長「まあええわ、始めよか」
A「はい」