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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第三章 異端の女
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第48話 初陣

 カイラルから教わった通り、私は時間を作ってはジョギングに勤しんだ。

 始めたばかりの頃は、二十分も走ると脚が止まっていたが、半月も続けているうちに息が切れる事も少なくなり、徐々に長い距離をこなせるようになった。

 持久力は継続する心の強さでもある。必ず戦闘にも役に立つと実感した。


*****


 私がルルモニたちのパーティと合流してから一か月、いよいよ地下訓練施設に挑戦することになった。

 地下訓練施設の入り口は、私たちが戦闘技術を学ぶ「訓練所」の一階にあり、ちょっとした集会場のようになっている。ここでは地下に潜る生徒たちが待ち合わせをしたり、装備の確認や受け渡しをする。

 気が逸った私は、待ち合わせの三十分も前に到着してしまったが、待っている間に何度も鎧の留め具を確認したり、槍の柄に巻いた布を縛り直して、皆の到着を待った。


「おや、もう来ていましたか。やる気満々ですね」


 抑えた調子ながらも朗らかな声。待ち合わせまで、あと十五分といったところでカイラルが姿を現した。用意周到な彼は、すでに鎖帷子(チェインメイル)を身に着けていた。


「ああ、何だか落ち着かなくて。何だか、こう……そわそわする」

「ははっ、良いですね。その緊張感、大切にして下さい」


 初陣の私を軽んじる訳でも無く、かといって気を使っている様子も無いカイラルの人柄にはいつも感心させられる。


「カイラル、すでに地下五階まで到達したパーティがいると聞いたが、私たちのパーティは、地下何階まで到達しているのだろう?」

「私たちは地下三階まで到達済みですよ。でも今日のところは地下一階で戦闘に慣れましょう」


 私とカイラルが地下の様子や戦闘について話し合っている間に、神聖術師のミュラや魔術師のソカリスが合流し、次いで薬学師のルルモニ、予想通り集合時間から五分遅れで戦士アスベルが到着した。


「悪ぃ。昼飯喰いすぎて……ちょっと、お腹を下し気味」

「アスベル……お前は、もう少し緊張感という物をだなぁ……」


 カイラルとアスベルの、まるで寸劇のような一幕にパーティ全員の緊張が解れたのを感じた。


「さあ、みんな準備は良いか? では行くぞ!」


 カイラルの号令で、全員が、「おう!」と気合い入れ、同時に拳を突き上げた。ワンテンポ遅れて、私も「お、おう」と言って手を上げてみた。

 ずるい。こんなの聞いて無い。


***


 入口から階段を下り切ると、そこには橙色の魔陽灯に照らされた、静かな空間が広がっていた。明らかに地上とは違う冷えた空気に身体も心も引き締まる。

 地下の通路は聞いていた通りではあったが、三人が横に並ぶと手狭な印象だ。この広さで好き放題に武器を振っては仲間を傷つけかねない。


「私は槍で突く事を中心にした攻撃方法が良さそうだな」

「そうだな。ネスの戦闘速度ならば、並みの相手なら先手が取れる。次いでアスベルが戦斧で叩くのが良いだろう。そこで殲滅出来なければ、私が追撃する」


 カイラルは何度もミーティングした内容を復唱した。

 ふと違和感を感じ、灰色の煉瓦作りの壁に触れる。これは――――


「曲がり角の先に何かいる。数は……三体」

「なぜ分かるんだ?」

「壁に振動が伝わる。近い」

「生徒かも知れねぇぞ。兄ィ」

「地下では六人で行動するのが常だ。三体だとすれば生徒の可能性は低いだろう。先制しよう」


 カイラルの即断に全員が頷く。

 私たちは曲がり角で待ち伏せをした。

 カイラルが無言で指を三本立てた。


 槍を構える。唾を飲み込む。

 息を吸い込み、突撃体制を取る。

 アスベルと目配せ。


「行けぇぇぇえぃ!」


 曲がり角の先にいたのは三体の豚人族(オーク)だ。

 人に似た肥満体の汚れた身体に、豚の頭部。それは豚人間としか形容出来ない獣人。

 失われた古代の錬金術で労働力とすべく作られた獣人族(セリアンスロープ)と伝えられているが、旺盛な繁殖力と低すぎる知能、強すぎる欲望で人類の敵となった醜悪な亜人だ。


