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祝祭  作者: のっぺらぼう
20/22

#09の裏側

台風の影響で朝から降り続く小雨は、日が傾き始めても、相変わらずしとしとと地面を濡らしていた。そんな中、学院の売店で百円で売っている、丈が長く薄手の合羽(かっぱ)ですっぽりと全身を覆った美月は、調理部の畑に続く道を脇に逸れ、獣道ですら無い山に入った。運動場の外周に建てられている金網に沿って、運動場を半周以上するほどの距離を歩き、山の(ふもと)から学院の正門に至り、頂上にまで続く舗装された道路に出た。正門に接している場所より上、坂道を上ったところである。直接道に出ることの出来る正門と車両用出入り口を除き、職員たちや、正門の外でたむろする連中の目を避けるとなると、この経路しか無かったのだ。金網の外側は傾斜こそほどんどなかったが、濡れた下草と土は滑り易く、おまけに即興で作られた長いスカートを穿いている美月は、歩きにくくて仕様がなかった。ただ幸い、転倒することは無く到着した。

今、美月の傍には藤沢と肩の上に使鬼(しき)を乗せた八重樫がいた。二人とも美月と違い合羽(かっぱ)は着ていないが、雨を気にした様子も無く、道路のすぐ脇の樹々の間に身を(ひそ)めてた。ここまで一緒に来た坊坂と頭の上に使鬼(しき)を乗せた一年三組所属の調理部部員は、更に道路を素早く横断して、学院と道を挟んだ反対側の山の中に入っている。そこから少し上ると、騒ぎを起こしている連中が寝泊まりしているテント群が見下ろせる位置に立った。調理部の部員たちが使鬼(しき)を使って探し当てた絶好の場所である。

一年三組所属の調理部部員は、その位置に着くと使鬼(しき)の前に手を(かざ)して、配置に付いたと合図を送った。すぐに、連携している使鬼(しき)を使っている他の部員たちから、それぞれ準備が完了している合図が送られて来た。調理部部員は傍らの坊坂に目線を向け、うなずいた。坊坂はうなずき返すと、己の使鬼(しき)を発動させた。調理部部員たちが使用している、黒い猿のような外見や、久井本の使う犬の形をしたものではない。人の姿、騒ぎを起こしている連中の一人にそっくりな男性の姿だった。

「きもい…」

いくら使鬼(しき)、つまり偽物だとは分かっていても、瓜二つな別の存在に薄気味悪いものを感じ、調理部部員はつい、そう漏らしてしまった。前回に続き、女装した美月が『作業』を行う予定だっが、ひとのいない合間を縫った前回と異なり、今回は、この使鬼(しき)(おとり)にして、目的の場所から人払いをする計画である。この男性の姿が使われたのは、今日の昼頃、ワゴン車で脱走しかけて失敗していたので、再度逃亡を図ろうとしていると勘違いさせれば、他の連中を引きつけ(やす)いと考えられたためである。調理部部員の素直な感想に苦笑しながら、坊坂は、使鬼(しき)に山道を滑り降ろさせ、テントの一つに向かわせた。


思いのほか上手く使鬼(しき)は連中を引きつけた。八重樫は他の調理部部員たちの使鬼(しき)から送られてくる情報から、テントのある一帯、飲料水用のポリタンク周辺に誰もいなくなったことを確認すると、美月と藤沢に向かってうなずいた。美月は合羽(かっぱ)を脱ぐと、背中に流していた(かつら)の長い髪を顔に下ろした。藤沢はポケットに突っ込まれていた金属製の計量カップと小型のペットボトルを取り出すと、ペットボトルに入っている液体を計量カップに注ぎ入れて、美月に渡した。受け取った計量カップを片手に美月は、足音を(ひそ)めて坂道を下り、ワゴン車の横を通り抜けると、飲料水用のポリタンクに近づいた。一旦、計量カップを地面に置き、ポケットから取り出した大きめのカッターで、水が半分ほど残っているポリタンクの上部、ポリタンクの凹みに沿って、カッターで切れ込みを入れた。計量カップを取り上げ、切れ込みを押し開けると、カップの中身、(わず)かに濁りのある液体を流し入れた。警察に提出用の一粒を除いて砕いた覚醒剤と、睡眠薬を溶かした溶液である。ヤマモトと呼ばれる女が何かしらの薬を飲んでいることは確認が出来ていたが、他の連中、特に調理部が憎んで止まない畑を潰した実行犯たちと、何よりこの場を仕切っているセミプロ三人が、違法に薬物を使用しているという確信が無かったので、この連中を陽性(、、)にさせるための仕込みである。睡眠薬の方は、今晩実行される計画の最終段階への布石だった。溶液の投与が順調に終わり、美月が顔を上げ周辺を見回すと、坂道の下方、車両用出入り口の辺りにいる連中の何人かが目に入った。坊坂の使鬼(しき)を追うのを途中であきらめたらしい。美月は、内部では心臓が破裂しそうなほど強く打っていたが、何気ない様子を取り(つくろ)うと、覚束(おぼつか)ない足取りを演出しつつ、ワゴン車の近くにまで歩を進め、坂道を上り、樹々の間の友人二人が待つ場所にたどり着いた。その瞬間気が抜け、地面に座り込みかけて藤沢に支えられた。


一仕事終えた美月は藤沢と八重樫と共に、畑に通じる細道にまで戻った。既に生徒全員が共犯者になっていたが、職員たちに見つかると不味いので、そこでスカートを脱ぎ、(かつら)を外す。スカートの裾は泥が跳ね上がっていて、(かつら)の毛髪は雨に濡れて顔に張り付いていた。八重樫の使う使鬼(しき)を通してその姿を見ていた調理部部員たちには、雨の山道であったら間違いなく悲鳴を上げてしまう姿だと評価された。

美月たちが寮の談話室に戻って程なく、坊坂と一年三組の調理部部員も戻って来た。談話室のテーブルの上には一部の生徒たちの手で製作された、ほぼ生徒全員分の目出し帽が置かれていた。単に灰色の布地を頭が入るほどの袋状にして、目の部分に穴を空けただけの代物なのだが、実際に身に着け、その上からガーゼマスクを付けて固定し、学校指定の灰色のジャージに軍手、という装いを見ると、やはりこれも道端で遭遇したくない姿になっていた。計画の最終段階はこのお揃いの姿で実行される予定だった。

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