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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第六章 竜鱗の盾
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第85話 魔術偽典「プセウド・エピグラファ」

 十代の挑戦心チャレンジ・スピリッツを刺激してみたら案の定、シンナバル少年は目を輝かせて喰いついてきた。

 

「師匠、広範囲攻撃魔術を使っても良いですか?」


 赤毛の少年はそう言って、鋼鉄の腕をグルグル回しながら、ただでさえ険のある目つきを更に鋭くして錬金人形を睨んだ。


「おう、やる気だな。分かっているだろうが、第五位以上の魔術は使うなよ。結界が保たない」

「心配ありませんよ、師匠。俺は第五位魔術までしかマスターしていませんから」


 胸を張って、そう答える少年。自信満々に答える内容では無いと思うが、十四、五歳の若さで第五位魔術まで扱える術者はそう多くはいない。大した才能だ。


「ところで……師匠」

「どうした? またウンチか?」

「違います! しかも『また』って何ですか!? あのですね、上手くいったら師匠って呼んでも良いですか?」

「さっきから、散々そう呼んでるだろうが」


 錬金人形の頭を叩いてから「ま、コイツを倒せたら考える」と苦笑いしてみせてから壁際に離れた。さあ、お手並み拝見だ。


 シンナバルが「錬金仕掛けの腕(アームズ)」を人形に向けて突き出すと、軽く開いた鋼鉄の掌に火球が生じた。第一位魔術「小炎」か。しかし、準備動作からの魔術発動が速い。

 子供の頭ほどの大きさに膨れ上がった火の玉が一直線に人形に飛ぶ。しかし、人形はガクガクした奇妙な動きで火球を避けた。

 行き場を無くした炎の塊は、壁に激突する寸前に浮かび上がった耐魔術結界に阻まれ、煙も出さずに消滅する。結界を構成する魔術紋様は、点滅を繰り返して徐々に見えなくなった。


「――ッつ!」


 少年は軽く舌打ちして、鋼鉄の腕を左肩に当てる。一瞬の溜めの後、大きく五指を開き、振り払うように右に腕を振った。


「燃えろぉお!」


 振りきった腕を追うよう少年の髪と同じ色の炎が放射状に広がる。炎に煽られたシンナバルの三つ編みにした赤い髪が揺れる。

 第二位魔術「火の風」か。やはり魔術の発動が異常に速い。俺の知る魔術師の誰よりも速い。そして火勢もかなりの物だ。


 炎の魔術は、この世に満ちる火の精霊の力を借りる術だ。心にイメージした炎と精霊が同調した時に攻撃魔術として発動する。術者のイメージが強固であるほど発動も早く、威力も増す。ただ、常人には全てを焼き尽くす火炎のイメージは掴み難い。その為に魔術師は瞑想や詠唱を利用してイメージを作り上げる必要がある。だが、シンナバルはイメージを補完するための詠唱も瞑想も無く、まるでそこら辺に置いてある物のように炎を操る。自在に灼熱の炎を操るその姿は、火焔の魔人(イフリート)を連想させる。


