表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第五章 精霊の歌
77/206

第77話 恋愛ってのは戦いだ

 俺もジンジャークッキーを一枚いただこうと思い、縦長の菓子缶に手を突っ込んでみた。ところが指先に触れるはずのクッキーの手応えが無い。もしやと思い、菓子缶の中を覗いてみた。


「お前ら……タダだと思って根こそぎ喰いやがったな」


 俺が長話をしている間に、すっかり空き缶に成り果てた元菓子缶の中には、クッキーの欠片と粉末、甘い香りしか残っていなかった。

 蓋が開けっ放しになったコケモモジャムの瓶に目をやると、瓶越しに向こうが透けて見えた。


「ジャムまで全滅かよ。お前らさぁ、俺に一枚くらい残してあげよう、なぁんて優しい気持ちは無いのかよ」

「ボクよりも、ルルモニさんのが一枚多く食べましたぁ」

「ちがいますぅー。ルルモニはクッキーじゃなくてジャムをたべたのですぅー」


 互いを指差す二人の姿は、イタズラを誤魔化し合う子供のようだ。


「まったく……まあ、別に怒っちゃいないさ。欲望に忠実ってのも、そう悪いことじゃない」

「そうなの? でも、欲望って、ボクには良くない事に感じるけど」

「そうか? 例えば『金が欲しい』って欲望は、働く意欲に繋がるなんて思わないか?」

「ルルモニは、おいしいものがたべたい。かわいい服がほしい」

「なら、美味い店を探せ。オサレな服屋を見つけろ。そして、物欲を満たす為に働け。その点、学院都市は欲望を満たしやすい街だ。だから活気があるんだな」

「そう言えば、山王都って街並みはキレイなんだけど、お店は少ないし、何だか街中がシーンとしていたんだ。地図は書き易そうだったけどね」


 セハトが喋りながらカウンターの上で両手をカクカクと動かす。山王都の街並みを表現しているつもりだろう。確かに山王都は区画整理された整然とした都市だ。

 険しい山に囲まれた山王都の周辺には、良質な鉱石が採れる鉱山がある。その為、山王都には腕の良い鍛冶屋が揃っている。

 俺はその高品質な武具を求めて、定期的に山王都に足を運んでいるが、煌びやかで荘厳な宗教施設が立ち並ぶ反面、教義や戒律に縛られた山王都に住む人々の生活は、大都市とは思えぬ程に質素で禁欲的なものだった。


「ボクはね、大陸のあちこちを見て回って、地図にしたいんだ」

「ほほう、良いじゃないか。健やかな欲求だな。じゃあルルモニは……って、お前ジャムスプーンを舐めるな。みっともない」

「あまくて、すっぱくて、おいしかった。ルルモニは、コケモモ飴をつくろうとおもう」

「そうか。そいつは楽しみだな」


 ルルモニは飴を作り、薬を作り、歌を歌う。本人は気付いていないだろうが、こいつは自分の欲望で他人を幸せに出来るタイプだ。正直、羨ましい人生だ。

 ……俺の欲望は何だ? 呪物を狩って粉砕することか。不毛だな。


「あめができあがったら、ぶきゃーにも、くれてやるからな」

「おう、糖分控えめで頼む。酸っぱいくらいのが良いな」


 食い物で人は幸せになれる。そう悲観するモンでも無いか。


「あぁー! 良いなぁ。ボクもコケモモの飴、食べたいな」

「わかった。ルルモニは、飴をたくさんつくろうじゃないか」

「ボクも手伝って良いかな?」


 二人の笑顔とクッキーの甘い残り香に、ジンジャークッキーが好物だった彼女の笑顔を思い出す。



*****



「山王都育ちの女の子か……ガードが固そうだな」


 山王都で連想するのは、「寒い」、「宗教」、そして「真面目」だ。彼女の情報が得られたのは嬉しいが、山王都出身と聞いては、かえって自信喪失だ。

 俺はベンチに座ったまま、味の薄いコーヒーをズルズルと啜った。


「難しく考えるな。固いガードを破ってみると、中身は案外、ヤワヤワなモンだぞ」


 マッチョはファイティングポーズから鋭いワンツーを繰り出す。コイツのスタイル抜群な彼女も山王都出身と言っていたが、まさか、その鉄拳で言うことを聞かせたのか? そんな馬鹿な。


