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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第四章 火焔の魔人

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第71話 武器屋の日常 ハードボイルド劇場閉幕

*****


「ねえカース。まだ空いているかしら?」


 すっかり日が落ちて、そろそろ閉店しようと思った頃、黒猫ディミータが黒のトレンチコート姿で現れた。膝上丈のショートトレンチは大人の女性に良く似合う。

 

「いらっしゃい。ディミータさん……って、酔ってません?」

「少しだけ……ね」


 ディミータは、つまず)くような怪しい歩調で店内に入ってきた。

 どうしたことだろう? ディミータとは長い付き合いだが、彼女がここまで酒に酔った姿は記憶に無い。


「ねえ、もう少しだけ飲みたいの。お酒って置いてあるかしら」

「まぁ、無い事も無いんですがね」


 ウチは喫茶店でも無いし飲み屋でも無い、と悪態が喉まで出掛かったが、どうも只ならぬ雰囲気を察してカウンターに席を勧めた。


「ありがとう」


 悲しげな溜息を吐いて力無く椅子に沈み込む女を横目に、酒と氷を取りに休憩室に入る。

 ルルティアが作ってくれた錬金氷冷箱から氷の塊を取り出して砕いていると、アイスピックを握る右手に目が行った。手首を飾る美しいターコイズブルー。彼女には何かお返しをしなくては。

 ロックグラスに砕いた氷を詰め込んでトレーに乗せ、戸棚から林檎酒を取り出す。これは本屋を営む幼馴染から貰ったものだ。

 爽やかな風味と甘みを感じる林檎酒は、ある小説家が愛飲していたそうだ。そばかすの浮いた笑顔で酒の薀蓄を語るエフェメラは、「大人しい子」を絵に描いたような容姿に見合わぬ大酒飲みだ。しかし、何だか俺って女性から物を貰ってばっかりだな。


「お待たせ。あんまり沢山は駄目ですよ」


 ディミータの前にグラスを置き、林檎酒を注ぐ。


「俺も付き合うからさ」

「……優しいのね」


 マドラーでロックグラスをかき混ぜると、グラスの表面が結露する。まるで霧がかかったようだ。

 俺は無言でグラスを掲げた。

 ディミータは俺の顔を真っ直ぐに見つめる。

 合わさるグラスと交差する視線。狭い店内に心地よい透明な音が響いた。

 上下する女の喉下を眺めてから、俺もグラスに口を付けた。空っぽの胃袋が、じわりと熱くなる。


「私ね……分からなくなっちゃったの」

「何がですか」


 彼女はグラスを自分の目の前に翳した。

 輝かしい琥珀色の液体と、同じように輝く彼女の瞳。


「聞いてくれる? 酷い話よ」

「俺で良いのなら」


 黒猫は何を語るのか。それは辛い過去(むかし)か? それとも苦い現在(いま)か?


「ドクから、あの男から『あるもの』を貰ったの」

「……あるもの? それは、なんですか」


 金色の瞳から、一粒の涙が零れた。

 俺は思わず息を飲んだ。「この女には涙は似合わない」と、心のどこかで感じていたからだ。

 一つ息を吐いて、女は覚悟を決めたように告白した。


「つなかんよ」

「つな……かん?」

「魚の缶詰」

「さかな?」

「海王都市の魚の缶詰」

「あぁ、缶詰ですか」


 また妙な雲行きになってきた。折角のハードボイルドの風が、また妙な色を帯びてきた。


「美味しかったの。とっても」

「そりゃ良かったじゃないですか」

「私、また食べたいと思って、銘柄を覚えておこうと思ったの」

「良く分かります」

「そしたらね、『ねこまっしぐら』って書いてあったの」

「ま、まさか……それは……」

「美味しかったの。とっても美味しかったのよう!」


 テーブルに顔を伏せ、泣き出す女に掛ける言葉が見つからない。

 俺は仕方なくカウンターから出て、ディミータの隣りに席を移した。


「とりあえずさ、ディミータさん。落ち着こうか」

「ねえ、カース。私、自分で自分が分からない! 分からないのよう!」

「いやぁ、ははは。ディミータさんはディミータさんですよ」


 突然、ディミータの両腕が俺の首に回される。柔らかな肢体の感触を楽しむどころか、死を意識させるほど首を圧迫されて目がまわる。


「ちょっ、ディーミータさん。苦しいです。このままでは俺が死ぬ」

「カースぅ……私って、何? なんなのよう……」


 考えろ、俺。このサバイバルな状況から、どうしたら無事に生還できるかを。しかし、徐々に視界が暗くなってきた。このままでは確実に死ぬ。本気で死を意識したその時、店の扉が開いた。


「あのう、お仕事中にすいません。ウチの隊員がこちらに……って、貴様、武器屋!? 何故、お前がいるんだ!」

「お前かよ! 何故ってお前、ここは俺の店だからだ!」


 よりによって火遊び少年が登場か! 何なんだ!? いよいよ身の回りに変なヤツが増えてきたぞ。


「見ろよ、ごらんの有様だ。お宅んトコの人員だろ。頼むから早く引き取れ」

「貴様ぁ……姉さんに付きまとっておきながら、ディミータさんにまで手を出すとは!」

「お前、『状況判断』って言うスキルを磨かないと、この先、生き残れんよ」


 両手を広げてアピールする他に生き残る術が無い。俺の優れた状況判断スキルが、そう言っている。

 その間にも黒猫の死の抱擁は、容赦なく俺の体力値を削り続ける。


「御託は聞き飽きた。ディミータさんから離れろ!」

「お前ら、揃いも揃ってアホなんですか?」


 その時、開け放たれたままの扉から、何者かが店内を覗き込んだ。騒ぎに気づいた近所の住人か? それとも常連客か? 絶好のタイミング。救いの主だ。


「おう、しらがあたま! たのしそうだな! ルルモニもまぜてみろ」


 もう、どうにでもして下さい。



 ***第四章・完***

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