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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第六章 竜鱗の盾
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第94話 死の女神

 あれは二日前、一昨日の出来事だ。


 俺の店のカウンターの上では、カラカラに干乾びた木片と枯草が山となっていた。

 これは別にドライフラワーの展示即売会を開催している訳ではない。何とも形容し難い異臭を放っている山の正体は在庫処分セールの商品だ。


「うーむ、革製品に臭いが移っちまう。早いとこ(さば)きたいな」


 思わずボヤいてしまう程のスパイシーな臭いに辟易(へきえき)する。この在庫は、今やお得意様となった薬学師ルルモニの買い残しだ。アイツが要求する調剤素材は、どういったレシピか知らんがマイナー素材ばっかりだ。

 色々と買い上げてくれるのは有り難いのだが、それぞれの注文数が少ないので自然と在庫が増えてしまう。正直、専門店に行っていただきたい。だが、ウチみたいな旅人や冒険者が集まる店なら、素材を採って来てもらうように頼めるし、朝摘みの薬草のような新鮮な素材も集まりやすい。胸を患うルルティアの為にもなるのなら、俺も協力を惜しむつもりは無い。


「……そろそろか」


 陳列棚の上の置き時計に目をやると、ルルティアと昼メシの約束をしている刻限が近づいてきていた。彼女が作ってくれた錬金式置き時計は、文字盤の裏に魔陽石を仕込んであるので暗い場所でも光って見えやすい。

 「夜中まで武器の手入れしてっと、時間が経つを忘れちまうんだよね」と、何気無く口にした次の日に、あいつは御丁寧にも化粧箱に入れて持って来てくてたんだ。

 ルルティアは「世界を変えちゃうような、錬金アイテムを開発したい」と口癖のように言うが、あいつは優しさと慈しみに満ちたアイテムを作る才能がある。


 ――――ルルティア、俺は小さな優しさの積み重ねが世界を変えると思うんだ。

 お前は笑うか? 武器屋が言えた口じゃないってのは、俺にだって分かってるさ。


 軽く息を吐き、ぼちぼち待ち合わせの場所に出かけようと上着を羽織った矢先に、突き破らんばかりの勢いで何者かが店の扉を開けた。


「おぅ、何の騒ぎだ!? ……って、ルルモニじゃないか。どうした?」


 何かに追われたように息せき切って店に駆け込んできたルルモニは、開口一番に「み、みずをくれ」と喘ぐように言った。


「はいはい、乾燥ミミズね。喘息に効くらしいが、あんなモン飲まされるたぁルルティアも気の毒になぁ」


 膝に手を突いたまま、長距離を走り切った陸上選手のように肩で息をしているルルモニに背を向け、俺はカウンターの上のゲテモノ素材を物色し始めた。

 これか? 違うな、これは乾燥ムカデか。

 これか? いや、これはヘビの抜け殻か。


「こないだ買ってったばっかなのに、もう足んなくなったのか。で、どんくらい必要なんだ?」

「ちがう。みずをください」


 あぁ水ね、と合点して、休憩室で冷たい水をコップに入れて差し出すと、ルルモニは、俺の手からコップを奪い取る様にして、腰に手を当て一気に水を飲み干した。


「よっ、良い飲みっぷり! で、どうしたんだ? そんなに慌てて」

「はやく、はやく、はやくにげろ」

「はい? 逃げろって、何から?」

「リョオチョオがくる。にげろ!」

「リョオチョオって何だ? 新手のモンスターか何かか?」


 ルルモニは両手で頭を抱えて「うぐぐ」と唸り出した。


「大丈夫か? いつもに増して挙動がおかしいぞ」

 

 蟀谷(こめかみ)を両掌で押さえ、妙な姿勢で唸り続けるルルモニ。なんだ? これから何が始まるんだ?


「なぁ、これからルルティアと昼メシ行くんだけどさぁ。お前も一緒に行くか? ネルさんの宿屋でパエリア喰おうと思ってんだけど」

「はうっ、パエリア!?」


 ルルモニは一瞬、特上の笑顔を浮かべたが、すぐに「あうあうあ~~」と、異音を発し始めた。


「いよいよ壊れたか?」


 さすがに心配になり、その小さな肩に手を置くと、ルルモニはいつもの肩掛けポシェットの中をゴソゴソとやり始めた。そして、取り出したのは透明の筒。


「これがなんだか、わかるか」

「試験管?」


 ルルモニが掲げた細長いガラスの管は、ゴム栓で封がしてあるようだ。

 目線をルルモニの手元に下げて目を凝らすと、小さな人差し指と親指に摘ままれた試験管の中には、何やら透明な液体が入っているように見える。


「なんだろうな? 経験上、どうせまた(ろく)なモンじゃ無いのは確かだ」

「これはマンドレイクをみずにとかしたものだ」


 しれっと言い放ったルルモニの肩から、俺は反射的に手を放して飛び退さった。


「ちょっ、おまっ、正気、ですかっ!?」


 俺は焦ると敬語になる癖があるらしい。


「そっ、それで、一体、何を、なさる、おつもりだ」


 極力、刺激しないように優しい声で訊いてみた。

 

