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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第一章 お前ら!武器屋に感謝しろ!
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第9話 清楚な彼女のドレス姿って……良いよねぇ

 人間、「疲れた疲れた」言えてるウチは、まだ大丈夫なんだ。そん時の俺は「もう、何も言えねぇ」って、くらいに疲れ切っていた。

 そんなグダグダなボロ雑巾みたいな俺に、彼女は別れ際のキスをしてくれた。これは効いた。俺がいま、辛うじて立っていられるのはキスの効果が続いているからだろう。


 疲れた身体を引き摺るようにして寮の自室に戻り、椅子に座って一息吐くことも無く荷造りを始めた。

 実家は学院都市内の婆ちゃんの武器屋だから、私物なんてのは着替えくらいしかない。少し思案したが、それすらも置いていくことにした。武具は戦士科の備品を借りているだけだから、これも置いていけば良い。

 部屋が粗方片付いちまうと、妙にサバサバした気持ちになった。自暴自棄? やけっぱち? なんか違うな。でも、何か自分の中に詰まってた大事なモンが、全部まとめて抜けちまったような気分だ。

 そんな気分を抱えたまんま机の抽斗(ひきだし)を開けて、布に包んだビーフィンの指を取り出した。


「俺たち、何でこんな事になっちまったんだろうな」


 布に包まれた親指に話しかける日が来るとは、夢にも思わなかった。

 さて、どうするかな? 池ポチャじゃあ、さすがに悪いな。

 いっそ埋めちまうか? 犬がほじくり返して、オヤツにガリガリやってる姿を想像をして、思わず苦笑いをしちまった。


「まあ、仕方無ぇな。許せよ」


 俺はポケットをゴソゴソやり、掌で包み込めるくらいの長っ細い石を取り出した。こいつは錬金術科が開発した『魔火石』ってアイテムで、表面を指で擦ると先端から小さな炎が出る仕組みになっている。まったく便利な世の中だ。

 赤みを帯びた石を指で擦り、ぽっ、と出た小さな炎を暖炉の薪に移す。しかし、肝心の薪が湿気(しけ)っていたのか、火の勢いはイマイチだ。でも、暖を取りたい訳でもないし、親指一本燃やすくらいには不足は無いだろう。

 火掻き棒で薪を突ついているうちに暖炉の中に火が回り、穏やかな熱気が身体に押し寄せてきた。


「季節外れだけど、暖炉っていいよな。ビーフィン」


 包んだ布ごとビーフィンの親指を暖炉の中に放り込む。

 パチパチと薪だか指だかが()ぜる音を聞き、弱々しい炎をぼんやり眺めながら色々な事を思い出した。



 騎士になりたかったな。

 地下四階から先には、何があるのかな。

 仲間と一緒にまだまだ戦いたかったな。

 それにしても寮のメシは不味かったな。


 彼女とは、ずっと一緒にいたかった。

 俺は武勲バツグンの勇敢な騎士。

 彼女は、そんな俺を支える清楚なシスター。

 二人で英雄譚みたいな大冒険に繰り出すんだ。


 そんでもって歳取って剣を振れなくなったら、二人で婆ちゃんの武器屋を継ぐんだ。




 暖炉の前で仰向けに引っくり返り、俺はしばらく動かなかった。

 天上を見上げたまま、腕を目元に押し当ててゴシゴシ擦った。


「くうぅうぅ、ふぐっうううぅ」


 押し殺そうにも、どうしたって嗚咽が洩れてしまう。

 両親が事故で死んだ時だって、こんな風には泣かなかった。

 自分の為に流す涙は格好悪いって、誰かが言ってたな。

 いいじゃねぇか……自分の為に泣いたって。



 薪が燃え尽きて、燻る残り火を見届けた頃には夕暮れ時になっていた。

 泣き腫らして浮腫(むく)んだ顔を冷たい水で何度も冷やし、彼女のドレスに合わせて新調した一張羅(いっちょうら)に着替えて鏡で全身を確認した。うん、悪くない。

 髪を少し濡らしてから後に流して、香油を馴染ませる。赤い短刀(レッドキャップ)は何重にも布を巻いて、ズダ袋の底に押し込んだ。一張羅にズダ袋とは、何とも可笑しなコーディネートだが、まぁ、流行(はやり)のハズシってヤツだ。

 そして俺は部屋を後にした。もう、ここに戻る事は無いだろう。

 途中ですれ違った寮生は、俺の姿を見て何やかんやと(はやし)し立てたが、ビーフィンの事情を多少なりとも知ってる奴は、俺の顔を見て片手を上げるだけだった。その気遣いが今は嬉しかった。




