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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第四章 火焔の魔人
64/206

第64話 燃え上がる罪

*****


 例の錬金人形は、閉店後に誰にも見られないようにして使うには重宝だった。帳簿を付けたり、在庫の確認をしている間に掃除をしてもらえるのは非常に助かる。

 文句も言わずに働く健気な姿に愛着すら湧いてきたが、湧いたら湧いたで何だか気まずい。今夜、ようやくルルティアが引き取りに来る予定だ。


 この数日間、どうも店の近辺が騒々しい。町内会の回覧板によれば、近所の広場に占い師のキャラバンが来ているらしい。どうりで普段より若い女性の姿を見かける訳だ。

 俺は占いには微塵も興味が無いが、ルルティアはファッション誌の新刊を買うと、そこのカウンターで占い特集を熱心に読んでいる。ああ、本と言えば、取り寄せを頼んだ図鑑がそろそろ届く頃だ。昼飯ついでに本屋を覗きに行くとしよう。

 注文した本は、かなりの大判だ。持ち帰る為の袋を持参しておくのが得策かと思い、愛用の鞄をカウンターの下から引っ張り出した。全く整理して無いズダ袋の中には、すぐに使う必要の無い物でいっぱいだ。

 ズダ袋の中から(かさ)張る物だけ取り出してカウンターに並べた。帰ってきたら片付ける努力をしよう。

 俺は店の外に出て戸締りを確認した。「*営業中*」と書いた、黒板を貼り合わせた吊り看板を裏返す。

 「*休憩中*」。これで良し。


 まずは昼飯を済まそうと思い、珈琲豆の焙煎で世話になっている喫茶店に向かった。

 時折吹く風の冷たさに季節の変わり目を感じる。矢印良品で買ったカーディガンでも着てくりゃ良かったな。

 馴染みの喫茶店は、学院都市の店舗にしては珍しく外装からして木造だ。魔導院が建築材に灰色の煉瓦を使用するように指導し始めたのは、およそ百年前だと聞く。単純に一世紀以上も前の木造建築だ。俺は古い武具が好きだが、古い家屋や古民家も好きだ。長い年月の使用を耐え、人に寄り添うモノ。

 昼飯時だけあって店内は混み合っていたが、カウンターに二席の空席を見つけた。使い込まれて飴色になったアジのあるカウンターだ。定期的にオイルステインを入れないと、こうはならない。


「マスター、ランチのサンドウィッチセットで!」


 俺は脚の高い椅子に座り、カウンターを手でなぞった。俺の店のカウンターに、これくらいの風格が出るには十年では足りないだろう。


 俺は物心つく前から、ここのサンドウィッチを食べてきた。マスターお手製のハムは絶品だ。しかも年々進化を遂げている、恐るべきハム。マスターの技術(わざ)を継ぐ者が現れないのなら、この俺が継ぐしかあるまい。


「コーヒーはどうするかね?」


 折り目正しく給仕服を着込んだ初老のマスターは、婆ちゃんの大ファンの一人だったそうだ。マスターから婆ちゃんの大活躍を何度聞かされたことか。


「ブレンドをブラックで。あと、持ち帰りでベイクドチーズケーキを二つお願いします」


サンドウィッチが届くまでの間、店内を見渡して柱や床に刻み込まれた「時間」を楽しんだ。婆ちゃんや両親もここの常連だった。俺は数えきれないほどのサンドウィッチをここで食べたんだ。


 暖炉の中で、パチン、と薪が爆ぜる音がした。ふいに遠い昔、自分が犯した罪を思い出した。


 燃え上がる薪とビーフィンの指。

 俺はまだ許されていない。


 頭の片隅に何かが引っ掛る。錬金人形と何かが繋がりそうだ。


「はい、サンドウィッチセットお待ちどうさま。ハム増量だよ」

「うほっ! ありがとうございやすっ!」


 頭の中のモヤモヤは、芳醇なコーヒーの香りに掻き消された。同じ豆を使っているはずなのに、どうして俺が淹れるのとマスターが淹れるのでは、香りからして違うのだろうか。

 サンドウィッチとコーヒーのセットを平らげてから、ニ人分のチーズケーキを持ち帰り用に包んで貰った。

 あいつは、ここのチーズケーキが子供の頃から大好物だ。だが、病的なくらいに出不精なので、しばらく口にしていないだろう。いや、チーズケーキどころじゃない。あいつは読書に熱中すると食事を取らないままに読み耽り、そのまま空腹で動けなくなって倒れるようなヤツだ。今頃、餓死して無けりゃ良いな。俺も古い武具の手入れをしていると、気が付いたら夕方になっていた事が良くあるが、そんな感じだろうか?


