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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第六章 竜鱗の盾

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第88話 なにもかも ぜんぶ 

 突然、ルルモニが大袈裟な素振りで手を叩いた。その小さな手では、「ぺちっ」と小さい音しか出なかったけど、私とルルティアの注意を引くには十分だった。


「なあに? どうしたの、モニちゃん?」

「そうだったー、ルルモニはー、くすりのざいりょうをー、かいにいかなくちゃー、ならんのだったー」


 ルルモニは、「じゃ、そゆことでっ」と、寝間着の裾を摘まんで、小走りで部屋から出て行こうとした。


「――ちょっと」


 ルルティアの制止する声に、背を向け駆け出そうとしていたルルモニの肩が、びくりと跳ね上がる。


「忘れ物」


 ルルティアは拾い上げた人形の首を、ゆっくり振り向いたルルモニの眼前に突き付けた。


「あ、あはは。まっ、また、こんどでいいかなー、なんてー」


 私には何だか良く分からないけど、ルルモニは妙に焦っているように見えた。


「……そう。ところで、何処に買い物に行くの?」


 畳み掛けるようなルルティアの一言。眼鏡のブリッジを中指で押し上げる仕草。それは、面接中に受験者に対して質問をする時と同じ仕草。


「どこに、って、がっ、がくいんとしに……」

「……そう。たしか、調薬素材の在庫処分セールをするって言ってたよ。タイミング良かったね」

「へっ、へぇー、ど、ど、どこのみせかなぁー。さがしてみよーっと」


 ルルモニはそう言って後ずさり、逃げ出すようにして部屋から出て行った。その後姿に、闘士科の教官をしている親友から教わった、「脱兎の如し」という、東洋の言葉を思い出した。


「どうしたのかしら? モニちゃん、随分と慌てていたみたいだけど」

「えー? そうでしたー? モニさん、いっつもあんな感じですけどー」

「何だか分からないけど、モニちゃんを苛めたら駄目でしょう。薬って、あなたの薬だと思うけど」

「はーい。ごめんなさーい」


 叱られた子供のような返事をしたルルティアは、散らかった机の上に錬金人形の首を置いて「あっ! しまった」と声を上げた。


「今度は何よ?」

「オリンピア壊れちゃった……引っ越しの準備、どうしよう」

「まったく。それくらい自分でやりなさい」

「うぇー! 寮長さん、ママみたい」

「せめて『お姉さん』って言ってくれない? 準備は手伝うから安心なさい」

「お姉さん。私が魔導塔に行っても、会いに来てくれる?」


 伏し目がちに私を見る、(すが)る様な、甘えるような目付き。


 ルルティアが学生寮を退寮して魔導塔に移るのは、魔導院長老会議の命令だった。

 それはルルティアに最新の設備、最高の環境で錬金術の研究を進めさせるのと同時に、病に侵された『魔導院の宝石』に高度な治療を施すのが目的。

 彼女がこれから生活する魔導塔内の『魔導院高等研究所』には、院生である私でも立ち入った事は一度も無い。そう簡単に面会が許されるとは思えなかった。


「すぐにでも遊びに行くから。もちろんモニちゃんも一緒にね。さあ、着ていく服を選びましょう」


 話題を逸らそうとルルティアのクローゼットを開けると、ずらりと赤い服が並んでいた。それはまるで、波打つ赤いカーテンにも見えた。

 ルルティアの透けるような白い肌と、それを引き立てる暗めのアッシュブラウンの髪には、ビビッドな赤が良く似合う。さあ、今日はどれを着せようかな?


