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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第六章 竜鱗の盾
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第95話 声だけを残して

 *****


「お? 外は意外に暖かいな」


 今日は天気が良い。太陽の真下では少し汗ばむ陽気だ。俺は外壁に貼った「調薬素材・大処分セール開催中!」のポスターを剥がすために店の外に出ていた。

 セール最終日までに調薬素材の殆どを売り切る事が出来たのは、学院都市でも最大手の薬局が大量に買い上げていったからだ。どうやら山王都が武器やら防具やら治療薬やらを大量に集めているらしい。

 確かに近頃、武具の価格がジワジワと上昇しているのは気になるところだ。その所為もあって、いよいよ大規模な武力衝突でも起こるんじゃないかと、商工会の青年部会でももっぱらの噂になっている。

 山王都は軍事国家だ。兵隊さんたちは生活の為にも、いつだって武功を立てたがっている。たまのガス抜きに盗賊団やら山賊団やら邪教団やらの討伐に勤しんでいるようだが、年々膨れ上がる軍部のフラストレーションを解消するのは容易では無いだろう。

 第四次女王戦争から、もうじき百年が経つ。どういう理由(わけ)だか大陸では百年周期で大戦(おおいくさ)が勃発している。ここ最近、ご近所さんと顔を合わせると「大きな戦争が起きなきゃ良いですね」が挨拶代わりになる始末だ。

 俺は武器屋だ。剣が槍が斧が好きだ。戦記物が英雄譚が騎士物語が大好きだ。でも、いざ直面すると、やっぱ戦争は嫌だな。

 婆ちゃん、俺は武器屋失格だろうか。


 ポスターの四隅を留めた画鋲に爪を立てた。定規で線を引きながら書いたような几帳面な字は、ルルティアに頼んで書いて貰ったものだ。俺はあんまり字が綺麗な方では無い。


 ……って、何だコレ? 超固いんですけど。


 画鋲とポスターの隙間に爪を差し込んで引き抜こうにも、画鋲はポスターごと壁と一体化したかのようにビクともしない。くっ、このままでは爪が剥がれそうだ。

 トンカチでもって壁に画鋲を打ちつけたのはルルティアだ。あいつはポスターを貼る位置を決める為に、通行人の視線の高さの平均値まで計測し、更にどれだけ正しく水平であるかまで計算してポスターを壁に打ち付けていた。当然、画鋲を打つ角度や力具合に至るまで完璧な計算で成り立っているのだろう。

 溜め息を吐いて、(まく)ったシャツの袖で額に浮いた汗を拭うと、太陽の光を受けた銀色のバングルが輝いた。鎖状の痣は殆ど消えかけていた。


「……画鋲、取れないの?」

「うおっ! びっくりしたぞ、ルルティ……あ、いや……」


 画鋲を引き抜く作業と物思いに没入しすぎて、背後から両肩に置かれた手の感触に驚いてしまった。

 首だけで振り向くと、俺の背中に寄り添うように立っていたのは幼馴染のエフェメラだった。俺は今、あいつじゃ無かったことに落胆したのだろうか。


「やあ、エフェメラ。こんな時間に外、歩いてるなんて珍しいじゃないか」


 自分自身に対する戸惑いと、幼馴染に対する罪悪感に負けて壁に向き直った。エフェメラは、そんな俺の態度を気にしていないようだった。


「……子供たちの読み聞かせ会とか朗読会に参加しているの」

「良いじゃないか。俺も聞きに行きたいな。『聖なる騎士と魔法の竜』とかやんないの?」

「……良いね、考えておく。今日はね、『勇者と竜の女王』の朗読をしたの」

「あぁ、懐かしいな。子供の頃、一緒に読んだよな」

「……覚えているの?」


 画鋲との格闘を一時中断して幼馴染に向き直った。エフェメラは嬉しそうな笑顔を浮かべて俺の顔を見上げた。

 

