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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第三章 異端の女
60/206

第60話 俺には選べない

*****




 俺はダークエルフの掌に乗った赤と黒の飴玉を見比べたが、どちらも糖分が強そうだ。


「悪い。折角だけど甘いのは駄目なんだ」

「そうか? それほど甘過ぎないぞ」

「いや、医者から控えろって言われていてさ」

「ぶはっ! オッサンだ! あっはははっ!」


 メガネ娘がカウンターを掌で叩いて爆笑している。こいつ、こんなに笑うキャラだったか?


「なあ、カース。何度も言うが、部隊に戻る気は無いか?」

「なあ、隊長。何度も言うが、手伝っても良いけど部隊には入らないよ」

「ふぇーふぇー」


 メガネ娘が何かを訴えているようだが、何を言っているか分からない。

 陶器のように滑らかな頬が、飴玉で膨らんでいる。右頬が膨らんだり左頬が膨らんだり。

 美しい女性のこのような仕草に心を奪われる男も多いだろう。だが、俺は違う。騙されん。


「バックラーが会いたがっているんだ」

「遊びになら行くさ。でも部隊は無しだ。俺、あのマスク駄目なんだよ。肌が荒れる」

「ドクに頼んでカース用の、肌に優しい仮面を作ってもらおう」

「遠まわしに断っているのを察して下さいよ」

「ふぇーふぇー、カーふってふぁふぇのこふぉ?」

「……お前、本当に魔導院最高頭脳の持ち主か?」

「ねぇねぇ、カースって誰の事? と、彼女は言っている」

「何で分かるんだよ……」

「もっと難解な言語を操る奴がいるからな」


 意味が分からん。どうもコイツらに関わってから変なヤツが身の周りに増えた。コイツらと付き合っていると、俺って人間が如何に真っ当か再認識できる。


「もう、ガリガリやっちゃいなよ」

「ふぉんなのふぁポリふぃーにふぁんふふわ」

「そんなのはポリシーに反するわ」

「知るかよ。そんなポリシー」

「ふんがっふっふ」

「飴を飲んでしまったらしい」

「そんな解説はいらん」


 見目麗しい眼鏡の女性が、喉を押さえて切なげに柳眉を寄せ、長い睫毛に翳った瞳を潤ませて俺を見つめている。

 美しい女性のこのような表情に弱い男性も多いだろう。だが俺にはアホの子にしか見えない。


「隊長、そう言えばウチに何しに来たんだよ?」

「特務機関の研究主任を探しに来たんだ」

「研究主任? もしや、そちらで飴を喉に詰まらせてる御方の事でらっしゃいますか?」

「うむむむむ~!」


 特務機関の研究主任は喉を押さえて唸ってらっしゃる。


「冷たい水を下さい。出来たらジョッキで下さい」

「武器屋にジョッキは無いよ。しかも、どんだけ飲む気だよ?」


 戸棚からコップを取り出し、冷たい水を出してやった。

 水を一気に飲み干す白い喉を眺めていると、何とも言えない気持ちになる。あの大人しくて愛らしい中学生が、何をどうしたらこんな複雑怪奇な思考を持った変人に成り果ててしまうのだろうか。魔導院とは何て恐ろしい研究者養成機関なんだろう。


