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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第六章 竜鱗の盾
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第92話 天上の青 晶氷の緑

 ディミータの忠告の通りにメインアベニューに出ると、学院都市を南北に貫く大通りは昼食を終えた人々で溢れかえっていた。


「すごい人……」

「今日は休日だからな。ようし、このまま人混みに紛れるか」


 声を潜めたメッツォの顔を不安な気持ちで見上げる。私だけならともかく、平均的な男性より頭二つ分は抜き出る長身でいて、さらにスキンヘッドのメッツォが人混みに紛れられるものかと心配になる。


「リサデル、あの辺まで走るぞ」


 メッツォが指差した先には、魔導院に向かって歩く屈強な男性の一団。恐らく午後から始まる中途入学試験の受験者たちだと思った。

 軽く頷き合った私たちは、さりげなく一団に紛れ込んだ。

 革鎧や胸甲などの軽武装で身を固めた男性たちは戦闘系の職種(クラス)だろう。

 二十代と思われる青年たちは皆、メッツォほどでは無いが立派な体格をしている。この中ならば、巨漢の親友もそれほど目立たない。と、思いたい。

 私たちは人の波に流されるようにして魔導院に向かって歩いた。


「おい! いたか?」

「くそ、見失ったか」


 そう口々に喚きながら、風紀委員会の巡回員たちが走り去っていく。

 魔導院の正門を前にして、もう大丈夫と胸を撫で下ろした時に「ちょっと良いかな」と、隣を歩いていた戦士然とした軽装の男性に声を掛けられた。

 反射的に身構えて、声の主を確認する。メッツォに匹敵する体格に蜥蜴(とかげ)に似た頭部。全身を覆う鱗は鱗鎧(スケイルメイル)の類では無い。人間族に似た体格と、竜族の特徴を併せ持つ竜人族(ドラゴニュート)だ。


「私に何かご用でしょうか?」

「ああ、驚かせてしまったかな。いや、君の頬がね」


 明瞭な発音で喋る竜人族の戦士は、鱗に覆われた手で自らの頬を指さした。


「ちょっと腫れているよ」

「えっ、えぇ!?」


 確認するように叩かれた頬を触ると、痛みは無いものの少し熱を帯びている気がする。


「あの、御親切にありがとうございます」


 私は頬を押さえてお辞儀をした。すぐに冷やせば良かったけど、そんな暇は無かった。魔導院に着いたら、すぐに鏡で確認したい。


「良かったらこれを使いなさい。私の部族に伝わる打身や打撲に良く効く軟膏薬だ」


 竜人族の戦士は、長剣と共に腰に下げたメディスンバッグの中から小瓶を取り出し、私に差し出した。


「あの……見ず知らずの私が頂いても宜しいのですか?」

「女性が顔を腫らしているのを見過ごしてしては、騎士道に反するのでね」


 正六角形の小瓶を受け取ると、蜥蜴に似た顔が動いた。笑顔を浮かべたのだと理解するのに、ちょっと時間が掛かった。

 そうだ。彼ら竜人族は怖そうな外見の反面、心優しく誇り高い種族だという事を思い出した。


 竜人族(ドラゴニュート)は、亜人族の中でもホビレイル族に並んで個体数の少ない種族で、竜族と人間族を掛け合わせたような姿をしている。

 彼らは失われた古代の錬金術で作り出された獣人族(セリアンスロープ)の一種との説が有力だけど、古文書や遺跡には、人間族よりも古くから存在している記述や痕跡が見られることから、実は最も古い人類なのではないかとも考えられている。

 大陸のどこかに隠れ里のような集落を作り、血縁集団(リネージュ)だけで暮らしているとされているが、詳しい事は殆ど知られていない。

 竜族の強力な身体能力と、人間族の適応性を合わせ持つ優秀な種族。六英雄の一人『青銅の竜騎士(ゼーライオ)』も竜人族だったと伝えられている。

 

 親切な竜人族に何度も礼を言って、魔導院の正門を(くぐ)った。魔導院の敷地内には風紀委員会も簡単には立ち入り出来ない。ここまでくれば、もう安心だろう。

 人心地ついて胸に手を当てると、離れて歩いていたメッツォが、どすどすと駆け寄って来た。


「なぁ、リサデルよう。あの猫娘、何だかよく分からねえ事を言っていたが……大丈夫なのか?」


 隣を歩くメッツォが、太い眉を八の字にして私の顔を覗き込んできた。この心優しい親友に、何もかも話してしまいたい気持ちになる。


「大丈夫。時期が来たら全部話すから」

「そうか。だが、何でも一人で背負い込むなよ。あんまり重たい荷物なら、俺が少しは担いでやるから」

「ふふっ、メッツォなら私ごと担げるね」


 その思いやりに満ちた言葉に少しだけ心が軽くなった。優しくて頼もしい、兄のようなメッツォ。かつて、私にも歳の離れた姉がいた。凛とした美しい女性だったとだけ、記憶に残っている。


