表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第三章 異端の女
56/206

第56話 英雄遺物

「ネイト! しっかりしろ! 気を呑まれるな!」


 ディミータの叫びに我に返る。

 違う。あの少女は六英雄では無い。六英雄のはずが無い。彼らは五百年も前の存在だ。


 黄金の戦乙女と錯覚させるほどに神々しい威容。人間族にこれほど美しい少女がいるとは。お姉様もかくやと思わせる際立った容姿。

 エルフの郷の乙女たちが、川のせせらぎに洗われる白瑪瑙(めのう)とすれば、少女は完璧なカッティングを施した金剛石。野に咲く花とは違う、気品を湛えた庭園の薔薇だ。だが今は、美しい薔薇を愛でている場合ではない。


「カース! あれは呪物なのか? 答えろ!」


 カースに問いかけたが、返答は無い。項垂(うなだ)れたままだ。


「ほよ……とほ……」


 人喰鬼オーガの死骸の丘の上に立ち、堂々たる姿勢で私たちを睥睨(へいげい)していた少女が、小鳥が(さえず)る様な声で呟いた。


「はい……や……は」


 弾かれたようにカースが頭を上げる。私は少女の呟きに耳を疑った。

 何故、あの少女がエルフの言葉を?


「隊長! 槍と彼女を引き離せれば、何とかなるかも知れない!」


 カースが叫んだ。

 どういう意味だ? だが、今は彼の言葉を信じるしかない。

 少女はエルフの言葉を呟きながら、穂先のぶれない突撃姿勢で槍を構えた。


「隊長、あの槍は俺が弾く。その間に策を練ってくれ」

「バックラー! 止めろ。あの槍は普通じゃない」

「俺はバックラーだ。俺は、お前らを守る盾だ」

「駄目だ! 許可出来ない!」

「俺は、心も涙も無い一枚の盾で良い」


 バックラーは、黄金の槍を構える少女に向き直った。


「俺は、お前たちを護る。俺はもう、誰も失わない」


 バックラーの稼いでくれる時間を無駄には出来ない。しかし、いかにバックラーと言えども、あの槍の一撃を受けては無傷とはいられないだろう。私は……私はどうすれば良い?

 

「カース、あの槍は何だ? 何故、あの少女はエルフ族の言葉を?」

「あれは呪物じゃない。あれは英雄の槍、『英雄遺物』だ」

「何を馬鹿な!! 『英雄遺物』だと? そんな物は伝説の中の存在だ。お伽噺(とぎばなし)に過ぎない!」

「今は議論している場合じゃない。とにかく、槍と彼女を引き離すしかないだろう」


 場の空気が張り詰めていく。少女の構えた槍に『見えない力』が集まっていくような気配を感じる。

 ……英雄遺物だと? 六英雄の武器が存在している? それこそ冒険物語だ。


「もう、こうなっちゃったら、さっくりブッ殺した方が手っ取り早くて安心じゃない?」

「ディミータ。それは駄目だ」

「とにかく一撃を凌ごう。俺に考えがある。あれが『英雄遺物』ならば、逆に何とかなるかも知れない」


 バックラーが両腕に装備した小型の盾(バックラー)を、少女に向けて防御姿勢を取る。

 ドクの錬金術で強化された腕と盾。それがバックラーに与えられた錬金術の力。仲間を護るのが彼の能力。


 ――――俺は、心も涙も無い一枚の盾で良いんだ


 先ほどのバックラーの言葉。それが特殊清掃部に残った理由なのだろうか。


 私が知る限り、魔導院最高の防御力を誇るバックラー。

 私が知る限り、最高の貫通力の黄金の槍。


 槍の一撃を逸らすタイミングを計るバックラー。

 微塵の乱れも無い突撃姿勢の戦乙女。槍の穂先は微動だにしない。

 岩壁に空いた穴からネズミのような小動物が這い出し、槍と盾の間を走り抜ける。


 同時に動いた。

 黄金の輝きが一直線にバックラーを襲う。

 これ以上無いタイミングでバックラーの盾が迎撃する。


 正面からの槍の直撃を避け、流れるように、すくい上げるように、小型の盾(バックラー)驀進(ばくしん)するベクトルを逸らす。

 だが、凄まじい衝撃が小型の盾(バックラー)を容赦無く砕き、なおも直進する力の奔流は頑強なドワーフを天井に叩きつける。

 為す術も無くバックラーの身体は勢いのままに床に落下した。


「バックラー! 嫌だぁ! バックラー!」

「ディミータ、落ち着け! 大丈夫だ、バックラーは死んではいない」

 

 床に倒れ伏したバックラーの腕が動いた。私たちに向かって小さく手を振っている。だが、槍を弾かれて大きく仰け反った少女は、床に突き立てた槍を支点に鮮やかに空中を舞い、音も無く着地する。


「化物め……カース、君の策を教えてくれ」

「彼女を槍から引き離す。あの槍は呪物では無いんだ。そこに俺たちの勝機がある」


 彼は懐から茶色の小瓶を取り出し、手短に作戦の説明をした。不確実極まり無い作戦だが、彼の策に乗るしかない。防臭マスクをしっかりと被る。


「俺がバックラーに声をかけるのが合図だ。いくぞ!」


 カースが小瓶の蓋を開け、少女の足元に投げつけた。薬剤が空気に触れ、もうもうと白煙が上がる。


「バックラー! マスクを被れ! いますぐにだ。いますぐ(・・・)に」

「苦しいな。煙だけに苦しい」


 苦しげにバックラーが答え、仮面を装着する。

 すごいな、お前たちは。さっき出会ったばかりなのに。だが、お陰で緊張が解けた。

 私は、これ以上仲間を失う訳にはいかない。失うのは両腕と戦乙女(あこがれ)だけで十分だ。カイラル、アスベル、ソカリス、ミュラ、そしてルルモニ。見ていてくれ。私は、もう仲間を失わない。


