02 旅の途中
A王国第三王子レオンは、12歳になるB王国皇女シャロンと婚約の儀を執り行うため、近衛長のローザ他2名の近衛兵と共にB王国へ向けて出発した。
レオンは馬車の外の景色を不安そうな顔で見つめていた。
B王国へは子供のときから何度も遊びに行っていたし、何よりレオンはおしとやかなシャロンと会ってお話するのが大好きだった。
二人はお互いに好意を寄せていることを感じていた。
だが今日はそのシャロンと婚約を交わすために向かっているのだ。
それはいずれ、住み慣れたA王国や家族と別れを告げなければならないことを意味している。
レオン「……」
ローザ「レオン様、緊張してらっしゃるのですか。ローザがぎゅってして差しあげましょうか?」
レオン「もう、ローザはバカにして。ちょっとぼーっとしてただけだよ」
郷愁を悟られまいとゆっくり振り向いたレオンは、目の前に迫ったローザの豊満な胸の谷間を見て、顔を赤くした。
レオンはローザの肩を押して席に戻した。
レオン「ローザは僕がB王国に行っても、近衛として仕えてくれるかい?」
ローザ「そのようなお言葉をいただけるとは、なんと申し上げて良いやら。レオン様だけです。かように醜い姿の私に……」
レオン「僕はローザを醜いなんて思ったことはないよ。ローザは強く、綺麗だ」
レオンは優しく遮った。
ローザ「はい……。レオン様がお望みであれば、どこへなりとお側に仕えさせていただきたく存じます」
子供のとき魔物に襲われたというローザは左目と左腕を失い、義眼と義手を装着している。
この世界にはそんな子供たちが、たくさんいた。
ローザはレオンにあまり見られたくないのか、いつも恥ずかしそうに隠している。
ローザはA王国始まって以来の念動力の持ち主と噂され、彼女が本気を出せば岩すら砕くとさえ言われていた。
猫のようにしなやかな彼女は念動力だけでなく剣や武術の腕前もデタラメなほど強く、屈強な兵士数人が相手でも彼女には全く歯が立たなかった。
対峙した相手には、彼女の義眼と義手はハンデというより逆に、まるでいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた手負いの戦士のように、凄みが増して見えた。
その類希な能力を買われてレオンの近衛部隊に配属されたのは、ローザが17才の時だった。
A王国には三人の王子がいた。
当時の国王は長男と共に国中を巡って地域に密着した国政に力を入れ、いつも城を留守にしていた。
王妃は細かい書類や会議、社交会へと忙殺され、空いたわずかな時間に甘えん坊な次男の面倒を見るのが精一杯だった。
末っ子のレオンは大人しく、城の者が面倒をみても我が儘を言うこともなかったため、父母は安心して任せっぱなしにしていた。
時々、ひとつ下のシャロンが城へ訪ねてきたり、B王国へも遊びにいくことがあったが、まだ10才の幼い子供は父母の愛情不足に寂しい思いをしていた。
ローザはそんなレオンに剣や武術の練習相手をしたり、話し相手をしているうちに、レオンから実の姉のように慕われた。
そのうち身の回りの世話までし始めるほど親しくなり、20才そこそこで近衛長へと大抜擢されたのだった。
彼らがA王国とB王国の国境に差しあたる頃、雨の中、魔物たちに追いかけられている娘を見つけた。
レオン「あれは魔物?」
ローザ「……私はレオン様をB王国へ無事にお届けするよう命を受けております。レオン様に何かあってはなりません。ここは走り抜けるべきです」
レオン「目の前で人間が襲われてるのに、見過ごすなんてできないよ!ローザ、馬車を止めて。魔物を退治するんだ」
ローザ「……わかりました、ローザにお任せください」
ローザは馬車で魔物を追わせ、間に割って入らせた。
馬車から飛び出したローザは魔物の前に立ちはだかると剣を抜き、勇敢に切りかかっていった。
残ったレオンと近衛兵が馬車から出て娘を保護すると、娘はニヤリと笑いながらガーディメットのついたアクセサリーを引きちぎって地面に捨て、みるみるうちに魔物化していった。
油断したレオンと近衛兵は、背中から魔物に襲い掛かられ、レオンは負傷した。
レオン「しまった、騙された……」
ローザ「レオン様!」
魔物たちを切り倒したローザはレオンのもとへ駆け戻り、レオンを襲った魔物へ左手を向けると念道力が発動し、魔物は激しく弾け飛んだ。
ローザ「レオン様、私が付いていながら、申し訳ございません」
レオン「ローザの……せいじゃないよ。僕が、甘かったんだ」
強くなる雨の中、レオンは意識を失った。
ローザはテントを幕営すると近衛たちを見張りに置いた。
ローザはレオンをテントの中に横たえると、服を脱がせて傷の手当を始めた。
ローザ「身体がすっかり冷えてる……」
ローザはレオンを毛布で包むと鞄から薬を取り出し、レオンの口へ入れようとして止め、自分の口に含んでレオンに口移しで飲ませた。
ローザは服を脱ぎレオンの毛布の中へもぐり込むと、レオンの顔を胸の谷間へ埋め、義手のカバーをスライドさせ中のパネルを操作した。
ほどなく義手を中心に暖かさが広がっていった。
次の日の朝、レオンが一人で目覚めると身体は軽くなり、腕をグルグル回しても怪我の痛みが気にならないほど回復していた。
テントから出てローザと顔を合わせると、彼女は一瞬嬉しそうな顔をしたが責任を感じているのか、すぐ神妙な面持ちになった。
ローザ「レオン様、お怪我はもうよろしいのですか?」
レオン「もう痛みもないよ。助けてくれてありがとう、ローザ」
ローザ「ああ、レオン様、良かった」
ローザはレオンを抱きしめると、また胸にぎゅっと押し付けた。