第83話 だからさぁ、ウチは武器屋なんだって
おう、お前らか。今日は学院は休みだろ。こんな朝早くからどうしたんだ? へえ、これから錬金素材を採りに北の荒地に行くって?
魔導院が錬金素材を高く買い取ってんのか。そりゃ美味しい情報だな。ついでにウチの在庫も掃きたいな。
なに? 高騰しているのは魔陽石だけ? そりゃまた偏った相場だな。魔陽灯の大量受注でも入ったのかね。だけど、北に向かうなら気を付けろよ。
何がだって? お前らさあ、前にも聞いたけどホントに新聞読んでないんだな。仕方無い、さっき届いたばっかりのを見せてやるよ。
ほれ、ここだ、ここ読んでみろ。「国境付近で紛争激化」って書いてあんだろ。「海王都」と「山王都」で魔陽石の採掘権で揉めてんだ。これ、お前らが向かおうとしている辺りなんだよ。
岩ばっかのあの辺ってさ、古戦場だったんだぜ。だだっ広い荒地だから大部隊が展開しやすいんだよ。とばっちりの流れ矢には十分気をつけろよ。そのためにもウチで十分な装備を整えていけ。
革鎧のキミ。そうだ、お前だ。革鎧は斬撃には強いが、槍や矢のような貫通攻撃には弱い。革鎧ごと矢が貫通すると大変だぞ。鏃に返しがついてたら抜くに抜けなくなるし、鎧も脱ぐに脱げなくなって非常にマズイ。だが、貫通に強い金属製の鎧は重くて移動や探索には向かないな。
そこで山王都製の鱗鎧を御紹介しよう。御覧下さい、この見事な職人技! 金属片を張り合わせた鱗鎧は、防御力を保ちつつも身体の動きの邪魔にならないし、何より軽い。軽さは正義だ。
そこのキミは盗賊科か? キミには魔術の巻物なんてどうだ? 昨日の晩に届いたばっかりの最新作だぞ。
奇襲を受けて攻撃魔術が間に合わない。どうしよう。そんな時こそ持ってて良かった魔術の巻物! 戦闘速度に自信のあるヤツなら一巻持ってても損は無いぞ。
毎度あり! いつもありがとな。気を付けて行って来いよ。あ、そうだ。一つ聞いても良いか?
新聞の記事で気になる事があってさ。あれだ、強盗事件があっただろ。魔導院の教授が襲われたって事件だよ。なに? 知らないだと? 自分の学校の先生が襲われたってのに、まったくお前らときたら……
*
「うぅ、さぶさぶっ。まだ朝は寒いな」
常連の生徒たちを送り出してから、早朝のひんやりとした外気が店に侵入しないうちに扉を閉めた。空気を入れ替えようにも寒いモンは寒い。
「さぁて、今日は朝から幸先良いな」
朝から結構良い売り上げだ。今日はアイツに昼メシを奢る約束だ。ちっとは良いモン食わしてやるか。
暖炉の火種にするために、興味も必要も無い折込チラシを新聞の中から抜き出しながら、目に付いた新聞の見出しを拾い読みする。紙面に踊るのは「海王都」と「山王都」の文字だ。ここ十年、大陸北部を二分する人間族の二大勢力は、互いの国境付近で小競り合いを繰り返している。
双子の姉が統治する、秩序を重んじ歴史を誇る、大陸最大の兵力を支配下に置く「山王都」。
双子の妹の統治する、新進の風を受け自由を尊び、豊富な財力で傭兵団を抱える「海王都」。
壮大な姉妹喧嘩が第五次女王戦争にまで発展しないのは、東西に離れた両国の地理的中間地点に学院都市があるからだ。
一軍に匹敵する教官陣に加え、錬金術を利用した広範囲を攻撃し得る戦略兵器を保有する魔導院の存在は大規模な武力衝突の抑止力となっている。
表向きは中立を保つと公言している魔導院長老会議だが、海王都にも山王都にも、世の趨勢をみては裏で加担しているのは明白だ。そうやって大戦争にならないように勢力均衡を保ちつつ、「学院の卒業生」という「強力な武力」を両国に向けて「輸出」しているんだから恐れ入る。誰が考えたんだか知らないが、良く出来た、だが下品なシステムだ。
新聞を流し読みしていると、店の扉が開いた。そこから入って来た異様な雰囲気の二人組を見て、俺は思わず一歩引いた。
闇夜を思わせる漆黒の外套。フードに隠された素顔は窺い知れない。朝っぱらから何て不気味、いや、何て胡散臭い連中だ。
