第93話 金の鎖
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いらっしゃい。あぁ、お前らか。元気そうで何よりだ。
何だか風格出てきたな、お前ら。初めてウチに来た時とは同じ人間には見えないよ。いやいや、ホントに。
でもさ、なんと言ってもお前ら、誰一人として欠けて無いってのが立派だよ。五体満足に生き残ってるってのは、最善で最良で最高の成果だ。
うん? 俺の腕? あぁ、この包帯か。へへっ、こないだ転んじゃってさ。悲しいけど、もう若くないって事よ。
お前らこそ怪我は無いか? 調薬素材のセールは明後日が最終日だ。必要な物があったら早めに買っとけ。
なに、必要無い? ノーム族の薬学師が作っている、良く効く治療薬があるって? ……どうも思い当たるヤツがいるな。
で、お前ら地下何階まで行ったんだ? へえ、地下六階に到達したのか。
凄腕マップ職人みたいな新入生が、方眼紙を片手に地図を埋めまくっているって? ……どうも思い当たるヤツがいるな。
それで、何が入り用なんだい。盾だって? 先月に買っていった大盾+1はどうした。落っことしたのか?
なぬ? ベッコベコだと? んな馬鹿な!? あの盾は、山王都の腕利きが作ったハイグレードモデルだぞ。俺だって、そんなヤワなモンを仕入れた覚えは無いぞ。
雷電竜に踏み潰された? 地下六階には、そんなんが出るのか!? うわぁ……俺、中退して良かったわ。
火焔竜に水神竜、颶風竜に暴雪竜だと……。そりゃあ多分、春のドラゴン祭だ。俺も昔、砂竜に追っかけられた事があったなぁ。まぁ、あれはドラゴンじゃないけどね。
……しかし、地下訓練施設の最下層って何があんだろね。その話だと、ドラゴン・パラダイスだな。って事は、ラスボスは「鱗の女帝」に決定だ。
知らないのか? 「勇者と竜の女王」って読んだこと無い? 冒険モノの児童文学なんだけどさ、結構面白いんだぜ。
そこのパン屋の角を曲がって真っ直ぐ行くと、俺の幼馴染のやってる「エフェメラ堂」って本屋があるから興味があったら寄ってみな。なかなか可愛い女の子が接客してくれるぞ。お前ら好きだろ? 大人しくって可愛い子。
あぁ、すまんすまん。盾だったな。でもさぁ、大盾+1より防御力の高い盾は、ウチには一つしかないんだ。ほれ、そこの壁に掛かってる青い盾だ。そうそう、それ。
六英雄の一人、「青銅の竜騎士」が愛用していたとされる「竜鱗の盾」の模造品なんだけど、これがまた良く出来てるのよ。火炎系や雷撃系の攻撃には滅法強いぞ。
さすがに本物の竜鱗じゃないんだけど、鱗状の金属板の一枚一枚に錬金強化を施してあるんだ。ただ、強化を担当した錬金術師が細かい事に拘る女でさ、「六英雄物語」の伝承通りに氷結系の耐性強化を施してないんだよ。
だが、その点を差し引いても、考え抜かれた形状にバランスを重視した程良い持ち重り。こいつぁ正に最高の逸品なんだけど、値段も最高なんだよね。半年前に仕入れたんだが、ピクリともしない。今では最高級の壁飾りだ。ちなみに御値段だけど、聞いとくだけ聞いとく?
……おいおい待てよ、帰り支度すんなって。押し売りしているワケじゃないんだから。でも、残念ながらウチには、お前らが買った大盾+1よりも上物となると、ソレしか在庫が無いんだ。悪いな。
その代りと言ってはなんだが、ちょっと話を聞いていかないか? そうか、聞いてくれるか。じゃあ、武器屋ならではのアドバイスとして聞いてくれ。
お前らさ、誰か「サムライ科」の連中とパーティ組んだことあるヤツいたら手を上げろ。
うん、いないか。まあ、無理もないな。俺が学院の生徒だった頃も、サムライ科の生徒なんて数える程しかいなかったし。
魔導院訓練所にサムライ科が設立されてから、まだ五十年くらいしか経っていないんだ。どうしてかって?