「さぁて、実技の試験官の仕事があるから、そろそろ行くわ。面接ン時に、またな」

「えぇ、私は面接会場で準備の手伝いしているから」


 訓練所の戦闘訓練室に向かうメッツォと別れ、私は化粧室に向かった。

 普段は学院の生徒たちで賑やかな訓練所も、休日なだけあってとても静か。いつもなら昼食後の化粧直しで混み合う化粧室にも、私以外には誰もいなかった。

 さっそく洗面台の鏡を覗き込んで頬の腫れを確認してみると、確かに赤く腫れている。青痣になるほどでは無さそうだけど、明朝まで腫れが引かなそう。


「こんなになるまで叩かなくても良いのに……」

 

 誰もいないのを良い事に、独り言を言ってみた。

 倒れ込むほどに顔を叩かれるのは初めての経験だった。でも、現実から目を逸らして逃げ回ってばかりの私に、喝を入れてくれたと感謝しなくていけない。

 鏡を見ながら前髪の分け目を変えて、頬に掛るように髪型を整えた。毛先が顔に掛るスタイルは好きではないけれど、こだわっている場合じゃない。

 気を取り直して、先ほど竜人族の男性から貰った六角形の小瓶を取り出す。金色の蓋をくるくる回して開けると、すうっ、とする匂いが鼻を突いた。

 これ、どこかで嗅いだことのある匂い。嫌いな匂いじゃないけど、湿布薬のような……なんだっけ? なんとかバーム? 竜人族から貰ったから、ドラゴンバームかな?

 少しだけ愉快な気持ちになって白い軟膏を指先に取り、頬に塗り込んだ。冷たい刺激が心地良い。

 鏡を見ながら軟膏を塗っていると、鏡に映る自分と目が合った。

 長年見慣れた青い瞳に、ディミータの金色の瞳が重なる。


 ――――あなたの正体を知っているのは、長老会議と私だけ。

 ――――公安二課(セカンドステージ)は、あなたの正体に薄々感づいているわ。


 ディミータはそう言っていたけど、彼女は何かを見間違っている。

 私の本当の使命は、長老会議だって知り得ていないはず。


 「あの人」は、私の瞳を「深い海の色みたいだ」と愛してくれた。

 ルルティアは、私の瞳を「深い海の色みたいね」と慕ってくれた。

 

 青い瞳が静かに私を見つめている。


 それは誰にも届かぬ天上の青

 それは触れえぬ深い海の聖域

 それは青き聖女の慈悲の結実


 私は奇跡の残滓

 私は英雄の遺物


 ――――聖女の救済(エウフェミア)


 それは誰の為の……何の為の救済なのか。




***



 