だが、よくよく眺めるとこの二人、格好は怪しいが、何と言うか迫力が無いと言うか、二人とも小柄だ。
声を掛けるより先に、手前にいた小さいのが黒いフードを脱いで顔を見せた。
「おっはよー! 買い物に来たよ」
「なんだ、セハトか。お前、どうしたんだよ、その格好? 悪の組織の構成員みたいだぞ」
「悪の組織? それってどんな?」
「清掃局の特殊清掃部とか風紀委員の公安部隊みたいな連中だな。ロクなモンじゃ無い」
俺がそう言うと、セハトの後ろにいた黒外套が「公安なんかと一緒にするな。それに、このローブは姉さんの新作だ。馬鹿にするな」と喚き、フードを脱いだ。黒い外套に炎のような赤い髪のコントラスト。
「シンナバルか。珍しい組み合わせだな。共通点はチビッ子以外に思いつかん」
俺はそう言って、二人の少年の顔を交互に眺めた。
シンナバルは俺の顔を睨むように見上げていたが、ふいっ、と魔術の杖を陳列した棚に視線を移す。
その様子を見て、セハトが「ボクらパーティ組んでるんだ」と、外套を脱ぎながら言った。
「ってコトは、お前、学院に入ったのか」
「そうだよ。凄い? でね、面接してくれたお姉さんに『シンナバルと仲良くしてね』って紹介されたんだ」
その面接官は十中八九、ルルティアだろう。アイツ、奇妙な生物に目が無いからな。
「それでね。お姉さんに頼まれて、これから二人で魔陽石を採りに行くんだ。そんで、ボク、戦闘用の防具を持っていないから買いに来たんだけど、サイズはあるかなぁ」
俺は目測でセハトのサイジングを確認した。小柄な女性用のならサイズが合いそうだ……って、あれ?
「セハト? お前、その制服って……」
「うん。盗賊科に入ったんだ」
「そりゃあ、見りゃ分かるが……」
脱いだ外套を手にクルクルと回るセハト。外套の下に着込んでいたのは盗賊科の制服だったが――――
「どう? 似合うかなあ? へへへ」
照れた様に笑うセハトの着た、動きやすそうな仕立ての制服は間違いなく盗賊科の制服だが、そのピタリとしたショートパンツは女生徒用の仕様では無いだろうか。
「……女の子だったのか」
「ん? なに? なんか言った?」
「あ、いや、何でも無い。何でも無いよ」
何となく思い当たる節もあったが、味方が一人減ってしまった気分だ。
セハト嬢の体格や盗賊という職種の特徴上、ガチャガチャする金属鎧は向かないだろう。倉庫に大帝亀の甲羅を加工した胸当てがあったな。軽くて丈夫だし、なによりデザインが良い。あれが似合いそうだ。きっとパブロフも喜んでくれるだろう。って、そういえば。
「なあ、パブロフどうした? まさか一緒に入学したのか?」
「一緒に寮に入りたいって、寮長さんにお願いしたけど、『ダメ、絶対』って言われちゃったんだ。だから、今はネルさんの宿屋でお世話になってるんだ」
「お前、ネルさんに甘え過ぎじゃないか?」
「でもね、近頃物騒だから、パブロフがいれば夜も心強いって言ってくれたよ」
「ああ、新聞に出てたな。魔導院の教授が強盗に襲われたんだよな」
そう言った途端、魔術の杖を物色していたシンナバルが「うっ」と、短く声を上げた。
「なんだ、少年? ウンチしたくなったか? トイレはそこだ。くれぐれも漏らすなよ」
「だ、誰が漏らすか! 強盗の話だ!」
「お前さぁ、頭に血が上ると口が滑るのは悪い癖だぞ。魔術師はクレバーに徹しろ」
シンナバルは、「あっ」と、口に手を当てたり項垂れたりと一頻り面倒くさい動きを繰り返してから、意を決したように強い眼差しを俺に向けてきた。
「俺は……強くなりたいんだ」
「そうですか。では、こちらの『炎の杖』なんていかがでしょうか? この杖は術者の魔力を大幅にブーストして――――」
俺の親切丁寧な商品説明を、「そうじゃなくて、戦い方を……」と、シンナバルは両手を振って遮った。
「戦い方? 清掃部隊で聞けよ。俺は人の殺し方なんて教えられないぞ」
「あれは……あれは後悔しているんだ」
少年は目を伏せ、話を続けた。
「俺は強くなりたい。あの時、俺に強さがあれば、もっと良い方法があったはずなんだ」