 この部屋でルルティアと着せ替えを楽しむのも、これが最後。

 ファッションショーごっこも、これでおしまい。


 頭では理解していたのに、その事実は想像していたよりも強く、激しく私を打ちのめした。


 クローゼットの中を覗き込むふりをして、どうしたって滲んでくる涙を手の甲で何度も押さえる。そして、泣いていたのを悟られないように無理に明るい声を出した。


「こうして見ると私の仕立てた服ばっかりね」

「だって、私に一番似合う服は、寮長さんの作った服だもん」


 甘えた口調で返事をしたルルティアは、私に寄り添うようにしてクローゼットを覗き込み、細い身体を押し付けてきながら「ど・れ・に・しよっかなぁー、ぜ・ん・ぶ・スキー」と、おかしな歌詞を鼻歌に乗せて歌いだした。


「もう。何よ、それ?」


 ルルティアらしくない、まるでルルモニみたいな行動に思わず吹き出してしまう。ところが暫くすると、すんすんと鼻を啜り上げる音が鼻歌に混じり始めた。


「なっ、悩んじゃうなぁー、ぜ、ぜーんぶスキなのぉー、ぜんぶ、ぜーんぶ……スキなの……」


 ルルティアは、震える手で愛おしそうに一着一着、衣装に触れながら、その綺麗な顔を涙と鼻水でグシャグシャにして、調子の外れた鼻歌を歌い続けていた。


「ルルティア? どうしたの?」

「りょっ、寮長さん。わ、私、馬鹿だから、うまく……いっ、言えないっ、けど、ぜ、全部スキなんです。ぜ、ぜんぶ、ほっ、欲しいんです」


 かける言葉すら見つからない私の目の前で、ルルティアは、わんわんと大声を上げて泣きだした。

 七年も一緒にいて、この子がここまで感情を爆発させるのを初めて見た。冷静(クール)皮肉屋(シニカル)な天才少女。それが私の磨き上げてきた宝石(ルルティア)だと信じていた――――違う。私はそう思い込んでいただけ。


「たっ、隊長も、ディミータも、シンも、モニさんも、寮長さんも……あ、あの、あの人も……ぜんぶ、全部欲しいんです。何もかも、ぜんぶ、スキで……な、何もかも、みんな、だっ、大スキで……」

「分かってる。分かってるから」


 私は、子供のように泣きじゃくるルルティアを抱きしめるしかなかった。

 魔導院の宝石と称され、希代の錬金術師と讃えられたルルティア。

 この子は中学生だったあの頃から、母親を亡くしたあの時から、何も変わってはいなかった。あの時から、ずっとひとりぼっちで立ち止まっていたのに、私は今まで気付いてあげられなかった。

 私にはルルティアの渇いた隙間を埋めることは出来なかった――――だから。


「駄目! 目を擦らないで! (まぶた)が腫れちゃう! さあ、すぐに冷やして!」


 ルルティアは、涙と鼻水で汚れた、きょとんとした顔を私に向けた。うん。どんなに汚れたって、やっぱり私の宝石(ルルティア)は美しい。例えようも無いくらいに。


「ほら、そんな顔じゃデートに行けないでしょう。メイクも直してあげるから、もう泣かないで」

「寮長さん……わたし……」

「ブラウン系のシャドー使えばアイホールの腫れはカバー出来る。その代わり、メイクが強くなっちゃうから、シックな服が良いと思う。選んで」


 私の言葉に急かされたように、ルルティアは赤い服がいあっい詰まったクローゼットの中から一枚のワンピースを抜き出して、おずおずと私に差し出した。


「これで良いの? これってフォーマル用に作ったワンピースじゃない」


 それは高等研究所の入所式の為に作ったシンプルなワンピース。

 ルルティアの均整取れたスタイルを際立たせるハイウエストのシルエット。

 切り替えしからのギャザーが生み出す、深く美しいドレープ。

 山王都から取り寄せた、しっとり落ち着いた光沢の最高級シルクの生地。


 一針一針、願いを込めて縫い上げた、私の渾身の作品。



 飛び立つ翼の無い、学生寮(ここ)に縛られた私の分まで

 お願い。魔導塔よりも高く、高く飛んでみせて

 誰よりも高く、誰よりも美しく羽ばたいて


 輝いて、私の宝石(ルルティア)

 どんな宝石よりも美しく輝いて。



「はい、このワンピースが良いです。あの人に初めて会った時に着ていたワンピースに似ているから」

 

 そう答えたルルティアは、輝くような微笑みを浮かべた。

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