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5 英雄気どりのカボチャ

 

 

 

 断罪の日が訪れた。

 シトルイユは舞台に上がるべく、深呼吸する。両手には枷が嵌められ、纏う服も、今までに比べると質素なものだった。

 カボチャを被っていない顔をあげて、シトルイユは自分に下される判決を待つ。

 令嬢の顔に刻まれた呪いの証を見て、周囲がざわめく。魔族のようなおぞましい顔に、貴族たちは嫌悪を顕にした。

 シトルイユは目を逸らさずに、凛とした表情で胸を張る。そして、目の前の玉座を見上げた。

 判決を下すのは国王だ。この国の全ての権力を握る存在を前に、シトルイユは臆することなく前を向く。


「おのれ……シトルイユ……何故、お前が!」

 シトルイユの隣に立たされたパンプキンス公爵が呻きのような声をあげている。公爵は奥歯を噛み、シトルイユを睨みつけた。その視線は、到底、我が子に向けるものとは思えない。

 キュルビスを殺そうとした事実を知って、父親を陥れることを決めた。だが、反面、哀れだとも思っている。

 こんな男でも、自分の父だ。シトルイユも負い目を感じている。だからこそ、自分が被らなくても良い罪を被って、キュルビスの元から退場しようと思ったのだ。

 もしも、シトルイユがキュルビスのことを嫌いになっていれば……こんなことにはならなかったかもしれない。なにもせず、ただ父の策と野望を見て見ぬ振りをしていた。

 だが、シトルイユはそうしなかった。

 キュルビスを憎めなかったから。

 嫌いになど、なれなかった……。


「パンプキンス公爵。そして、令嬢シトルイユに判決を下す――双方、王族及び国家反逆罪に処し、国外追放とする。また、爵位の剥奪と、領地及び財産の没収を言い渡す」

 死罪とならなかっただけマシだと思え。そんな判決だった。

 こうして、莫大な富と権力を有していたパンプキンス公爵の栄華は、一夜にして崩壊した。全て、シトルイユのせいで。そして、父と共にシトルイユも沈む。


「ぐっ……おのれ、お前のせいだ!」

 公爵がシトルイユに向けて叫ぶ。彼は枷が嵌められたままの手で、我が娘を殴りつける。

 シトルイユは防ぐことも出来ず、頭に一撃を受けて倒れた。

「お父様……」

 往生際が悪い。誰もが、そんな目で公爵を見ている。罪人同士の諍いだからか、兵士たちも、公爵をすぐに止める気配がなかった。

 再び、シトルイユに向けて拳が振りあげられる。

 枷を打ちつけるように殴られれば、シトルイユの頭など、カボチャのように陥没してしまう。

 自分の父親に殴り殺されるのか……シトルイユは、自らの最期を悟って目を閉じた。


「見苦しいぞ、パンプキンス公爵」

 歌うように美しく、涼しげな声が響く。

 シトルイユは恐る恐る瞼を開けた。

 鮮やかな蒼いマントが翻っている。均整の取れた長い手足がしなやかで逞しい。精悍な身体つきの青年だと理解出来た。

 だが、その頭に載っているのは、――。

「か、カボチャ!?」

 どこからか、間抜けな声があがった。

 突如現れたカボチャを被った青年に、誰もが呆気に取られていた。勿論、シトルイユもだ。

 しかし、シトルイユには、その人物の正体がわかってしまう。


「キュルビス様……?」

 問うと、カボチャは振り返った。中の表情は見えないが、笑っているのだろうと直感した。

 カボチャを被ったキュルビス、いや、カボチャの王子様はシトルイユに向けて、手を差し出した。

「行こう、私の可愛いカボチャ姫」

 甘い声で囁かれて、シトルイユは思わず手を伸ばしてしまう。だが、すぐに引っ込めた。

「どうして」

 どうして? 自分は罪人になったのに。キュルビスのために、父と一緒に罪を受けようというのに。シトルイユには、理解出来なかった。

 戸惑っている間に、キュルビスは素早くシトルイユを抱えて立ちあがらせてしまう。考えている暇など、ないと言いたげだ。


「待て!」

 一際大きな声で、ククミス王子が叫ぶ。彼は二人の前に躍り出ると、芝居がかった動作で剣を抜いた。

「国王陛下の前での狼藉、許さないぞ!」

 ククミス王子が大きな声で言い放つと、キュルビスはシトルイユの肩を抱いた。距離が近すぎて、服越しに肌の熱が伝わってくる。

「許さない? では、どうする?」

 キュルビスは薄く笑いながら、頭に乗ったカボチャを脱いだ。

 カボチャの中からキュルビスが現れたことで、玉座の間にいた者たちがざわめきはじめる。ククミス王子も、大袈裟に目を見開いていた。

「兄上!?」

「ここにいる令嬢シトルイユは、私の婚約者だ。指一本、触れさせはしない」

 キュルビスが宣言すると、一層周囲がどよめいた。「王子は気が触れた」だとか、「悪魔の毒牙にかかってしまった」と皆口々に言っている。

 シトルイユはなにが起こったのかわからず、キュルビスを見据えるのみだ。

 キュルビスがシトルイユに合わせるように、視線を下げる。


「シトルイユ」

 囁くような声だった。しかし、確かな響きがあり、心地良い。こんな声も出せるのだと知って、不覚にも胸が熱くなった。もっと、キュルビスを知ってみたい。そんな甘い妄想に駆られてしまい、わけがわからなくなる。

