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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第三章 異端の女
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第52話 金色の瞳 気まぐれ黒猫

 暖かくて日当たりの良い、お気に入りの二階席。今日も淹れたてコーヒーが美味しい。

 「質より量」がモットーの学院の食堂のメニューの中では珍しく「量より質」なのが、「魔導院特製・プレミアムコーヒー」だ。アイスとホットが選べるのだが、私は断然、ホットを選ぶ。


「おうーい! ネス! 席空いてっかぁ?」


 アスベルが「スタミナ肉盛りランチ」が乗ったトレーを両手に階段を上がって来る。

 私たち女生徒は「スタミナ肉盛りランチ」を「下品盛りランチ」と呼んでいる。焼いた牛肉の上に茹でた豚肉が乗り、その上に蒸した鶏肉が乗せられた茶色い肉盛りランチは男子生徒の人気メニューランキングの最上位だ。


「まてまて、私が先だ! 弟は兄の後を歩くのが常識だ!」


 カイラルが、アスベルと同じ姿勢で階段を上がる。当然、メニューは「下品盛りランチ」。全く似た者兄弟だ。


「俺がネスの隣りだっての」

「馬鹿言うな! アスベルッ、ネスに近づきすぎだ! 女性に対して失礼だっ」

 

 私の左右に座れば良いのに。変な兄弟。ついつい笑ってしまう。


「最近さぁ、ネスは良く笑うようになったよな」

「あぁ、初めて会ったときは、怒っているのかと思っていたよ」


 そうだろうか? だとしたら、私を変えてくれたのはカイラルとアスベルの二人だ。

 彼らは私の左右の席に陣取って、テーブルの上に肉山盛りのトレーを置いた。フォークとスプーン。そしてナイフ。


 ――食堂のナイフは、こんなデザインだっただろうか?


「でさぁ、ネス。こないだ『俺のネス』って、言っちゃったけどさぁ」

「私に断わりも無く、そんな事を口走ったのか? 正気とは思えん」

「何で兄ィに断わり入れなきゃなんねぇんだよ?でよぉ、アレはさぁ、実は俺さ、前から……」


 二人は唾を飛ばしあいながら食事をしている。汚いな。潔癖なカイラルも興奮していたら、そこは気にならないのだろうか? 二人のやりとりに自然と笑みが零れる。

 だが、次の瞬間、信じられない光景に、心が凍りついた。


 カイラルが己の首に三日月のような形の刃を突き立てた。

 アスベルが己の胸に三日月のような形の刃を突き立てた。


「止めろ、二人とも! な、何をしている!」


 カイラルとアスベルの動きが止まる。

 いやに明瞭な、やけにはっきりした言葉で――――

 

「どうして、ネスだけ、生きて、いるんだ」




********************




「ディミータ。確かに、この娘のステータス数値の高さは認めるが、こうも精神が弱くては使い物になるかなあ」

「何よ、ドク。私の拾った可愛いダークエルフちゃんに文句あんの? メガネ割んぞメガネェ」

「ちょ、止めてくれ。この間も私の眼鏡を壊したばかりだろうに」


 早口な男性の声と、語尾を伸ばすような聞き覚えのある女性の声。


「今後も調整は続けるが、早いところ認めさせないと、心が壊れるよ」

「認めさせるって、どうやんのよぅ」

「自分がどうやって受け入れたのかを思い出しなさいな」

「あら? ダークエルフちゃんの目が開いてる。見えてるぅ? 見えてるぅ? うふふ」


 黒猫を思わせる女性。ベッドに横たわる私の顔の前で、掌をひらひらさせている。

 汚い白衣を着た男が黒猫を押しのけて、私の身体の上に身を乗り出す。


「えぇ? もう目覚めたのかい? さすがはディミータが拾ってきただけの事はあるね」


 白い天井。白い壁。白いベッド。白かったであろう白衣。男はマグカップを片手に。香りからコーヒー。色の濃い眼鏡。痩せた男。赤茶の染みが飛んだ白衣。

 黒猫。顎のラインに切りそろえた艶のある黒髪。猫を感じさせる身のこなし。不思議な色の瞳。


「うふふ。気分はどう? ダークエルフちゃん」


 思い出せない。ここは何処? 地下訓練施設?

 アスベル。カイラル。ミュラ。ソカリス。ルルモニ。道化師。収穫の鎌(ハーベスタ)。歪んだ胸鎧。曲がった槍。私の腕。


「ウァアァアアァ!」

「うぁわぁああぁ! コーヒーがこぼれるっ。危うく白衣にコーヒーがかかるトコだった。キミ、ちょいと落ち着きなさい」

「あはは、すごいすごい。元気がいい子は、お姉さん好きよぉ」


 恐怖と喪失感に襲われ、ベッドから転げ落る。怖い! 怖い! 怖い!


