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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第四章 火焔の魔人
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第70話 最後に残った疑問

 俺は床に膝を突いたまま、銀のブレスレッドの上から手首を押さえ苦悶の呻きを漏らした。


「ふふふ、良いザマね。こんなに簡単な策に引っ掛るなんて馬鹿な男」


 ベッドの上から俺を見下ろすルルティアの蔑んだ表情に、思わず鳥肌が立つ。こいつ、どこまで……どこまでやるつもりだ?


「貴様の生まれの不幸を呪うがいい」

「なに? 不幸だと?」

「そう、不幸よ」

「ル……ルルティア! お前は!?」


 妖艶な唇から洩れる呪いの言葉に、俺は戦慄する事しか出来なかった。そのオーラに気圧される。ルルティア……まさか、これほどとは思わなかった。


「ふふふ……ははははは!」

「ルルティア! 謀ったな! ルルティア~!」

「……ねえ、もうちょっと感情込めてよ」

「お前さあ、ここ病院だぞ。他人様に迷惑だろうが」


 子供の頃に良くやったなあ。六英雄ごっこ。大人になってからやらされるとは思わなかった。


「すいません。もう、しんどいんで、この辺で良いですか?」

「うん、満足したわ。一回で良いからやってみたかったのよ。銀髪の剣士が呪われるシーン。貴方、白髪だし」

「白髪じゃねえし。生まれつきだし。で、これ、どうすんのよ?」


 俺はルルティアに手首を掲げて見せた。バングルの切れ目の部分が溶接したように合わさってしまっている。いや、溶接どころか金属を切り出して作ったかのように継ぎ目も見えない。


「見ての通り、継ぎ目すらない美しい形状でしょう?」

「いや、確かにその通りなんだけど、これじゃあ外せないだろう」

「懐かしいわ……私も見るのは久しぶりなの」

「さっき、自分が作ったって言ってたよね」

「一体どんな素材で出来ているか、調べれば分かるだろうけど――ごめんね……私には興味がないの」

「言ってる事が滅茶苦茶だぞ……」

「一度やってみたかったのよ。英雄に武器を授ける大天使の真似」

「もう、いい加減にしてくれよ。俺は疲れた」

「そんな腕輪で大丈夫か?」

「大丈夫じゃ無いです。大問題です。どうするんだ、これ? 外れない、って次元のフィット感じゃないぞ」


 俺の店には指輪を切断するリングカッターがある。腕輪にも利用出来るだろうが、こうまで手首にフィットされては器具が使えるか分からない。


「いいじゃない。『希代の錬金術師ルルティア』の渾身の作品よ。墓場まで持って行くが良い」

「お前、まだ頭ン中が冒険小説でヒタヒタに浸っているな」

「良いじゃない。だってスキなんだもん。あっ、そうだ。六英雄で思い出した。お見舞いに買って来て欲しい物があるの」

 

 両手を合わせて頬に寄せ、甘えた表情を浮かべるルルティア。

 うーん……男ってのは、どうして美人のお願いに弱いんだろうね。



*****



 ルルティアの入院は三週間程度の診込みだったが、俺は三日に一度は見舞いに訪れていた。

 見舞いに行く度に病室の本と花は増え続けた。今ではルルティアの個室は乱雑な古本屋か、景気の良い花屋の様だ。花を持って見舞ってくれる友だちが大勢いるんだな。


 ――――貴方は『本当の私』と似た者同士

 お前には、俺なんて必要ないだろう。


 見舞いに行く前にエフェメラ堂に寄った。マスターのチーズケーキは、もう持っていけない。

 

「……頼まれていた本、手に入ったよ」


 エフェメラは少し痩せたようだ。喫茶店が全焼してから、彼女は暫く伏せっていた。

 真新しいカウンターの上には古びた文庫本が一冊、寂しげに置かれていた。


「まだ手に入るんだな。こんな古い小説」


 俺はエフェメラから手渡された文庫本を手に取った。ノスタルジーさえ覚える絵柄の表紙絵。古びて黄色く変色した紙。


「……もう、このジャンルの小説は人気が無いの……探せばいっぱい出てくる」

「面白いのにな。これ」

「そう! 六英雄を斬新な切り口で見事に書き切った筆力! 六英雄時代と現代の雰囲気を見事に融合した表現力!」


 エフェメラは好きな本の話になると何かの霊が降りてくる。そいつ多分、本の精霊だろう。


「何と言っても『青き聖女』を『清楚なシスター』に、『赤き魔女」を『勝気な魔女』に変換する、若者にも受け入れやすいフレッシュにして柔軟な文章力! でも、二作目が続かなかったの……残念」


 エフェメラの溜息と共に、本の精霊は去って行かれたようだ。

 ルルティアに所望された古びた文庫本『真・六英雄伝説~物語は伝説へ~』を持ってエフェメラ堂を後にした。


 この時期は日が落ちるのが早い。魔陽灯が辺りを橙色に照らし始める。


 『***来年春からメインアベニューとメインストリートに夢の新交通『錬金水平移動機』が開通します***』


 学院都市の各所に設置された壁地図に併設されている錬金仕掛けの掲示板には、様々な情報が目まぐるしく表示されては消えていく。

 錬金昇降機といい、魔陽灯といい、錬金術は学院都市を便利に作り変えていく。そのうち剣も魔術も必要無くなるんじゃないか?


