#11
星哉は、がらがらという不躾に大きい音と、全身に感じる振動で目を覚ました。覚醒すると同時、頭に、割れるかと思うような痛みを感じて両手で頭部を押えて微かにうめいた。余計な刺激を与えない様に、僅かずつ瞼を開き、状況をうかがう。初めに目に入ったのは、灰色で指くらいの太さの金属製の棒だった。それが格子状に組み合わされている。手で触れると金属の冷たさと共に、指を伝って振動が骨に響いた。その振動の影響か、星哉の意識は完全に覚醒し、頭は重いながらも、自分の状態が確認出来た。星哉は檻のようなものに入れられていた。広さが充分ではないので、体をくの字に曲げて横たえられている格好である。檻の高さは星哉が座るには首を始終曲げていないといけないくらいの高さしかない。檻の底には木の板が引かれていて、その下には車輪がついているようで、音と振動は檻そのものが引きずられ、移動させられているからであった。檻は外側をブルーシートで覆われているので、檻を引きずっている誰か、もしくは何かの姿は見えなかった。
ひときわ大きな振動と共に、ブルーシート越しに強い光が当たったのが分かった。ひとのざわめきと、ぱちぱちという何かが爆ぜる音が聞こえて来た。ブルーシート越しに人影がいくつも檻の周囲に集まり、蠢き始めた。星哉は、不安の余り声を上げかけたが、喉が乾き切っている上、口の中が苦く、声が出なかった。人影が、ブルーシートを留めている紐を外し始めたのが影絵になって見え、暴力的なことが行われる想像をした星哉が反射的にうずくまり、頭部を庇う格好をとったのとほぼ同時、ブルーシートが取り外された。途端、全身に明るく、穏やかな日の光を受けた。少しの間そのまま動かなかった星哉だが、何も襲って来ないことが分かると、恐る恐る目を開き、顔を上げた。まず、ごく普通の紺色の靴下と、革靴が見えた。視線を上に移動させると、例の宗教団体の信者の黒いユニフォームが視界に入り、厳つい男の顔が見えた。その男の視線と星哉の視線がかち合った。
「おい、こいつ、起きてるぞ」
男が口を開くと、他の、檻を囲んでいた、その男より背が低く、体格も一回り小さい男たちがざわめきを上げ、何人かがその場を離れた。星哉は周囲の景色から、自分がいるのが、門扉越しに見ていた宗教施設の運動場であることに気付いた。星哉の右手に門扉と、スピーカー付きのワゴン車が見えた。ただ、ワゴン車には何か違和感を感じた。よくよく観察すると、ワゴン車の窓が全開にされていて、カーテンも引かれていなかった。その窓から、遠過ぎてはっきりしなかったが、手越か譚と思われる顔がちらちらと覗いていた。
少なくともどちらかは無事にいる、そう思い至った星哉は歓喜の声を上げたが、声というより深呼吸に失敗して空咳をしているような具合だった。更に格子を両手で掴み、揺すぶるが、びくともしない。傍らに立つ大男は、不機嫌そうに口を引き結んだ顔を星哉に向けたが、何も言わなかった。不意に格子を掴んだ手に、横から合成樹脂の使い捨てコップが押し当てられた。虚を突かれた星哉は目を丸くして、飲料水用ポリタンクの上に置かれていたものと同じに見えるコップを見、コップを持つ黒い信者用ユニフォーム姿の少年を見た。少年はもう片方の手に金属製の大きなやかんを掲げていた。はっとして星哉がコップを受け取ると、やかんから茶色の液体が注ぎ入れられた。麦茶の香ばしい香りが鼻をくすぐった。星哉は一気に喉に流し込んだ。
「声、出ますか?痛いところはないですよね」
「あ、ああ、あの…」
問い掛けというより確認に星哉がうなずきつつ、出る様になった声で応じると、少年は満足し、さっさとやかんを片手に去って行った。会話が通じそうな相手を逃して、星哉は唇を噛んだ。コップを片手に周囲を見回すが、近くにいるのは大男一人だけだった。
「あの…」
恐る恐る星哉が声を掛けると、大男はじろりと星哉を見据えた。
「わたしをどうするつもりですか。それから、何が、どうなっているのでしょう」
