第54話 錬金仕掛けの騎士団
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それから私は幾度となく「掃除」の為に地下に潜り、幾度となく「荷物」を回収した。
訓練施設の地下一、ニ階には、救助担当の教官や院生が巡回しているので、怪我人こそ出るとはいえ、死亡者が出たりパーティが全滅するほどの事態は聞いた事が無い。
しかし、地下三階からは応急手当が出来る休憩所があるくらいで、教官たちによる見回りは無くなる。重症者や死亡者が出始めるのは地下三階からだ。
全滅には至らずとも、仲間の遺体を残して撤退を余儀なくされるパーティも少なからずいる。
「掃除」の回数は多くは無いが、決して少なくも無かった。
「荷物」の回収には、何よりも早さが求められる。遺体の損壊はなるべく避けたい。地上で帰りを待ちわびる肉親や友人に綺麗な姿で返してあげたい。
私の仲間たちは無残な姿に成り果ててしまったが、誰一人として欠けることは無く地上に戻ることは出来た。そう思えば、この仕事にも誇りが持てる。
『清掃局特殊清掃部』、それが森を捨てた私の新しい居場所。
可能な限り敵に発見されず、戦闘を避け、素早く「荷物」を回収するのが、より良い「掃除」だ。
私は戦乙女である事を諦め、ディミータから隠密行動と、錬金仕掛けの腕を最大限に活かせる近接戦闘を主とした戦闘術を習った。それは、鍛え上げた身体を武器に一撃の元に敵を屠る体術、騙し討ちや奇襲、待ち伏せや埋伏など、敵を効率良く倒す為に研ぎ澄まされた技術。
戦乙女を捨て、私が新たに就いたのは「暗殺者」と呼ばれる、表向きには存在していない職種だった。
まるで六英雄の敵「ダークエルフの女将軍」みたいだ。
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深夜に訓練所の戦闘訓練室を借りた。アスベルと模擬戦を行ったのが遠い昔の様に感じる。
ディミータの両手に握られたのは、黒く塗られた木製のククリナイフ。「く」の字に折れ曲がった大型のナイフは予測しにくい軌道を描く。木製ナイフとはいえ、直撃を受ければ怪我は免れないだろう。だが、彼女が得意とする投げナイフ(スローイングナイフ)よりも二回りは大きい。投擲には向かなそうだ。
ディミータの投げナイフには警戒せざるを得ない。彼女の金色の瞳は、無機物、有機物の区別無く温度を感知する。物陰に身を隠そうが、黒猫ディミータの前では隠れた事にはならない。
更に彼女は、視線や筋肉の動きを読んで、相手の次の行動を予測する。避けた先にナイフが飛んで来るのでは、致命傷には至らない小型の投げナイフでも十分な脅威だ。
対する私は無手。錬金術の粋を集めて作られた鋼鉄の腕は、それ自体が武器に等しい。硬貨を捻じ切り、岩壁すら砕く。試した事は無いが、金属鎧を金属塊にすることも可能だろう。
「レッツぅ――――にゃんっ!」
気の抜けた戦闘開始の合図。だか、一瞬の間隙を縫い、身を低くしたディミータが迫る。長槍でも届かない距離を一跳びで詰めてくる。その姿は、まるで猫。
首筋、胸元を連続で狙うナイフ。容赦の無い凶暴な速度をバックステップで避ける。
「そこっ!」
仰け反ったまま、カウンターを狙って「錬金仕掛けの腕」をフック気味に振り抜く。瞬間、視界からディミータが消えた。
唸りを上げた鋼の腕が、何も無い空間を引き裂く。大振りになった鋼鉄の腕に引きずられて身体の重心が前方に傾ぐ。
「甘いよ、ネイトォ!」
その隙を突かれ、膝裏にディミータの後ろ回し蹴りを受け、膝が崩れる。
「くっ、まだだ!」
倒れるままに手を床に突き、そこを支点に身体を旋回させる。
錬金仕掛けの腕は、私の身体を支えた上に凄まじい速度の回転を可能する。その旋回速度はディミータの反応速度を超えた。
両足の蹴りをまともに受け、回避が間に合わなかったディミータが吹き飛んだ。ダートを蹴り、間髪入れずに追う。
猫のように着地し、四つん這いの体勢のディミータに詰め寄る。
「私の――――」
調整したばかりの五指の感度は良好。
黒猫の無防備な首筋を狙った!