「ふっはぁ! やっと落ちついた。ルルモニの飴は私には少し大きいのよね」

「なあ、ルルモニは元気だろうか? 足の具合はどうなのだろう?」


 俺は二人分のコーヒーを出す為に店の奥に入った。久々の再会らしいからな。二人きりで話をさせてやろう。


「義足の基本構造から設計を見直して、いまでは二段ジャンプ出来るくらい元気よ」

「何だって? 二段ジャンプ? そんなことが出来るのか?」

「うそです。ぜんぶうそです」

「……似て来たな。ルルモニに」

「寮長さんに頼んで隣同士の部屋にしてもらったの。隣なら義足のメンテもやり易いし、私の薬もすぐに調剤してもらえるし」

「胸の病気はどうなんだ? 具合は良いのか?」

「ルルモニの薬のおかげで調子は良いわ」

「そうか、良かった。ところでルルモニの隣の部屋だと、名前がややこしくないか?」


 木製のトレイにコーヒーと焼き菓子を載せてカウンターに置いた。


「何よこれ?」

「コーヒーと菓子。見たこと無いのか?」

「睡眠薬とか入って無い? 分かった、正体を失わせて私たち美女二人に悪戯するつもりでしょう? やっぱり変態だったのね。少女趣味では飽き足らず」


 こいつ……昔の話を蒸し返しやがって。あれは不可抗力だろうが。しかも、少女趣味ってなんだ。俺は年下が好みなだけだ。


「人をロリコン扱いするな。しかもお前、自分で自分を美女とか言うか? 普通」

「事実よ。認めなさい。でもコーヒーとお菓子はいただくわ。気が利くわね」

「へいへい、お褒めに預かり恐悦至極。ルルル……名前何だっけ?」

「ルルティアよ。忘れたの? あんなに一緒だったのに、名前一つ覚えてない」

「妙な言い方すんなよ。そうだ、ルティアだったな」

「失礼ね。ルが足りないわ。あなた、カースって名前だったの?」

「カースは一時的な渾名(あだな)みたいなモンだよ」

「そうよね。ブキャーが本名でしょう?」

「え?」

「ごめんなさい。人の名前を間違えるなんて失礼しました。プギャーさん」

「はい?」


 三秒くらい考えて結論に至った。こいつは真正のアホだ。もしくは斜め上を行く異常思考能力者だ。


「みんながブキャーさんって呼んでいるから、私てっきり……」

「それは『武器屋さん』って呼んでいるんだろ」

「うそ……初めて会ったその日から『ブキャー』さんだと思ってたわ」


 ルルティアが、さも感心したように眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。


「お前……もう帰れ。俺は少なからずショックを受けた」

「せっかく淹れてくれたのだから、コーヒーくらいいただくわ。ねえ、ネフティス」

「ネフティス? 隊長、ネイトって名前じゃなかったか?」

「ネイトは一時的な渾名みたいなモンだよ」


 隊長は俺のセリフの真似をして、肩を竦めて悪戯っぽく微笑んだ。

 美しい女性のこのような意外な仕草にグラッとくる男性も多いだろう。俺もその一人だ。


 錬金メガネ娘と特務機関の隊長がコーヒー飲み飲み、焼き菓子を片手に他愛の無い話に興じている。

 俺は二人を眺めながら、ほっとした気持ちの裏に一抹の不安を覚えた。


 ルルティアとネフティス、この二人の女と俺を結んだのは「呪い」だ。

 ルルティアの「黒衣」を燃やし尽くしたのは俺だ。

 ネフティスを「鋼玉石の剣(コランダム)」の光で貫いたのは俺だ。

 俺は「鋼玉石の剣(コランダム)」で、隊長の、ネイトの、ネフティスの何を粉砕したのだろう。


 俺は、エルフの森で世話になった郷長との出会いを思い出した。

 黒い妖精の昔話と、黒い肌の娘の話を。


********************


 エルフの郷は深い森に囲まれた泉の畔にあった。美しいエルフの乙女達が遠巻きながらも興味深そうに俺を眺めている。

 婆ちゃんの紹介でこんな森の奥深くまでやって来たが、ここはいわゆる秘境だな。

 深呼吸すると身体の中が洗われる気がする。木漏れ日は優しく、川のせせらぎが心地良い。この辺りの地域は温暖で森の恵みは豊かだ。これではエルフ族が森から出ないのも分からなくも無い。


 巨木の麓に建てられた瀟洒な館が郷長の住居だった。他の家々が木材で建てられているのに対して、郷長の館は日干し煉瓦で作られていた。

 郷長と言うから、地方の豪族のような豪奢な生活を想像していたのだが、使用人もニ人ほどしか見当たらない。あらかじめ婆ちゃんが手紙を出していてくれたので、問答する事も無く丁寧な応対を受けた。

 通されたのは、応接間とは名ばかりの、五人も入れば満員になっちまいそうな、こじんまりとした部屋だ。小さなテーブルと籐を編んで作った見事な長椅子が二つ。壁には両手を広げても届かない程の大きな絵画が掛けられていた。

 俺は壁に掛けられた絵画が気になって立ったまま眺めてみた。月光の下、泉で水浴びをする神秘的な女性の絵。これは水精(ウンディーネ)だろうか?


