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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第五章 精霊の歌
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第81話 土下座で始まる恋もある

 案の定、寝不足気味で目が覚めた。

 軽い頭痛がする。そして、微妙に身体がダルい。早く寝りゃ良かったと後悔したが、面白い本は一気読みするのが俺の読書作法だ。

 「せぇいっ!」と、一発気合いを入れて起き上がりはしたものの、気合の効果は長くは続かず、結局はダラダラと制服に着替える。

 どういうことだか首の痛みはエレクトラのネコパンチで快癒していたのだが、首にはネックカラーを巻いておいた。マッチョにはクッキーの礼と同時にラリアットの礼もしたい。ネックカラーは奴の優位に立つためのキーアイテムだ。我ながら意地が悪いと思うが、この辺は婆ちゃん仕込みの対人スキルだ。


 午前中の講義でもネックカラーの効果は絶大だった。

 教官も含めて、会う人会う人、皆が心配してくれる。包帯とかギプスには男女を問わずに人を心配させ、優しくさせる効果があるね。これなら傍若無人な筋肉馬鹿(マッチョ)にも効果はあるだろう。なんせヤツは、こんなモンを首に巻かなきゃならん原因を作った張本人だからな。


 机に向かって受ける講義は、第一位魔術「睡眠の魔術」に抵抗するための訓練と思って踏ん張った。同期の爽やかリーダーが、チラチラと俺を見てはニヤニヤしてやがった。

 何とか睡魔に抵抗しきって午前の講義が終わり、マッチョを昼飯に誘いに闘士科の教室に行こうと思ったが、どうやって声をかけたら良いか……「昼メシ行こうぜ!」って、素直に言える自信が無い。

 悩んでいるうちに周りが静かになってきた。クラスの連中の殆どは昼飯を食いに食堂に行ってしまったようだ。これ以上考えていても仕方が無いので、後ろめたさと睡眠不足という(おもり)を付けられた腰を上げた。

 教室の出入り口に目をやると、そこには体格の良い戦士科の連中よりも、さらに二回りはデカい闘士科の――


「おう! 昼メシ行こうぜ!」


 聞こえてるよ。デカい声だな。


***


 昼食時の学生食堂席取り合戦は実にシビアだ。ワンテンポ遅れを取った俺たちには二階席しか選択の余地は無かった。

 吹き抜けの二階席は日当たりが良く開放的なので気分は良い。だが、窓際には小さなテーブル席がずらりと並び、それ以外のスペースは通路扱いなので正直狭い。大概の利用者は小食な女の子たちか、昼間っからイチャつくカップルどもだ。

 ネックカラーを巻いた俺と、特注サイズの制服でも襟のボタンが留り切らないマッチョの組み合わせは、二階席(ここ)では笑っちまうほど浮いていた。


「悪かったな。首、大丈夫か」

「あぁ、まだ少し傷むけど心配無いよ」


 心底済まなそうな顔をしたマッチョが、半ば強引に昼メシを奢ってくれた。少し罪悪感を刺激されたが、これくらいなら可愛いモンだろう。

 睡眠不足で今一つ食欲が湧かない俺は、濃い目に淹れてもらったコーヒーにサンドウィッチのランチセットを選んだが、マッチョはスタミナ肉盛ランチを二人分も注文していた。

 俺は空いている席を見つけ、ランチプレートをテーブルに置いてから椅子に腰を下ろした。俺の後に続いたマッチョは、左右両手に持った重厚な肉盛プレートで俺の控えめなランチプレートを押し退けた。


「なぁ……テーブル狭いんだぜ」


 洒落た喫茶店にあるような小さなテーブルの上では、俺の軽装サンドウィッチ部隊が、マッチョの重装肉部隊に挟撃されている。見ているだけで腹一杯になりそうな布陣だが、奢ってもらっておいて文句をいうのも野暮だろう。

 これまた小さな椅子に、どっかりと腰かけたマッチョは長細い袋に包んだ木の棒を二本取り出し、「いただきます」と手を合わせた。二本の黒い棒は「箸」とかいう、東洋の食器らしい。