「当然だ、とか言いながら、主人公の英雄の名前は忘れた。でもさ、ラスボスの竜の女王のことは良く覚えてるんだ。ちょっと可哀そうなんだよな」

「……本当に覚えているんだ。嬉しい」

「へへっ、何だか読み返したくなってきたよ」

「……うん、いつでもエフェメラ堂に来て。待ってるから」

「落ち着いたら行くよ。あっ、そうだ。エフェメラ、ちょっと待っててくれるか?」


 俺は外にエフェメラを待たせたまま店内に戻り、カウンターの下から貴重品を収納した箱を引き摺り出した。

 どっこいと、一抱えはある木箱の蓋を開けると、ウッド調の店内では妙に目立つ赤い箱が二つ、目に入った。そのうちの朱色の長細い箱を取り出した。中味はハーブ酒だ。

 先日、大量買いしてくれた大手薬局の買い付け担当者から貰った物だが、酒に弱い俺が無駄にしてしまうよりも、酒豪で鳴らすエフェメラに飲んで貰ったほうが酒も喜ぶだろう。

 貴重品入れの蓋を閉じる前に、もう一つの赤い箱を手に取ってみた。掌に収まりの良い楕円形の箱は眼鏡ケースだ。

 俺はケースを開いて、そこに収まっているシンプルな赤いフレームの眼鏡を眺めた。

 朱色(ヴァーミリオン)よりも緋色(スカーレット)。お前には目の覚めるようなスカーレットが似合うんじゃないかな、って用意していたプレゼントだったけど、渡し損ねちまったよ。


 あの日、俺を「金の鎖」で縛ったルルティアは、短い別れを告げて姿を消した。

 文字通りに風景に溶け込むように姿が消えたのは、第二層錬金術「幻視外套」を行使したのだと気付いたのは暫くしてからだった。


 ――――ねえ、覚えてる? 私を助けてくれた、あの日の事を。

 あぁ、覚えているよ。お前の声だって覚えている。


 ――――ねえ、知ってる? 私、あの瞬間(とき)から貴方が大スキだったの。

 卑怯だよな。ずっと、お前の気持ちに気付かない振りをしていたんだ。


 ――――だからね、だから、さようなら。


 ルルティアの声は、消し去る事が出来ないくらい鮮明に耳に残っている。


 忘れかけていた記憶の底から現れたリサデル。

 戸惑う俺の目の前から消え去ったルルティア。


 喉の奥から痛みを伴った寂しさが込み上げてくる。

 春だってのに、何でこんな気持ちになるんだろう。


 自分の気持ちに蓋をするように緋色の箱を閉じた。



***



 エフェメラが大喜びで酒箱を抱えて帰った後も、俺とヤツとの死闘は続いていた。

 画鋲を引き抜く為だけに此の世に存在する「アレ」を文房具箱の底に見つけた時には「……勝ったな」と思わず呟いたが、敵の耐久力は俺の想像を超えていた。ヤツには僅かな隙、いや、「アレ」を差し込む僅かな隙間すら見当たらなかったのだ。


 もう無理だ。面倒臭ぇし、さっさと破り取っちまえよ、と俺の中の怠惰な俺が囁く。

 いや駄目だ。次も使えるし、あいつが書いたんだぞ、と俺の中の真面目な俺が叫ぶ。


 八対二で怠惰な俺が優勢だ。もーいいやー、と心が折れる寸前に、腰の辺りから微かな振動が伝わった。短剣用の鞘に納めた鋼玉石の剣(コランダム)が反応している。鋼玉石の剣が反応するのは高等級の呪物が近くにあるときだ。