 慌てふためくオークたち。

 私は先頭を歩いていた一体に突撃をし掛ける。槍は一瞬でオークの頭部を真正面から貫いた。

 引き抜いた槍を間髪入れずに右にいたオークの胸に突き立て、勢いのまま蹴倒し、豚そのものの頭部の眉間を突き、止めを刺す。


「アスベル、左を頼む!」

(おう)! 任せろや!」


 私の叫びにアスベルが応えた。

 一体だけ残ったオークは、反撃する術も無くアスベルの戦斧の餌食となった。


「大勝利だ。私はやる事が無くて楽だったよ」


 カイラルが満足げに笑う。私は勝利の余韻に浸りつつも浮かれるそうになる自分を戒めた。


「だが、相手は私たちよりも数段劣る戦力だった。次も全力を尽す」

「その通りだ。油断は死を招く。ネス、次も気を抜かずに行こう」

「……真面目すぎるぜ、お二人さんよ。もちっと気楽にいこうよ。なぁモニモニ」

「汝を気高くし、戦いにおいて汝に誉をもたらす作法を学べ」

「えっ? いま、何て言ったの? 意味が分からないんですけど」


 ふて腐れたアスベルを除く全員が笑った。

 これが「仲間」か。何だか心地良い。


 全員で手分けして、オークの死骸を通路の脇にどけていた時に、ふと疑問が浮かんだ。


「この死骸は、一体どうなるんだろう?」


 私は一番手近にいたアスベルに、何気なく聞いてみた。


「うふふ……聞きたいかぁ? ネスゥ」


 そう言って、アスベルは不気味な笑みを浮かべた。


「夜中にな、学食のおばちゃんたちがやってきて、翌日の食材にするのだぁー」


 こちらに向かって手を突き出し、ワキワキと両手の指を動かすアスベル。

 無言の私の代わりに「……馬鹿じゃないの」と、ミュラが答える。清楚な外見に似合わず、ミュラの毒舌は鋭い。


「ネス、アホベルの言ってる事は忘れてね」

「ちょ! 丸っきりの嘘じゃないだろ」


 丸っきりの嘘じゃない? どういう事だろう。


「あのね、学食のおばちゃんじゃなくて、清掃局の人たちが夜中に掃除してくれているの」


 ミュラの簡潔な説明に、「そうそう、そういう事」とアスベルが口を挟む。

 その時、静かに佇んでいたソカリスが口を開いた。


「皆さん、通路の先から何か来ます。血の匂いを嗅ぎつけたのでしょう」


 通路の天井には等間隔で魔陽灯が配置されているが、そう遠くまでは見通せない。

 何か水っぽい、大きな生物が通路の向こうに見えた。


巨大な蛞蝓(ジャイアントスラッグ)ですね」


 ソカリスが杖で指示(さししめ)した。

 森の中では掌よりも大きな蛞蝓(なめくじ)を見た事があるが、人より大きな蛞蝓には驚いた。ミュラが短い悲鳴を上げる。


「あぁ、もう! 何度見てもイヤぁ!」 


 同感だ。この手の生物には、女性の神経を逆撫でる何かを備えている。

 槍を構え、突撃を仕掛けようとした時だ。カイラルから鋭い指示が飛ぶ。


「ネス、そいつに槍は通用しない! ソカリス、いけるか!?」

「はい。準備出来てます」


 魔術師ソカリスが、目を瞑り小声で何事かを呟く。すると、構えた杖の先に火が宿った。火はじわじわと大きさと勢いを増す。ソカリスの杖はまるで松明のようだ。


「行け!」 


 ソカリスの短い気合いと共に、子供の蹴るボール程の大きさに成長した火球が杖の先から放たれる。

 一直線に飛んだ火の玉は、肌色の特大ゼリーのような身体にズブズブとめり込んだ。

 次の瞬間に、ドン! と爆発音が聞こえ、巨大な蛞蝓ジャイアントスラッグの身体が肉片になって飛び散った。

 ブスブスと蛋白質の焼け焦げる臭いに口を押さえながらも、その破壊力に驚嘆した。


「これが攻撃魔術……凄い」


 余りの威力に、本音が口から洩れる。


「これは第一位魔術『小炎』です。いずれもっと高位の攻撃魔術をお見せしますよ」


 ソカリスが私に話しかけた? 思わず耳を疑ったが、エルフらしいエルフは、それだけ言うと私から背を向けた。

 もしかして、私のことを僅かでも「仲間」と認めてくれたのだろうか。

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