夏、想いまじわる教室
人間が勉強する時の適温は摂氏18度だと誰かが言っていた。現在の室温33度
人間がやる気を失うに申し分ない温度の教室で一人、問題集と格闘中である。まったく、もっとまじめに勉強していれば良かったといまさらになって思っている受験生がひたすら汗を拭いながらうめき声を上げている。
昨日、三者面談で担任の先生に言われた一言が、今更になって俺のやる気に火をつけた。
まあ、現状で志望校に受かる確率は、地球外生命体のいる確率くらいと言われた。大体、その確率さえわからないからね。無理な気がする。
ちなみに、天の川銀河内では0.000005パーセントだそーだ。
要するに無理だよって言われたんだよ、俺は。
だが、よく考えればゼロでは無いわけだよ。今更でもやってみればもしかしたらその中に入る確率があるわけだ。
と、言う事で俺は学校に来て一人で勉強をしている。しかも教室で。
大体、冷暖房完備の図書室に行って見たんだが、まじめなやつらしかいないうえ、空いている席が無かったんだよ。だから、こんなクソ熱い、セミと部活やってる声が聞こえる、使い慣れた教室で勉強している訳だ。
「まったく、こんな問題・・・・わかるか!!」
俺はやたらと難しい問題集から顔を上げて、手に握っていたペンを投げ捨てる。
「はぁ~まじめに勉強すべきだった・・・・・。」
俺はいまに至るまでの回想なんかしている最中だった。
進級して早々に遊びまくり、学園祭では暴れ、夏休み(昨日まで)ゲーム三昧。
「良い想い出ばかりだ・・・・・。」
苦笑しながら俺はそんな泣き言を言っていた。
「もう一つくらい、想い出増やしません?」
不意に俺に声をかけてくるやつがいる。まあ、聞き覚えのある声だと思いながら顔を上げてその人間を確認する。
「何のようだ?」
そこにはやはり見覚えのある顔があった。
「素っ気無いですねぇ~それじゃあモテませんよ、先輩。」
そこに居たのは、後輩。まあ、中学のときから知っている顔だと思う。
中高と帰宅部の俺に対して何度も部活の勧誘をし、それに屈し学園祭で暴れる羽目になり現在の俺を作った張本人とでも言うべきか。
「何しに来たんだ?」
俺はすでに勉強を放棄した状況で、後輩にそんな質問をぶつけてみる事にした。
「何って・・・・歩いていたら見つけたんです。」
なかなかすごい確率だ。実際、校内を歩いている状況を俺は知りたいんだが、なんか暑さと勉強のせいで頭がうまく回らない。
「先輩、ちょっと世間話しません?」
ものすごい笑顔で嫌がらせのような事を俺に対案する。
そんな提案に対して俺は軽く不機嫌面で言葉を返す。
「今、勉強中なんだけどぉ。」
まあ、そろそろ息抜きしようかなとか思っていたけど、この後輩は毎回めちゃくちゃな事をしてくれるからね、警戒しているんだよ。
「たまには息抜きも必要ですよ。」
まあ、笑顔な分けですよ。
こっちは必死になって勉強しているって言うのに、受験生じゃ無い奴はほんと気楽だよね、俺も去年までは気楽でしたけど。
「息抜きしすぎて今大変なんだけどさぁ~。」
「私と話すの、イヤですか?」
と、唐突に彼女は俺に言うとすぐに言葉をつなげた。
「これでも私・・・・けっこうモテるんですよ。」
と、笑顔で言うわけだ。
流石にここまでくるともう、ため息とか出てこない現実。
「勝手にしろよ・・・・。」
軽く頭を抱える感じで俺は、投げやりにそんな言葉を投げ返した。
「やった。」
俺の言葉を待っていたかのように、笑顔のままで少し体を躍らせた。実際、この時点で何を考えているのか俺には全くわからないんだが、この後輩はなんだかんだ言って気になっているんだ。
ピンク色ではない、行動そのものが不安で仕方ないんだ。俺としては、こいつの兄貴といった存在で接している。たぶん、彼女も俺と同じ思いで俺に接しているんだと思うが。
そんな参考はどーでも良いと思うので、話を戻してみようと思うわけだ。
「先輩は・・・・・どこ狙っているんですぁ?」
唐突な質問だ。と、言うかこの文章からでは意味がわからない。大体大事な部分が抜けていると思う。
「敵艦」
とりあえず、適当に答えてみた。
「そういう事じゃないです・・・・・大学です!」
これはこれで唐突な質問だと思うんだが・・・・・。
「俺の頭でも受かりそうなところ。」
なんだか、いちいちまじめに答えてやるのも面白みが無いからね、こうやって軽く遊んであげるくらいの方が俺としても面白い。