「マスター、ご馳走でした。また来ます」


 接客中のマスターは、俺に向かって無言で会釈をした。渋いぜ。俺もあんな大人になりたい。

 満腹一歩手前が俺のベストな状態だ。これ以上食べると眠くなる。食後の運動代わりに、早足で幼馴染が経営する本屋に向かった。

 表通りから外れた路地裏に店を構えているのもウチと同じだ。親近感を通り越した嬉しさを感じる。

 灰色の石畳に目をやると、伸びる短い雑草が枯れかけていた。もう冬が近い。


「*エフェメラ堂書店*」


 俺が子供の頃から変わらない店構えだが、看板だけが真新しい。塗料の鮮やかな色合いが目に慣れない。年下の幼馴染、エフェメラが本屋を継いだのは半年前だ。


 黒いワンピースに白いエプロンの女が、手桶と柄杓を手に本屋の前で水を撒いていた。清楚ともシンプルとも取れる小柄な姿が、メイド姿の錬金人形を思い起こさせる。エフェメラは俺に気づいて水を撒く手を止めた。


「……例の本……入荷したよ」


 消え入る様な小さく声。背が低いうえに猫背な彼女は余計に小さく見える。


「そいつは楽しみだ。土産にチーズケーキ買ってきたぞ」


 自分で撒いた水を眺めるように俯いていたエフェメラが嬉しそうに顔を上げる。そばかすの浮いた笑顔を見ると、子供の頃に返ったような気持ちになる。


 エフェメラ堂は俺の店と同じくらいの広さのはずだが、天井まで届く背の高い本棚に仕切られて、建物の印象からは随分と狭く感じる。掃除の行き届いた店内と、見事に整理整頓された大量の本の配置に、エフェメラの仕事に対する真摯な想いを感じる。年下の幼馴染と言えども見習うところは見習いたい。と、思っただけで終わりそうだが。


 エフェメラの身長に合わせて作られた小さなカウンターは、まだ木の香りを感じるほどに新しい。彼女はカウンターに潜り込むようにして本を取り出した。


「……これ」


 俺が取り寄せた「伝説に見る武具大図鑑」は大判の専門書だ。俺でも大きいと感じる本を、小柄なエフェメラが抱えると、少女が画板を持って写生に赴くような姿を連想した。


「絶版したと聞いていたが、見付け出すとは流石はエフェメラ。良い仕事だ」


 「伝説に見る武具大図鑑」を受け取り、労いと感謝の気持ちを伝えると、エフェメラは三つ編みにしたダークブラウンの毛先を弄りながら毛先を見つめた。子供の頃からの変わらない照れ隠しのクセだ。


「……チーズケーキ……食べたいな」

「あぁ、一緒に食べよう。二人分買ってきたからさ」


 エフェメラが淹れた紅茶を飲みながら、二人でチーズケーキを味わった。濃厚なチーズケーキは、ちょっと俺には甘すぎた。


「半分食う?」

「……食べる」


 お互いの近況を報告し合ったが、俺が一方的に喋ってエフェメラが相槌を打つ。昔から変わらない構図だ。


「……私も本が見たい」

「あぁ、良いよ。でも、店を閉めて出てきてるから、すぐに帰るぞ」


 「伝説に見る武具大図鑑」はタイトルこそ大仰だが、中身は少々眉唾モノだ。

 例えば、六英雄物語で有名な「宝石の剣」は、激戦の末に折れてしまったのだが、今では修復されて「山王都」の大聖堂に保管されているらしい。では、俺の腰の鞘に収まる「鋼玉石の剣(コランダム)」は何でしょうね?

 怪しい解説とは裏腹に、美麗なイラストは一見の価値ありで「伝説に見る武具大図鑑」は、一部の好事家からは高い評価を得ている。だが、元吟遊詩人が発起人という、発刊元のミンメイ書房が解散して久しい。復刊は難しいのが現状だ。

 ページを(めく)ると、やはり六英雄の武具「英雄遺物」に多くのページを割かれている。


 狂王の覇道の傍らに常に在った「王の剣」は「王が望む全てを与える」王権のレガリアだそうだ。王の剣だけに王権、……イマイチだな。イラストには無骨な大剣が描かれている。


 「女神の聖槍」か。懐かしいな。あの美少女は、今頃はどんな美女に成長しているのだろう。

 イラストに描かれているのは、黄金の槍というより黄金の削岩機(ドリル)だ。やはり胡散臭い書物だな。


 隻眼のサムライの愛刀「ムラマサ」は、森羅万象を両断する史上最強の武器と言われる。如何なる攻撃も受け付けない金剛鱗竜を一振りで両断したという。絶対に嘘だな。武器というよりは東洋の神秘を感じる美しい刀が描かれている。


 赤き魔女の遺物「辰砂の杖(シンナバル)」は、神話に伝わる「燃え上がる火焔樹」から作られたと伝えられる。杖と伝わっているが赤き魔女が杖を使う記述は少なく、杖の存在を疑う説が有力だ。そのせいか、イラストには面白味の無い魔術師の杖が描かれていた。