 俺は即時反応が出来るように中腰になって身体を反転させた。


「グオォン!」

「ぐおぉっ! パブロフか!」


 巨獣の接近をここまで許すとは、画鋲ごときに気を取られ過ぎだ。もしもパブロフが魔銀狼(フェンリル)だったら、俺は今頃マルカジリだ。

 パブロフは、そのデカい背中に妙な姿勢で丸まっているシンナバルを乗せていた。そうか、鋼玉石の剣(コランダム)辰砂の杖(シンナバル)に反応したんだな。


「おじさん、こんちわー!」


 シンナバルに声を掛けようとした時に、ブンブンと手を振りながらセハトがやってきた。その後ろからは赤い外套の見慣れない男が続く。


「おう、セハト。大帝亀(アーケロン)の胸当て、調子はどうだ?」

「うん、軽くって良い感じだよ」


 セハトの薄っぺらい胸元を守る防具を目でザッと確認してから、「で、そちらさんはお初だな」と、俺より少し背が高い、赤い外套の青年に向き直った。

 青年は人好きのする笑顔で「はい、僕は……」と言いかけると、「この人はね、ボクたちの新しいパーティメンバーなんだ!」とセハトが横入りしてきた。


「自己紹介くらいさせて下さいよ、セハト」


 外套の青年は、首の後ろをポリポリやりながら苦笑いでボヤいたが、そこから表情を一変させて、俺に向かって一礼した。


「では改めまして自己紹介を。名をアッシュと申します。騎士科に所属していま……」

「でね、でね、こう見えてアッシュは竜人族(ドラゴニュート)なんだよ! それでね、すっごい剣の腕が立つんだよ! それからね、えーっとね」


 またもや横合いから乱入してきたセハトの勢いに、アッシュと名乗った青年は後ろ頭に手をやってガックリと項垂れた。


「はい、まぁ、僕はそんな感じです。貴方のことは目利きの武器屋さんだと伺ってます。どうぞ宜しくお願いします」


 そういって差し出された手を握り返すと、アッシュは朗らかな笑顔を浮かべた。


「おう、こちらこそ宜しく。コイツらさぁ、ホントにアホだからホントに頼むよ」


 なかなかの好青年だ。くすんだ赤い外套から垣間見える鎧や剣、背負った大型の盾は、相当に使い込まれているようだ。少年の名残を残した風体ながらも、身に纏った雰囲気は歴戦の戦士を思わせる。いや、違うな。あれだ、「勇者」っぽいんだ。長身で金髪でイケメンで騎士なんて、俺が子供時代に憧れた勇者っぽくって、ちょっとズルイじゃないか。


「で、今日はお揃いで何の用だ?」


 ちょっぴりだけ嫉妬を感じながらも大人の余裕で訊いてみた。


「はい、先日の事なのですが、僕たちが……」

「もーさぁ、シンナバルが大変なんだよ! こないだ魔陽石を取りに行った帰りにね、街道沿いのね……」


 捲し立てるセハトを見て、アッシュが呆れたような顔をしてから「あの、立ち話もなんですし、中、いいですか?」と、俺に尋ねた。


「それもそうだな。じゃあ、中にどうぞ」


 扉を開けて、店の中に入るように促すと「では、先に失礼します」と言ってアッシュが先に入り、その後をセハトとパブロフが続いた。シンナバルは相変わらずパブロフの背中で丸まっている。

 おい、とシンナバルに声を掛けようとすると「あ、いまは止めといた方が良いよ」と、セハトに止められた。


「うん? 何があったんだ?」

「えーっと、ね、話せば長くなるんだ」

「そうか。やっぱり中で聞くとするよ。ところでさ」


 画鋲を外す「アレ」をセハトに見せて、「画鋲、外せないかな?」とポスターを指差した。


「俺には無理だったんだ……セハト、お前には必ず出来ると信じている」

「あはは、大げさ。こんなの使わないで簡単に外せるよ」

「へえ、どうやるんだ?」

「えーっ、そうだなー」


 そこでセハトは悪戯っぽく笑って「問題でーす」と右手を上げた。


「パブロフのある部分を借りて画鋲を抜きます。何を使って、どうするのでしょうか?」


 ……いつぞやの塩板の真似か。ちょこざいな。だが、これは難問だ。


「パブロフの? うーん、爪か?」

「それじゃあ、ポスターにデッカイ穴が空いちゃいまーす」

「くっ……牙?」

「それじゃあ、マルカジリでーす」


 髪を掻き回しながら「あー、降参だ、降参」と俺が言うと、セハトは、むふーっと満足そうに鼻息を漏らした。


「正解は、毛を使うのでーす」


 け? と訝しがる俺の目の前で、セハトは「ちょっとゴメン」とパブロフのフサフサした尻尾から、白くて長い毛を一本引き抜いた。


「これをですねー」


 パブロフの毛の両端を、両手の人差し指に絡めてしっかり握ったセハトは、ピンと張った毛を画鋲とポスターの隙間に差し入れた。

 

「お、お美事(みごと)にございまする……」


 ポンポン引き抜かれていく強敵(とも)の最期の姿を見て、俺は唸るしか無かった。

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