1 カボチャ気どりの令嬢
少し長くなったので、分割投稿です。
二万文字以内に終わる短い連載のつもり。
設定は割と適当! 普通の恋愛が書きたかった!
今宵は仮面舞踏会。
贅の限りを尽くした衣装を纏い、仮面をつけた貴族たちが次々と白亜の城へと繰り出していく。仮面を被っているとはいえ、貴族社会は狭い。言動や乗ってきた馬車、衣装などで、ある程度、相手の身元はわかってしまう。
そんな中、カボチャを象った紋章を掲げた馬車が、城門を優雅に潜る。
悪名高いパンプキンス公爵家の馬車だ。城のエントランスに停まった馬車を見て、誰もが眉を寄せた。
パンプキンス公爵は元々地味な貴族であった。それが領地から金山が発見されて、一気に莫大な富を築き上げたのだ。それ以降、三代に渡って、当主は国の高官に就いている。
あまり良い噂はなかった。裏であくどい商売や取引、賄賂が飛び交っていると、皆口々に言っている。
特に、パンプキンス公爵家の令嬢は風変わりであると、話題の的だ。
使用人に支えられながら馬車を降りる令嬢。
紫と黒を基調にしたドレスが揺れ、よく磨かれた靴が星の煌めきのような音を立てた。
「見てよ、あれが噂のカボチャ令嬢よ」
「まあ。初めて見ましたが……なんてことでしょう」
「噂通りのカボチャっぷりですのね!」
「きっと、パンプキンス公爵は悪魔と契約でもしているのですわ」
ヒソヒソと囁かれる陰口など気にせず、パンプキンス公爵令嬢シトルイユはダンスホールへと向かった。
莫大な財産を有するパンプキンス公爵家。その令嬢が纏うドレスは確かに豪華で、贅沢の極みであった。陰口を叩かれるような代物ではない。
問題は、令嬢が被った仮面である。
令嬢シトルイユは仮面舞踏会にしか現れないことで有名だ。しかも、その仮面は常に奇抜、というより、異様であった。
シトルイユの仮面はいつも決まって、カボチャ――いわゆる、ジャック・オー・ランタンを被っている。
彼女がカボチャを被っているのには、理由がある。
しかし、その理由を知る者は少ない。
「シトルイユ」
壁の花を決め込むシトルイユの元に、一人の青年が歩み寄る。
歌うように美しい声で言い、青年は一礼する。鍛えられた肢体は長くしなやかで、非常に均整がとれていた。身のこなしも精錬されており、如何にも婦女子が好みそうだ。半分だけ覆われた仮面から見える艶やかな金髪も、爽やかな碧い眼も完璧すぎるほど美しい。
「まあ……キュルビス殿下、ごきげんよう」
カボチャの中で苦笑いしながら、シトルイユはドレスを摘まんで一礼した。
すると、青年――キュルビスは仮面の下で、にっこりと無邪気っぽい笑みを浮かべる。爽やかで大人っぽいのだと思っていたら、こんな子供っぽい笑みも浮かべるので、なんだか不覚にも可愛らしく感じてしまう。
キュルビスはこの国の王子だ。齢十七歳。少年を脱し、一人前の大人として扱われはじめている。
いずれは王位を継ぎ、国王になる人。しかも、こんなに爽やかな美青年である。周囲の令嬢たちが、一斉にシトルイユのことを睨むのを感じた。令嬢たちの中から、「まだ聖蒼も受けていないくせに」と、呟く声も聞こえる。
そんなシトルイユの気を知ってか知らずか、キュルビスはスッと手を差し出した。
「シトルイユ、踊ってくれるかい?」
王子から申し込まれて、断ることが出来る令嬢はいない。シトルイユは不本意ながら、渋々、キュルビスの手をとった。
キュルビスはシトルイユの婚約者である。
パンプキンス公爵領に眠る金の山。だが、その領地は隣国との国境に位置しており、戦争の火種になりかねない。そこで、王家とパンプキンス公爵家との繋がりを強めるために、シトルイユとキュルビスの婚約を結んだのだ。
完全なる政略結婚である。
「シトルイユは、私と踊るのが嫌なのかい?」
黙っているシトルイユの顔を、キュルビスが覗き込む。
腰に添えられた手が大きくて、とても逞しい。大きすぎるカボチャの頭が邪魔だと思うくらい、距離も近かった。
「わたくしではなく、キュルビス殿下が嫌がっていらっしゃるのではないかと、心配なのですわ……」
「私が? 何故?」
キュルビスは魅力的な碧い眼を瞬かせ、首を傾げた。
彼はワルツの旋律に身を委ねるように、シトルイユをリードして踊ってくれる。そのダンスがあまりにも優雅だから、シトルイユは思わずカボチャの中で顔を赤くしてしまう。
「私の可愛いカボチャ姫」
そう言いながら、キュルビスは踊りを損なわない自然な動作で、シトルイユのカボチャに触れた。ジャック・オー・ランタンの目から顔を覗き込まれて、視線がピタリと合ってしまう。
キュルビスの首からは、美しい輝きを放つ蒼い石が下がっていた。
王族の結婚には欠かせない「聖蒼の口づけ」に使われる宝玉だ。魔術のかけられた蒼い首飾りを妻となる女性に捧げ、口づける。これにより婚姻の契りが結ばれ、その決定はいかなる場合も覆らない。
本来は婚約してしばらく経ってから、王族から婚約者に贈られる。だが、シトルイユは、まだキュルビスから宝玉と口づけを渡されていなかった。
その理由は、わかっている。
「カボチャが可愛いなんて、嘘ですわ」
「うん、そうだね。だから、そのカボチャを脱いで可愛いシトルイユを見せて欲しい」
「嫌ですわ。仮面舞踏会ですもの。それに、わたくしの醜い顔など晒せません」
本当のことを言うと、キュルビスが初めて顔を曇らせた。
この一言で、諦めてくれると良いが。そう期待して、シトルイユはキュルビスを見上げた。
「悪いことをした」
ダンスが終わると、キュルビスは一言そう呟いて、シトルイユのカボチャに軽く触れた。
「いいのですわ」
シトルイユは無理やり笑ってみせる。恐らく、カボチャ越しでは伝わらないだろうが、一生懸命、笑顔を浮かべてみせた。
「次の仮面舞踏会で」
約束を交わして、二人はそのまま別れた。