「勝ちだっ!」
加減してディミータの襟首を摘まむ。鋼鉄の腕の扱いにも慣れた。
首の後ろを摘ままれたディミータは、目を細めて「うなぁーぁ」と、気の抜けた妙な声を出した。
野良猫が子猫の襟首を口に咥えて運んでいるのを見て「これだ!」と、思いついたディミータ攻略法。以前、弱点だと思い込み、ディミータの尻尾を思いっきり掴んだら、三日は口を聞いて貰えなくなったのは失敗だった。
「なうぅーぅ」
くったり脱力したディミータの襟首を掴んだまま闘技場を後にした。
近接戦闘向きの錬金仕掛けの腕と、索敵、探索向きの金色の瞳は得意分野が違う。私とディミータはバランスの良いパートナーとなった。
鉄壁の盾のバックラー、化合弓の化身バガテル、痛みを知らない巨人コーズウェイのいずれかのメンバーで少人数のパーティを組み、「荷物」の回収に勤しんだ。
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私が特殊清掃部に来てから、人間の慣習で言えば半年が過ぎた。相変わらず「掃除」は増えもしないし減りもしない。特殊清掃部のメンバーは、増えもしなければ減りもしなかった。
一度だけドクが新人を連れて来たことがある。まだ少年と言っても良い、幼さの残る若者だった。地下三階でパーティが壊滅し、彼だけが生き残ったという。
どういった経緯があったのかは知らないが、失った右半分の顔に錬金仕掛けの手術を受け、少年は特殊清掃部に配属された。だが、彼は新しい顔を受け入れられなかったのか、それとも壊滅した仲間たちの死を受け入れられなかったのか、ディミータからコードネームを与えられるよりも先に永遠の安息を求めた。
「キミには無理強いをしてしまったね。最後に願いはあるかい?」
バイアルの中身を注射器に移しながらドクが訊いた。
「僕を、彼女の墓の隣に埋めて下さい。ただ、それだけを、どうか」
バガテルが死に逝く少年を無言で見つめていた。彼にも清掃部に来た原因と、清掃部に残った理由があるのだろう。
「素質のある若者だった。僕らの仲間に相応しい若者だったのに」
絞り出すようなドクの独白。だが、私は彼の行動や言動に疑問を感じていた。
彼は錬金術以外の事柄には殆ど興味を持っていない。私たちのメンテナンスには余念が無いが、治療可能な怪我や病気には、ほとんど興味を示さない。
戦いの矢面に立つのは、私かバックラー、コーズウェイの三人だ。主に負傷や修理が必要な損傷を受けるのは、私か巨人コーズウェイ。だから私とコーズウェイは同時に「掃除」に出る事は無かった。どちらかが治療中か、メンテナンスが必要な損傷を受けていたからだ。
だが、バックラーは装備の損傷こそあれ、彼が怪我を負ったところを見たことが無い。
両腕に装備した小型の盾で攻撃を軽く去なし、敵の体勢が崩れたところに盾
に取り付けたスパイクで強烈な一撃を加える。私は、彼ほどの防御の達人を私は見たことが無い。一度、模擬戦を申し込んだが断られた。
「ネイトの『錬金仕掛けの腕』は防ぎようが無い。盾を破壊されるのが先か、腕が折れるが先か、どちらかだな」
虎髭を震わして豪快に笑うバックラー。仲間たちは、私の鋼鉄で出来た腕を「アームズ」と呼ぶようになった。「武器」そのものの「錬金仕掛けの腕」だ。
私の戦闘力を皆が必要としてくれる。誰かが私を褒めるとディミータが笑顔になる。
「うふふ。ネイトは私が拾ってきたんだよ。私のネイト。うふふ」
戦乙女は失ったけど、私は鋼鉄の腕と新しい仲間たちを気に入っていた。
新しい私と新しい居場所。悪くない。
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私が特殊清掃部に来てから季節が一回りした。人間族の習慣に倣えば一年が過ぎた事になる。
「掃除」に行く回数は、減りもしないし増えもしない。私と言えば、せいぜい髪が伸びたくらいだ。錬金仕掛けの腕の扱いにも慣れた。生卵だけは未だに上手く扱えないが。
変わった事と言えば、巨人コーズウェイが死んだ。殉職では無い。度重なる錬金手術が原因だった。
コーズウェイは学院の生徒だった頃、事故によって味覚と嗅覚、そして痛覚を失っていた。その代わりに錬金手術により文字通りの鋼の肉体を与えられた。痛覚の無い身体は、休む事を知らない鋼鉄の鎧。打ちひしがれて、歪んでいく鎧。補修を繰り返し受けた鎧は、遂には壊れて使い物にならなくなった。道化師に潰された天使の胸鎧と同じように。明日は私の番かも知れない。
特殊清掃部は四人になった。ドク一人でメンテナンスの手が回るのは六人が限度らしい。
ドクは私たちを「錬金仕掛けの騎士」と呼ぶようになった。たった四人の錬金仕掛けの騎士団。大仰な物言いが好きなドクらしい。
「みんな、喜べ! 臨時ボーナスだぞう!」
清掃局の部会から帰ってきたドクが、いつもよりは汚れの少ない白衣のドクが、いつも以上にテンション高めに宣言した。沸き立つ部室。私も含めて総勢五人しかいないけど。
