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3 悪役気どりのカボチャ

 

 

 

 今宵の仮面舞踏会にも、奇妙なジャック・オー・ランタンが現れる。

 肌の露出を避けた紫色の衣装を揺らして、令嬢シトルイユは歩く。

 カボチャの下には、結い上げたココア色の髪と、禍々しい呪いの刻印を隠していた。

 時々、刻印がキリキリと熱を帯びているのがわかる。

 呪いを受けた直後にキュルビスが浄化魔法をかけたお陰で、命に関わることはなかった。だが、顔や手に残った刻印は一生消えないものとなってしまう。時折、傷痕のように熱を帯びて疼くこともあった。

 婚約者が決まったとき、キュルビスは自分の目で相手の令嬢を見ようと思い立ったようだ。数人の従者だけを連れて、彼は隠密にパンプキンス公爵領を訪れたらしい。そのとき、シトルイユと出会った。


「こんばんは、シトルイユ。踊って頂けますか?」

 キュルビスは、今宵も仮面舞踏会に現れたカボチャ令嬢をダンスに誘う。三年前に比べて大きな青年となったキュルビスの手を取って、シトルイユは俯いた。

 出会ったときは、シトルイユの方がキュルビスの手を引いた。

 あのとき、キュルビスは魔法の選択を誤った。その結果、シトルイユは呪いを受けた。

 仮面舞踏会にしか現れなくなったのも、顔全体を隠せるジャック・オー・ランタンを被るようになったのも、内気な壁の花となったのも、全てキュルビスのせいだ。

 それなのに、――。


「あとで顔を見せてくれないかい、シトルイユ?」

 キュルビスはいつものように、甘い声でシトルイユを誘う。

「……わたくしの醜い顔など、見ても仕方がないでしょう?」

 シトルイユは、いつものように素っ気なく返した。

「すまない、シトルイユ」

 いっそ、嫌われたらいいのに。

 こんな顔の娘が王妃になれるはずなどない。それは、きっとキュルビスもわかっているだろう。国民の前でもカボチャを被っているわけにはいかない。

 今はカボチャを被った風変わりな令嬢で済まされている。しかし、魔物に呪われた醜い令嬢だと露見するのも時間の問題のように思われた。


「キュルビス様」

 シトルイユはカボチャの下で笑った。軽く呼びかけたつもりだったが、思いのほか声が緊張してしまう。キュルビスは眉を寄せながら、シトルイユのカボチャを覗き込んだ。

「わたくし、あのときキュルビス様が会いに来てくれたこと、恨んではいないのですわ」

「シトルイユ……」

 顔を見たこともない相手との婚約。大人たちによって決められた意思のない結婚を、幼かったシトルイユは嘆いていた。

 けれども、あの一夜の出来事はとても楽しかったと思う。魔女とカボチャが手と手を取り合い、子供らしく戯れた祭りの夜。思い出すたびに、穏やかな気持ちになれた。

 キュルビスを憎むことなど出来ない。シトルイユの中では、今でもずっと、彼はあのときのカボチャ少年なのだから。

 だから、――。


「先日、わたくしが送った文書に目を通して頂けましたか?」

 シトルイユが問うと、キュルビスは表情を曇らせた。

「見た……しかし、私にはそんなことは出来ない」

「そうでしょうね」

 思った通りの答えが返ってきて、シトルイユはしたたかに笑った。カボチャの下なので、今自分が笑っていることは、キュルビスには伝わらないかもしれない。

「実はククミス殿下にも、同じ文書を送りましたの――どうか、殿下の『聖蒼の口づけ』は、別の方に捧げてくださいませ」

「待ってくれ……シトルイユ、どうしてそんな」

 キュルビスが血相を欠いてシトルイユを見下ろした。もうダンスの曲も終わろうとしている。まるで、それが刻限を告げているような気さえした。


「パンプキンス公爵!」

 ダンスホールであるはずの会場に、堂々とした声が上がった。一同が振り返ると、そこには第二王子ククミスの姿が見える。キュルビスとよく似ているが、まだ垢抜けていない未熟な少年の印象を受けた。

 ククミス王子に名を呼ばれ、シトルイユの父であるパンプキンス公爵が驚きの声をあげている。


「匿名の密告があった。パンプキンス公爵! 貴様の悪事を、このククミスが今ここで告発する! 国庫を食い物にし、国を売った悪徳貴族め。貴様のような者を、私は許しておけない!」

