醜悪
社会が本当に嫌です。でも、頑張らないといけないのです。でも辛いです。人生とはこのようなものなのでしょうか?
空気が太陽の香りを少し帯びている6時。目覚まし時計の音が部屋中に響いた。頭脳は働かず機械的に布団から起き上がり、部屋の寒さを感じ体が震える。
完全に疲れがとれていない体を動かして洗面台に向かい、蛇口の栓を回し水を出す。
手で茶碗の形を作り中に水を貯める。
ジョボジョボと音をたてながら私の手に溜まっていく水の詰めて差に身震いしながらそれを顔にぶちまける。
冷たい、目は覚めるがこんな思いをしてまで人生を生きなければいけないのかと思ってしまう。
毎日のようにやっているせいで頭が完全に働かなくても体は行動に移る。
着替え、歯磨き、食事は歩きながら行う。食事をとる数分間は歩きながら行った方が睡眠時間が少しだけ増えるからだ。
鞄を持ち外に出ると先ほど部屋に居た時より風と乾燥した空気が私の体に攻撃を与えてくる。吐きだした息は白く耳は冷たさを通り越して痛みを少し感じる。この仕事場に向かう時が一番嫌いだ。ムカムカと吐き気とストレスを感じながら駅に向かって歩いていく。向かう途中私と同じく仕事に向かう服装をした人々が居るが彼も彼女の皆自分以外の者などいないと言うように死んだような顔つきで駅に向かっている。私もきっと同じような表情をしているのだろう。無理に他人を気にする必要はないし他人を心配するような体力は私にはない。
周りの人間のように小型音楽プレーヤーを使用し外との干渉を少しばかり弱めることにする。
イヤホン越しに聞こえてくる電車の音、駅員の叫び声は毎日変わらず、死んだ顔つきの人達が無理やり収容されて居る電車の中に私も入りこむ私も死人顔、他人も死人顔。
誰もが死んだ顔つきで仕事場に向かう。誰も彼も皆皆死人である。生きる目的など存在するのか、なぜ生きているんだなんて事は一切考えない。考えてしまったっら心が壊れるのがわかっているから。このくだらない社会に適合するには自分の体についてなんて考えなくていい。いや、考えない方がいい、未来のことも何も考えずに過ごすのが楽であり考えてしまったら心が崩壊していく。
電車を降りて仕事場に着くといつものように表面上幸せそうな顔をした人々と挨拶を交わし自分に課せられている仕事に取り組む。この時は将来なんて何も考えずに済むからある意味幸せなのかもしれない。
気が付くと外は真っ暗になっている。何かに追われる身になると時の進みが早く感じてしまう。時計を一瞬だけ見てまた仕事を再開する。
ひと段落をついた所で帰る支度をして残っている他の人達に挨拶をして会社から出ていく。外は朝のような明るさがなく凍えるような寒さが私の体を傷付ける。
家に戻る途中でスーパーで売っている半額弁当を買う。その時頭は少ししか働いていない。
家につくと机の上に弁当を置き、風呂に入る。シャワーを浴び熱いくらいの温度をしている湯船に浸かると体から一日の疲れが汗と一緒に流れていくような感じになる。ある程度入ると体が火照ってきたので湯船からでてシャワーを浴びる。
体についている水滴をタオルで拭き、パジャマに着替える。買ってきた冷たい弁当を部屋に設置してある電子レンジの中に入れ2分間温める。
待っている間にテレビを見ながら冷蔵庫に入っているビール缶のプルトップを空ける。一口飲むとその旨さに一日の嫌なことが一瞬だけ消え去った。もう一口飲むと電子レンジの温めが終了したという音を発する。重い腰をあげて電子レンジの中に入っている弁当の端っこを持ち机の上に置き蓋を開ける。弁当からこみあげてきた湯気がご飯と上に乗っている肉と甘辛い香りを鼻にまで届けてきた。ビールによって軽くお腹が膨れ上がっていたが旨そうな香りが私を空腹にしてしまった。
箸を使い上に乗っている肉を箸で掴む。油と醤油色をしたたれがテリテリと輝いていて旨そうだ。口に含むと醤油と砂糖の甘辛い味と肉の旨味が口の中で広がる。筋が多くてかみ砕きにくいのが安い肉の欠点でありやすい肉の特権である。口に米を入れると優しい美味しさが肉の脂分を少し吸い取ってくれてさらに旨い。
ご飯の上に肉を載せると油とたれをご保安が吸い取り肉の下が仄かに醤油色となる。口を大きく開けご飯と一緒に肉を頬りこむと最高に旨い。牛丼とはまた違う肉の旨味が楽しめる。苦いビールを軽く飲みながら正面で流れているバラエティ番組を見る。
またくだらない一日が終わりを迎える。一日で一番楽しいのは仕事から解放されたときでそこからは明日の仕事について考えないといけないから非常に辛くなる。明日までの時間は刻一刻と迫っていくのが解るからだ。だが寝ないと明日が辛くなる。
