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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第六章 竜鱗の盾
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第89話 赤い騎士 

 女子寮から外に出ると、辺りはすっかり初春の陽気だった。顔を照らす陽光に手を翳すと、掌がじわっと暖かくなった。


「日焼け止め、塗ってくれば良かった……って、ルルティア! ちょっと、どこいくの!」


 例の「ブキャー」改め「あの人」に会うまでは、予備の眼鏡を掛けたくないと言い張ったルルティアが、ふらふらした怪しい足取りであらぬ方向へ歩いて行く。


「ねえ、一先(ひとま)ず眼鏡を掛けてくれない? 危なくって見ていられない」

「やだ。鼻にノーズパットの跡がつく。こめかみにテンプルの跡がつく。必然的にメイクが崩れる。だからやだ」

「もう、子供じゃないんだから。手を握ってあげるから案内して」


 実際に手を繋いで並んで歩くと、平均よりも背の低い私と、平均よりも背の高いルルティアでは、傍目では私の方が子供に見えるかと思う。

 冷んやりとした厚みのない手を握り、完全武装(フルメイク)を施したルルティアの顔を見上げる。あぁ、やっぱり綺麗だなぁ。うぅ、また涙が出そう。


 泣きじゃくるルルティアを(なだ)めてメイクを施しワンピースに着替えさせたら、今度は私が大泣きしてしまった。貰い泣きしそうになったルルティアを何とか(こら)えさせると、何故か笑いが込み上げてきて、釣られて笑いだしたルルティアと、しばらく二人で大爆笑してしまった。


「さあ、行きましょう」


 学生寮の外壁に取り付けた錬金仕掛けの壁時計を確認すると、お昼まであと僅か。さあ、急がないと。


***


「真っ直ぐ行って、そこの角を右です」


 ルルティアの案内で学院都市を二人で歩くと、道を行く人々が男女問わずに振り返った。皆、擦れ違う度に一度、ルルティアを見て、それから振り返って、もう一度、見る。

 それぞれが、「おぉ」とか、「わぁ」と、感嘆の声を上げるのが、私には嬉しくて誇らしくて仕方がない。


「ねえ、ルルティア、皆が振り返って貴女を見てる」


 ちょっと気分が良くなって声を掛けると、ルルティアは目を細めて私を見た。

 深い陰影をつけたアイシャドウに彩られた目元は、青灰色の瞳と相まって知性的な美しさを醸し出す。


「それが、あのー、何もかもがボンヤリで、良く分かりません。寮長さん以外は、全部、野菜かモニさんにしか見えません」

「モニちゃんと野菜を同じ(くく)りにしちゃ駄目でしょう」


 ルルティアと並んで歩きながらお喋りを楽しんでいたら、不安も心配も切なさも、全部薄れていく気がした。

 きっと大丈夫。きっと上手くいく。ルルティアは、魔導塔で世界を変えるくらいの錬金術を開発して、病気だって克服する。その為の、ほんの少しのお別れ。


 肉や野菜を扱う生鮮市場を横切り、服飾品店が立ち並ぶ商業区域に差し掛かると、ルルティアはハンドバッグから予備の眼鏡を取り出し、レンズだけを覗き込んで辺りを見渡した。


