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祝祭  作者: のっぺらぼう
18/22

#07の裏側

車両用出入り口を出たときには、まだ周囲が見渡せる程度の薄明かりを残していた太陽が完全に沈み、窓の外が黒一色になっている寮の談話室、ほんの数分間の出来事だったにも関わらず、一日分の授業を受けるよりも気力と体力を使い、疲れ果てた美月は椅子に座り込んでいた。当然だが、既に女装は()いていて、部屋着姿である。目の前には取り置いてもらった夕食の料理に加えて、栄養剤が一本おまけで置いてあったが、それらには手を着けず、ただコップに一杯、冷えた水を飲み干して一息()いたところだった。同じ卓には棒・槍・杖術の部の一年生部員たちが付いているが、一様に落ち着かず、やたらと出入り口の方を見ては、また視線をテーブルに戻すを繰り返していた。

隣の二年生寮では、美月がワゴン車から持ち出して来た各種薬物についての調査が進められている。もっとも科学に特別精通しているわけでもない高校生たちなので、名称が記載されている薬はその名称で、名前が分からないものは外観から、ネットを利用して検索しているだけである。それでも、一同が予想していたより遥かに多い種類の怪しげな薬を美月が車内で見つけてしまい、全種類を、減っているのが分からない程度、失敬して来ていたので、結構な時間が掛かっていた。余りの多さに、渡された直後、月岡は唖然としていたが、すぐに我に返ると一目散に寮のパソコンに向かっていった。


「あの、北原」

寮の談話室にいた二年生の一人が、『調理部の至宝』の呼称を持つ、調理部一の料理の腕前の持ち主に声を掛けてきた。北原も当然、食物(しょくもつ)のありがたさを外部の方々にも教えてあげましょう計画に加わっているが、今は月岡と数人が、怪しげな薬について調査している最中で、結果が判明するまで他の参加者たちは待機するしかない。その時間を、他の部員たちと秋の味覚大祭について意見を交わすことに費やしていた北原は顔を上げた。

「秋の味覚大祭だけど、カレーも出せないか?」

「カレー?」

「そう。今日、本当はカレーだったのに、中止になっただろ。だから」

その生徒の余りの真剣さと、周囲にいる何人かが聞き耳を立てていることを感じ取り、北原は考え込んだ。秋の味覚大会自体は開催が決まっている。調理部が管理している畑のうち、荒らされたのは片方だけで、もう片方の種類の違うサツマイモは既に収穫済みだったのだ。ただ、どうしても量は足りないので、例年より規模が小さくなる。それを、事務長と食堂の調理班に交渉して、別の秋の味覚、秋刀魚(さんま)でも余分に購入してもらい、足りない分に当てることは出来ないか、などと話し合っていたところだった。

「そっか、秋の味覚ということで、きのこのカレーとかを外で食べるのもアリか」

美味(うま)そう!』

北原の(なか)ば独り言めいたつぶやきに、話しかけて来た生徒の他、やり取りを聞いていた複数の生徒も同調し、更に上がったその声に、談話室にいた他の二年生も注目して来て、談話室は一気に盛り上がった。

カレーが中止になったことで生徒たちに不満が溜まっているわけだが、同じくらい職員たちも不満を抱いていることを北原は佐藤から聞いていた。調理部の設備では、全校生徒と職員に行き渡るだけのカレーを作るのは難しいので、それこそ食堂の調理師たちにも手伝ってもらうことになるが、その方が良案かもしれない。北原は、食材購入の権限を握っている事務長を説得するための口説き文句を考え始めた。


同じ談話室にいた久井本は、別の調理部の部員で、偵察で中心的役割を果たしている生徒と話していた。

「連中のうち、こいつなんだけど」久井本は、テーブルの上に広げられた資料のうち、四十前後の年齢で、膝を抱えて座っている男性の絵を指した。「確か、畑の件に関わっていなかったよな」

尋ねられた調理部部員は、絵を(のぞ)き込みつつ(こた)えた。

「ああ、こいつは関係ないと思う。靴が汚れていなかった。靴を替えたか洗ったかしただけかもしれないけど。…こいつがどうかしたのか?」

「余り深入りしていないのなら、ちょっと脅して逃げ出す様に仕向けるのもありかと思ったんだ。例の計画、セミプロ三人と畑を荒らした実行犯は徹底的にやるとしても、それ以外の対象は少ない方がやり(やす)いだろ」

久井本の言葉に、調理部部員は考える表情になった。

「ん…そうだな。月岡次第だけど、俺は良いと思う。個人的には、あの婆さんが、どっか行ってくれたらと思うけど。年寄りで女なんて、相手にしたくないんだよなあ」

()けているんだろう?山に迷い込みでもしたら、むしろ危険だと思う。最後には警察に任せるわけだし、その時までいてもらったほうが身の安全は確保出来る」

調理部部員は渋い顔でうなずいた。


調理部と棒・槍・杖術の部の部員たちに美月、新たに計画に参加を表明して来た二年生を加えた数十人が、肌寒い屋外、一年生寮と二年生寮の間に集まった。既に美月が一休みして食事を()り終えてから、大分()っている。

「脱法ドラッグどころか、覚醒剤が出て来た」

一同を前に、数枚の印刷された薬物に関しての資料を手に、月岡は呆れたような、困ったような表情で告げた。美月が持ち出して来た薬物は、覚醒剤、脱法ドラック数種、睡眠薬、向精神薬と、カクテルを作る気なのかと思うほど、種々様々なものだった。ちなみに覚醒剤は錠剤で、見掛けそのままの写真が、薬物乱用防止のホームページに載っていたという、調べる方の手間を(はぶ)いてくれる代物だった。

『マジ?』

集まった生徒たちが、一斉に驚いた声を上げた。

「まあ、これで警察は間違いなく動く。さすがに本格的な薬物中毒者がいるんじゃあ、見て見ぬ振りというわけにはいかないというか…麻薬の取り締まりだと厚生省とか、別の組織の管轄にもなってくるし」

一つの懸念が去った訳である。計画の第一段階が完了し、生徒たちは高揚しているようだったが、美月は一人浮かない顔になった。『ヤマモト・リサ』が里崎の実母らしいという噂があると、八重樫から聞かされたところだった。

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