「その絵が気になるかね? 人間族の少年よ」

 

 エルフ族の郷長は、繊細なエルフらしからぬ剛健な雰囲気の男性だった。短く整えた赤毛が印象的だ。金髪が多いエルフ族にしては珍しい。

 郷長は俺に握手を求めてきた。エルフ族は他種族と積極的に関わりを持たないと聞いたが、この人物は排他的なエルフ族の範疇からは外れるようだ。


「ようこそ、我らが森に。君が来るのを楽しみにしていたよ。しかし、良く似てるな」


 握手を交わしながらエルフの長は、俺の顔を懐かしげに眺めていた。


「人間族の俺を受け入れてくれてありがとうございます。あのう、似てるって祖母にでしょうか?」


 このところ俺は婆ちゃんに似てきたと言われる。いよいよ俺も老けてきたって事か?


「君が思う以上に良く似ているよ」


 豪快に笑い、座り心地の良さそうな籐の長椅子に腰掛けた郷長は、どう見ても三十代中頃にしか見えないが、エルフの年齢は見た目では判断出来ない。

 気を取り直して簡単な自己紹介の後、俺は本題に切り込んだ。


(おさ)は、祖母と魔導院で学んでいたそうですね」

「そうだ。私と彼女で『呪い』についての研究をしていた」

「俺も呪物について勉強している最中です。だからエルフの森まで来ました」

「そうか。それで君は、こんな森の奥にまで何を調べに来たのかね」

「森と泉の呪いについて。その美しさと長い寿命を得る為に支払った対価を」

 

 俺は絵の前で突っ立ったまま、郷長を見下ろした。

 郷長は無言で俺を見上げた。その目は怒りとも悲しみともつかない冷淡な光を湛えていた。


「君は、人間の君がそれ(・・)を知ってどうする?」

「俺は全ての呪いを粉砕したいんです。呪いを、敵の正体を知りたい」


 腰に下げた短剣用の鞘から「第七等級呪物・鋼玉石の剣(コランダム)」を取り出した。

 

「銀髪の剣士の名に懸けて。俺はこの鋼玉石の剣で全ての呪いを粉砕する。それが不可能に近くとも」


 郷長は俺を険しい目付きで睨めつけてから、長く深い溜息を吐いた。


「見事だ少年よ。彼女の孫というだけはある。少し険があるが良い面構えだ。リボンちゃんは良い孫に恵まれたな」

「リ、リボ? リボンちゃん? 誰の事ですか? ばっ、婆ちゃんの事ですか?」

「彼女の銀色の髪には青いリボンが良く映える。魔導院の研究仲間は、彼女をリボンちゃんと呼んでいたよ」


 エルフの郷長は、愕然とする俺の顔を見て愉快かつ満足げに笑った。


「人に歴史あり、ですね。俺、腰が砕けそうになりました」

「エルフにも歴史あり、だよ。人間族の若者よ。遥かな昔にエルフが得た物と、その対価の話をしよう」



-----醜い妖精と泉の精-----


 遥かな神話の時代、好奇心に溢れる黒い肌の妖精がいた。

 妖精は、その黒い肌を恐れた同族から故郷を追われ、深い森に逃げ込んだ。

 持ち前の好奇心を発揮して、妖精は深い森の奥へ奥へと分け入った。

 森の木々は妖精を護った。森に棲む動物は妖精に味方した。

 黒い妖精を追う同族は、森と動物に阻まれ先に進めなかった。


 いずれ妖精は深い森の深奥、美しい泉に到達した。 

 美しい泉には、水精が住んでいた。

 黒い妖精と美しい水精。お互い一人きりだった二人は、すぐに仲良くなった。

 妖精は、森の外の世界を語り、泉を離れる事の出来ない水精の為に、木の実を集め、森の果実を取ってきた。

 水精は、荘厳な神話を語り、美しい歌を歌い、美しい舞を舞った。

 二人は、語り、歌い、踊り、多くの時を共に過ごした。

 だが、森と泉がある限り永遠を生きる水精と違い、妖精は短命だった。

 

