#03の裏側
昼食はとうに終了し夕食にまでまだ間がある、そんな開放時間外の食堂に、四人の四十代から二十代の男たちが深刻この上ない顔付きで、六人掛けの丸テーブルについていた。全員、帽子は取ったり被ったままだったりしているが、白い調理師のお仕着せ姿である。そして丸テーブルにはもう一人、一体何年着ているのか想像も付かない古びたニットの上っ張りを着た、ご老体といって差し支えない年齢の男性がついていた。老体は、膝の上に置いていた老眼鏡を掛けると、丸テーブルのほぼ中央に置かれていた紙を手に取り、じっくりと眺め、口を開いた。
「まず、明日夜の『各種カレー』が駄目になる、と」
紙は、この食堂で提供される一ヶ月の献立と、材料の納入予定を記載したものだった。印刷されたそれに、赤のボールペンで数カ所、記載が加えられていた。
「はい」四人のうち最年長にして厨房の責任者を務める調理師が厳かに告げた。「カレー粉が足りません。カレー粉が無い状態でカレーは不可能です」
「よりにもよって、カレー粉の大量発注をしたときを狙うとは、ねえ」
片手に献立兼納入予定表を持ち、逆の手指で老眼鏡の位置を直しつつ、老体は静かにつぶやいた。
「それから、駄目になるのは?」
「明後日の昼の白身魚のあんかけと南蛮漬けが、どちらかのみになります。切り身の数が足りません」調理師の一人が、抱えたファイルを確認しつつ答えた。「こちらは、南蛮漬けを鶏肉に変更しようかと。それから…」
老体は一言一句逃すまいと、しっかり耳を傾けつつ、数十分前に入った電話の内容を思い起こした。
…ええ、そうです。窓、リアガラスに石を投げつけられて、ひびが入ってしまったので。はい。これでは運転は無理ですし。はい…ええ、怪我はありません…ありがとうございます。
電話を掛けて来たのは学院への食料品の納入を頼んでいる業者からだった。受けたのは老体、事務長だった。今日、納入される筈だった品々を積んだトラックが、学院を目前にして妨害行動に遭い、引き返せざるを得なくなったのだ。トラックは何とか最寄りの集落までたどり着いた後、携帯電話で自分の会社に連絡を入れ、会社から学院に今日の搬入の中止が伝えられた。幸いなことは、業者の被害はリアガラス一枚だけで、運転手が無事だったということだろう。
学院は当然、車両用の出入り口のすぐ外で起こった騒ぎには気付いていた。だが、開錠のために出入り口の内側で待機していた調理場の責任者が事務長に連絡を入れ、事務長が対処のための人員を出す前に、投石にまで発展してしまっていた。それまで、拡声器や車載のスピーカーを使って、好き勝手に喚き散らしてはいるものの、物理的な攻撃はして来ていなかった連中なので、高を括って油断していたという譏りは免れなかった。
もちろん、調理場の貯蔵庫にはある程度の食料の備蓄がある。献立の変更は必要でも、今すぐに食糧難に陥るようなことは無い。だが、この陸の孤島というべき山奥で、糧食という生存に欠かせない部分を標的にされた点で不安を感じるものはいるだろうし、何より食堂一番人気のカレーが中止になるということは、生徒たちのみならず、職員たちの間にも不満が生じることは間違いが無い。
…少々、甘く見過ぎていた。
事務長は、今回納入がされなかった品々の確認と、献立の変更についての報告に、適切な間の手を入れつつ、そう考えた。眼鏡の奥の瞳が光った。




