第6話 神様にだって出来ないことの一つや二つ
なに? 素朴な疑問だって? 言ってみな。
うんうん、なるほど。分かった分かった。お前らが馬鹿なのが、よーく分かった。お前ら冒険小説の読み過ぎだ。「僧侶の祈りで騎士が生き返り、大魔王を倒す!」みたいな?
確かに神聖術の最高階位「第七階位神聖術」には「死者が生き返る魔法」みたいのがある。じゃあ、俺の死んだ婆ちゃんが、その神聖術で生き返るか? 怖いよな。俺は婆ちゃんのゾンビと店番する事になる。
学院の講義で教わらなかったか? 神聖術ってのは「術者が信仰する神」に、ちょっとばっかりの奇跡をお裾分けしてもらう為にお祈りの事なんだ。
神聖術科の生徒が聖歌の練習をしてるのを見たことあるか? あれは神聖術の修練でもあるんだ。「清く・正しく・美しい」祈りこそ、信仰する神に届きやすいんだろう。
元カノの詠唱は、そりゃあ素晴らしかった。あれこそ天使の歌声だ。俺は彼女の詠唱が聞きたくてムチャしたくらいだよ。
あら、ごめん。自慢に聞こえちゃった? 元カノの自慢だから許せよ。自分で言ってて、ちょっと寂しくなってきたじゃないか。
さて、打撲や切り傷くらいは第一階位神聖術でも治療出来るが、あれは「怪我が早く治る奇跡」を「神から与えられた」と言う事だ。分かるか?
例えば、サムライに腕をバッサリ切断されたとするだろ? いや、凄いんだよ。サムライの剣術ってのは。凄腕のサムライに名刀を持たせりゃ、金属鎧ごと真っ二つだぞ。嘘じゃないぞ。とにかく腕をバッサリだ。真っ二つは忘れろ。真っ二つは確実に死んじまうからな。そんで、死なない程度に腕をバッサリ切断されたとする。これは神聖術では治せない。「切断された腕をくっつける奇跡」なんて無いからだ。今すぐ切断された腕を持って医者に行くのが正解だ。
医者は「腕をくっつける奇跡」を起こすんじゃなくて「切断された腕をくっつけようとする治療」を施すんだ。運よく腕がくっついたとする。これは「神の奇跡」じゃなくて、治療が上手くいった結果だ。
婆ちゃんは癌で亡くなったんだが、俺はガラにも無く教会に祈りにいった。「癌を治す奇跡」なんて起こるはずが無いのは頭じゃ分かっていても「神の奇跡」に縋りたくなっちまうんだよな。でも、ここからが大事だぞ。
神は「不可逆の奇跡」は起こせないんだ。だから死んだ婆ちゃんは復活しないし、残念ながら癌も治らない。癌が治るとしたら、それは医者と患者の努力の結果だ。
難しい顔をしているな。じゃあ、これならどうだ? ハゲたオッサンが「髪が生える奇跡」を神に祈るよりも、ヅラを被るか、巷で評判の毛生え薬を試すのが正解だ。神だけに髪。おい、笑っていいぞ。
話を最初に戻そう。「死者が生き返る神聖術」は「即死レベルの怪我が治る奇跡」なんだ。だから、本当の意味では「生き返りの術」なんて無いんだ。
死んでしまった人間を生き返らせる方法なんて無いんだよ。