「こ、こりゃいかん。診察室が壊される。ディミータ、なんとかしてくれ」

「いやよぅ。面倒臭いし怪我したくないし」

「お前は、まったく。おーい、コーズウェイ、悪いけど来てくれ」


 床を転げまわる私の前に、巨体を誇る人喰鬼(オーガ)よりも、更に一回り大きい巨人が立ちはだかった。


「コーズウェイ。呼んでおいてなんだが、壊すなよ。その、なんだ、壊してしまったら勿体無い」

「あぁー! ドクゥ、私のダークエルフちゃんなんだからねっ」

「ディミータ、だったらキミが止めなさいよ。あ、やめてっ! その機材はやめて! 高いんだからソレ」


 コーズウェイと呼ばれた巨人が、手にした丸太のような棍棒を、微塵の躊躇もなく私の背に叩きつけた。

 背中に激しい痛みが走り、痛めた肋骨が軋む。痛みと衝撃で息が吸えない。


「ちょっとぉ。コーズウェイ。やりすぎっ! やりすぎよぉ。あんた、ぶっ殺すよ」

 

 巨人が棍棒を大上段に振りかぶる。反射的に頭を(かば)う。「ばきりっ」と、乾いた木材が砕け散るような音が聞こえた。

 自分の頭蓋骨が砕かれたかと思った。庇ったはずの、私の腕はもう――――

 いつの間にか私の背後に回った白衣の男が、私の首筋に何かを突き立てた。すうっ、と意識が遠くなる。


「もう少し眠りなさいな。君はまだまだ疲れているんだよ」




********************




 髪を撫でられる感触に目が覚めた。妙に視界が白っぽい。と、いうよりも眩しくて目を開き切れない。


「うふふ。おはよお」


 細めた目でベッドの脇に座る女性を横目で見た。そこには、少しだけ見慣れた黒猫。きらきら光る金色の瞳。心の底まで見透かされそうな瞳。

 ベッドに横たわったままの、私の頭を撫でる優しい手つき。私の人生で、こんな風に撫でられた経験はあっただろうか。


「あの……もうやめて下さい」


 悪い気持ちでは無かったが、名前も知らない相手に身体を触られるのは、どうにも気持ちが落ち着かない。


「ふふん。もう落ち着いたみたいね。ねぇ、お姉さんの名前は分かるぅ?」

「ディミータ……さん」

「すっごい! 何で知ってんのぉ!」

「白衣の人が、そう呼んでいたから……」

「あぁ、そうか。うふふ。頭の良い子は、お姉さん好きよぅ」


 何だか調子が狂う。少し外れた調子。少しだけ似ている。とても大切な親友と。


「あの、ディミータさん。ルルモニは、私の友だちは……」

「ディミータで良いわ。お姉様って呼んでくれたら、お姉さん嬉しいのだけど」

「ディミータ。私の友だちは、どうしてますか?」

「うぅん、いけずぅ。ルルモニって、薬学科のノームの子よね」

「はいはいはい。そのノームなら、ある意味では元気だよ」


 汚い白衣がマグカップ片手に部屋に入って来た。コーヒーの香り。

 起き上がろうとして、(ようや)く自分がベッドに縛り付けられている事に気が付いた。


「私は、もう大丈夫です。暴れませんので拘束を解いて下さい」

「ふんふんふん。もう落ち着いたみたいだね。キミ、私の名前、分かるかい?」

「……ドク?」


 私は太い鎖で何重にも巻かれ、ベッドに縛り付けられたまま答えた。


「それは愛称。渾名(あだな)みたいなもんさ。本名はアイザックだ。でもドクで良いよ。いや、ドクが良い」


 気を失う前よりも白衣が汚くなっている。汚い白衣を何枚も持っているのだろうか。それとも、単に汚れがランクアップしたのだろうか。

 長身痩躯に汚い白衣。鉤鼻の上に濃いレンズの眼鏡。その眼鏡の奥の感情は窺い知れ無い。人間族だと思われるが、年齢を計り兼ねる不思議な風貌。


「ある意味では元気とは、どういう意味ですか?」

「彼女は足をやられてしまってね。気の毒だけど、もう自力で歩くのは無理だね」

「そんな……ルルモニの……足が……」


 浴場を、地下を軽快に駆け抜けたルルモニ。骨折した胸がズキリと痛む。自然に涙が零れた。鎖で縛られたままでは涙も拭けない。


「他人の足を気にしている余裕ある? 受け入れられるの? その腕」


 真剣な顔をしたディミータに気圧される。腕? 腕がどうした?

 ベッドに縛りつけられたままの不自由な体勢で自分の腕を眺めた。

 肘から先に取り付けられた手甲(ガントレット)としか形容出来ない金属の腕。感覚が無いくせに、ぎこちなく五指が動く。自分が人形になってしまったかのような恐怖が湧いた。

 

「わ、私の腕は……これは、これは、何?」

「奇跡のような錬金術さ。錬金術のような奇跡でも良いよ。その腕は私が作った。気合い入れたんだよ。自信作さ」

「でも、でも、そんな、こんなの勝手に……」


 収穫の鎌(ハーベスタ)で切断された、恐怖と喪失感に全身が震えた。


「勝手にだって? 馬鹿な事を言うんじゃないよ。あんたが選んだんだよ。友だちを助けるためにね」


 ディミータが不機嫌そうに吐き捨てる。長い尾が激しく揺れた。


「でもでもでもー! 良い話もあるんだよ。キミの腕と同じ様にね、気の毒なノームの少女に、自力で歩ける足をプレゼント出来るんだ。良い話だと思わない?」

 

 アイザック、ドクが場を執成(とりな)すように大げさに振舞った。


「それにディミータだって受け入れたんだよ」

「余計な事は言いなさんな。メガネ割んぞ。それでね、その代わりに私たちの仕事を手伝って貰うわ」

「そうそうそう。その報酬としてノームの少女に錬金の義足を作って差し上げよう、ってね。リハビリ次第では走れるようにもなる。場合によっては元の能力を超えちゃったりもする」

「選択の余地は無いよ。あんたが自分で選んだんだ」


 必死にディミータの機嫌を取るドク。イライラと不機嫌なディミータ。私の髪を撫でていたディミータとは別人のようだ。それは、まるで気まぐれな猫のような。


「仕事って何ですか? 私は何をすれば良いのですか?」

「うふふ、簡単な『お仕事』よ。とっても簡単な『お掃除』よ」

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