「のむ」

「飲む? 誰が?」

「ルルモニが」

「ばっ、馬鹿な真似はよせっ! お母さんが泣くぞ!」

「なら、すなおにルルモニのゆーことをきけ。いますぐ外にでろ」

「なんて斬新な強要だ……」


 いつもなら鼻で笑っているところだが、ルルモニの鬼気迫る表情を見る限り、これは只事では無さそうだ。


「分かった。分かったから、とりあえずソレを仕舞ってくれないか?」


 俺は、ルルモニの小さな手の中の、そのまた「小さな凶器」を指差して言った。

 ルルモニは一瞬、考え込む顔をしたが「それは駄目だ。お前は油断のならない男だ」と、険しい視線を寄越した。


「のむぞ、いーのか! ルルモニがのんじゃうんだぞ! はい! さーん、にーい、いーち」

「わ、分かったよ。とりあえず外に出よう」


 女子供と小動物は、追い詰めると何をしでかすか分からない。そして、こいつは女で子供で小動物だ。この場は従うより他が無いだろう。


***


 「*休憩中*」の看板をドアノブに下げてから鍵を掛けて、背後に立つルルモニを振り返った。


「なぁ、俺はどうすりゃ良いんだ?」

「しつもんするな。だまってついてこい」


 俺は無言でルルモニの後に付いた。歩幅の小さいルルモニに合わせると、どうしても歩みが遅くなる。自然に目の前の、ペタンコ靴を履いた少し不自然な歩様の足元に目が行った。

 足首まで覆うロングスカートの裾から足首が垣間見える。だが、そこに見えたのは肌色の踵では無く、朗らかなルルモニには似つかわしく無い、鈍くて冷たい金属の輝きだった。

 俺は見てはいけない物を見た気がして、「なぁ、どこに向かってんだ」と誤魔化すように訊いた。


「しらん」


 振り返りもしないで答えるルルモニ。

 しらん、じゃ無いだろ、と思いながらも、構わず質問を続けた。 


「リョオチョオってのが何だか知らんが、俺はネルさんの宿に行くぞ。そうすりゃあ、その『リョオチョオ』とやらに遭遇しないで済むだろ?」


 俺の問いにルルモニは一瞬考え込むように立ち止まったが、「それはダメだ」と絞り出すような声で言い、再び歩き始めた。


「なあ、ルルティアと約束してたんだよ。俺だって、あいつとメシに行くのを楽しみにして……」


 言いかけて途中で止めた。

 このところルルティアは三日連続で店に来たと思えば、一週間も顔を出さない日が続く事もあった。

 日の当たらないカウンターの端で、頬杖を突いたルルティアが雑誌を(めく)る姿が、俺の店の日常の風景になっていた。姿を見せない日には、具合が悪いのだろうかと心配になり、どうにも気分が落ち着かなかった。

 ……そうか、俺はルルティアと出掛けるのを楽しみにしていたのか。


 友情? 違う。自分でも説明が付かないが、そういうのとは違う気がする。

 愛情? 違う。そんな生々しい感情ではない。あいつは「彼女」とは違う。


 ――――痛みを分かち合えよ。傷を舐め合えよ。お前らは似た者同士だろ?

 ――――貴方は『本当の私』と似た者同士だから。


 似た者同士、か。


 無言でルルモニの後を追いながら徒然(つれづれ)と考えた。答えなんて、出る訳がない。


 そのうちに高級商業区に入ったのが分かった。この辺りは区画整備が進んでいて道が真っ直ぐだ。俯瞰(ふかん)で眺めたら綺麗な格子状になっているのだろう。

 今日は休日だったが、いま歩いている路地は大通りからは外れているだけあって人通りは多くはない。とは言え、昼食時なだけあって、そこかしこから食欲を誘う匂いと人々の楽しそうな話声が聞こえる。

  前を行く小さな頭が、ふと横を向いた。釣られて同じ方を向くと、洒落(しゃれ)た外装の食堂が目に入った。


「なぁ、腹減っただろ」


 俺の問いに、ルルモニは「う」とだけ答えた。


「パエリア、美味いぞ」


 ルルモニの歩みが止まった。今だ! 一気に畳み掛けろ!