星哉には訳が分からなかった。深夜、灰色の人影に急襲されて山の中に逃げ込んだ筈が、気付いたら宗教施設の金網の前で、複数人に囲まれていたことまでは覚えているが、その後の記憶が無かった。恐らく捕らえられ、この檻の中に入れられたのだとは想像出来たが、それ以外は何もかも分からない。自分以外の座り込みをしていた連中はどうしているのか、あの灰色の人影や黒い獣の影のようなものたちは何だったのか、聞きたいことは山ほどあった。
「見て、分からんか?」
大男はぶっきらぼうに応えて、顎で正面を指した。星哉の正面、運動場の中央辺りにはかなり大きな焚火が起こされていた。ぱちぱちという音の出所がそれで、野外にいるのに寒さを感じないのはその炎のせいだった。そこで初めて星哉は、毛布がかけられているものの、素っ裸にされていることに気が付いて、悲鳴を上げた。
「え、なに?なんで?服はっ?あの、なんでこんな…?」
星哉の悲鳴は、ちょうどそのとき後方から上がった歓声にかき消された。星哉が毛布が落ちない様にしっかり手で押えて振り返ると、白い、どう見ても調理師の格好をした男たちと、黒の信者用ユニフォームか灰色のジャージの上にエプロンか割烹着を着けた男たちが、業務用の深い大鍋を四つ、それぞれ台車に乗せて運んで来るところだった。台車は、焚火から少し離れた位置に設置された、ブルーシートの上の長机の傍らまで移動された。長机の上にも別の鍋が置かれていて、合成樹脂の皿が積まれ、金属製のやかんやスプーンが準備されている。台車が近くを通った際、大鍋から漂ってくる香辛料の匂いに星哉の腹が音を立てた。空腹を自覚すると同時、星哉は焚火の方からも、薪の燃える匂いに加え甘い香りが上がっていることに気が付いた。星哉がその香りに気を取られているうちに、学生時代に馴染んだ、授業の開始と終了を知らせる鐘の音が運動場中に響き渡った。建物全体からざわめきが漏れ来て、だんだんと大きくなる。あっという間に焚火の周囲には、黒い信者用ユニフォームか灰色のジャージを来た、若い、十代に見える男たちと、背広や色の違うジャージを来た、青年以上の男たちの人だかりが出来ていた。
どう見ても、これから野外で食事、という状況である。そこで星哉は、自分が捕らえられ裸に剥かれていることを踏まえた上での一つの可能性に思い至って、思わず声を上げた。
「た、食べないで!まずいです、わたしはっ!」
それなりに大きな声だったが、周囲の興奮と喧噪が大きかったので、聞こえたのは檻の近くにいたごく少数だけだった。その一人である大男は眉をひそめると、やはり声が聞こえていたらしく、口を半開きにして星哉を凝視している少年の一人に声を掛けた。
「三組の、里崎を呼んで来てくれるか?こいつ、まだ混乱しているようだ」
「これ、混乱か?転んでたって聞いたけど、頭の打ち所が悪かったとかじゃないのか?それか、こいつもやっぱりおくすりやってるか」
「なら、須賀も…いや医務室の医師か。どっちでもいい」
少年はうなずくと、群集の間を抜けてどこかに行ってしまった。星哉は頭の具合の心配をされていることに気が付いて、思わず声を上げた。
「違う!わたしは正常です!…あなたがた、わたしを、食べるつもりじゃないんですか?」
「…なんでそうなるんだ」
心底呆れた声で、大男は尋ね返して来た。星哉は意見を述べるようとしたが、マイクを叩いて出力の確認をしている音が響いて、他の全ての音を遮ったので、叶わなかった。星哉が見渡すと、左手に音響設備が設えられていて、灰色のジャージに、エプロンを身に着けた細身の男と、割烹着を身に着けた小太りの男が並んで立っていた。細身の男がマイクの掲げ、大きく息を吸い込んで、宣言した。
「全校生徒、職員の皆様、お待たせ致しました!どこかの大馬鹿野郎共に畑を荒らされたせいで、少々例年とは趣が異なりますが、ただいまより調理部主催、食堂の調理班全面バックアップ、座生学院高校第四十六回、秋の味覚大祭を開催致します!」
「焼き芋はまだ少々時間が掛かりますので、まずはきのこカレーと炊き込み御飯、大学芋をお楽しみ下さい!」
続いてマイクを受け取った小太りの男が一息に言い切ると、歓声と拍手が巻き起こった。