「先日、諸君の回収した『荷物』は、某国の貴族様の御令息だったと判明した。ほぼ損傷なく荷物を回収した諸君らの仕事ぶりに対して、貴族様からの感謝のお言葉と謝礼をいただいた!」
魔導院の学院に入学するという事は、大陸に住む者にとっては、ちょっとしたステータスだ。一旗立てたいと思う若者が後を絶たない。その中には箔をつける事が目的の、有力者の子弟も少なからず存在する。だが、下賤な身分の者にも、高貴な出身な者にも地下訓練施設は平等だ。
ボーナス支給の理由に、ドクを除く全員が意気消沈しかけたがボーナスはボーナスだ。これでルルモニの義足も、より良い物にしてもらえるだろうか。
ドクからは、すでにルルモニがリハビリを開始していると聞いた。経過は順調らしい。
私からの資金援助は内密にしてもらった。「錬金術科の研究の一環として協力してもらう」と言う建前でルルモニには伝えてあると言う。
ルルモニに会いたい。でも、どんな顔をして会えば良いのか分からない。足が不自由なルルモニを見るのが怖い。ルルモニに錬金仕掛けの腕を見せる勇気が無い。
「ふほほ、これで上手い酒が飲めるぞ」
「俺は休みでも取って旅行でも行こうかな」
「ねぇねぇドクぅ、アレ取り寄せてよ。海王国の魚の缶詰。なんて名前だっけ?」
「あれだ、『つなかん』だろ。ディミータはアレ好きだよね。マヨネーズと混ぜたのを、炊いた米に乗せたヤツ」
「なぁあん。想像しただけで……もうダメェ」
それぞれボーナスの使い道に浮き立っている。私はルルモニの義足分を払った残りを何に使おう。この一年、特殊清掃部の休憩室で生活をしていたから、そろそろ学院都市のどこかに部屋を借りようか。
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これから昼食に出ようかと考えていた矢先に、緊急の呼び出しで魔導塔に出かけていたドクが帰って来た。
「みんなっ! 喜べっ! 新しい仕事だあっ!」
過去最高潮のハイテンションでドクが叫んだ。四人の視線がドクに集まる。来客が来たのかと思った。それくらい帰ってきたばかりのドクの格好は異様だった。
魔導院の紋章の入った黒灰色のスーツに真っ白いシャツ、首元にはネクタイ。ボサボサの髪はオールバックに流され整髪料で固められ、革靴の爪先が鈍く輝いている。変わらないのは鷲鼻と濃いレンズの眼鏡くらいだ。
「新しい仕事?」
私は読みかけの「六英雄物語」に栞を挟んだ。
「ネイト、良い質問だ。とても良い質問だ。良く聞きたまえ、『錬金術の騎士』たちよ」
「ドクゥ、能書きは良いから、さっさと言いなよ。長話と安い仕事は御免だよ」
黒猫は長い話を好まない。途中で飽きてしまう。
「安い仕事なんて、とんでもない。僕が、僕の作った君たちを、安い仕事に使おうなんて考えた事も無い」
「掃除は、それほどお高い仕事でも無いと思うがね。俺は」
バックラーが、ハイパーテンションなドクの様子を呆れた様子で眺めている。
「長老会議が、ようやく我々の有用性を認めたのだよ! 頭の固い錬金術科の教授陣も、僕の研究を認めざるを得なくなったのだ! 愉快だ! この上なく愉快! ふはは、あの顔! 思い出しただけでも! くくくっ」
見慣れないスーツに身を包み、これ以上おかしい事は無いとばかりに身を捩り、哄笑する男。
見た事の無い、薄気味の悪い生物を見ているような気がしてきた。これはドクか? それとも、これがアイザック博士の本性か。
博士は興奮し過ぎたのか、激しく咽せ込んだ。ゴホゴホと咳を繰り返し、身を捩った拍子に眼鏡が床に落ちる。そこで初めてドクの素顔を見た。思わず息を飲む。金色の瞳。ディミータと同じ金色の瞳。
目の周囲に走る醜い傷跡。引き攣った皮膚。あまりにも不自然な双眸。左右の瞳の大きさが極端に違い、左右の視線が別々の方向を向いている。
ドクは床に落ちた眼鏡を拾い、さして慌てず鷲鼻の上の定位置に戻した。
「いやはや失礼。興奮しちゃったよ。仕事の内容だったね」
「何なんだよ? 意味が分からねえよ」
バガテルが毒づく。あんな姿を見せられては平静でいるのは難しい。
「まあ聞きなさいって。僕は以前から、君たち『錬金仕掛けの騎士』の有用性を上層部に説いて来た。だが、彼らは僕の研究を認めないばかりか、倫理なんてカビ臭い価値観を持ち出して潰そうとしてきた。倫理だってさ、面白い冗談だ」
私たちは黙ってドクの独演会を聞いていた。私たちの存在そのものに関わる話だ。
「優秀なステータス数値を持つ者を、より強化する錬金術。それによって生み出されたのが君たち『錬金仕掛けの騎士団』だ」
私たちは、この男の研究の産物と言う訳だ。だが、不愉快さは感じても怒りは覚えない。私は機会を与えられ、自分で選択し、錬金仕掛けの腕を得たのだ。
「私はドクの作った錬金仕掛けの腕で、失いかけた自分を取り戻した。親友も助けて貰った。感謝している。だが、魂まで差し出した覚えは無い。仕事の内容によっては断るが良いか?」
ドクが濃いレンズ越しに私を見る。その歪な瞳で何を見ているんだ? ダークエルフか? 研究資材か? 錬金仕掛けの腕の付属品か?
