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祝祭  作者: のっぺらぼう
13/22

#02の裏側

人里離れた山奥に、仏教系の全寮制男子校、座生(ざおう)学院高校は鎮座している。進学校だが、実際のところ、国内でも有数の特殊能力者たち…と言っても大半が除霊やお祓いといった能力を持つ寺社関係者…のための学校である。辺鄙(へんぴ)な立地にも、俗世間の余計な雑音から離れ、勉学に(いそ)しむため、という表向きのお題目があるが、単純にこの山が学院が属している学校法人の所有であることと、やはり世間の目の届きにくい場所の方が良いだろうということで選ばれているだけである。

その山奥の学院の正門前に、不審な白いワゴン車が横付けされ、ワゴン車の屋根に取り付けられたスピーカーから大音量で、よく分からない音声や歌が流され始めたのは二日前だった。既に学院の生徒たちには、正門付近には近づかないことが厳命されている。数人の人相の悪い男がたむろしていることは確認されており、学院の建っている山に入っている時点で男たちが不法侵入者であることは明白だったのだが、警察に連絡しても、車両一台寄越してくれなかった。辺境ということで出動を(しぶ)っているのか、過去に、産業廃棄物らしきものが不法投棄されたときにも、余り(かんば)しくない反応だったので県警そのものが怠慢体質なのかは分からない。とにかく余りに使えないので、今後は学院ではなく学校法人そのものが動いて対処を(うなが)すことになり、学院は、とにかく生徒の身の安全第一で動くことになった。そして今日またワゴン車が一台増え、新たな顔触れ数名が正門の前で座り込みを始めたと、生徒たちの間で話題になる中、一年三組の、組委員を務める里崎(さとざき)(あまね)と、代田(だいだ)健太(けんた)は、昼休みに担任教師に呼び出された。

「その、座り込みをしている一人、中年の女性なんだがな」

教員室で、無闇にボールペンで机を叩きつつ、担任教師は深刻な表情で、言いにくそうに口を開いた。

「はい」

「拡声器で、『光の園』は潰れろ、息子を返せ、と怒鳴っているんだ」

里崎と代田は息を呑んだ。『光の園』はこの二人が所属しているキリスト教系新興宗教の教団だった。

「…彼らは、『光の園』と関係があるらしい、と」

代田が確認すると、担任教師は深くうなずいた。

「その通りだ。もっとも、無関係かもしれない。学院に『光の園』の関係者がいると知っていて、強調しているだけかもしれない。なにせ言っていることが支離滅裂だからな。それでも、対処している法人の理事には伝えなければならないんだ。だからお前たちにも一言伝えておこうと思ってな」

『ありがとうございます』

里崎と代田は同時に頭を下げた。担任教師は続けて、他の生徒たちからの誹謗中傷があるかもしれないから気を付けるようにと忠告した。学院の母体が仏教系の法人であることに加え、代田と里崎が所属する『光の園』が、『除霊ビジネス』の新興勢力として、旧勢力…学院の生徒たちの実家…の顧客を奪っていることは周知の事実である。(こころよ)く思わないものがそれなりにおり、学院への入学からこの半年で、良くない目にも()っている一方、分け(へだ)てなく付き合ってくれる友人たちもいて、落ち着いて過ごすことが出来ていたのに、また振り出しか、と思うと、二人共に暗澹(あんたん)たる気持ちになった。しかし、こればかりは仕方がなかったし、覚悟の上の入学である。里崎と代田はうなずいた。

「ああ、忘れていた。その女性、『光の園』を持ち出している女性なんだが、名字がヤマモトで、名前がリサ、か、リサコ、そんな感じなんだ。心当たりは、あるわけ…」

無いよな、と言い掛けて、担任教師は、一瞬で脳貧血を起こしたかの様に真っ青になった里崎と、顔全体を(こわ)ばらせた代田を見て、口をつぐんだ。


「見に行く、よな」

教員室から出るや、代田は里崎に確認した。里崎は(こた)えず、無言のまま歩き出した。

「アマネ…」

「ちょっと黙ってて欲しい」

珍しく強い口調で言い切られ、代田は口を閉じた。里崎は早足でずんずん進んで行き、代田はその後に付いて行く形になった。里崎は数十歩歩き、校舎のほぼ中央、正面玄関の吹き抜けになっている二階の手すりに体をもたれかからせた。

「まず、父に連絡してみる。そうだろう?」

しばしの思案の後、里崎は顔を吹き抜けの、何も無い空間に向けたまま言った。代田は、何と返事をすれば良いのか思い付かず、里崎からは見えないにも関わらず、曖昧にうなずいただけだった。少し沈黙が落ちた。代田は里崎の次の言葉を待っていたが、何も言い出さないので、自分から問い掛けた。

