#12
他に適当な器具が無かったので、サッカーボール入れの蓋を針金で止めているだけの檻に入れられている星哉の、調理部の月岡と北原の放送を聞いて口を半開きにして唖然としている顔を、見張りを務めている藤沢は見るとも無しに見ていた。程なく、炊き込み御飯の握り飯を抱えた美月と、カレーを盛った皿を両手に一皿ずつ携えた坊坂、殊更に無表情な里崎と代田、そして笑顔で炊き込みご飯の握り飯を頬張りながら事務長がやって来た。美月たちを呼びにいった森南は、大学芋の鍋の前に並んでいた。
「医師の診察では、頭部に外傷はないって話しだったよ。ドラッグは知らない」
美月が話しかけつつ握り飯を、坊坂がカレーの皿を渡して来たので、藤沢の両手は一時的に塞がってしまった。仕方が無いのでカレーの皿の隅に握り飯を置いて、藤沢はスプーンを取った。美月はもちろん、星哉も知らず知らずのうちに覚醒剤を摂取しているであろうことは分かっていたが、恍け通した。美月が一服盛った件は、一部の生徒のみ知る極秘事項である。さすがに法律に抵触するので、ワゴン車からの薬物の持ち出しも含め、美月の行動の詳細は大半の生徒に知らされていなかった。こそこそ何かやっていることは、気付かれていたが。
「混乱も、そもそも持続性がないよ」
里崎は無表情に檻の中を眺めつつ答えた。
「俺らが、自分を食おうとしているとか、言い出しているんだ」
藤沢はカレーを飲む込む勢いで平らげつつ言った。檻の周りの、藤沢以外の全員が手を止めて沈黙すると、可哀想なものを見る目で檻の中を見た。不躾な視線に晒され、星哉は顔を紅潮させると毛布の端を握りしめ、体を極力縮込ませた。
「いや、だって、得体の知れない宗教の信者に捕まって、裸にされていたら…」
小声で、更に語尾は消え入るような調子で、星哉はつぶやいた。咀嚼を再開していた事務長は、握り飯を食べ終えると、男の正面にしゃがみ込み、にこにこと人懐こい笑みを浮かべつつ、尋ねた。
「宗教とは、何の話しですかな?」
「何の話しも何も、ここはおかしな…あ、いや、新興宗教の施設でしょう?わたしの知り合いの女の子のお母さんの息子がここに…そう、アマネって男の子はいませんか?」
事務長の柔和な態度に釣られ、星哉は出来るだけ穏やかに尋ねた。ただ内心の焦りを反映して、脂汗が顔中に浮いていた。里崎と代田の顔の筋肉がびくりと脈動した。
「アマネは俺です」
「君がアマネくん?じゃあ、じゃあ、綾乃さんの弟…兄か?いや綾乃さんのことは知らないのか。とにかく、お母さんが来ているんだ!あそこ、ほら、あのワゴン車のところ…に居、今はいないけど。とにかく来ている!前の旦那…ってつまり君のお父さんか。お父さんとその実家が宗教に入ってしまって、反対したお母さんが追い出されたんだ。ええと、何か都合の良いことを吹き込まれているのだろうけど、その…」
険しくなった顔と静かな声で応じた里崎だが、捲し立てる男の言葉を聞いて溜め息を吐いた。
「人違いです。俺の母は別にいます。父も父の実家にも新興宗教の信者はいません」
「そもそも、ここはれっきとした高校ですしねえ」
里崎に続いて、事務長から間延びした言葉を掛けられ、星哉は黙り込むと、きょろきょろと周囲を見回した。確かにどこをどう見ても学校なのだが、学校だった建物を使用してれば当然であり、そう聞かされている以上、現在も学校だと言われてもおいそれとは信じられなかった。
「でも、でも、ここが高校なら、どうしてわたしは裸で閉じ込められているんですかっ!」
「びしょ濡れ泥だらけで倒れていたあなたをね、生徒が見つけたんですよ。濡れた服のままでは風邪を引いてしまいます。だから脱がせました。でもねえ、この山は、丸ごと全て、うちの学校のものでしてね、勝手に入った時点で不法侵入の現行犯です。つまり、あなたは犯罪者。おまけに連日連夜嫌がらせをしてきた連中の一人でしょう。犯罪者に暴れられて生徒に危害を加えられたら大事ですから、少々自由は奪わせて貰いました。夕方には警察が来ます。不当な扱いだと思うのなら警察に進言することですね」
思わず声を荒げた星哉だが、警察と聞かされて、青くなって黙り込んだ。少なくとも、畑を潰したことは犯罪に当たるのではないかという自覚があった。数度大きく呼吸をし、動揺を必死で鎮める。
「あの…わたしは、綾乃さんに言われて…綾乃さんは…場所を間違った?いや、理沙さんはいるし…」