 小枝みたいな木の棒を、革製手甲(レザーガントレット)みたいな手で器用に操る親友を眺めてから、俺は軽く頭を下げた。


「なあ、あのクッキー、あんがとな」

「気にすんな。俺の彼女が用意してくれたんだ。で、例の()に渡したのか?」

「うーん、渡したといえば渡したんだけどね。まあ、聞いてくれよ」


 二本の棒で肉部隊を殲滅しつつ何度も頷いていたマッチョが、失敗談としか言えないような内容を語り終えた俺に、苦笑いとも取れる笑顔を返した。


「まあ、恋愛経験値は上がったな」

「ああ、失恋抵抗力も上がったさ」


 俺の自虐ネタにマッチョの箸がピタリと止まった。困ったような、愛想笑いの様な、なんとも形容し難い不気味な笑顔を俺に向ける。


「なんだよ、その顔。新手のギャグか? 全然、面白くな――――」


 太い腸詰めみたいな指で、俺の後ろを指差すマッチョに釣られて背後を見ようとしたが、ネックカラーが邪魔して上手く振り向けない。仕方がないので椅子の上で身体ごと後に向き直った。

 そして、俺は見た。俺の背後に立った信じられない存在を。


「り、りひゃでるしゃん!?」

「リサデルです」


 なんて美しい声なのだろう。それは、喜びを歌う青い小鳥のような……って、夜遅くまで恋愛小説を読んだせいか、頭ン中が妙な具合だ。

 しかし、神聖術科の制服がこれほど似合う女子が他にはいるだろうか? いや、いない。

 意思の強そうな濃いめの眉に海のような透き通った瞳。たおやかで華奢な指に可愛らしいクローバーの菓子缶――――菓子缶?

 リサデルは、俺にジンジャークッキーの入った菓子の缶を差し出した。


「あの、これ……」

「あっ、ああ、ごめんね。迷惑だったね。ホントにごめん」


 ちょっと涙が出そうになった。そうだよな。ストーカーからクッキー貰ったって気持ち悪いだけだよね。

 差し出された菓子缶を受け取ろうと手を伸ばした。だが、俺の意に反して、彼女は慌てたように缶を引っ込めた。


「あ、いえ、私一人には多すぎるので一緒に食べていただけませんか。私、ジャムを持ってきました」

「は? あ? へ?」


 ズドン! と音が鳴るような勢いでマッチョが立ち上がり、「さささ、どうぞどうぞ、こちらにどーぞ」と、愛想の良い居酒屋の店員のように彼女に椅子を勧める。俺は目の前の二人の動きをただただ呆然と眺めるしかなかった。

 不気味な愛想笑いを浮かべるマッチョ。

 肩を小さくして縮こまる、憧れの少女リサデル。

 そして思考停止中の俺。

 願ったような願ってもなかったような三者面談が実現した。まずは少女が口火を切る。


「その……すいませんでした。私、あなたの話も聞かないで逃げてしまいました」

「はい? あ、いえ、ははは……」


 駄目だ。気の利いた反撃が出来ない。マッチョが、そそくさとテーブルの上を片付けながら、ワザとらしく咳払いをした。


「すいませんね。コイツ、馬鹿で不器用な上に馬鹿で不細工で馬鹿なんですよ」

「ちょっ、馬鹿馬鹿いうなよ。ハゲ」


 あまりの言い草に、思わず立ち上がりかけた俺を、きょとんとして見上げたリサデルが、口に手を当てて声をあげて笑った。その笑顔を見ただけで幸せな気持ちが込み上げてくる。


「これ、私の故郷のお菓子なんです」


 リサデルは、何かの果物で作ったであろうジャムをクッキーに塗りながら嬉しそうに言った。


「突然、あなたに、これを渡されて驚きましたが、ここに来てからは口にしていなかったので嬉しかったです」


 はいどうぞ、と渡されたクッキーを、はいどうも、と受け取り、そのまま噛り付いた。

 サクサクとした甘いクッキーに、酸味の強いジャムが良く合う。そして、生姜の爽やかな後味が口に残る。うん、クセになる味だ。だが、味よりも何よりも、彼女が俺に作ってくれたという事実に酔いしれた。