「もし、本当に…その、お前の、お母さんだったら…」

「だからまず確認するって言ってるだろ!」

思わず里崎は声を荒げてしまった。声を上げてから、しまったという表情が顔に表れ出た。代田は表情を変えず、黙って里崎を見ていた。昼休みで大半の生徒と職員は食堂だが、校舎内を自由勝手に歩き回っている生徒も当然いるわけで、そのうちの一人が目を丸くして二者を見ていた。里崎は唇を()んだ。

「悪い。とにかくまず、()くから。父に、()くから。その後で。全部、その後で…」

目を伏せ、声が小さくなる里崎に、代田は軽くうなずいた。


里崎と代田は三年生寮の屋上に立っていた。平屋建てなのでそれほど高さは無い。三年生寮は正門から一番近距離にある建物で、騒音の被害を一番受けていたため、既に寮生たちは全員、職員寮の空き部屋に移動済みである。以前は病棟だったとの噂があり、どう考えても必要な職員より遥かに多い部屋数を有している職員寮は、かくして受験を控えた三年生たちの避難場所になった。そのような訳で今は無人の建物に里崎と代田がいるのは、そこが正門の向こう側にたむろしている連中の尊顔を、ほぼ一方的に拝見出来る位置だったからだ。もっとも、こちらの姿を隠してくれる木立は、こちらからの視界も(さえぎ)るわけで、枝葉の合間からちらちらと見える姿を何度も確認し直す必要はあった。だがそれでも、正門越しに直接対応する気になれなかった代田にとっては有り難かったし、この場所を選んだ里崎もまた、同じ気分にあると分かった。

昼休みの間に、里崎と代田はそれぞれ父親と『光の園』に連絡を取った。電話を取った里崎の父親は、平日の真っ昼間ということで、短い昼食の時間に昼食を()き込んでいる最中だったが、一通り話しを聞くと、結婚と離婚の両方で世話になった仲人たちを経由して、実母の現況を確認すると約束した。代田は代田で教団の本部や支部に座り込み等抗議活動をしに来ている団体がないか確認し、大きな騒ぎは無いとの回答を得た。もっとも本陣に直接乗り込むよりも、高校生の関係者が二人いるだけのところを狙う方が容易(たやす)いのは明らかなので、教団が平穏だからといって門の外の連中が、『光の園』と関わりがないとは言い切れなかった。

屋上は晴れた日は物干し場になっているが、今は全て撤去されているので何も無い。里崎と代田が、少しずつ立ち位置を変えながら確認すると、樹々の間に正門が見える箇所があった。ちょうど、連中が活性化する時間帯だったようで、何人かが門の前でうろうろし始めた。その内の一人、花柄の毛布で身体全体を(おお)った中年女性がゆっくりと、毛布の下から拡声器を取り出して口元に当てた。

「アマネを、返せ!」

それほど距離がある訳ではないので、拡声器の性能の影響なのだろう、唇の動きにやや遅れて、辺り一帯に大声が響いた。里崎は眉を上げ、代田は顔を引きつらせた。アマネという名はそれほど一般的な個人名ではない上、学院で里崎一人だけが持つということを二人とも知っていた。強ばった顔で代田が里崎の様子を(うかが)うと、里崎は若干顔色が悪いながらも、表情を変えずにただじっと木立の間の中年女性の姿を見守っていた。代田の握りしめた手の平がじっとりと濡れる。中年女性が正味数分ほど声を張り上げ続ける間、代田は脂汗が浮き始めた顔を、正門方向と里崎と、交互に向けることを繰り返していたが、里崎は片手で逆の手の手首を握ったまま、微動だにしなかった。中年女性が門から離れ、ワゴン車に取り付けられたスピーカーから流れる何を言っているのかよく分からない内容の音声が小さくなると、二者は深く息を()いた。

「分からない。考えたら、顔、よく覚えていないし。でも…何か違う気がする」

「…そうか」

里崎の物言いも漠然としたものだったが、代田もどう応えるべきか分からずに曖昧に(にご)した。二人はその後、無言のまま屋内に入り、扉を施錠し、階段を下りた。階段を上るのが面倒だからと、寮の玄関の上がり口に座り込んで二人を待っていた事務長に鍵を渡す。

「またお願いするかも知れませんが、構わないでしょうか」

今回、三年生寮の屋上に上がりたいという二人の頼みを簡単に聞き入れてくれた事務長は、次回についてもあっさりと許可を出した。

「いいよ。でも、わたしが同伴することが条件ね。鍵だけの貸し出しは駄目」

どう見ても一般的な定年退職年齢を過ぎている事務長は勢いを付けて立ち上がると、膝をさすりつつ気楽な調子で言った。

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