 巨獣すら眠らせると触れ込みの睡眠ガスの煙幕を掻い潜り、ディミータが少女に迫る。黒猫の仕事は隙を作る事だ。

 私は右半身を反らし「ドラゴン・トゥース」の姿勢を取る。槍の代わりに鋼鉄の右手を手刀の形にする。左手を伸ばし中指を照準に――――信じるんだ、仲間を。


「ニギャアァ!」


 黒猫が大げさな叫びを上げ、ククリナイフを大きく振りかぶる。少女が、ふら付きながら防御姿勢をとる。両手で黄金の槍の柄を握り、ナイフから身を守る。ガスが効いているのか少女に隙が出来た。


 捉えた! 私は一筋の槍になる。狙いは黄金の槍。


 やってやろうじゃないか。英雄遺物の黄金の槍と錬金仕掛けの槍。どちらが勝つか。

 ディミータの斬撃を避けて飛び退いた少女が私に向き直る。その顔に浮かんだのは愉悦の表情。きっと私も同じ顔をしているのだろう。


「ハイヤアッ! ハァッ!」


 私と少女が同時に雄叫びを上げる。獲物を追い立てる掛け声。久しく忘れていたエルフの言葉。

 黄金の槍よ、戦乙女よ。四人掛かりとは卑怯だが、私はエルフの誇りを持って貴女を撃とう。


 僅かに私が先に動く。


 少女が突撃姿勢を取る。遅い。バックラーを打倒したときの様にはいかない。準備動作が短い。

 リーチは槍に分がある。唸りを上げて穂先が迫る。だが、閃光の煌めきは無い。勝てる。「錬金仕掛けの腕(アームズ)」で槍を弾けば私の勝ちだ。

 渾身の力を鋼鉄の腕に込める。


 激突する槍と槍。


 右腕が砕け散っていく。

 まだだ! 右腕一本くれてやる。だが、まだ終わらせない。

 右の「錬金仕掛けの腕(アームズ)」が崩壊した。だが少女は槍を離さない。


 互いに突撃姿勢のまま激突。


 激突する直前に、左の「錬金仕掛けの腕(アームズ)」で黄金の槍の柄を殴り付けた。

 左腕に衝撃。左の拳が砕ける。左肘が曲がらない方向を向く。激痛に気が遠くなる。

 身体と身体が、ぶつかり合う。

 少女に怪我を負わせないように、受け身を考えずに身を投げ出した。


「カース、頼む!」

「任せろ!」


 華奢な少女の身体が弾き飛ばされて宙に浮く。床に叩きつけられる寸前に、カースが少女を抱きかかえた。

 うつ伏せに倒れ込んだ私は、なんとか動く左腕を支えに身体を起こし、床に座り込んだ。槍は? 黄金の槍は?

 ディミータが、少女の手を離れて床に転がった黄金の槍を蹴飛ばし、私の方へ寄越した。


「勝った……のか?」

「ディミータさん、この子の怪我を確認して下さい」


 カースは、ぐったりしたままの少女をディミータに預け、壁に(もた)れて肩で息をするバックラーの元へ向かう。

 

「やったな。やり(・・)やがったな。遣り(・・)甲斐があっただろ?」

「たった一つしか無い命を投げ出すとはな。命にスペアは無いんだぜ。(スピア)だけに」


 肩を叩きあいながら爆笑する極寒の二人を眺め、苦笑してから自分の両腕を眺めた。

 右腕は腕の形を留めていなかった。左腕も辛うじて動く程度だ。小指と中指が反応しない。生身の肘も腫れてきた。しばらく「掃除」は出来ないだろう。ドクは怒るかな? だが、「回収」は成功した。喜ぶかも知れないな。

 傍らに目をやると黄金の槍が転がっていた。少女の手から離れれば、装飾が施された華美な槍にしか見えない。

 これが「英雄遺物」か。伝説上の存在とばかりに思っていた。実際に目にしても信じ難い。

 六英雄が手にしたとされる武具。「銀髪の剣士」が振るったとされる、魔を祓い邪を滅する「宝石の剣」や、「隻眼のサムライ」の持つ、万物を両断すると言われる太刀「村正」。


 そして――――



******************************

 

 Hojotoho! Hojotoho!


 どこからか掛け声が聞こえる。

 懐かしい。何もかも懐かしい。


 Heiaha! Heiaha!


 誰かが狐でも追っているの?

 太った野兎でも見つけた?

 今夜は御馳走かな。楽しみだなぁ。


 深い森に抱かれ、清い泉に戯れる白瑪瑙の乙女たち。


 ねえ、私も仲間に入れて。

 ねえ、仲間に入れてよ。

 なんで駄目なの?

 私の事がキライなの?


 眩いばかりの金色の輝きが私の目を射る。


 あぁ、そんなところにあったんだ。


 最初に失ったもの。

 最初から損なわれていたもの。


 私は手を伸ばす。

 全てを取り戻すために。

http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni/9697469.html


上記のブログに「金髪の少女」と「アームズを装備したネイト」の画像を登録しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