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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第六章 竜鱗の盾
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第90話 女王計画

 路地を走り抜けた後、私とルルモニは落ち着いて話せる場所を探して歩いた。

 私は午後から面接の仕事があったので、二人で相談して魔導院の正門に近い喫茶店に入った。昼食目当ての客で店内はそれなりに混みあっていたが、席が空いていない程でも無かった。

 飲み物だけを注文し、私の頼んだ紅茶とルルモニのココアが運ばれてくる間、テーブルの向かいに座ったルルモニがぽつりぽつりと話し始めた。(ざわ)ついた店の雰囲気は、深刻な話をするには丁度良かった。


「その武器屋のご主人が、私が昔、付き合っていた人だった、って事で合ってる?」


 私が確認するように言うと、ルルモニは運ばれてきたホットココアには手を触れずに(うなづ)いた。

 きっとルルティアを(かば)っているのだろう、ルルモニの語る要領を得ない説明は、要約してみれば簡単な話だった。でもそれは、私には簡単には受け入れられない内容だった。


「あの人……学院都市に戻っていたんだ」


 食事をする気にもならなくて、湯気を立てるアールグレイを口に含んだ。独特な香気が朝から何も入れていない胃と、睡眠不足の頭に染み込んでいく。


「リョオチョオは、いまでもアイツのことが好きなのか?」


 あまりにもストレートに過ぎる質問が、私の胸に突き刺さる。


「もう、十年も前の事だから……忘れちゃった」


 ――――醜い嘘ね、リサデル。


 どうしてクローバーの空き缶を宝物みたいに大切にしてるの?

 どうして十年も昔の流行遅れのドレスを大事に取ってあるの?

 どうして小さな頃から大好きだった恋歌を歌わなくなったの? 

 どうして別れた「あの人」の誕生日を未だに忘れていないの?


 ――――十年も経ったのに、どうして?


「だから、ルルティアの邪魔なんてしないよ。安心して、モニちゃん」


 私が無理に明るい口調で(うそぶ)くと、膝に手を置いて(うつむ)いていたルルモニは、少しだけ表情を和らげた。


「でも、アイツはリョオチョオのことが、いまでも好きなんだとおもう」

「そんなはず……無いよ。もし、そうだったら、とっくに会いに来ているはずでしょう?」


 ルルモニは、店のロゴの入ったマグカップを手に取って、カップの中を覗き込んだまま、「……うん」と小さく答えて黙り込んだ。

 人々の賑やかな話し声。カチャカチャと食器の立てる音。私たちのテーブルだけが静かだった。


「リョオチョオは、アイツにあいたいって、おもわなかったのか?」


 カップから顔を上げたルルモニの言葉。それは再び私の胸を(えぐ)った。


「学院都市中を捜して回ったんだけどね。でも、きっと捨てられちゃったんだよ、私」

「ちがうよ。アイツは、そんなヤツじゃないよ」


 かっと顔が赤くなるのを感じて、強く唇を噛んだ。

 「そんなの分かってる!」と、大きな声を上げてしまいそうになる衝動を抑え、小さく神への祈りを口にした。

 

 許されるのならば、彼の後を追いかけたかった。

 魔導院も学院都市も捨てて、深い森の奥でも砂漠の果てでも構わない。あの人と一緒にいたかった。

 しかし、私に下された命令の一つは「学院都市から外に出ないこと」だった。私を縛る鎖は一本だけでは無い。


「……そうね。彼にも何かの理由があったと思う。私も心の整理が出来たら会いに行ってみようかな」

「リョオチョオ……」

「モニちゃん、そんな顔しないで。私だって子供じゃないから、馬鹿なことはしない。約束する」


 朝から多くの事がありすぎて、心に余裕が無くなってきた。普段ならルルモニとは何時間でもお喋りを楽しめるのに、今は一人で考える時間が欲しい。


「今日は、少し早めに行って面接の準備がしたいの。時間があったら、またゆっくり話そうね」


 冷めかけた紅茶で唇を湿らせてから、私は伝票を取って立ち上がった。

 腰を浮かしかけたルルモニを手で制してから、「あ、そうだ。ココア代は良いから、飴くれるかな?」と訊くと、ルルモニは嬉しそうに微笑んだ。


「これ、スッキリするミントの飴。いろんなハーブがはいってる。くちにいれると、すぐにとけるから、めんせつのまえにもよいぞ」

 