目を覚ますといつもより疲れの取れたような気がして時計を見ると朝10時を過ぎていた。
驚いた私は寒さも忘れて布団から出て形態で上司に連絡をとろうとする。着信履歴を見ると会社から何件も掛かってきている。
上司に電話越しに怒られながらも急いで着替え仕事場に向かう。
走ると疲れと同時に時間に追われている恐怖感がある。上司に怒られることや会社の事ではないが何か恐怖感が私の体を包むのだ。
走っていると右肩に何かがぶつかった衝撃が走る。私はその力に驚き思わず尻餅をついてしまった。
周囲を確認すると長年会社に貢献をしていたような風体の男性が尻餅をついていた。
外から聞こえる鳥の音で目を覚ますと見ていた懐かしい夢も記憶のどこかへ忘却してしまった。まぁ思い出すだけであの頃には戻る事は出来ない。妻とはもう違う布団で寝ている。臭いと娘から言われてしまい。私の居場所はもうここにはない。給料が低い、お隣さんの夫はいくら貰っている。そんな私を批判する言葉が妻の口からは出てくる。
あの頃は幸せだった。私も妻もまだ若いころ二人で行った公園。結婚式。出産。まだ小さかった娘は私には勿体ないほどの愛らしさを持っており、「大きくなったらお父さんと結婚する。」と私に笑顔で言ってくれた。時間とは残酷である。最近の娘は私を人として見ていない。ゴミを見るような眼で私を一目し無言で立ち去る。私はいつものように冷蔵庫から適当にふりかけと昨日余ったご飯を取りそれを食べる。
娘たちは炊き立てのを食べ、私は余ったご飯をレンジに入れて温める。ご飯の入っているプラスチック容器は温かみも感じられない。
レンジの前で待つと妻がいつものように私の悪口を言ってくる。
やれ、あんたの給料が低い。やれ、体臭がどうにかしろ、あんたの匂いが移るの嫌だから一番最後に風呂に入れ、お父さんの衣服と一緒に洗濯しないでとか、私を害虫か何かだと思っているのか。
昔は良かった。私はいつもそんな事を思いながら家で過ごす。
口に含むご飯は少し固まっておりプラスチックの容器に触れていた部分だけがおかゆのようにふやけている。ふりかけの濃い味がご飯をより無個性にしオイルを流し込んでいる車にでもなったような気分だ。
ご飯を食べ終わった私は洗い物をし乾いた衣類をたたみ、家の掃除を始める。家での仕事を終えるとまた妻の言葉のとげが私の心を抉ろうとするので散歩に行く。
散歩の道はいつもと同じ公園に行って時間を潰す。休日の昼すぎになるといつものように近所の近藤さんが公園の喫煙所で煙草を吸っている。
「こんにちは。」
「こんにちは。」休日のたびに繰り返される。挨拶と隠しきれていない悲痛な顔。私達は死んだような顔をしながら煙草を吸い始める。
煙草の煙とともにストレスが空気とともに出ていく気がする。
子供達の遊んでいる姿を何も考えずに見ていると近藤さんが私に向かって話しかけてきた。
「可愛らしいですね。」
「ええ、そうですね。」私が答えると再び静寂が戻り副流煙だけがこの場で現れ消えていく。
「娘もあんな時があったなぁ。」近藤さんは泣きそうな表情をしながら懐かしむように子供たちを見ていると子供の母親らしき大人達が私達に近づいてきた。
「あの、すいませんが煙草を吸わないでいただけますか?」気の強そうな女性が話を始める。
「え、いや、でもここは喫煙所ですよ。」私が言葉を返すと女性は額の皴を少し強くして言葉を発し始めた。
「ええ、わかっています。それでもそのおタバコから出る副流煙が子供達にどれほど悪影響を及ぼすと思っているんですか?ここは子供の遊び場ですから子供の事を第一に考えていただかないと。」
「ええ、でも。」私の言葉を遮る様に女性は話しを続ける。
「ええ、ではありません。早くその煙草を消してください。その煙草で一番健康に置く影響が来るのは喫煙者ではなく周りにいる人です。子供達がいない時なら煙草を吸っていただいて結構ですから子供達が遊んでいるときは吸わないで下さい。」きつそうな性格をした女性達は私達が煙草を消すまで睨み続けていた。
女性達は私達が煙草の火を消したことを確認するとすぐに立ち去り再び会話を始めた。
少なくなってしまった喫煙スペースがまたこうして消えていくのか。
「…社会的弱者ですかね私達って。」近藤さんはポツリとそう呟くと挨拶もせずに公園から出ていった。
はぁ、また私の居場所が無くなった。こうしていずれ私の居場所はなくなるのか?