 ククミス王子は手に持っていた文書をバサバサと揺らして、高らかに宣言した。

 前々から悪い噂が流れている公爵であったが、誰も証拠を掴むことが出来なかった。けれども、その証拠を片手に、ククミス王子は公衆の面前で公爵を断罪しようとしている。


 あれはシトルイユが用意した文書だ。

 自分の父であるパンプキンス公爵の悪事の全てが書いてある。財務大臣と癒着して国庫を横領していたことも、闇ルートを使って他国と取引していたことも、国の情報を売っていたことも……誰にも証拠を掴まれないように念入りに隠されていたが、まさか、パンプキンス公爵も自分の娘に密告されるとは思っていなかっただろう。

 どれだけ上手く隠していても、罪は罪だ。贖わなければならない。


 それに、シトルイユは知っていた。


「なにを、青二才の第二王子が……! そんなもの、証拠にはならない!」

「では、貴様の娘に聞いてみようではないか。婚約者である我が兄キュルビスをウェアウルフに襲わせた証拠が、令嬢には残っているはずだ!」

 ククミス王子が指差した令嬢の存在を、会場の一同が一斉に見つめた。キュルビスも、息を呑んで見つめている。

 その中で、シトルイユはゆっくりと、自分が被ったカボチャに手をかけた。


「シトルイユ……やめるんだ」

 キュルビスが力なく呟く。だが、シトルイユはカボチャを脱ぐ手を止めなかった。

 結い上げたココア色の髪が現れる。その下で目を伏せるのは、白い顔に呪いの刻印を受けた令嬢だった。

 ウェアウルフの刻印を見て、貴族たちが一様にざわめきはじめる。しかし、シトルイユは意に介さない態度で視線をあげた。


「そうです。わたくしは、キュルビス様の命を狙ってウェアウルフに襲わせました。この呪いこそが、ウェアウルフとの契約の証ですわ」

 シトルイユはククミス王子に宛てた文書で、一つだけ嘘を書いた。

 それは、自分がウェアウルフをけしかけて、キュルビスの命を狙ったという内容。

 真実は父であるパンプキンス公爵の仕業だった。森の奥に棲んでいるはずのウェアウルフを誘き寄せて襲わせたのは、彼だったのだ。

 父は他国と通じて、国の情報を売っていた。その見返りとして、多額の報償と地位を約束されていたのだ。

 そして、キュルビスの命を奪おうとした。

 娘を王族の婚約者にしておいて、その相手を殺そうとするとは……。

 キュルビスに、お忍びで婚約者であるシトルイユに会ってみるよう仕向けたのは、公爵の策であった。そして、秘密裏に訪れたキュルビスをウェアウルフに殺させて、影武者と入れ替えてしまおうとしていたのだ。

 キュルビスは幼少期、離宮で育てられた。そのため、当時はほとんどの者には顔を知られていない状態だった。

 入れ替えた完全なる傀儡王子と娘を結婚させることで、政治を握ろうとしていた。水面下では、国王の暗殺も企てていたようだ。

 他国からの報償を受け取り、尚且つ自国での権力を握ろうとするなど、なんと愚かな父親だろうか。

 魔物に襲わせれば、失敗した場合も言い逃れが出来る。誤算があったとすれば、娘であるシトルイユが呪いの刻印を受けてしまったこと。


 その全てを知って、シトルイユは今回の計画を立て、実行した。

 自分の父親を断罪するために。

 そして、キュルビスとの婚約を反故にするために。

 このような呪いの刻印を受けた女を、王妃として娶ることは出来ない。それは、キュルビスもわかっているだろう。だが、キュルビスはシトルイユとの婚約を解消しなかった。

 彼は優しい人だから。

 きっと、自分のせいで呪いを受けたシトルイユを憐れんでいるのだろう。だから、婚約を解消しないのだ。

 そんな情によって繋ぎとめられている関係は、終わりにしなければならない。


「シトルイユ……なんてことを……」

 信じられないといった表情を浮かべて、キュルビスがシトルイユを見ている。

 シトルイユはカボチャを被らない素顔で、彼を見上げて笑った。

「さようなら、素敵なカボチャの王子様」

 気丈に、しかし、優しく言ったつもりだった。だが、思いのほか声が震えてしまう。

 シトルイユはスゥッと息を吸って、深呼吸した。なにもしていなければ、泣いてしまいそうな気がしたのだ。

 いっそ、嫌いになってしまえればいいのに。仕向けたのは公爵かもしれないが、シトルイユがこんな身になったのは、キュルビスのせいなのだ。恨んでしまった方が、何倍もマシだったかもしれない。


 あの日の出来事など、なかったらよかったのに。


 しかし、清々しい気持ちでもあった。やっと、シトルイユは自分に呪いが降りかかった元凶である父を追い落とすことが出来たのだ。

 そして、望み通りに悪役として、キュルビスとの婚約を解消出来る。


「すまない……シトルイユ……」

 苦しそうな、悲しそうな声で、キュルビスが呟いていた。シトルイユはその声に背を向けるように、集まった兵士たちの元へと、歩いていった。

 

 

 

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