 ルルモニは、愛用の水玉ポシェットの中から若草色のおはじき(・・・・)のような飴を何個か取り出して、差し出した私の掌に乗せた。


「そう言えば、最近、モニちゃんも地下に潜っているんでしょう?」


 私は飴を受け取りながらルルモニに訊いた。


「うん、くすりのざいりょうをとりに」

「足は大丈夫?」

「ちか五かいまではショーコーキができたからラクちん」

「私も久しぶりに潜ろうかな」

「え? リョオチョオが?」

「何よ。私は昇降機が無い頃から、地下五階まで到達していたんですからね」

「ほほう。じゃあ、こんどルルモニのなかまにまぜてやる」

「ありがとう。その時は宜しくね」


 マグカップを両手にココアを啜り、すっかり元気を取り戻したルルモニと別れ、会計を済ませる為にレジカウンターに向かった。

 私も前に進まなきゃ。使命を果たさない限り、私は自由になれないだろうから。



 レジに並ぶ列の先頭で何かトラブルがあったのか、会計待ちの行列が出来ていた。早めに席を立って良かった。面接の時間までは余裕がある。……時間、か。


 ――――おねがい。ティアに時間をあげて。


 ルルモニの言葉が睡眠不足気味の鈍い頭の片隅を過った。どういうこと? まるでルルティアに時間が無いような言い方……。


「あら、リサデルちゃんじゃなーい? 奇遇ねぇ、うふふ」

 

 突然の背後からの声に反射的に振り向く。

 見上げる位置にある小さな頭。バランスが悪いと感じるほどの細い体。長過ぎる手足、そして長過ぎる尻尾。


「貴女は特務機関の……」


 確かディミータという獣人族(セリアンスロープ)の女性。時としてルルティアのボディガードを務める特務機関の隊員。

 彼女は伝票を持った手で、顎のラインで切りそろえた黒髪を掻き上げた。


「いやぁん。覚えてくれてたぁ? お姉さん、嬉しいわぁ」

「いつからですか」

「なぁに? 何の話?」

「どこから跡を付けていたんですか」

「えー、なにそれぇ? 私は、たまたまコーヒー飲んでて、たまたま会計に立ったら、たまたまリサデルちゃんが前に並んでいただけよぉ」


 私を値踏みするように眺め回す金色の瞳。角度によって濃さが変わる瞳の色は、心の動きを悟らせない。


「リサデルちゃん。前」

「まえ? 前って、どういう事ですか? 前から跡を付けていた、って事ですか!?」

「前ったら、前よぅ」


 長い尻尾を(しな)らせながら、ディミータは私を追い越してレジカウンターに立った。「あっ、ちょっと!」と、言いかけたものの握っていたはずの伝票が見当たらない。


「あ、あれ? うそ? 伝票が無い!?」


 私が伝票を探している間にディミータは先に会計を済ませてしまった。

 床には紙ナプキンの一枚も落ちてはいない。財布の中を探しても領収書の一枚も入っていない。

 バタバタする私を横目にディミータが呆れたように笑う。


「ここって、紅茶が思ったより高いのねぇ。さ、行きましょ」

「え? あ、あの?」

「思ってたよりもドン臭いのね、リサデルちゃん。紅茶とココアの代金分くらいは付き合ってもらうよ」


 にやり、と笑ったその顔は、子供の頃に読んだ絵本に登場する、あの猫にそっくりだった。



*****



 魔導院に行くには確実に遠回りになるのに、「人の多いところは苦手だから」と、ディミータは大通りを避けて裏道を選んだ。だったら、どうして人気の多い喫茶店にいたのだろう。本物の猫のように捉えどころが無い。