シンナバルの充血した目に涙が浮かぶ。その姿に昔の自分を思い出した。
過去に犯した罪。そして後悔。
そうか、コイツは昔の俺に似てるんだ。だからムカつくんだな。
「……なるほどね。だが、俺には魔術の心得は無いぞ。戦闘用の魔術なら学院で学ぶのが筋だろ」
「魔術師科で教わる戦闘法は、誰かに守られて魔術を使うのが前提だ。俺は守られたいんじゃない。護るために強くなりたい」
「護る? 何を? 誰を?」
「姉さん……いや、ルルティアさんを」
俺は、少年が強く握った右拳を見た。錬金仕掛けの鋼鉄の右腕を。そして、そこに巻き付く火焔の装飾を。
「辰砂の杖」が英雄遺物であるのは間違い無いだろう。俺の腰で共鳴するかのように震える「鋼玉石の剣」が、そう言っている。
この赤毛の少年には「呪物破壊」の能力があるようだが、それが彼の能力なのか、「辰砂の杖」の力なのかは分からない。だが、ルルティアの身体と魂を蝕む「死の呪い」を嗅ぎ取っているのだろう。
「少し記憶が戻ってきているんだ。ルルティアさんは姉さんにそっくりだけど、姉さんじゃ無いのは分かっている。だけど、護らなくちゃいけないんだ。僕は姉さんを……」
「僕? お前、いま『ぼく』とか言ったぞ。ぷふっ、似合わねぇな」
「う、うるさいな! 余計なお世話だ! 記憶を失う前は、自分の事を『僕』と呼んでいた気がするんだ」
「はい、クレバー、クレバー。また、いらん情報を口走ってるぞ」
またもや顔を赤くして黙り込むシンナバル。まぁ、根は悪いヤツじゃなのは分かった。だが、魔術師には向いていない性格なのも良く分かった。
少年は顔を俯かせてしばらく思い悩んでいる様子だったが、ぱっ、と顔を上げて思い切ったように話し始めた。
「強盗に襲われたのは錬金術科の、いや特務機関の司令なんだ」
「アイザック博士が? 怪我は? 無事なのか?」
「持っていた荷物を取られただけだ。ただ、重要な研究資材が奪われた。護衛の俺は何の役にも立たなかった」
「……おい、良いのか? 部外者の俺にそんな情報を漏らしちまって」
「あんたには隠し事をしても無駄なのは分かった。ディミータ副長が言ってたんだ。あんたは『一を聞いたら十を読む』って」
「褒められるのは嬉しいが何も出ないぞ」
「副長だけじゃないんだ。あのネイト隊長ですら、『カースだったら、どうするだろう』とか、『カースだったら、こう動く』って、作戦会議の度にあんたの事を引き合いに出す。特務機関であんたの事を知らない隊員はいないんだ」
そう言って赤毛の少年は、熱っぽい眼差しで俺を見た。うわぁ、面倒臭い。
「買い被りも良いトコだ。俺は武器屋だ」
「バックラーさんも、あんたの勇気を高く評価していた」
「そりゃ多分、違う方面の評価だ。俺はただの武器屋だって。なぁセハト」
助けを求めようとセハトに声を掛けたが、ヤツは展示品のクレインクライン・クロスボウに御執心のようだ。クロスボウの説明書きを読みながら、「ねえ、ラックピニオンって何?」と、聞いてきた。いいぞ、セハト。ナイスアシストだ。女の子だろうが、お前は俺の味方だな。
「実に良い質問です、お客様。歯のついたラックに小型の歯車、これをピニオンと呼ぶのですが、それを……」
歯車機構の説明に逃げようとしたが、シンナバルの「錬金仕掛けの腕」で後ろから肩を掴まれてしまった。
「お願いします。俺にあんたの、いや、カースさんの戦闘術を教えて下さい」
「だからウチは武器屋だっての! 喫茶店でも飲み屋でも、戦闘インストラクターでも無いっての!」
「そこを何とかお願いします!」
「いててて、痛い。離せって」
「離しません。お願いします、カースさん」
「骨がギシギシって、痛いんですけど。分かったから『カースさん』は止めろ。恥ずかしい」
「じゃあ、師匠で」
「なんだそりゃ? って、超痛いんですってば!」
助けを求めようと姿を探したが、セハト嬢は「何してんの? あ、分かった。お花見の出し物の練習だ」と、ニコニコ笑うだけだった。