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祝祭  作者: のっぺらぼう
2/22

#02

興奮し過ぎていた駅までの道中の反動が来たのか、それほど良い舗装ではない田舎道にも関わらず、星哉(せいや)は車内で眠ってしまっていた。慶斗(けいと)から乱暴に揺り起こされて目を開け、辺りが随分暗いことに驚いて、反射的に時計を確認すると、まだ午後の早い時間帯だった。日が傾いたわけではなく、自動車が停車しているのが、深い山奥の、車一台がやっと通ることの出来る狭い道で、道路の左右から押し寄せる樹々の枝葉に日光が遮られていて暗いのだと寝起きの頭で気付くのには、少々時間を要した。

これまで一言も口をきいていなかった乗用車の運転手が、やはり言葉を発さないまま、振り返って身振りで降りる様に指示して来た。運転手は年齢不詳の男で、顔は酷く青白い上に頬がげっそりと痩けていて、さながら骸骨模型に白いゴムを張ったようだった。星哉と慶斗が地面に降り立つと、濃い樹々と土の匂いが鼻をついた。紅葉の季節に入って、赤や黄色に染め変えている葉も多いが、緑の葉も同じくらい繁っていた。乗用車の正面、道の先には白いワゴン車が停車していて、その陰から、夜の繁華街で出会ったら無意識にでも道を譲ってしまいそうな人相の悪い、星哉と同年代の男が出て来た。

(おせ)え」

人相の悪い男はそう吐き捨てると、顎をしゃくって、星哉と慶斗、二人をワゴン車の更に先に行くように、(うなが)した。慶斗が男の態度にむかっ腹を立てたのが、横にいる星哉に伝わって来た。巻き込まれたくない星哉は一歩下がって有事に備えたが、それ以上何かが起こることはなかった。とはいえ、星哉はもう帰りたくて(たま)らない気持ちになり、戻ってもらえないものかと、乗って来た乗用車を見やったが、乗用車は既に、方向転換するだけの幅がない坂道を、後ろ向きに下り始めていた。遠のく乗用車の姿を、星哉はしばし呆然と見守っていた。

「何やってんだ、早く来い!」

慶斗と人相の悪い男、どちらの声なのか分からなかったが、怒鳴り声が聞こえて、星哉は慌ててワゴン車の向こう側、道の先に向かった。そこには、アスファルトの道路の上だというのに、一人用か二人用の小型の黄緑と緑のテントが四張り張られていた。一つのテントの前には初老の男が二人、座り込んで、牛乳パック型の容器に入っている焼酎を、がぼがぼと()っ食らっていた。テント群の横を通り過ぎると更に一台、白いワゴン車が停車されていた。そのワゴン車のかなり近くに寄ったところで、車体上部に取り付けられたスピーカーから、何か淡々とした音声が流れていることに気付いた。余程指向性に優れているスピーカーを使用しているらしく、スピーカーが向けられていない方向にいる限り、ほとんど何も聞こえて来なかった。

そのワゴン車の手前で、若い、慶斗と同年代で、恐らく中身も似たり寄ったりだと思われる、男たちが四人、マイクに見立てた木の枝を持って、星哉の知らない歌を歌っていた。その若い連中を避けて、人相の悪い男がワゴン車の窓を叩いた。しばしの間があって、窓の向うのカーテンが引き開けられ、窓が開き、もう二人ばかり、人相の悪い男たちの顔が(のぞ)いた。態度からして、一人は窓を叩いた男より立場が上らしい。

「この方が手越(てごし)さん。ここの責任者。で、もう一人が(タン)さん。手越さん、金髪のが真下、もう一人が鈴村ってやつです」

手越と呼ばれた男の方は、短髪で額に傷跡があった。(タン)と呼ばれた方は、髪をきっちりと撫で付けている。(タン)の方は、さっと一通り、星哉と慶斗を見ると、すぐに顔を引っ込めたが、手越は品定めしていることを隠そうともしない視線でじろじろと二人を眺め下ろしてから、窓とカーテンを閉めた。ついでに、窓を叩いた男が足達(あだち)と名乗ったので、人相の悪い男たち三人の名前は知ることが出来た。

ワゴン車の二人への紹介が済むと、足達はワゴン車の正面側を回って進み始め、慶斗も従った。星哉は、正直なところ、このまま後ろを向いて、山道を下り出したくなっていた。だが、この山がどれくらい深いのかすら分からない状態で、勝手に動くだけの度胸もなく、結局、慶斗の後に続いた。ワゴン車の向こう側は、まだ上への道が続いている。だが、上り坂に向かって左手、ワゴン車から見ても左手にあたる場所には、意外にも開けた景色が広がっていた。