「なあ、ガードって、どうやって破るんだ?」

「良く聞けよ。戦いの極意は、『敵を知り、己を知らば』だ」

「戦い? 敵? 俺は恋愛の話をしてんだぞ」

「分かってねぇな。恋愛ってのは戦いだ。付き合う前も、付き合った後もな」


 夕日に向かい、切なげに歌う可憐な少女との戦い。一方的にダメージを喰らったのは俺だ。そのダメージは未だに胸の奥に残っている。痛烈なくらいに。


「じゃあ聞くが、『敵』の情報なんてどうやって集めりゃいいんだよ。直接、神聖術科に行けば良いのか?」

「敵を知らずにして、いきなり突撃とは考え無しにも程があるな。余計に警戒されるか、最悪、生活指導部にとっ捕まるぞ」


 それはマズイ。仮ストーカーで収まっているところが、本物のストーカー認定を受けてしまう。お近づきになるどころか、正反対の結末になりかねない。


「そんなら、どうしたら良いんだよ。俺、彼女の名前だって知らないんだ」

「あのなあ、学生名簿くらい調べろよ。と、言いたい所だが、恋愛初心者のキミに、このメッツォ様がヒントの一つもやろうじゃないか」

 

 マッチョは片目だけを大きく見開いて、芝居がかった口調で言った。

 いちいち頭にくるな。だがヤツには、俺には無い「恋愛経験」と「恋愛実績」がある。無料でアドバイスをくれるんだ。ありがたく拝聴しようじゃないか。


「教えてくだせえ。マッチョ様」

「だからメッツォだって言ってんだろ。まぁ良いけどよ。新聞部に行ってみろ。あそこの部長は、ちょっとした情報屋みたいなモンだ」

「新聞部? あぁ、聞いたことがあるな。確か獣人族(セリアンスロープ)の女子生徒だったか? なんでも学内の不正を暴いたとか」

「それがなぁ、そこの部長が中々の上玉なんだよ。なんて言うかさぁ、人間離れしたスタイルの良さが堪らんのよ」

「獣人族なら人間離れしてるのは当たり前だろう」

「分かってないな、お前。違うんだよ。なんかこうさぁ、すらっとしてんのにメリハリ! って感じでよぅ」


 マッチョは、デカい両掌で女性のボディラインを空中に描き、「メリッとして、ハリッと」と呟いてはニヤニヤしている。

 獣人族の野性的な美しさやエルフ族の神秘的な容姿、ノーム族の無邪気な可愛らしさ。人間族以外の女性の魅力も理解はしているのだけど、俺的には何か違うんだよね。学院には様々な種族の生徒が在籍しているが、どうも俺には恋愛対象として意識することが出来ない。


「マッチョは守備範囲が広いなあ。感心するよ。だけど良いのか? 彼女がいるのに、そんな話をして」

「おやおや、色んな武器が扱えるクセして女には一途なんだな。知ってるか? 武器をいっぱい持ってる奴ほど浮気性らしいぜ」

「初めて聞いたぞ、そんな話。それが本当なら武器屋は浮気者だらけじゃねえか」


 そう言えば婆ちゃんは、武器屋を営みながら一人で母さんを産み育てたんだっけ。俺は祖父、いわゆる爺ちゃんに会ったことが無い。婆ちゃんに聞いても、はぐらかされるだけだった。

 もしかして、俺の爺ちゃんは浮気者だったのか? あの婆ちゃんを嫁にしておいて浮気をするなんて、命懸けの大冒険だ。もしや、浮気が原因で婆ちゃんに殺……いや、まさか。


「おい、聞いているのか?」

「あ? お、おぉ、悪い。考え事してた」


 マッチョの野太い声で、怖ろしい想像から現実に戻って来れた。だが、婆ちゃんが本気で怒った時の顔が脳裏から離れない。あぁ、恐ろしい。


「で、何だっけ?」

「俺もさ、彼女にそれとなく新入生の女子のことを聞いてみるよ。だから、お前は新聞部に行ってみたらどうだ」

「ありがとう。助かるよ。ところで、もう一つだけヒントをくれないか」

「おう、なんだ? 悩める少年よ」


 マッチョは、聖職者ように大げさに両手を組み、半目になって聞いてきた。神聖術科の教官の物真似だ。こいつも好きだな。だけど、親友と恋愛相談なんて、ちょっとくらいは巫山戯(ふざけ)ないと恥ずかしくてやってられないのも確かだ。


「さっきの話だ。『敵を知り、己を知らば』、だったか?」

「あぁ、東洋の兵法家の言葉だ。百回戦っても負け知らずだったそうだぜ」

「本当かよ? なんか眉唾だな。で、その『己を知らば』だよ」

「そうだな。自分を知れ、って事じゃないのか」

「それって、どうやって知るんだよ」


 少しだけ年上のゴツい親友は、そのゴツい両掌を一発打ち鳴らした。

 休憩室に響き渡る大きな音に驚いて、俺はマッチョの顔を見た。ニヤリと笑うその顔は、頼もしい兄貴みたいだった。


「それこそ人に聞くもんじゃないぜ。自分で良く考えるんだ」

http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni/10088313.html


上記のブログで「エフェメラ堂書店の店主」の画像を確認出来ます。

しれっとディミータの画像も足しておきました。作者ながらもディミータ好きなんですよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