 *




 『魔陽灯』と呼ばれる魔導院の錬金術科が開発した街灯が、薄暗くなってきた街をぼんやりと照らす。

 目指す酒場は、学院都市でも一番賑やかな商業区にある。そこでは俺の”日常から乖離気味のファッション”も、盛り場では違和感無く馴染んだ。

 風紀委員会の見回りもあって商業区の治安はすこぶる良好だ。それでも酔っ払いの同士の小競り合いや女の子の奪い合いが、そこかしこで見て取れる。

 行きつけの飲み屋、『そらみみ亭』は、大通りから路地にちょっと入った所だ。あそこは安くて美味くて量が多い、良い店だ。


「おぅ~い! こっちだ、こっち!!」


 聞き馴染んだダミ声へと顔を向けると、俺と彼女を除いたパーティメンバーが、”いつものテーブル”で先に酒盛りを始めていた。ビーフィンの指定席には誰が置いたのか、奴の愛用の開錠道具、お手製ピックが置いてあった。

 酔っ払いの三人パーティは、俺の格好を見て若干引いたようだが、「この後、デートか?」と、ニヤニヤしている。


「お前、そんな恰好で〇〇〇を△△△に□□□すんのかおよ~?」


 マッチョがグス顔で、何やら卑猥な事を口走り始めた。こいつは酔っぱらうと、すぐに下ネタに走りやがる。彼女の前で下ネタは止めてくれよ。彼女、その手の話になると真っ赤になって動かなくなっちまうんだからさぁ。ま、そんな姿もたまらなく可愛いんだけどね。

 俺とマッチョが揉み合い掴み合っていると、俄かに入り口の辺りがザワついた。男たちの視線が一点に集中する先は……彼女だ!

 俺は、椅子ごとマッチョを引っくり返して入口へ走った。


「き、来たよ」


 彼女は肌の露出を少しでも隠すように、モジモジと両肩を抱いて小さくなっている。俺はそんな彼女の全身を爪先から頭の先まで眺め、完全に思考が停止した。大丈夫、辛うじて理性は残ってる。


「ねぇ、やっぱり恥ずかしいよ」


 彼女が何か言ったようだが、これっぽっちも耳には入らない。これはロングソード+2なんてもんじゃない。今夜の彼女は、他に例えようも無いほどに輝いていた。


 普段は無造作に束ねている長い髪は、丁寧にブローされてサラサラした上等な絹糸みたいだ。背中が大きく空いたドレスは脇も胸元まで大胆にカッティングされていて、薄手の生地が彼女の細いボディラインを際立だせている。控えめな彼女にしては大冒険だ。


 俺は男たちの無遠慮な視線から護るべく、彼女の前後左右に立ち回って席までエスコートした。自分が着てくれって頼んだのに、他の男の視線から隠したいような、でも見せびらかしたいような、何とも複雑な気持ちだ。

 ようやく席に辿り着くと、およそ酒場にそぐわない俺と彼女の姿を見た酔っ払い三人パーティが、「ご成婚おめでとうございますですか!? コノヤロー!!」と、ギャンギャン喚き始めた。

 違う違う違う! 二人そて全力で否定したが、頬を赤らめた彼女の幸せそうな微笑みに、俺はついつい見惚(みと)れちまった。

 それから彼女はテーブルの上のビーフィンのピックを見て、顔をクシャクシャにして子供の様に泣き出した。あらら、せっかくのメイクが台無しだ。あっさりスッピンに戻った彼女は、それでも十分に可愛らしい。おかげで俺も冷静さを取り戻せた。


 まずはビーフィンに乾杯だ。それから奴の親指を立てるモノマネ。間抜けな失敗談から始まり、意外に動物好きだった話、顔に似合わず酒に弱かった話、ちょっとマニアックな女の好みと、話が途切れる事はなかった。マッチョがビーフィンの性癖の話を振った時には珍しく彼女が怒ってたな。

 そして俺たちは何度も乾杯して、何度も笑って何度も泣いた。






 

「ほれ、さっさと二人でデートに行けよ」


 あっさりと酔いつぶれた無口な魔術師と毒舌レンジャーを介抱しながら、マッチョは野良犬でも追い払うように手を振った。

 胸ポケットから財布を取り出しかけると「明日、俺んトコに持って来い。ワリカンだ」と言い、マッチョは俺の顔を睨み付けた。


「絶対だぞ。約束だからな」


 酔っぱらっているはずなのに、マッチョは『地下』に赴く前くらいに真剣な顔をして俺を睨み付けてきた。脳まで筋肉で出来上がっているクセに、まったく勘の良いヤツだな。


「ああ、約束だ。また明日……な」


 俺は親指を立てて、マッチョに背を向けた。

 ……なあ、ビーフィン。また俺の『嘘つきスキル』が上がっちまったみたいだよ。

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