花崗岩で作られた立派な門柱が二本立ち、その間は鋼鉄製で白く塗られた門扉で閉じられている、門柱には、恐らくこの施設の名称が刻まれていたのだろうが、今は養生テープが滅茶苦茶に貼られた上に、ペンキが掛けられているので、何と書いてあるのかは見えなかった。門柱のすぐ脇からは、ぐるりと金網が張り巡らされている。そして門と金網の向うには、一見するとどこかの学校の運動場にしか見えない、整備された()き出しの土が広がる敷地があった。その奥に建物が数棟建てられている。一番大きく、堂々としているのは門から見て左手にある、二階建ての白い建物で、そこから、既に葉はほぼ散っているものの、結構な大木の並木道が門に向けて続いていた。

「なんつうか、学校?みたいだな」

「もともと、学校だった建物を利用している」

慶斗が口にした素朴な感想に、足達が応えるのを耳にしながら、星哉は何とはなしに、並木を奥から手前に向けて目で追っていて、並木沿いに建てられている建物の一つ、一番門から近いところにある一階建ての建物の屋上に、黒っぽい人影があることに気付いた。樹々が邪魔をしている部分はあるものの、男の姿で、二人いた。ぱっと見、かなり若く、慶斗と同じか少し下の年代に見える。二人とも中背で服装が同じなので、遠目に見分けがつきにくいが、一人は少し髪が長く、もう一人は幾分髪が短かかった。

「あのひとたちは、この施設の関係者なんでしょうか?」

「何っ、ひと?どこだ、どこかにひとがいるのかっ!?」

星哉が何の気無しに尋ねると、足達が食って掛かるような、酷く強い口調で尋ねて来た。星哉が指差すと、そちらに顔を向け、右に左に顔を動かした後、一歩下がって星哉を乱暴に押しのけ、今ままで星哉のいた場所を陣取った。退()かされた星哉には、人影が見えなくなったので、その位置以外では樹々に隠されて見えなくなってしまうらしい。

「…そうだ。関係者、というか信者だ。あの服は、信者たちのユニフォームだ」

「学ランみてえ」

足達に続いて、その位置から建物の屋上を見やった慶斗が、またも素朴な感想を漏らした。慶斗に対して良い感情を抱いていない星哉ではあるが、その感想には同意せざるを得なかった。

「信者たちが直接何かを仕掛けて来ることはない。あんたらはここで、他の奴らと一緒に見張っていろ」

足達は短く言うと、(きびす)を返して戻って行ってしまった。(ひら)けた敷地の方ばかり見ていた星哉だが、足元、門扉とワゴン車の間に、タイヤにもたれ掛かって座っている数人がいたのだ。慶斗が無造作にその一人に近づきかけて、眉をひそめると、左右に一二歩動き、結局ワゴン車にぴったり沿って動き出した。ワゴン車のスピーカーは門の方に向けられているので、ワゴン車に沿っていないと、スピーカーから流れてくる音声に(わずら)わされることになるのだ。星哉は実際聞いてみて、結構な大音量であることに驚いた。

座っている面々は一人だけ男性で、後は女性だった。黒一点は星哉より少し年上で、小太りで眼鏡を掛け、膝に荷物を抱えている。(おび)えた目付き慶斗を見ていたが、星哉と目が合ったときには少し安堵した様子を見せた。男が腰を下ろしているのは段ボールの更にその上にレジャーシートを敷いたものの端っこで、中央には、顔中が皺で埋もれてしまっていて、頭に(わず)かに白髪を残している老婆と、体を左右にゆらゆら揺らしている、ぼさぼさの長い髪で顔が見えず、(くるぶし)辺りまである長いスカートでかろうじて性別を判定出来る年齢不詳の女がいた。片手に金属製のマグカップを持っていて、体を揺らすたびにそこから強い酒の匂いが漂っている。そしてもう一人、男と反対側の端に、毛布をすっぽりと(かぶ)った中年の女がいた。やや視点が定まらない顔付きだが、顔立ちそのものは整っていて、星哉たちが新参者だと理解すると、深々と頭を下げて来た。

「こんにちは。わたしは、山本(やまもと)理沙(りさ)と言います」

「あ、綾乃のお母さん!初めましてっ!」

慶斗が顔を輝かせて挨拶した。

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