「綾乃さんというのは、ひょっとして、このひとですか?」
後が続かない星哉に、事務長はくたびれた背広のポケットから取り出したスマートフォンの画面を向けた。星哉のものである。待ち受け画面にセーラー服姿の女性が写し出された。
「そうです!」
星哉が言い切ると、周りの生徒たちは好奇心一杯にその画面を覗き込み、一様に微妙な表情を浮かべた。
「あなた、さっき、これが俺の妹とか言ってませんでしたか?」
「ええ、そう聞いていたので」
里崎が尋ねると、星哉は胸を張って答えた。
「…どうやったらこれが中学生に見えるんだ?」
「中学生どころか、大学生…学生ってので、すでにちょっと…」
「よく着れるな、セーラー服。色々きっつい」
「女子高生もののAVに出てる三十過ぎのおばばさまだよな」
「しかもパッケージじゃなくて、修正の入っていない本編の方の」
口さがない生徒たちから、率直な感想が次々に上がった。それまで星哉に対して特定の感情を示していなかった生徒たちだが、一気に同情的になった。
「勧誘役なんでしょうねえ。一般人が必要だったのでしょうから」
「勧誘?一般人?」
鸚鵡返しに問い返した星哉に、事務長は相変わらずにこにこしながら、説明をした。
「あなたのお仲間はね、うちの学校を立ち退かせたくて、嫌がらせを仕掛けているんです。でも反社会組織が関わっていたら、近頃は一発で捕まりますから、表向き、一般人に活動させる必要があったわけです。それで、精神的に不安定とか、加齢で認知能力に問題があるとか、借金の棒引きをちらつかせたりとか、女の子を使って騙したりとかして、連れて来るわけです」
星哉は絶句し、ただ事務長の顔を見つめた。酸欠の魚の様に、口をぱくぱくと開いたり閉じたりしたが、言葉は出て来なかった。しばらく、藤沢がカレーと握り飯を食べ終え、一年三組の調理部の生徒が持って来てくれた大学芋を皆で摘み始めるまで、星哉はそうしていたが、不意に言葉を発した。
「じゃあ…あれは…何だったんだ」星哉は顔を地面を向けて、つぶやいた。「白…灰色とか黒で目が光るものとか、とにかくおかしなものに追いかけられた…」
事務長は大学芋を齧りつつ、のんびりと言った。
「ああ、危険ですねえ。何か飲まされたんじゃあないでしょうか、幻覚を見るようなものを。幻覚だけでなく、奇行を起こすようなものもあるかもしれませんね。ねえ、見えますか。お仲間さん、何故か自分たちで車を破壊したり、服を脱いじゃったりしているんですよ。それに、ああいう手合いはねえ、一度関わってしまうと骨までしゃぶり尽くされると言うし。ほら、薬物をやっていることを黙っていて欲しかったら言うことを聞け、とか脅してくるかも知れませんねえ。でも、もう警察には連絡済みですから。大丈夫でしょう」
星哉が身を震わせたのは寒さ故ではなかった。そのやりとりを傍らで見聞きしていた美月は、化粧品や害獣対策用の網が苦もなく倉庫から持ち出されていたり、月岡が車両用出入り口の、北原が三年生寮の鍵を持っていたり、調理師たちが協力的だったり、きのこカレーに使うきのこが簡単に追加発注されていたりしている点について、深く考えるのは止めておこうと思った。
歓声が上がった。調理部の部員一同が、正門の手前、ワゴン車からよく見える位置に並んで立った。部員の一部は両手に空のペットボトルを持ち、それ以外の生徒は片手に焼き上がった芋や湯気を立てるカレーの皿を持ち、逆の手に団扇や団扇が足りなかったのであろう、下敷きを持っていた。音楽が掛かった。ペットボトルを持った調理部の部員たちは、足を広げて仁王立ちになると、その場で腕を大きく振り回して踊り始めた。踊りに合わせて、料理を持った生徒は、料理を扇いで、食欲を刺激する匂いをワゴン車に向けた。どこまで届いているかは定かではないが、害獣対策用の網に捕われて、昨夜の夕食以降は何も口に出来ていないだろう連中には、美味そうな料理が目の前にあることだけでも、効果があるだろう。実際、腹が鳴る音が聞こえて、美月たちがそちらを見やると、恥ずかしそうに顔を伏せる星哉の姿が目に入った。夕方に警察が来たとして、警察署にたどり着くまで数時間掛かる。その間、精々空腹を抱え、食べ物の有り難さを噛み締めろ、というのが総意だった。
完結です。お付き頂いた方々、お礼申し上げます。