「ここ、二人で来るの久しぶりですね」

「そうね。まだ縫い物が上手く無かった頃には、よく買い物に来たね」

「寮長さんなら、ここでお店を出しても上手くいきそう――そうだ。いつか、二人でやりましょう。寮長さんがデザイナーで、私が売り子」

「ふふっ、良いね。とっても」


 私が考えて、私が縫いあげた服を、たくさんの可愛い女の子たちが着る。それは山王都で暮らしていた頃からの私の夢。

 でも、私を縛りつける鎖の一本一本が、その夢を粉々に打ち砕いた。鎖は、もう十年以上も私を学生寮に繫ぎとめている。


「お店の名前は……プリンセス・リーザなんて、どうですか?」

「プリンセス・リーザ? どこかで聞いたような……」

「児童文学です。『聖なる騎士と魔法の竜』に出てくるお姫様の名前」

「うーん。読んだ事、あったかな? それって男の子向けじゃないの?」

「完全に男児向けです。でも、挿絵のリーザ姫が可愛いのなんの」

「本当のお姫様より、貴女の方が、もっともっと綺麗よ」

「何言ってるんですか。挿絵の話ですよ」


 はにかんだような笑顔を浮かべるルルティア。

 本当に、本当に貴女の方が綺麗よ。


 物思いに耽っていると、突然、前を歩いていた人が立ち止まった。私は慌ててルルティアの手を引いた。


「あっ! ごめんなさい。失礼しました」


 視界の悪いルルティアが、前を歩いていた背の高い男性の背に軽くぶつかった。正確には、男性の背負った大きな盾にぶつかってしまった。

 盾を背負った男性は、半身だけ振り返り、「いえ、大丈夫ですよ。ご心配無く」と答え、人好きのする笑顔を浮かべた。

 少年と呼ぶほど幼くもなく、青年というほど完成されていない、「若者」という言葉がしっくりくる男性は、こちらを向いたまま動きを止めた。


「あの、どうかされましたか?」


 私は、第四位魔術「石化の魔眼」にかけられたように固まった若者に声を掛けた。


「あ……いや、こんなに美しい女性が並んでいる事に驚きまして」


 歯の浮くような御世辞を、さらっと言えてしまう男には要注意。


「ありがとう、お上手ですね。では、私たち、先を急いでおりますので」

「急がれているところを申し訳ない。失礼ながら御縁に(かこ)つけて、一つ伺いたいのですが、宜しいか?」


 この手の方法で声を掛けられるのは慣れっこだけど、礼節を(わきま)えた態度には、相応の返答しなくてはいけない。


「何でしょう。私にお答え出来る事でしたら」

「助かります。実は、学院都市は初めてでして。道に迷っています」


 そう言って、頭の後ろに手を回し、顔を赤くして照れ笑いをする若者。

 あどけなさの残る表情には邪気は感じられない。ルルティアと同じくらいの年齢に見えるけど、その顔には潜り抜けてきた修羅場の数を思わせる精悍な雰囲気も漂わせている。


「魔導院に用事がありまして。どの道を行けば良いのでしょうか?」

「それでしたら、あそこに見える大きな塔、魔導塔と言いますが、あれを目印に向かえば良いだけですよ」


 私は、天を突く巨大な塔を指差しながら、若者を仔細に観察した。

 傷だらけの赤い金属鎧(プレートメイル)、腰には使い込まれた長剣、背負った青銅色の鱗盾(スケイルシールド)。そして、鎧の上に纏った煤けた赤い外套。

 直感的に職種(クラス)は戦士では無く、騎士だと感じた。その大きすぎる盾からして守備力に優れた「重装騎士(アーマー・ナイト)」と推察できる。

 赤い鎧に赤い外套……あまり良い思い出は無い。


「あれですね。しかし、大きな建物ですね」

「私は魔導院の院生です。失礼ですが、魔導院に何の御用が?」

「はい。魔導院の地下に広がるという大迷宮で腕を磨きたいと思いまして」


 迷宮では無くて訓練施設です、と言いたかったけど、世間一般的には「地下訓練施設」は「地下迷宮」として広まっている。


「それでしたら、今日は午後から中途入試がありますよ。魔導院の訓練所が試験会場です」

 

 午後の試験には、私も面接官として立ち合う予定がある。この若者とは再び顔を合わせる事になるかも知れない。


 ルルティアが、「あの……」と、言って小首を傾けて微笑みを浮かべた。そろそろ行こう、という意思表示だと思った。

 あんまり良く見えていないのが幸いして、いまいち焦点の合わない茫洋としたルルティアの表情は、かえって神秘的な雰囲気すら漂わせている。


「あの、どうかされましたか?」

 