 面接会場となる会議室では、数名の生徒たちが机を並べて面接の準備をしていた。


「寮長さん、早いですね」


 神聖術科の制服を着た女子生徒に声を掛けられた。いつでも笑っているような、茶色がかった瞳が可愛らしい神聖術科の後輩、アゼリだ。


「体調不良ってルルモニから報告を受けたけど、起きていて大丈夫なの?」

「モニさんからお薬いただきましたら、もうすっかり。やること無いので手伝いに来ました」


 書類の束を持たない方の手で敬礼して、アゼリは快活に笑った。


「アリスとソレミアには会った?」


 私は同じく体調不良の寮生が気になって、アゼリに訊いてみた。


「ソレミアは地下での訓練中に大毒蜘蛛(ヒュージスパイダー)に噛まれて高熱で寝込んでいるんです。毒が抜ければ大丈夫だと思いますよ」

「報告で聞いたけれど、アリスを庇ってソレミアが噛まれたって?」

「そうなんです。だからアリス、がっくり気落ちしちゃって。私、思うんですけど、アリスには戦闘職は向いていないと思うんです。今からでも神聖術科に転科すれば良いのに」

「そうね……私も励ましに行ってみるわ」

「はい、お願いします。ところで寮長さん」


 ソレミアは、肩で揃えたウェーブがかった髪を引っ張りながら「髪型変えました?」と、聞いてきた。


「え? あぁ、ちょっと気分転換にね」


 私は頬を隠すサイドの髪を軽く摘まんでみせた。


「良いなぁ、似合ってますよ。私も髪切ろうかな。あ、そうだ。これ、受験者の名簿ですのでお渡ししておきます」


 手渡された数枚の紙に目を移すと「寮長さん、私、準備に戻りますね」と言って、アゼリは会場の設営の手伝いに戻っていった。

 受験者名簿の枚数を数えると、十名程度のプロフィールが書かれた紙が五枚。今回の受験者は五、六十人と言ったところだろう。


 戦闘系職種(クラス)の中途入学希望者は、すでに経験を積んだ冒険者や、腕に覚えのある傭兵出身者が多い。一人一人に時間と手間のかかるステータス鑑定を受けさせる前に、十人一組のトーナメント戦で上位三名を選出することになっている。それくらいの試練を(こな)せないのならば、魔導院の総合戦闘科に入科するには値しない。


 軟膏薬をくれた竜人族の戦士の事が気になって名簿を確認すると、名前欄に「アッシュ」、種族名に「竜人族」、職種欄には「騎士」と書かれたプロフィールを見つけた。この人だろうか。

 面接が始まるまで、まだ時間がある。軟膏薬のお礼を兼ねて声を掛けてみようと思い、私は戦闘訓練室に向かった。








 闘技場のような風情の戦闘訓練室は熱気と興奮に包まれていた。トーナメント方式の模擬戦は、木製の武器を使うとはいえ剣闘士の闘いさながらだ。そういえば、ルルティアも模擬戦を観戦するのが大好きだったっけ。


「うおぉ! やれーっ!」

「そこだ! 押せ押せ!」

「あーもーっ! なにやってんだー!」


 男たちの雄叫びや歓声にげんなりしながら、私はメッツォの姿を探して歩いた。

 筋骨逞しい男性陣の中でも、一際体格の良いメッツォの姿は目立っていた。彼はすでに、ボロボロにされたスーツから総合戦闘科教官の制服に着替えていた。


「リサデル、来てたのか。お前が実技試験を見に来るなんて珍しいな」


 メッツォは腕組みしたまま、視線だけをチラリと動かして私の姿を確認し、直ぐに視線を戻す。


「久々に地下に潜ろうかと思っているの。受験者に見所のある人がいたらパーティに誘おうかと思って」

「ほう。お前が地下に? そりゃ、さっきのドラ猫娘と何か関係があるのか」


 私が黙ったままでいると、「言いたくなったら言ってくれ」と、メッツォは私の方を見ないで言った。私は、彼と同じ方向を見ながら「ありがとう」とだけ返した。


「随分と熱心に観戦しているね。面白い受験者でもいたの?」


 話題を変えようと質問すると、メッツォは、「むうん」と唸った。


「面白いかと聞かれたら、はっきり言って面白味はない。だが、強い」

「メッツォ教官が認めるなんて、相当な腕利きね」

「そこで()ってんのがトーナメントの最終戦だ。見てみろよ」


 言われるままに、戦闘訓練室の中央で、木剣で切り結ぶ二人の剣士に注目した。

 革鎧に身を包み、両手で大剣(グレートソード)を握り大上段に構える竜人族の戦士は、先ほど私に軟膏薬をくれた人に間違いなかった。

 相対する大型の盾(ラージシールド)長剣(ロングソード)を手にした若者は……?

 

 竜人族の戦士が、激しい勢いで大剣を打ち下ろす。若者は盾で受け止めるので精一杯に見える。連続で繰り出される大剣の斬撃は、若者の反撃を許さない。


「大剣であれだけの連続攻撃が出来るなんて、さすがは竜人族(ドラゴニュート)ね」


 立て続けの荒々しい攻撃に、若者は防戦一方のようだ。


「そう見るか、リサデル。あの金髪優男の動きを良く見ろ。ありゃあ、一歩も引かないどころか、盾を使って押し込んでいるんだ。重装騎士(アーマー・ナイト)の基本戦術だな」


 そう言われて、若者の動きに注視する。

 大剣が振われる度に、その一撃を盾で弾いた若者が半歩だけ前に出る。若者は盾の後ろで縮こまっているのでは無かった。


「あの斬撃を完璧に防ぎ切るったぁ、肝も据わっているが、よっぽど目が良いんだろうな」


 独り言のように呟くメッツォの顔は嬉しそうだった。きっと彼の頭の中は、自分ならどう闘うかと、シュミレーションの真っ最中なのだろう。

 二人の剣士の攻防に視線を戻す。竜人族の戦士の動きが若干鈍ってきたのが私でも分かった。対する若者は、防いでからの半歩の進みが一歩になる。

 盾の後から攻撃を見極める若者の表情が気になった。鋭さの中に浮かぶのは涼しい微笑み。そして、瞬きをしない目。

 