 ――――右腕に酷い火傷を負っていて、可哀そうだけど錬金手術を施すしか無かったわ。


 ルルティアが言ってたな。右腕を失うほどの火傷か。それがシンナバルの炎を操る術の源泉かも知れない。


 ゴォオウ! と音を上げた猛烈な炎の熱気に思索を止めて、人形を注視する。左右に拡がる炎の帯に逃げ場を失った人形が、波のように押し寄せる魔術の炎に包まれた。

 俺は肌を炙るような熱に手を(かざ)し、炎の輝きに目を細めて人形の動きを見守った。


「どうだぁ!」


 しかし、シンナバルの期待を込めた叫びを裏切るかのように、人形は高く跳び上がって炎の波を飛び越えた。


「なっ、そんな!?」


 馬鹿にしたような動きを繰り返す人形に、むきになって突き出した「錬金仕掛けの腕(アームズ)」を、俺は両手で掴んで抑え込んだ。


「止めとけ。それ以上はムダ弾だ」

「待ってください、師匠! 俺、まだやれますよ!」

「必要以上に熱くなるなシンナバル。心は熱く、だが頭は冷静に保て」


 悔しそうに歯噛みするシンナバルを(たしな)めるように言った。


「心は熱く、頭は冷静……」


 震える右手を握りしめて(うめ)くように呟く少年の姿に、十代の頃の自分を重ねる。


 ――――心は炎のように熱く、だけど頭は氷のように冷静に


 少年の頃に婆ちゃんから教わった言葉を、俺は今、シンナバルに伝えている。


「シンナバル。まだ実験段階だが面白いモン見せてやる」


 ワークシャツの上に羽織ったレザーベストのペンポケットに挿しておいた最新アイテムを抜き、シンナバルに見せた。


「それは……鉛筆? いや、ペンですか?」

「違う。これは錬金術師ルルティアの最新作『魔術偽典プセウド・エピグラファ』。錬金術を駆使した新世代の魔術の巻物だ」

「魔術の巻物って、あの広げて読み上げてから、やっと魔術が発動する、あの巻物ですよね? これじゃあ、小さすぎませんか?」


 怪訝な顔をしたシンナバルの前に棒のような魔術の巻物を突き出し、「開封」と呟く。

 瞬時に折り込みチラシ程度の大きさに広がった巻物に描かれた複雑な図形が目に入る。それは、火球を打ち消した耐魔術結界を小さくした様な魔術紋様だ。


「第一位魔術」


 そう唱えると、巻物の表面から炎を(かたど)った紋様が空中に浮かび上がった。白紙になった巻物を床に投げ捨てても赤く輝く魔術紋様は宙に浮いたままだ。

 シンナバルは何度も瞬いて、目の前に浮いた朧げな図形を見つめていた。

 俺は相変わらずカクカク動いている錬金人形に狙いを付け、陽炎のように浮かぶ紋様の中心に触れる。


「行け! 小炎!」


 激しく点滅を始めた魔術紋様から拳大の火球が生まれ、人形に向けて飛ぶ。

 第一位魔術「小炎」を撃ち出した魔術紋様は湯気のように乱れて消えた。

 先ほどシンナバルが魔術で生み出した火球より一回り小さく勢いも弱いのは、シンナバルの魔力と巻物の性能の差だろう。


「凄い! でも、これでは避けられて……」


 錬金人形は、木偶のそれに似た膝関節を曲げ、回避行動に入っている。人形との距離、火球の速度から見ても避けらてしまうのは、まさに火を見るより明らかだ。

 だが、人形が火球を避けるよりも早く、もう一本の魔術偽典をポケットから抜き出す。


「――開封! 第二層錬金術!」


 目の前に銀色に輝く魔術紋様が浮き上がる。その紋様は環になって連なる鎖。

 俺は掌底を突き出すようにして、円環する鎖の紋様に触れた。


「捕えろ! 銀の鎖!」


 明滅を繰り返す魔術紋様から無数の鎖が八方に飛び出す! 鎖は、まるで銀色の蛇のように人形に襲い掛かる。

 飛び退いて火球を避けた人形は、生き物の様に追いすがる鎖にも鋭く反応したが、それを逃がさず、銀色の鎖の一本が人形の脚を絡め取った。

 鎖が人形を捕らえたのを見て、間髪入れずに床を蹴り人形に詰め寄る。その間にも魔術の鎖は、飢えた蛇のように次々と人形に絡み付いていく。

 無数の鎖に動きを封じられながら、(なお)も逃れようと暴れる人形。


「逃がすかっ!」


 飛び掛る勢いのままに背を向け、後ろ回し蹴りを叩きこむ! 