 ルルティア、お前は錬金術に、どんな願いを託しているんだ? 

 『琺瑯質の瞳の乙女(オリンピア)』に、どんな夢をみているんだ?







 すっかり病院の内部にも詳しくなった。すれ違う医師や看護師にも顔馴染みが増えた。俺の場合は初日に有名人になったのが原因だが。

 なかなか来ない錬金昇降機の前でボタンを連打した。そんなことをしても籠は来ないと知っていても、周りに誰もいないと、ついついやっちまう。

 ようやく昇降機のドアが開いた。籠から降りてきた少女とぶつかりそうになったので、右に除けたら相手も右に移動した。俺は苦笑して左に移動したら相手も左に移動した。


「あっ、すいません」

「いえいえ、おまえこそ」


 ……? こいつ、いま変な事を言わなかったか?

 不審に思いながらも、道を開けようとして右に除けたら、またもや少女も右に移動した。

 俺は何の因果で見知らぬ少女と向かい合って反復横跳びしているんだ。


「あ! しらがだ、しらがあたまだ おまえ、ぶきゃ~だろ」

「初対面の相手の顔を指差すな。さり気なく失礼な事を言うな。誰だお前は?」

「我が名はルルモニ。伝説の魔導院の最強の無敵の薬学師だ」

「伝説なのは魔導院か? それとも、お前か? それに薬学に伝説も最強も無敵も必要無いだろう。そこ退()いて下さい。乗れないし」


 これは関わり合いにならない方が身のためと判断した。これ以上、変な知り合いを増やしたくない。


「あれだ、おまえ、おれだ。ちがうか、ぶきゃ~、よくきけ、あの、おの、あれか、なんだっけ、ああ、あれか、おまえが、おれが、あいつで、あいつがおれで。あれ?」

「貴女は本当に運が良い。ここは病院といって具合の悪いトコを治してくれる専門的な施設なんですよ。脳外科は二階です。お大事に」


 絶好のタイミングでドアが閉まった。

 危ない危ない。これ以上、変人を身の回りに増やしたら、俺が変人になりかねない。朱に交わればバカになる。


 しかし、あの少女、何処かで会ったか? 垂れた長い耳はノーム族の特徴だ。

 店の客か? いや、あれ程の破壊力、忘れるはずは無い。武器に例えたら『呪いの釘バット』だ。間違いなく呪われている。


 ルルモニって言ってたか。赤毛の少年よりは少しだけ背が高かった。て、ことは錬金人形と同じくらいの身長か。


 ふと、甘い様な、息苦しいような懐かしさが胸を過る。最上階のボタンを連打するのを止めた。


 ――――昇降機って、初めて乗るの


 俺だってそうだった。


 ――――ねえ、半分、出すからね


 俺は、お前の喜ぶ顔が見たかっただけだ。

 最後に残った疑問の答えを聞こう。


 別嬪看護師は、今日も変わらず美しい。今日も明日も明後日も、きっと彼女は別嬪なままだろう。それは素敵な事だ。ショートソードを預ける儀式にも慣れた。

 ルルティアの病室まで歩く道すがら、金唐革の壁を撫でた。一メートル四方でロングソード何本分するだろう。何でもロングソードに換算するのは癖なんてモンじゃなく、もはや武器屋の習性だ。

 右手に持った文庫本の入った紙袋に目をやった。銀の腕輪が視界に入る。付けている事を忘れるほどの自然な付け心地。美しいターコイズは、いくら眺めても見飽きない。婆ちゃんも青が好きだった。俺の一族は血統的に青が好きなんだろう。


 ルルティアの病室の前に立った。安っぽさがかえって目立つドアの、これまた安っぽいドアノブに吊り下げられたプレートを見て、思わず息を飲む。


「***面会謝絶***」


 見慣れない四文字に動揺したが、薄い扉の向こうからは女性の黄色い声が聞こえてきた。


「駄目よ! ちゃんと隅々まで拭かないと。肌が荒れちゃうわ」

「くすぐったいですう寮長さん~。うひひぃ」

「ほら、両腕あげなさい。こらあっ!」

「うひゃははは~無理無理無理ぃひゃっはあ~」


 ドアに貼り付いて女性同士の会話に聞き耳を立てている俺の姿は、第三者から見たら変態そのものだろう。

 だが、一先(ひとま)ず安心はしたので、二、三度ノックをして部屋の中に声を掛けた。


「お取込み中のようなので出直します。ルルティアに頼まれていた本はドアの横に置いておきます」

「お見舞いの方ですか? ごめんなさい。今、彼女の清拭をしていたところで」

「こちらこそ失礼しました。改めて見舞いにきますので、ルルティアに伝えて下さい」

「寮長さぁ~ん。誰でしたか~?」


 弾むような、甘えた声が聞こえた。思ったよりも元気そうで良かった。また改めて見舞いに来よう。

 俺はエフェメラ堂書店の紙袋をドアの横に、そっと置いて立ち去った。

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