 またもやルルティアの姿に見蕩れた私の顔を、若者が心配そうに覗き込む。


「すいません。ちょっと、あの……考え事をしていました」

「そうでしたか。しかし、何というか……とても綺麗ですね」

「そうでしょう。私の自慢の後輩なんです」

「いえ、彼女では無く、貴女です」

「はい? わ、私?」

「貴女のその瞳、その美しさ、清らかさ。それは、まるで世界龍の守護する紺碧の宝珠のような……」



***



 危なかった。幸い跡を付けられたりはしなかったけど、午後の面接で顔を合わせる可能性は高い。


 騎士の職種(クラス)に就いている人は、その「信仰心」のステータス数値の高さからか、己の仕える主君を盲信したり、恋人を慕うあまりに、「ジュリエット!」って叫びながら高い壁をよじ登ったりと、ちょっと危うい行動に走る人がいる。冷静になるためにも「知恵」のステータスも磨いて欲しい。お願いだから。


「もー! 寮長さんが走るから、迷っちゃったじゃないですか」


 ルルティアはハンドバッグの中を探りながら、「ここ何処だろう?」と、ブツブツ文句を言った。

 ルルティアの手を掴んで路地裏に逃げ込んだまでは良かったものの、現在位置が分からなくなってしまっていた。

 周りを見渡すと、ぽつぽつと小さな商店があるのを見ると、商業区域からは大きく外れてはいないはず。


「ご、ごめんね。だって、目付きが凄く怖かった……」

「でも、結構カッコ良かったじゃないですか」

「え? 眼鏡無しで見えていたの?」

「はい、ボーっとですけど。赤い鎧に赤マントが、『オレ、勇者!』って感じで」

「……そういうのが本当に好きね」


 ルルティアは、「はい、スキでーす」と笑いながら、踏んで壊したお気に入りの眼鏡を取り出した。


「それ、さっき壊した眼鏡でしょう? どうするの?」

「この眼鏡のレンズ、位置情報が出るように錬成してあるのです」

 

 ルルティアが壊れた眼鏡を覗き込むのに夢中になっている間に、私は番地を示す標識を探した。

 見慣れない風景を見渡していると、路地の向こうに、何やら言い争いながら歩いている男女二人の姿が目に入った。

 小柄な女の子が、男性の背中を押している。あれは……モニちゃん? では、もしかして、あの男性が?


「モニちゃーん!」


 大声を出してルルモニを呼ぶと、文字通りに飛び上がる勢いでルルモニが跳ねた。

 こちらを見る、銀髪の青年の姿。


 鼓動が高まる。軽い頭痛。

 そして――――痛いほどの既視感。

 あれは……あの人は……


 記憶の底を探る前に、足が悪いとは思えない速度でルルモニが駆け寄ってきて、私の手首を掴んだ。

 そんなルルモニと入れ違いになるように、ルルティアが銀髪の青年に向かって弾むようなリズムで走り出す。


「ちょっと、ルルティア! って、いたたた! モニちゃん、痛い! どうしたの!?」

「にげて! おねがい! リョオチョオ、にげて!」

「モニちゃん、なに? にげてって、意味が分からないよ」


 ルルモニは、その小さな身体からは信じられない力強さで、私の腕を引っ張った。引き摺られるようにして足が前に出る。


「ちょっと、モニちゃん! いい加減に……」

 

 理解出来ないルルモニの行動に声を荒げかけたが、真剣な顔のルルモニを見て言葉も怒りも飲み込むしかなかった。

 ルルモニは、優しい色をした大きな目いっぱいに涙を溜めて「おねがい。ティアに時間をあげて。ふたりにしてあげて」と、私に懇願した。

 

「……わかった。分かったから泣かないで。でも、後で理由(わけ)を聞かせてね」


 私は、ルルモニに手を引かれるままに走り出した。


 ――――あの人は、あの銀髪の青年は……


 走りながら一度だけ振り返る。

 ルルティアの隣りに立った青年が、不自然な姿勢で転倒した瞬間だけが目に焼きついた。

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