「この後に面接の仕事がありますので、早く魔導院に行きたいのですが」

「うふふ、大丈夫。リサデルちゃんの受け持ちは実技試験の後でしょ」

「何で、そんな事まで……」


 ディミータは歩きながら妙に身体を寄せてきた。背の高い彼女の方が歩幅が大きいはずなのに、歩くペースが同じなのが不思議だった。


「リサデルちゃん、あなた、あいつに似てるわぁ。鈍感なところなんて、ホントにそっくり」

「……ディミータさん、何が目的ですか」


 口に手を当てて、けらけら笑うディミータ。いけない、冷静さを失ったら相手の思う壺だ。


「喋り方まで似てるぅ。ホントは元カノじゃなくて元兄妹だったんじゃない? あははっ」

「からかわれるのは嫌いです。用件を言って下さい」

「ふぅん、じゃあ言ってあげようか。いつになったら『計画』通りに動くのかなぁ、リサデル・ブランドフォード」

「何の事か分かりませんが」

「用件を言えって、あんたが先に言ったんだよ。交渉事は苦手かい?」


 ディミータの口調が変わった。黒蛇のような尻尾が激しく揺れる。


「貴女は長老会議の関係者ですか?」

「違うね。私は特務機関特殊清掃部の副隊長。掃除屋だ。知っているだろう?」

「掃除屋さんが、どうして長老会議の『計画』を知っているのですか?」


 目を細めて私を見るディミータが、「計画? ふふん」と鼻で笑う。紅を引いた薄い唇の端が上がった。

 すっ、とディミータの手が動く。私は突き飛ばされるようにして灰色の煉瓦壁に肩をぶつけた。

 数人の通行人が振り返ったが、関わり合いになりたくないと思ったか早足で歩き去っていく。


「――っ、人を呼びますよ」

「呼ばれて困るのはあんただろ? 公安二課が大喜びだ」

「あ、貴女は……どこまで知って……」


 壁を背に逃げ場の無い私の顔を、ディミータは得物を追い詰めた猫のような顔で覗き込む。

 温かな初春の気温なのに、心の芯が凍るような寒気がした。


「あんたが、さっさと『計画』通りに動かないから、ルルティアを長老会議に取り上げられたんだろうが」

「やはり、貴女は長老会議の……」

「だから違うって。特務機関(ウチ)だって良い迷惑なんだ。大事な研究主任(ルルティア)を連れてかれちまったんだからね。あぁ、頭に来る」

「そ、そんな……私だって……」

「私だって、なに? あんたはこの七年間、何をしていた? 男に逃げられて、やる気無くして、役目をほっぽらかして、ルルティアの世話に逃げたんだろうが」

「そんなの違います!」

「都合が良かったよねぇ。ルルティアには長老会議も御執心でさぁ。『計画』の遅れにも目を瞑ってくれたもんね。あんたは利用したんだよ、ルルティアを」

「ち、違う! そんなのじゃない!」

「違わない。嬉しかっただろ? 可愛い妹が出来たみたいで。気持ち良かっただろ? デザイナー気分が味わえて」


 私は歯が噛み合わなくなるほど震えていた。

 悔しくて、恥ずかしくて――――怖くて。それは目の前の黒猫に対する恐怖では無い。

 自分の(ずる)さ、汚らしさ、浅ましさを、金色の瞳に見透かされた事が怖かった。

 何も言い返せない。奥歯を鳴るほどに噛みしめないと、嗚咽が漏れてしまいそうだった。

 (こら)え切れずに涙が溢れだす。ひぐっ、と喉の奥が鳴った。


 私を睨み付ける金色の瞳の色が変わった。そう思った瞬間、頬に焼けるような痛みが走った。乾いた音が後から聞こえ、頬を叩かれたと思った時には石畳に手を突いていた。


「泣くな! 泣いて解決する事なんて、唯の一つだって無い」

 

 私の頬を叩いた手を中空に留めたままディミータが言った。


「自分の為に泣くんじゃない。それは卑怯な女のすることだ」


 私はじんじんと傷む頬を押さえて、私を叩いた女性(ひと)を見上げた。


「泣いてる暇があったら、足掻きなさい。(あらが)いなさい。死に物狂いで闘いなさい」


 私を見下ろす金色の瞳が、ほんの少しだけ優しく見えた。

 この女性は、何者で、何を知っていて、何が目的で、何で私にこんな事をするのだろう。


「意味が分からないって顔ね。一つ教えてあげる。あなたの正体を知っているのは、長老会議と私だけ。だから安心なさい」

「どうして、貴女は私の事を知っているのですか」

「昔、私の妹が、『ある新入生』について調査していたの。調べがついた途端に殺されちゃったんだけどね。ついでに私も酷い目に遭わされちゃった」

「貴女の目的は復讐ですか」


 ディミータは「それは最終目的」と、頬に掛った髪を跳ね上げて言った。


「私はね、見届けたいの。妹の命を奪い、私の目を(えぐ)った『女王計画』が世界をどう変えるのか。復讐はその後ね」

「……それでは、いつか私も貴女に殺されますね」

「ふぅん、それはどうかしら。私が殺さなくったって、あなたはどうせ……って、誰か来たみたいね」

http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni/10565716.html

↑第89話に登場の赤い鎧の騎士

http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni/10572637.html

↑久々に登場のディミータ

http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni/10556149.html

↑物語のどこかに登場しているプラティナ


以上の画像が新規投稿済みです。良かったら覗いて下さい。


そして、活動報告にも書きましたが、長く良いお付き合いをさせていただいている「大桑八代」君が「第七回ガガガ大賞」を「カクリヨの短い歌」で受賞しました!

 

5月17日に小学館から刊行予定です! 


「武器屋」をご愛読の皆様、ぜひとも「カクリヨの短い歌」をお手に取ってみて下さい。宜しくお願いします!

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