 鎖を全身に(まと)わりつかせた錬金人形は、ガシャガシャと(やかま)しい音を立てて床を転がり、壁に激突して動かなくなった。


「ふぃーっ、と、まぁ、こんなモンだ」


 役目を終えた無数の鎖が、銀色の砂になって崩れ、床に吸い込まれるようにして消え去ったのを確認してからシンナバルに向き直った。


「……師匠」

「ん? 何だ?」

「カッコイイです!」

「……アホか」


 さすがはルルティアの弟を自認するだけはある。コイツも頭のネジに数本の欠損があるとみた。

 痛いほどの視線を無視して、倒れた人形を抱え上げる。一応、人形の全身を確認したが、特に壊れたところも無さそうだ。素晴らしく頑丈だが、一体、何で出来てんだろうな? コレ。


「師匠、さっきの魔術の巻物は商品化しているんですか? あの、……エ、エビグラタン?」


 人形を点検する俺の後ろからシンナバルが妙なことを聞いてきた。


「エピグラファだ。お前、グラタンなんて言ったらルルティアに殺されるぞ」

「うっ、姉さんには内緒でお願いします。でも、なんで姉さんは『魔術の巻物(マジックスクロール)』にそんな長い名前を付けたんでしょう?」


 シンナバルは首を傾げて眉を寄せる。


「お前、弟のくせに分かってないな」

「え? 何がですか?」

「あいつ、超が付くほどの六英雄マニアだ。大好物なんだよ。そういうの」

「はい? 『そういうの』……ですか?」


 俺は苦笑いをして、眉をくの字にして悩む少年の肩に手を置いた。


「開封! とか、小炎! とか、いちいち唱えなくちゃならんのも、ルルティアの考えた仕様だ。さすがに文句を言ったんだが、『だってカッコイイじゃない』の一言だ」

「あぁ、『そういうの』ですか。すっごく姉さんらしいです」

 

 俺の苦笑に合わせるように、シンナバルも少し口元をほころばせた。

 

「どうやら『銀の鎖!』とか、叫ばなくちゃならんのは魔術偽典の発動に必要な事らしいが、門外漢の俺には良く分からん。お前、ルルティアに習っとけ」


 少年の薄い肩から手を除けて、壁掛けラックから試作品の魔術偽典を物色しながら、背後に立つシンナバルに訊いた。


「ところで気になったんだが、お前、なんで炎の魔術以外を使わないんだ?」

「そ、それは……」


 太めの鉛筆のような魔術偽典を何本か取り出して振り返ると、シンナバルは気まずい顔をして頭を掻いている。


「あ、あの、苦手を通り越して、使えないんです。水とか氷の魔術が……」

「どういう事だ? そんな話、聞いたことが無いぞ。第五位魔術まで扱えるのに、第一位魔術の『水煙(すいえん)』も使えないってことか?」


 シンナバルは、テストで悪い点を取って親に叱られたような気落ちした風に項垂(うなだ)れた。


「一応、『睡眠の魔術』とか、『雷球』は使えるのですが……」


 俺だって、長剣が得意、槍が得意、いや斧が得意と、武器の得意不得意はある。あれ? 得意しか無いか。だが、どんな武器だって「全く扱えない」って事は無い。当然、魔術師にも得手不得手な魔術系統はあるだろうが、「全く使えない」ってのは、どういう道理だ?


「だから、『氷の杖』とか『水の杖』を探しに来たんです」

「お前、今の今まで炎が効かない相手とは、どうやって戦ってきたんだ?」

「はい。そういうのは、『錬金仕掛けの腕(アームズ)』で、まとめてブッ飛ばしてきました!」


 ぐっ、と鋼鉄の腕を胸の前で握り、自信満々に答えるシンナバル。なんで特務機関って、こんなヤツばっかりなんだろう。


「もはや疑問を通り越して斬新な話だな。でも、良いんじゃないか? お前の炎は特別だ。水や氷の魔術が使えない点を補って余りある強力な武器だと思う」

「ほ、本当ですか!? 師匠!」


 シンナバルは、テストで良い点を取って親に褒められたような無邪気な笑顔を浮かべた。

 