反抗出来ない私の気の弱さと女性達の上から目線の対応にストレスを感じながら適当に散歩を続けると宝くじ売り場を見つけた。看板には「3億の夢を!!」と書いてある。
3億か、3億あったら何が出来るだろう。まぁ当たらないけれど。心の中でそんな事を呟いておきながら一枚だけ買ってしまった。こんな年になっても夢を見たいのだ。現実から逃げたい気持ちでいっぱいなのだ。
あぁ、結局金だ。金の量で人生が決まってしまう。愛も夢も将来も全てが金だ。
臀部が地面に当たったことにより起こる痛みを本能的に和らげようとさすってしまう。
私は尻をさすりながら私は同じように尻餅をついた男性の方を見ると私の方など気にも留めず立ち上がり走り出した。
一体何なんだ。あっちからぶつかってきたくせに謝りもせずにその場から離れやがった。ジジイにもなって謝ることも出来ないのか。苛立ちを感じながらその場から立ち上がると先ほど男性が居た場所に紙切れが落ちて居ることに気が付いた。
紙切れを拾ってみるとそこら辺の宝くじ売り場で売っている宝くじの券だ。
宝くじ、こんな紙切れがお金に変わるなんて事はまずない。
最後に買ったのはいつだっけ?小さい頃に休日親父と行った公園の帰り道で買ってもらったのが最後か?あの時は将来に夢を持てて親父の背中もまだ大きかった。
…最近実家に帰れていないな。今の姿をみて親も昔の俺も失望するんだろうな。人生になんの明るさも感じねぇよ。
落ちていた宝くじを鞄のポケットに捻じ込むと私は仕事先へ向かう。
その日は散々だった。会社仲間からの冷たい目、上司の説教。ゴミ、屑、色々な悪口が私に浴びせられる。私はただひたすら謝るしかなかった。
残業をしていると終電を過ぎていた。今日は会社で寝よう。
次の日も仕事。そのまた次の日も。ずっと、ずっと仕事は続く。そしていつものように半額弁当を買って家に帰る。
俺は何をやっているんだろう。死んだ顔をしながら電子レンジの中に弁当を入れて温め待っている間にテレビを付ける。
適当にチャンネルを回すと宝くじの抽選発表を行っていた。そう言えば宝くじなんて拾ったなと思い鞄のポケットを漁ってみるとしわくちゃになった紙切れが入っていた。
テレビの番号と見比べてみると全く一致しない。まぁ当たり前だ。こんな紙切れで人生変化するわけがない。そう思いながら紙を見ていると抽選番号発表日が先週になっていた。
どうせ外れているとは思うがネットで先週の抽選番号を調べてみる。
「…嘘だろ。」電子レンジの温め完了の音など気にもせず。目の前にある紙に書いてある番号と抽選番号を見比べてみる。
合っている。合っている?あり得ない。そんなことあるわけがない。一度、二度、三度確かめるが数字が一致している。
おいおい嘘だろ、こんな事ってあるのかよ!一生分の幸運を使い果たしちまったか?そうに違いねぇ、でも3億なんて金があったら運なんて関係ねぇ!この糞みたいな仕事とも通勤時間の電車とも全てとおさらば出来る!全てが変わる!こんなゴミみたいな人生とはおさらばだ!
「うぃ、ふぃひひひひひひひひひひひ。ふゃははははははぁ!」私の思考と同様に口から汚らしい声が自然と出てしまっていた。
気が付いたのは銀行についた時であった。
ない、ない財布の中もポケットの中もどこを探しても見当たらない。おかしい。
探してもどこにも当選した宝くじの紙はどこにもない。ズボンの財布にも財布の中にもどこにも見当たらない。
どこだ、どこだ、どこだ。当選番号一致、3億。3億はどこだ?