「ところで」


 甘くて酸っぱい余韻に浸る俺に、リサデルは首を傾げて不審な表情を向けた。


「何故、私の名前を? それに、このクッキーは、どうして?」

「はうっ、それは……」


 口の中の水分を全てクッキーに奪われたような気持ちになった。上顎と舌が接着されたように上手く言葉が発せない。

 突然、マッチョがリサデルに向かって剃り上げた頭を深々と下げた。


「すまない。俺が自分の彼女に調べさせたんだ。君には失礼なことをした」


 俺は、マッチョの妙にキレイな後頭部を信じられない気持ちで見下ろした。


「いや、違――」


 いや、違う、と言いかけた時に、後ろ頭を鷲掴みにされ、テーブルに顔を押し付けられる。


「なあっ! そ・う・だ・よ・なっ!」

「おごっ? はい、そうなんですっ!」


 一瞬の沈黙のあと、「顔を上げて下さい」と、優しい声がして、俺とマッチョが同時に顔を上げた。


「あなたは、どうして私のことを調べようとしたのですか?」


 俺に向けられた、思いのほかに鋭い視線にたじろいだ。マッチョは黙って俺を見ている。そうだな。ここは俺が決めるところだ。


「正直に言います。ボク、いや、俺は、屋上で歌う君を見て、一目で好きになりました!」


 突然の告白に、リサデルは唖然とした表情で俺を見た。マッチョといえば、片目を大きく見開いて口を真一文字に結んでいた。変な顔だな。


「あっ、あの、なっ、何を言って……」

「いきなり付き合ってくれ、なんて言いません。俺のことを知って下さい。だから、俺と友達になって下さい」


 お願いします! と、さっきのマッチョの動きをトレースするように深々と頭を下げた。


「わ、わ、私、てっきり、あなたが山王都の、あ、いえ、そんな、そんな事を言われたのは初めてで……」


 俺はゆっくりと頭を上げてリサデルを見た。色の白い顔を耳まで真っ赤に染めて、両手を突き出して振りまくっている。なんたる可愛らしさだ。


「リサデルさん。コイツは馬鹿で不器用で馬鹿ですが、間違いなく良い奴です。そして、俺はもっと良い奴です」


 横合いから妙なことを言いだしたマッチョの顔を、俺とリサデルが同時に見る。


「だから、コイツと俺、まとめて友達になって下さい」


 再び頭を下げるマッチョ。俺は、喉元から上がってきた痛いような感情に、少しだけ涙が出た。コイツは本当にお節介な良い奴だ。


「私、まだ魔導院に来て間も無いので、友達が出来るのはとっても嬉しいです」


 そう言って微笑むリサデル。もう、嬉しさと感謝で頭が爆発しそうだ。

 マッチョの顔を見ては、「ありがとう、友よ!」と叫び、リサデルの方を向いては、「俺、頑張ります!」と、二人の顔を交互に見ては、自分でも訳の分からない事を散々に口走った。


「ところで」


 天を仰ぎ、感激と感動の余韻に浸る俺に、リサデルは首を傾げて不審な表情を向けた。


「首は大丈夫なんですか?」

「あ」


 思わずネックカラーを触る。舞い上がりすぎて、痛めたフリをしていた首の事を忘れていた。上げたり下げたり左右交互に激しく首を動かしていたような……気が……する。


「ほう、この俺にブラフをかますとはな」


 ゆらりと椅子から立ち上がり、大木の切株のような首をゴキゴキ鳴らす親友。数々の危機から俺を救った、婆ちゃん譲りの状況判断スキルが言っている。「さっさと謝れ」と。

 ここは東洋の「ヤマト」という国の、最大の謝罪の意を表すといわれる座礼を試そう。東洋かぶれのマッチョには効果があるに違いない。いや、あると信じたい。

 椅子から飛び降りて、床に両手両膝を突く。そして、「すんませんでした!」と、床に頭を付けた。多分、こんな感じ。だったかな?

 誰かが俺の隣りを通りかかり、すぐ傍で足を止めた。頭を下げているので確認は出来ないが、その爽やかで気取った声には聴き覚えが。


「ミュラ、見てごらん。これが東洋に伝わる土下座という儀礼だよ」


 俺の恋の物語は、土下座から始まったんだ。

http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni/10079101.html

上記のヤフーブログに「パーティードレスのリサデル」を追加しました。


活動報告の方が直接リンクで飛べますので便利かと思います。たまに覗いてみて下さい。

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