「第一位魔術『水煙』と第二位魔術『氷槍(ひょうそう)』の魔術偽典を何本かやるよ。使い方は分かるな」

「はい、師匠。理解しました」

「いいか、良く聞け。魔術偽典プセウド・エピグラファは、携帯に便利な魔術の巻物(マジックスクロール)に過ぎない。『小炎』を見て分かっただろうが、威力だってあんなモンだ」


 シンナバルは講義を受ける優等生みたいな顔をして、真剣に俺の話を聞いている。


「だが、さっきみたいに異なる系統の魔術を、自分のタイミングで即時発動できる利点がある。魔術偽典は戦い方の根底を変えるかも知れない新しい武器だ」


 黙って(うなず)いた少年の目には、好奇心と探究心の炎が渦巻いている。早速、魔術偽典の使い方を考えているのだろう。


「シンナバル、お前の姉ちゃんは世界を変えるくらいの天才だ。応用と改良に関しては、もはや神憑っている。お前は、仮にもルルティアの弟だろう? 俺を驚かすような使い方を見せてくれ。魔術師のお前だからこそ出来る戦い方ってヤツをさ」

 

 さあっ、とシンナバルの顔が紅潮する。お? と、思った瞬間、少年はボロボロと涙をこぼした。


「おぉお、おいおい!? いま、何か変なこと言ったか!?」

「し、師匠……俺、そんな風に他人(ひと)から認めてもらったのは初めてで……嬉しくて……」


 シンナバルは、ぐすぐすと嗚咽を上げながら、ぐしぐしとローブの袖で目の辺りを擦った。


「そ、そうか。若いって良いな。ところで魔陽石を採りに行くんだろ。そろそろ出発しないと見つけ難くなるぞ」


 魔陽石の原石は、暗い所に置くと鈍く橙色に発光する。日中だと明るさに紛れてしまうのに、夜間では照明に負けて見つけにくい。明け方か夕方が採掘のチャンスだ。


「あっ! そうでした! 大物見つけないと、姉さんに殺さ、いや、怒られる……」


 ぐすぐす言っていたシンナバルの顔色が赤から青へと変わっていく。「殺される」とか言いかけたが、一体どんな姉弟関係なんだ?

 

「お、俺、下でセハトと仕度してきます!」


 ドタバタと階段を駆け下りて行く赤い三つ編みを見送る。「やれやれ」と独り言と一緒に溜め息が出た。

 階下からは、「なんでまだ試着終わってないんだ!」と慌てたシンナバルの声と、「うわー! 覗くなー!」と、セハトの笑い声が聞こえる。


「良いねぇ、平和な日常ってヤツだ」

 

 一人、そう呟いて肩を竦めてみた。


「ずっと続くと良いな」


 両手を胸元に引き上げて掌を見つめた。軽い頭痛と共に、ぐらり、と視界が歪み、壁に手を突いて(こら)えた。


「くそっ……あれが『呪い』の内容か?」


 少年を止める為に、両手で鋼鉄の腕を押さえた瞬間に垣間見た、火焔地獄のようなヴィジョン。

 それは「辰砂の杖(シンナバル)」が焼き尽してきた「呪い」そのものだろうか。

 それとも、少年に科せられた罪なのか。俺の「鋼玉石の剣(コランダム)」と同じように。


 怒り狂い、憎悪の炎を口から噴き出す者。

 泣き叫び、後悔の炎を目から垂れ流す者。

 咽び笑い、狂気の炎に全身を苛まれる者。

 

 ありとあらゆる老若男女が、真っ赤に溶けた溶岩の中を這い、のたうち回りながら地獄の業火に包まれている。

 その中にたった一人、炎に焼かれているにも関わらず微笑む女の姿。


 ――ごめんね。姉さんを許して


 確かにそう聞こえた。

 微笑んでいるのに、頬を伝う涙。

 涙の溢れる目元を飾る、印象的な黒子。


 それは、見入ってしまうほどに、あいつに良く似ていた。

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