 俺は、ルルモニの前に回り込んだ。


「知ってるかい? パエリアの一番美味い部分はなぁ」

「うぅ」

「鍋の底に付いたおこげの部分でなぁ」

「うぅうぅう」

「パリパリって香ばしくてなぁ」

「うるっさぁーい! おまえがわるいんだぞ! ぜんぶわるいんだぞ! わかってんのかあ!」


 突然のルルモニの剣幕に、多少の事では動じない自信のある俺でも、さすがに驚いた。


「ど、どうした? 俺が悪いって、どういう意味だ?」

「ルルモニはなぁ、おなかがすいてて、なみだが出そうだぁ!」

「だったらパエリア喰いに行こう。ルルティアが待ってるって」

「だから、ダメなんだあ。ティアとリョオチョオが、いっしょにくる」

「ルルティアと一緒に? 『リョオチョオ』ってのは一体誰なんだ?」

 

 問い詰められたルルモニは、俯いたまま「……サ……ル」と消え入るような声で答えた。


「いま、サルって言った?」

「ちがう! リサデルだ!」


 ルルモニは「あ」と口を押えて固まったが、思いも寄らなかった単語を聞いた俺は思考が固まった。


「リサデルだって? ルルモニ、どういうことだ?」

「いいえ、サルです」

「ルルティアとサルが一緒にいるわけ無いだろ。()くならもう少しマシな嘘、吐け」


 ルルモニは、「いーからあるけ、いーからわすれろ」と、俺の背後に回り、背中をグイグイ押した。


「ちょっ、押すなって、って何だ? お前、そのパワーは」


 小さな身体からは想像の付かない強力な押し出しに、思わずよろけてしまった。ドワーフ族並みの力強さだ。

 もしや、さっき見かけた義足の力か? ルルモニの部屋はルルティアの部屋の隣りと聞いた。義足が錬金仕掛けの可能性は高い。

 そうやって俺とルルモニが押し合い圧し合いしている時だ。


「モニちゃーん!」


 路地の向こうから良く通る女性の声が聞こえた。いや、良く通る声だったのかは分からない。やけにはっきりと聞こえたのは、聞き覚えのある声だったからか?

 そして、名前を呼ばれた当の本人は、まるで小動物のように飛び跳ね、まるで小動物のように駆け出して行ってしまった。

 兎みたいだな、と思いながら走り去るルルモニの後姿を見送ると、その先に立つ二人の若い女性の姿が目に入った。

 ルルモニと入れ替わりになるように、黒い服の女性が駆け寄ってくる。


 春風を受けて舞う、輝く長い髪。

 咲き誇る大輪のような華やかな笑顔。

 重力を感じさせない軽やかな動き。(しな)やかな肢体。


 宗教画から女神が抜け出てきたんじゃないかと錯覚するほどの美しさに、俺は呼吸どころか瞬きすら忘れた。

 女性がルルティアだと理解するのに数秒を要したが、飛び込んでくるように抱き付いてきたルルティアを受け止め、ようやく我に返った。


「ちょちょ、ちょっと止めろよ。道の真ん中だぞ。あれ? お前、眼鏡どうした」

「もう、第一声がそれ? ねえ、どう? どう? 私、キレイ? 私、可愛い?」

「え? ああ、驚いたよ」


 それだけ言うのがやっとだったが、俺はルルティアとは深い仲になった覚えは無い。

 甘い香りと柔らかな感触に鉄の意思で抵抗し、鋼の精神力で首に回された腕を解いたが、なおも執拗に手を回してくるルルティア。こいつ、どういうつもりだ? らしくない。

 俺の腕を抱え込もうとする細い腕から逃れながら、ルルティアが俺の方ではなく、どこか違う方向を見ている事に気が付いた。その視線の先を追う。

 ほっそりとした小柄な女性がルルモニに手を引かれながら、何度もこちらを振り返っている。

 反射的に駆けだそうとした途端、ガシャガシャと乾いた金属音を立て、右腕に冷たい「何か」が絡み付いた。

 ルルティアの腕では無い、体温を奪う金属の冷たさに、俺は思わず(おのの)いた。


「な、何だっ!?」

 

 本能的な恐怖と危険を感じて、右腕に巻きついた何かから逃れようとすると、今度は足首を絡め取られて堪らず転倒した。

 石畳にうつ伏せになりながらも、ルルモニに手を引かれて走り去っていく女性の後ろ姿を目で追う。間違いない。あれはリサデルだ。でも、どうして……


「ねえ、よそ見をするのは止めてよ」


 頭上から甘い、女の声が降ってきた。

 俺は首を捻じるようにして声の主を見上げた。

 女の手から伸びる鎖は、俺の手足を縛ったまま黄金の輝きを放っている。


「ねえ、私を見て」


 ルルティアを、宗教画から抜け出てきた女神のようだと思ったその理由。


「ねえ、私だけを見て」


 婆ちゃんの葬式で見た、教会の壁に掛けられていた一枚の宗教画。

 絶対の安息を繫ぎ止める、金色の鎖を手にした美しき黒衣の女神。

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