「ほれ、もうじき大剣を振れる空間が無くなるぞ。清々しいほど地味な戦術だが、護りながら闘い、確実に勝利するのが重装騎士のセオリーだ」


 メッツォの言った通りに、竜人族の戦士が振り上げた大剣が背後の壁に当たって跳ね返った。 

 若者は一瞬の隙を見逃さず、盾に身体を預けて激しい体当たりをした。


「おお、見事なシールドラッシュ。勝負あったな」


 盾に弾かれ、壁に叩きつけられた竜人族の戦士は、砂の上に腰を付けたまま立ち上がれないようだ。


 総合戦闘科の教官が「そこまでっ! そこまでー!」と叫び、試合終了を宣言した。

 金髪の若者が、竜人族の戦士に手を貸して助け起こしている。二人は肩を叩きあいながら健闘を讃えあっているようだ。


 ――――護りながら闘い、確実に勝利する。

 それは、私の「計画」に不可欠な要素。


「メッツォ、あの金髪の男の子の名前、分かる?」

「ほほう、最近はあーゆー分かりやすい美男子が好みか」

「馬鹿じゃないの!? 怒るよ!!」

「もう怒ってんじゃねえかよ。まったくウチの嫁みたいだな……ちょっと待ってくれ」


 メッツォは懐から取り出した受験者名簿を太い指でなぞる。


「ええっと、これか? うん? 『種族・竜人族(ドラゴニュート)』だと? あの優男、ちっとも竜人族には見えないけどなぁ。書き間違いか?」

 

 私は、メッツォが指で押さえた受験者名簿の名前欄を横合いから眺めた。


「どうする? こっちに呼んでみるか?」

 

 正直、少し躊躇した。確かにあの若者の能力は「計画」の遂行に大いに役立ちそうだと思う。でも、学院都市の通りで会話をした時の、私に向けられた眼差しが心の片隅に引っ掛る。あのとき思わず逃げ出したのは、彼の軽薄な言動のせいでは無く、まるで蛙を前にした蛇のような……


「パーティに誘いたいんだろ? あの実力なら犯罪歴でも無い限り面接も通るだろ。悪いヤツにも見えないし、パーティを組むには良いんじゃねえか」

「そうね。詳しい事は面接の時に聞けば良いし……呼んでもらえるかな?」


 私の頼みに(うなず)いたメッツォが「おーい、いま勝った奴! 俺は闘士科教官メッツォだ! 話がある!」と、戦闘訓練所に響き渡る大きな声でトーナメントの勝者を呼んだ。

 あまりの大声に、その場にいた全員がメッツォの顔を見上げた。すると、「はい。僕ですが……」と、例の金髪の若者が未だに興奮覚めやらぬ人混みの中から歩み出る。やっぱり、あの時の青年だ。


「おや、貴女は先ほどの? あの時は本当に失礼しました。何と御詫びしたら良いでしょう」


 首の後ろに手を回し、顔を赤くして頭を下げる若者には悪意も邪気も感じない。


「なんだ? お前ら知り合いか?」


 メッツォが私と若者を交互に指差す。


「さっき、ちょっとだけ話をしたの」


 メッツォに短く説明してから、若者に向き直り「気にしていませんから、頭を上げて下さい」と声を掛けた。若者は後頭部に手を回したまま、恐縮したように顔を上げた。

 少年の名残を残しながらも、鼻筋の通った貴公子然とした品のある顔立ち。ルルティアが、彼を見て「俺、勇者!」と表現したのも分かる気がする。


「見目麗しい女性を前にして、舞い上がってしまいました」

「あのね……そう言うセリフは、本人を前にして言わない方が良いと思う。ちょっと怖い」


 私は真面目に忠告したつもりなのに、隣りでメッツォが豪快に笑い出した。


「す、すいません。以後、気を付けます」


 そう言って私を見た瞳の色は、ルルモニがくれた若草色の飴に似た……違う、似ているのは色だけ。

 その色は、優しさを(たた)えたルルモニの飴とは真逆の、氷の裂け目のような、凍てつくようなアイスグリーンだった。

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