挙動不審な男性に向かって職員が話しかけてくる。
「どうなされましたかお客様?」女性は迷惑そうな客を追い払いたい表情を隠しきれていない。
「ないんだ。」
「はっ?」
「ないんだよ!」
「何がないのでしょうか?」
「当選した宝くじが…、あったはずなんだ。」財布の中に落ちないようになくさないようにしっかりと入れていたはずだ。ポケットは不安だから、鞄も不安、最終的に財布の中に入れたのだ。
「もしかしたらお家に忘れたのではないのでしょうか?一度お探しに戻られてはいかがかと。」女性は営業スマイルを崩さないまま話してくる。
「…あ、はい。」私は銀行から出ていった。
なんでだ、行く時に財布の中に入れた。そこからはここに向かうまで寄り道もせずここに来たはずなのに。どうしてだ?もしかして財布の中に入れたと思い過ごしをしたのか?私はポケットの他に靴の中靴下の中、ポケットに穴は開いていないか、再び財布の中、全てを探した。でも見つからない。
男は答えを思いつく。もしかしてあの時か?人にぶつかった時の表紙に落っこちてしまったのか?いや、家になかったらそこしか考えられない、あそこにあるに違いない。
ない、尻餅をついたこの曲がり角、どんなに探してもない。近くのごみ箱をどんなにあさってもなにも出てこない。ない、もうすでに誰かが持って行った?だとしたら最悪だ、何も見つかるわけもない。もうだめだ。男はフラフラと酔っぱらいのような不安定な足取りで家に帰った。
やはり家にもない、自分の部屋にもリビングにも玄関にもどこにも見当たらない。どこを探しても一等3億の宝くじが見当たらない。もしかしてあれは幻だったのか?いやそんなことはないはずだ。
あれこれと部屋を家のいろんな場所を探していると妻が私の方をゴミを見る目で見ながら話してきた。
「あのさ、家の中汚さないでくれない。さっき掃除したばっかりなのに。あんたが掃除してくれるの?せっかくの休日散歩して煙草なんて数暇があったら掃除、洗濯、やることは山のようにあるのよ、手伝いなさいよ。お隣の伊藤さんの夫は若くて給料もあんたより多いのに家事手伝いをしてそれは素晴らしい人なのよ。あんたも男なんだから伊藤さんを見習ってそれくらいの事をしなさいよ。なに仕事で俺は疲れているなんて顔をしているのよ。私だってあんたの給料が低いせいで働いているのよ。おまけにご飯も作って、あんたより大変なのよ。」妻は日頃のストレスを発散するかのように私に悪口を振りかけてくる。
私はいつものことなので無視をするとそれが妻の逆鱗に触れたのか言葉のとげが強くなってきた。
今はやめてくれ、3億の夢が消え失せて何もしたくないんだ。
「なんでこんな女と結婚してしまったんだ、隣の伊藤さんの奥さんは美人だし優しい。それはあんな人だから夫も立派な人なんだろう。お前みたいな性格も顔も最悪な女があんな人と結婚できるわけがないだろ。何自分を棚に上げて「頑張ってます」なんて言っているんだ。私だって頑張っている。お前らの為に嫌いな相手にも笑顔で対応したし、嫌な事にも乗り越えて来たんだ。全部お前らの為だ。お前は私の給料で近所のババァ達と高い飯を食いに行ってるんだろ?なぁ違うか?なんなんだお前は、毎日毎日いい加減にしてくれ!」
私のストレスは限界値を超えてしまったのか、そんなことは解らないが私の口は怒りに身を任せて動いてしまっていた。
言葉を全て言い終えた後に先ほどの怒りは全てどこかに吹き飛び、怒りをぶつけたことの後悔が出てきた。
私の普段とは違う行動に表情が固まった妻の顔は唖然とした表情から次第に顔が真っ赤に染まり、皴が深まり怒りの形相となった。
「あ、あんたそんな事を思っていたの!?り、離婚よ、離婚!もう知らないわ、あんたみたいな男に人生を無駄にしてしまって私の人生散々。慰謝料は請求しますからね。」
女の言葉は銃弾のように私の心に何度も突き刺さる。今更言った事を後悔しても遅い。だが、私にもプライドがあるのだからここで謝るわけにもいかない。いつも好き勝手言われているのを我慢しているのだから私にだって文句を言う権利はある。
彼は自分の言葉で今まで大事にしてきた家庭が崩壊するのをわかっているが、止まることは出来ない。
彼は3億のせいで日常が壊れ始めた。
彼の日常は無個性の塊になっていた。家族は信用できない。友達も信用できない。
奴らはハイエナだ。私に金があると分かった途端今までの態度からコロッと変わりやがった。あんな奴らにこの金は使わせるわけないだろ。
親は私の金で自分の欲しいものを買おうとしやがった。それを断ると「今までの恩を忘れたのか。」だのほざきやがった。
お金を手に入れてから私に媚びを売り始める親を見て私はもう彼らを親としてではなく汚い欲の塊にしか見えなくなってしまった。
友達もそうだ。誰も彼も、皆私に近づいてくる者全てが乞食に見えてしまう。
この金は絶対渡さない。お前らみたいな屑に、下らない欲の為に使わせてたまるか。
乞食共が、いい加減にしろ、死ねばいいんだ。お前らなんて無価値の塊の癖に。糞みたいな仕事をして汗水流して頑張ったなんて自分を褒め続けて価値のある存在だと錯覚していろ。結局金がないと価値なんてないんだからよ。
男は自分が金を手に入れる前に一番嫌いだった醜悪そのものになっていることに気が付かずにいた。
感想を書いていただけると私のテンションが上がって踊りだします。