東洋の剣士ともいえる「サムライ」って職種に就くには、東の果てにある群島国家「ヤマト」の価値観から生活習慣に至るまで理解し、行動を取らないとダメなんだ。ヤマトで生まれ育った者じゃないと、これが中々に難しい。それに、サムライって連中の戦闘術があまりにも特殊過ぎる。
お前ら、サムライの使う武器、「カタナ」って見たことあるか。そうそう、あの薄っぺらい剣身の、美術品みたいな長剣ね。俺は大概の武器は扱える自信があるんだけど、アレはダメだ。押し斬りとか引き斬りの概念が良く分からん。
刀ってのを初めて見た時も、儀礼用の武器かと思ったくらいだ。あんなペラペラの薄い刃が、分厚い鉄兜を両断するなんて、この目で見るまで信じられなかった。あれには驚いたよ。
それからさぁ、アイツらの戦闘哲学っていうのか? 「即決即殺」とか「見敵必殺」とか「悪・即・斬」とか、そりゃあもう、思考も行動も物騒且つスピーディーこの上ない。
斬られる前に斬る。避けるくらいなら斬る。斬られても斬る。「攻撃こそが最大の防御」ってのを体現しとるね。
その為に、装備も極めて軽量だ。せいぜい薄片鎧や鎖帷子くらいしか身に着けない。重たい装備で機動性を損なうよりも、とにかく先手を取ることを重視しているんだろう。大昔の英雄が「当たらなければ、どうということも無い」って、言ったのと同じだな。昔の人は良いこと言うよね。
なに? 今から職種変更してサムライを目指すって? 剣の腕は上がっても単純なのは変わらんね、キミ。
俺の話を聞いてたか? ヤマト風に生活習慣を改めなくちゃいかんのだぞ。
ハシって食器を知ってるか? そうだ、二本の木の棒だ。お前ら、毎日毎食アレ使ってメシ喰えるか? 俺は昔、親友の勧めでニ、三日くらい試した事があるんだが、気を病みそうになったぞ。悪いコトは言わない。止めとけ。
俺が言いたいのはそういう事じゃなくて、サムライ科の生徒が増えるにしたがって、ここ近年で総合戦闘科の戦い方も変わってきている様に感じるんだ。足が殺される重装備に頼らず、機動性を重視する戦闘術にシフトしてきている、って事かな。
その証拠に学院都市の商工会の調べでも、全身鎧を始めとした板金鎧などの売り上げが年々下がってきているんだ。その代わりに両手でも片手でも使える戦斧や片手半剣の売れ行きが良いらしい。
でもさあ、輝く鎧に身を固め、銀の長剣に紋章が描かれた盾を携えた「俺! 勇者!」みたいなの、憧れない? 何、古臭いって? そうかぁ、もう重装騎士みたいのは流行らないのかね。時代の流れって残酷よねぇ。
ま、気を取り直して、どうだ? 盾じゃなくて、武器を見直してみないか。
ドラゴンのような強靭な鱗に覆われているような相手には、鱗を貫き通せる槍とか、鱗の上からでも打撃が通りやすい戦闘棍なんてオススメだ。
これなんてどうだろう。朝星棍だ。これなら鱗を貫通しつつ肉を抉り、骨を砕く。ちなみに別名を「聖水をまき散らす武器」とも言う。意味が分からないって? 山王都の聖騎士様が、神を信じぬ異端どもの頭を、コイツでぶん殴った光景をご覧になった聖職者様が名付けたんだ。ホントだぞ。でも俺は、そんな下品な俗称よりも「一番星君グレート」のが好きだね。知らないか? 知らないよねぇ。
竜殺しの剣だって? あるにはあるよ。地下の倉庫で塩漬け在庫になってるけど、学院都市の一等地に家が建つくらいのお値段だぞ。
今度見せてやるよ。言っとくけど見せるだけだからな。
でも分かるよ。「ドラゴンスレイヤー」って名前だけでテンション上がるよね。「ヴォ―パルウェポン」とか「ヒノカグツチ」とかさぁ。
……えっ、知らない? ホントに!? 時代の流れって残酷よねぇ。
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結局、あいつら何にも買って行かなかったな。長話して損した。
まぁ、生きてりゃまた来るだろうし、良しとするか。
冬の気配は過ぎ去り、日中は暖炉の出番は無くなっていた。
魔陽石を仕込んだ置時計を確認すると、もう夕時と言っても良い時間だ。火を使っていないせいもあって店内が薄暗い。魔陽灯のカバーを外すと、橙色の灯りが辺りを照らし出した。
閉店後の片づけをしていると、包帯の結び目が解けかけているのに気が付いた。もう、客も来なそうだし、外すとしよう。
銀のバングルを付けた右手首から肘にかけてグルグル巻いた包帯を解いていくと、蛇が這ったような青痣が目に入った。バングルに嵌め込まれたターコイズが、蛇の目のように青く輝いている。
「まだ消えないか。ルルティアのヤツめ……」
ルルティアが作りだした錬金術の鎖に付けられた痣は、二日も経つのにまだ消えない。これと同様の痣が右の脛にも残っている。
第三層錬金術「金の鎖」は、相手を傷つけずに拘束する術のはずだが、ルルティアほどの術者が行使すると鎖鞭なみの強度と攻撃力を持つらしい。
あの時、ルルモニと共に逃げ去った女性を追おうとした俺に、ルルティアは躊躇いも無く「金の鎖」を放った。まるで、俺が女性の後を追うのを知っていたかのように。
くっきりと残った青痣を撫でると、内出血した部分が鈍く痛んだ。
青痣と青いターコイズを眺めながら、俺はあの日の事を思い出した。
すいません。風邪が長引きまして、更新が遅れました。
今回は体調不良って事もあり、好き放題に書きました。
本来は、こんな感じに武器についてダラダラ語る小説だったはずなのですが、どうしてこうなった……
そのせいもあって、まとまりの悪い物語になりました。すいません。
http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni/10651400.html
ヤフーブログに「一番星君グレート」を携えた武器屋の画像を投稿しておきました。元ネタが分かる方、友達になりましょう(笑)