「僕はもうすぐ死ぬ。僕にも君のような美しい姿と不滅の命があったら良かった」

「私は、もう一人で生きるのは嫌です。私は貴方の亡骸から、貴方の子孫を作るわ」

「君がそうしたいのなら、そうしてくれ。でも、僕の子孫には、君のような美しい姿と不滅の命を与えて欲しい」

「いいでしょう。その代り、ずっと私の傍にいてくれるように、貴方の子孫から、外へ向かう好奇心と、強い日差しから守る黒い肌を奪うわ」

「かまいやしないさ。それくらいの対価なら願ったりだ」


 水精は妖精の亡骸を泉の底へと沈めて、その亡骸から好奇心と黒い肌を奪い、森と泉から離れる事の無い、白く美しく永い時を生きる種族を生み出した。


 種族の名はエルフ。森と泉に愛された黒い妖精の末裔。


------------------


「これが、エルフの長だけに伝えられる、我が種族の物語だ」

「郷長、感謝します。人間族には聞かせたく無い物語でしたね」

「良いんだ。郷の者に話しても受け入れられない話だ。誰も信じはしないだろう」


 郷長は語り疲れたのか、椅子に深く腰掛けて天井を眺めていた。やがて意を決したかのように俺の顔を見た。


「私には娘がいる。黒い肌の娘だ」

「黒い肌のエルフ? 六英雄物語のダークエルフのような?」

「そうだ。健やかな好奇心と黒い肌を持つ娘だ。泉の精に奪われた好奇心と肌を持った娘だ」


 突然の告白に俺は動揺した。肌の黒いエルフの娘? ダークエルフ? 

 郷長の真剣な眼差しから目を逸らせなかった。


「ダークエルフなんて、物語の中の存在と思っていました」

「少年よ、泉の精に呪われたのは我々の種族か? それとも私の娘だと思うか?」

「それは……俺には分かりません」

「もしも君が娘に会う事があったら、もしも娘が呪われた存在であるのなら、君の鋼玉石の剣(コランダム)で救ってやることは出来ないだろうか」

「俺には……分かりません。それが出来るのか分かりません」


 エルフ族の郷長の、ダークエルフの父だという男の前に立ち尽くす事しか出来なかった。




********************




 喋るだけ喋り、食うだけ食って、魔導院最高頭脳と魔導院最強戦力は仲良く帰って行った。

 明日は定休日だ。今夜から防虫の為の燻蒸をする予定だったのに思わぬ来客で準備が遅れた。さっさと窓に目張りして燻蒸剤を焚こう。今夜は久々に宿に泊まるとするかな。あそこの魚料理は美味いからな。

 トレイにマグカップと焼き菓子の空き袋、そして彼女たちが残していった数個の飴玉を乗せた。


 結局、俺が『鋼玉石の剣(コランダム)』で貫いたのは何だったのだろうか。

 コランダムの発する七色の光の中に一瞬だけ見たのは、金色の鎧を着た女と眼帯をした男、そして婆ちゃんに良く似た雰囲気の銀髪の男だった。

 何となく思い当たる節もあったが、疲れて幻覚でも見たんだろう。あれは願望だ。いたら良いなってファンタジーだ。


 医者には控えろと言われていたが、飴玉を一つ摘まんでみた。

 なかなか綺麗だな。宝石みたいじゃないか。

 赤にするか、黒にするか。

 優柔不断な俺には選べそうにも無い。



 ***第三章・完***

第三章を読まれた後、スピンオフ作品の「君たち!宿屋に感謝なさい!」を読んでいただくと、更に物語を楽しんでいただけると思います。

http://ncode.syosetu.com/n4968bk/


どうぞ宜しくお願いいたします。

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