 キュルビスは混乱して逃げようとするシトルイユの肩を抱き寄せた。体温が服越しに感じられ、心臓が驚くほど緊張して跳ね回る。

 キュルビスはシトルイユの耳にそっと唇を寄せた。そして、シトルイユの手になにかを握らせる。

 蒼い宝玉だった。

 キュルビスがいつもつけている宝玉を握らされて、シトルイユは言葉を失ってしまう。


「私に、君の運命を変えさせてくれないか?」

 白く丸みを帯びた頬に触れられる。シトルイユは、そのとき初めて自分が震えていることに気づいた。その無防備な唇に、キュルビスはゆっくりと自分の唇を重ねていく。

 シトルイユの手に握られていた蒼い宝玉が眩い光を放つ。

 その瞬間、二人の周囲を取り囲むように蒼い魔術文字が宙に浮き上がり、わずかな風が生まれる。蒼い光の中でシトルイユのココア色の髪が舞い上がり、美しく揺れた。

 聖蒼の口づけ――王族の婚姻の儀式が行われ、周囲がいっそうざわめき、誓いを交わしてしまった二人を見ていた。


「止めさせろー!」

 明らかに遅いタイミングで、ククミス王子が叫んでいる。その号令をきっかけに、兵士たちが二人の元へ向かった。

 すかさずキュルビスが剣を抜いて応戦体勢を取る。この三年で、剣の腕も磨いたようだ。シトルイユを抱き締める腕が強くて、とても頼もしい。

「なんてことだ、兄上!」

 ククミス王子がわざとらしく頭を抱えていた。

 キュルビスはシトルイユの身体を離さないまま、玉座を見上げる。そして、そこに座る国王に高らかに宣言した。


「私はシトルイユに『聖蒼の口づけ』を捧げました。彼女を、私の妻にします」

 周囲のざわめきとは裏腹に、国王は静かに息子を見下ろしていた。表情からは感情が読み取れない。無意味な威圧感で、こちらを煽ってくる印象すらある。

 しかし、キュルビスの表情は揺らいでいなかった。強い眼差しで父王を見据えている。


「我が息子は、もう少し賢いと思っていたのだがな」

 その言葉は落胆か、蔑みか。抑揚に乏しい声が玉座の間に響く。

 国王が肘かけに身を委ねる。彼は自分の息子と、罪人の令嬢を交互に見ると、口元に厳しい表情を浮かべた。

「お前がこんなことを言い出すとは思わなかった」

「そうですね。私も少し意外です。でも、後悔はしていません」

 まっすぐに見ると、国王は気難しく引き結んでいた唇をわずかに綻ばせた。王はざわめきたった室内の貴族たちを黙らせると、玉座から重い腰を上げて立ち上がる。

「『聖蒼の口づけ』を与えてしまった以上、婚姻は認めなくてはならない。離縁制がないのも考えものだな」

 そう言った瞬間、キュルビスは表情を明るくしてシトルイユを覗き込んだ。シトルイユは状況が未だに呑み込めなかったが、なんとなく表情を和らげる。

 しかし、その瞬間、「だが」と言葉が続いた。


「パンプキンス公爵の悪事は見過ごせない。そのような家の者を王妃になど出来ない」

 厳格な口調で言って、王がキュルビスを睨む。いや、睨むという表現が正しいのかわからないが、鋭い視線が向けられた。

「父上、シトルイユが私の命を狙ったなど、あれは嘘です。彼女は、私のせいで呪いを受けただけで、あの一件には無関係で――」

「そんなことはわかっておるし、どうでも良い」

 全て心得ている。そう言いたげに、国王はキュルビスの言葉を制した。

 問題なのは、シトルイユ自身ではなく、謀叛人の娘であること。そして、彼女が顔に受けたウェアウルフの呪いだ。

 口ぶりからして、国王はシトルイユが吐いた嘘に気がついていたのだろう。だが、キュルビスのために罪を被る彼女を制することはしなかった。むしろ、その方が好都合だと思われていたのかもしれない。

「そのような令嬢を王妃にするためには、お前との結婚程度だけでは周囲は納得しないであろう」

 国王の言う通りだ。実際、ここにいる貴族たちはシトルイユに口づけしたキュルビスを糾弾する眼差しを向けていた。


 キュルビスは王子だが、ただの王子だ。

 今まで、戦で武勲をあげたわけでも、政治手腕を発揮してきたわけでもない。王家の血筋ということで魔法は天才級だが、それだけだ。なんの功績も実績もない温室育ちの青二才に過ぎない。

 それはシトルイユも同じだ。莫大な財産を有した公爵家に生まれたというだけで、あとはなんの取り柄もない。ただの令嬢である。

 そんな二人の結婚を、「聖蒼の口づけ」という儀式だけで受け入れて、将来の国王と王妃にすることなど不可能だ。


「王族に離縁は認められない――よって、キュルビス。お前を、令嬢シトルイユと共に宮廷から追放する」

 無情にも聞こえる宣告を受けて、キュルビスは無表情で国王を見ている。シトルイユも固唾を呑んで、その場を見守った。

「令嬢シトルイユを連れて隣国ナタルへ渡れ。そこの元公爵を使って我が国を陥れんとした首謀者を探るまで、戻ってくることは許さん」

「父上、それは――」

 キュルビスが碧い眼を見開いた。厳格だった国王の表情が一瞬だけ、和らいだ気がする。


 試されている。

 キュルビスとシトルイユはそう感じ取って、互いに顔を見合わせた。

 キュルビスは不安を隠そうとしているのか、シトルイユの肩を抱く手に力を入れる。シトルイユはキュルビスの気持ちに応えるように手を重ねた。


「去れ」

 国王は満足げに笑い、二人に玉座の間を去るように命じる。

 

 

 

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