「言うようになったじゃないか、ネイト。転げ回って泣くしか出来ない小娘だったのに」
「私を挑発しても得る物は無いと思うが」
「挑発? 事実を述べただけだよ。ぐだぐだ抜かさず話を聞けよ。良い話なんだ。良い話」
ディミータが、はしゃぎ回るドクを真っ直ぐに見つめる。尻尾が左右に激しく揺れる。黒猫の非常に機嫌の悪い時の兆候だ。
「魔導院の資料室の見学中に『ある生徒』が『大変貴重なアイテム』を持って逃走した。逃走先は、地下訓練施設」
「ふうぅん? その『ある大変貴重なアイテム』を取り返せってこと?」
毒気を抜かれたのか、興味を失ったのか、ディミータが大きく伸びをした。
「そいつがちょっと違う。最悪の場合『大変貴重なアイテム』は破棄しても構わない。『ある人物』の迅速な保護、回収が最優先だ。得意だろ? 回収作業」
「魔導院の院生でもって、精鋭部隊を組織して派遣するのが筋では?」
「持ち出された『大変貴重なアイテム』と『ある人物』の存在を秘匿したい。だから我々みたいな非公認部隊に白羽の矢が立ったのだよ」
「キナ臭い話だな。キナ臭いどころか火薬の臭いがするぜ」
バガテルが椅子の背もたれに身を預けながら、折りたたんだ化合弓を展開させる。彼の化合弓は現在調整中のはずだ。
「火薬だろうが爆薬だろうが、これはキミたちが表舞台に出るチャンスだ。しかも、汚い仕事じゃないだろう? どちらかと言えば人助けだ。どうだい、ネイト」
「表舞台とやらには興味は無いが、断る理由は無い。だが、情報が少なすぎる。『ある生徒』とは? 『大変貴重なアイテム』とは何だ?」
「それについては長老会議から人が寄越される。お、ナイスなタイミングだね」
清掃部の出入り口の扉に目を移すと、若い男性が扉の前に所在無げに立っていた。
さして高く無いが低すぎない身長、痩せても無く太っても無く、それなりに鍛えた身体。一言で言えば無個性な青年。ただ一点、印象的な銀色の髪。
「あのう、ここって特殊清掃部ですよね? お取込み中でしたか? こりゃ失礼しました」
銀髪の青年が、大して失礼したとも思って無さそうにペコペコと頭を下げた。長老会議が寄越すくらいだから、歴戦の勇者のような男を派遣してくるかと思っていたが、これでは肩透かしだ。
「いや、絶好のタイミングだよ。早速だが出動してくれるかな? 地下訓練施設に向かいがてらに仕事の内容を説明してくれ。ネイト、指揮を取れ。バガテルは調整が間に合わない。待機だ」
バガテルを除いたメンバーが各々の準備を始める。
「あーぁ、留守番かよ。タイミング悪いな」
「いや、今回の仕事は「荷物の保護」と「迅速な回収」だ。バガテルの出番は少ない」
つまらなそうに不平を口にするバガテルをフォローをする。
私とバックラー、ディミータ、そして銀髪の青年の四人パーティ。青年の戦闘力は未知数だが、学院の生徒一人を「保護」するには十分な陣容だろう。
「ねぇねぇねぇ、あんた名前はぁ? 『しらがっち』って呼んで良い?」
早速、恒例のディミータの儀式が始まった。銀髪の青年は、意味が分からないと言った顔で困惑しているように見える。
「なんすか、それ? センス無さすぎですよ」
「今ならコーズウェイが死んじゃって『C』が空いてるから『C』で選んでぇ」
「死んじゃって、って……俺、大丈夫ですかね? じゃあ、とりあえず『カース』って読んで下さい」
――カース? 「CURSE」の事か? 不吉な名前だ。
得体の知れない一抹の不安が胸に過ぎった。




