#04
トラックが走り去り、一同がテントの方に引き返して行く中、立ち尽くしていた状態から我に返った星哉は、拡声器を片手にゆっくりと歩き出した理沙に慌てて尋ねた。
「あの、あれは、あの車は何だったんでしょうか?」
「…聞いていないのですか?あれは教団に食料を卸している問屋のトラックですよ」
理沙は抑揚がなく、少し呂律が怪しい声で答えた。
「食料…ということは、今、施設内の信者たちは食べるものがないということですか?」
星哉の問いの意味が分からないのか、理沙は無言で顔の筋肉一筋動かすことなく、問い掛けの発せられた口元を見つめていた。
「…今日、わたしの見た信者はまだ少年、十代半ばくらいに見えたのですが、子供もいるのではありませんか?つまり、あなたのお子さんも」
星哉は理沙の息子が幾つなのか、正確なところは聞いていなかったが、理沙の年齢や綾乃の口振りを考えるに、それなりに成長しているが、成人前だと予想された。
「…こども」理沙は何か記憶をたどるような、考えるような表情になり、次の瞬間、星哉に食って掛かった。「あなた、アマネに会ったの!?いつ、どこ!?返して、返して!わたしの、息子!」
「何をしている!?」
拡声器を放り出し、両手で星哉の両腕を掴んで揺さぶり始めた理沙に、驚きの余り口を半開きにしたまま、されるがまま揺すぶられていた星哉の耳に、鋭い声が届いた。トラックが来ていた間は、道を塞ぐワゴン車の裏側にいたのか姿が見えなかった手越が近づいてきて、理沙の肩を掴んだ。理沙は肩を掴んだ手を見、視線を、手から腕に沿って移動させ、手越の顔を見ると、気が抜けた様に星哉の両腕を放した。そして、すとんとしゃがみこみ、拡声器を拾い上げると、ゆっくりと立ち上がって、歩き去って行った。
「何を話していた?」
「先程のトラックのことです。何のトラックだったのかと」
「…聞いていなかったのか?」
問い掛けに星哉が答えると、手越は舌打ちした。身に付いた習慣で、星哉はすみません、と頭を下げてしまったが、手越は続けて不機嫌そうに吐き捨てた。
「あんたが悪いんじゃない。説明しなかった奴らが悪い。さっきのは、ここの教団施設に食料を運び入れているトラックだ。週に二回来る。生半可なことでは教団の連中は動じないからな、兵糧攻めだ。もっとも、水は出るし、生野菜だの生肉だのは無くなっても、米や塩は買い貯めてあるだろうから、すぐに飢え出すようなこともないんだが、精神的には堪えるだろう」
それから手越は、行われている座り込みの、基本的な内容について話し出した。抗議文の読み上げが、ワゴン車のスピーカーから日中ずっと流されている。その他に毎日、午前六時、午後十二時、午後五時、午後十時、午前零時、午前四時、の計六回、スピーカーの音量を上げた上で、タンバリンや太鼓を打ち鳴らしつつ、門から中の施設に向けて、抗議文を復唱し、続けて各々の要求を拡声器を使って申し入れる。また、この山に車両が入れる道は一本だけで、その道は、ある集落と繋がっている。つまり施設に来ようとすれば必ずその集落を通過するわけで、そこにいる同志から、山に向かう車両があった場合は連絡が来るので、先程の様に、妨害して追い返すこともする。それらが基本で、それ以外の時間は何をしていても構わないとも言われた。
「だが、今日は人数が揃ったから、夜中は特別なミッションを行う。あんたもそちらに参加だ」
「ミッション、ですか。具体的には、どのような」
おずおずと切り出した星哉に、手越はにやりと笑い掛けて、答えた。
「教団の収入源と洗脳の道具になってる植物の畑を潰すんだ」
例え、それが怪しげな新興宗教団体のものであれ、犯罪組織のものであれ、他者の所有する畑を荒らせば犯罪なのでは、と星哉は心底、不安になった。だが手越は、問題ない、の一言で終わらせてしまった。門の前のワゴン車にまで戻ってから尋ねた穂高にも、慣れれば大丈夫です、を繰り返され、星哉は途方に暮れた。とにかく犯罪性の有無を調べようと、スマートフォンを探り、取り出しかけたところで星哉は猛烈に嫌な予感を感じた。案の定、液晶画面の片隅には、圏外、という非情な文字が踊っていた。しばし、その文字を眺め、試しにブラウザを立ち上げてみたものの、今度は、接続されていません、という追撃を受けた。そこで星哉は、携帯電話の電波が届かないのにどうやって手越は集落の同志と連絡を取っているのかと不思議に思ったが、その疑問を解消するより、自分のこれからの行動を決める方が重要だった。単なる座り込みならとにかく、犯罪かもしれない行為に付き合いたくはない。面と向かって手越らに反抗するだけの度胸もない。そうなるとここから離れるしかなくなる。同志がいるという集落までいけば、流石に携帯電話も通じるのだろうが、道が一本とはいえ、ここから自動車で一時間ほどであると穂高から聞き、それだけの距離を走破するだけの決意は付かなかった。
星哉が悩んでいるうちにも時間は過ぎ、午後五時の定例行動の時間になり、夕食の時間になった。悶々としながらも持たされた太鼓を叩き、拡声器を通した理沙の声を聞きながら、星哉は、数人の信者用ユニフォーム姿の人影が建物の窓辺を行き交い、ジャージ姿のものたちが、学校だった頃は運動場だったのであろう土が剥き出しの敷地で、準備体操から始まり、ジョギングで終わる一連の動作をしているのを見た。だが足達が言った様に、その信者たちは何も仕掛けて来ないどころか、門の方に近寄って来ることすらしなかった。
施設からは空腹に直撃するような良い匂いが漂って来て、食事が準備されていることが分かった。この新興宗教の教義や理念は全く知らない星哉だが、粗食という概念を信仰していないことは分かった。対して星哉たちの夕食は、カップラーメンだけというお粗末なものだったが、それですら、手越を初めとした人相の悪い三人に、慶斗を含む若い男たちと星哉しか口にしなかった。穂高は抱えている荷物の中から取り出した栄養補助食品を齧っていて、初老の男二人と髪の長い女は、酒とつまみだけで済ませ、理沙と老婆は何か小袋入りの菓子を口にして終わりだった。
夕食が済むと、手越が皆を集めて今晩の手筈について説明し始めた。足達と若い男たち四人に、慶斗、星哉は、午前零時の抗議文の復唱が行われる間、この施設の裏手にある畑に忍び込み、危険な薬物の原料となる植物を根絶やしにする、との表明に、若い男たちは興奮し、騒ぎ立てた。