しかし、彼女はそんな答えは望んでいなかったようだ。
「まじめに答えてくださいよぉ~」
まあ、学年は違うが学校でも結構隠れファンが多いと聞いているが、そんな奴とこんな会話をしていると思うと、だんだん恥ずかしくなってくる。そんなお年頃だと言っておこう。
「俺がまじめに答えると思ったかぁ?」
俺はそんな中でも冷静さを欠かない事に徹する。なんだかんだで長い付き合いだ。
いまだに進展が無い事が嘘のような関係性とも言える。だから、こんな感じの会話でも成立する。
だが、そんな関係性だからこそ・・・・・難しさもある訳だ。
「まじめに、答えてください。」
突然だ。仕様の笑顔を軽く消して、まじめな眼で俺を見つめる。
そんな遠い距離ではない。まじめな顔を見た事が無いわけでもないし、もっと近い距離で彼女の顔を眺めた事も何度かある。
でも、今は・・・・・雰囲気から違う。そう、俺は思ったんだ。
「何でそんな事が知りたいんだ?」
そんな状況でも、俺ははぐらかす。それが、この場合では一番いいんだと俺自身が自己防衛をするために投げた言葉だ。
「何でって・・・・・。」
そう、言うと顔を笑顔に戻して彼女は言う。
「先輩と同じ大学に行きたいからですよぉ~」
この瞬間に俺はいろいろわからなくなった。笑顔は仕様だ。
だからこそ、こいつの心理は読み難い。真面目な話も笑顔だし、嘘を言うときも笑顔。それで散々な思いをしてきた俺だ・・・・ちょっと位は警戒する。
そして、俺の口から出てきた言葉は、
「年上からかうのもいい加減にしとけよ。」
と、言う物だ。警戒していると言っているんだが、それがだんだん怪しくなる。
そして、はぐらかすのもそろそろ限界を迎え始める訳だ。俺にはもう捨てる手札は少ないからな・・・・。
「からかってません・・・・・・。」
そして、彼女から帰ってきたのは、真剣な眼と少し強調された言葉。
その時、俺はただならぬ気配だけは感じていた。何度も言うが長い付き合いだ。
「じゃあ、何だよ?」
そんなプレッシャーにも似たものを感じながら、俺が出した言葉なんてそんな軽くて安い言葉だ。
「私は・・・・・本当に先輩と同じ学校に行きたいだけです!」
俺は彼女のそんな言葉に何も言わない。
否、何も言えないという表現のほうが的確だ。それは、彼女が俺より早く言葉をつないだから。
「今の学校も・・・・・先輩がいるから選んだんです。」
そんな言葉を彼女は言い放った。
しかし、俺は相当な捻くれ者、自覚できるくらいのレベルの俺だから返した言葉がまたしてもはぐらかすんだ。
「自分の人生をそんな理由で決めないほうが無難だ。」
なぜ、俺はそんな言葉を口にしたのか、俺だってわからない。
だが、深層心理でこれ以上彼女に主導権を渡してはいけない、と感じたんだろう。きっと、主導権を渡したら今までの関係性では居られないかも知れないと・・・・・思ったんだろう。
「私は・・・・・ずっと、先輩と居たいんです。」
「・・・・・・・。」
言われてしまった・・・・。
こんな状況でそんな事言われたら、どんな顔をすれば良いかわからない。大体、俺は現在完全に思考が停止している。
ただ、やけにセミの鳴き声がうるさく聞こえると思うのが精一杯だ。
心音に共鳴するセミの鳴き声と、見慣れた綺麗に整った後輩の顔が俺の思考を埋め尽くす。
今までと変わらないそんな事を望んだ俺の浅はかさ。そして、俺自身わかっていた事を拒絶し続けていた事に気付き、今更自己嫌悪している。
「・・・・・それって、告白か?」
そんな浅はかな心はいまだ彼女の口から出た言葉を信じていない。
すると、彼女は小さく微笑み、言葉を返した。
「自惚れないでください・・・・。」
その言葉が救いかわからないが・・・・・今の俺の心にはチクリと刺さった。
そして、今更心の箪笥にしまっていた自分の気持ちに気がついた。
『俺はこいつの事・・・・・。』
そんな言葉を思い浮かべた瞬間に彼女は万弁の笑みで俺に言った。
「告白じゃないです・・・・・プロポーズです。」
俺はその言葉を聴き、小さくため息を吐いて言う・・・。
「俺でいいのか?」
「先輩が・・・・・良いんです。」
自分の気持ちに気付いた俺は、心の中で小さくため息をはき捨てて、
「まったく・・・・・。」
と言葉を出して小さく笑う事しか出来なかった。
夏に交わった思いは、夏が過ぎても続くものですね・・・・。