 気になったのは、青き聖女の「聖女の救済(エウフェミア)」だ。名前だけしか明らかでない英雄の遺物。どのようなアイテムで、どのような効果なのかも伝わっていない。武具マニアの俺には想像するだけでも心浮き立つアイテムだ。


 頭を突き合わせるようにして、エフェメラと図鑑を眺めていると、大勢の人間が石畳を駆ける靴音が響いた。大声で何かを叫ぶ声も聞こえる。俺は何事かと思わず立ち上がった。


「……この頃、火事が多いの」

「火事だって? そいつは珍しいな」


 学院都市が煉瓦作りなのは、百年前に学院都市を襲った大火災による教訓からだ。

 湖に浮かぶ島ならではの地盤の緩さが学院都市の弱点だ。重たい石材は地盤沈下を招く。よって古い時代の学院都市は、軽い木材で作られた建築物が多かったのだが、それが災いして都市の三割を消失する大火災に見舞われたのだ。大災害の後、教訓を元に魔導院錬金術科が総力を上げて開発したのが「錬金煉瓦」だ。

 従来の煉瓦よりも軽くて丈夫な「錬金煉瓦」は、脆弱な地盤に堅牢な建築物を建設するのに大いに役立った。結果として、それまで軽視されていた錬金術科が大躍進する切っ掛けにもなった。


「……ゴミ箱が燃えるの」

「なぬ? タバコの不始末か? んな訳ないか」

「……火の魔術?」

「いや、学院都市内で正当な理由無しで魔術なんて使ったら重罪だ。風紀委員会が飛んで来るよ」


 魔導院直轄の風紀委員会が迅速かつ適切に処理するだろう。場合によっては、彼奴(あいつ)らが出張る。

 「錬金仕掛けの腕(アームズ)」のネイトが率いる仮面の一団、「錬金術の騎士団(アルキャミスツ)」が。

 特殊掃除部は、ここ数年で役割を、その「仕事」を大きく変えた。表向きは清掃局の一部署だが、裏の顔は文字通りに魔導院の「掃除屋」だ。魔導院にとって都合の悪いモノを「掃除」する。痕跡も残さず。


 ――――人は簡単には変わらないが、組織は容易に変容するものだよ。

 ネイト、その赤い瞳は本心だったか? 

 お前は見た目よりも、ずっと弱い女だ。自分の居場所を確かにしたいだけじゃないのか。


 まさか放火か? 閉めてきた店が心配になってきた。俺の店には対魔術障壁が施されているが、直接的な放火には効果は無い。だが、灰色の煉瓦は耐火性能が高い。炎上する心配は無いし、せいぜい壁を焦がす程度だろうが、どうも胸騒ぎがする。


「エフェメラ、悪いな。店が心配だから帰るわ。本は改めて取りに来るから暫く置いといて。読んでいいから」


 エフェメラが俺のシャツの袖を引っ張った。こいつが自発的に動くのは珍しい。


「……気を付けて……嫌な予感がするの」

「んな顔すんな。またケーキ持って来るからさ」


 俺はズダ袋を担いで走り出した。ブーツの底が石畳を蹴る音が響く。

 立ち昇る灰色の煙が見えた。俺の店の方角では無い事に少しだけ安心して走るのを止めて早めの常歩に変えた。それでも汗が噴き出してくる。この汗は走ったからか? それとも焦りからか?

 俺の後ろから、大勢が駆ける靴音が近づいて来た。灰色の耐火装備に身を固めた消防団らしき男たちの一団が俺を追い越して行く。


「あそこだ! 煙が見える! 火元が近いぞ!」

「喫茶店が燃えているとの情報だ。急げ!」


 俺の背中に冷たい汗が伝わった。エフェメラと食べたばかりのチーズケーキの味が、まだ舌に残っている。


「くそったれっ! ふざけんなよ……」


 俺は消防団を追いかける様にして走り出した。

 路地裏は、この時間にしては驚くほど人気(ひとけ)が少なかった。おそらく占いキャラバンと火事の見物に人が出払っているのだろう。駆け抜けるには好都合だ。

 脇目も振らずに走っていたはずなのに、曲がり角の向こうに一瞬視線に入った人影が妙に気になった。立ち止まり、角に身を隠して様子を窺う。

 青いゴミ箱の前に立つ、灰色の外套を着た人影。フードを被っているので年齢も男女の区別も付かない。

 先ほどのエフェメラの一言が脳裏を過る。


 ――ゴミ箱が燃えるの


 灰色の外套姿がゴミ箱の蓋を開けた。この時間にゴミ出しは不自然だ。

 俺は念の為に腰に差したショートソードの留め具を外して剣柄を握った。足音を殺して後から近づく。外套姿はゴミ箱に気を取られているのか俺には全く気が付いていない。


「おい、お前、何をしている!」


 外套姿がびくり、と肩を跳ね上げて、俺の方を向いた。目深に被ったフードの下の赤いフレームの眼鏡。涙ぼくろ。


「お前、何してんだ? こんな所で……」

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