第46話 ドラゴン・トゥース
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「なあ、兄ィよ。敵から奇襲を受けたらどうするよ?」
アスベルがトマトソースが絡んだ麺を器用にフォークで巻きながら、兄であるカイラルに聞いた。
「アスベル、口に物を入れながら喋るな。ソースを飛ばすな。みっともない」
ナプキンで几帳面に口元を拭いながら、カイラルがアスベルを嗜める。
「ネスの戦闘速度は凄いぞ。あれなら奇襲を受けてもカウンターが取れる。兄ィも一回手合わせしてみろよ。蜂の巣にされるぞ」
まだ知り合って二週間程だが、アスベルに渾名を付けられた。
彼は人に渾名を付けたがる癖がある。カイラルは「兄ィ」で、ルルモニは「モニモニ」、そして私は「ネス」。
それからと言うもの、私はパーティの全員から「ネス」と呼ばれるようになった。私の名を短縮したのと、女性のみで構成された戦闘部族『アマゾネス』からの連想だという。
ちなみにアマゾネスとは女性だけで構成された部族で、男性を攫い子種を手に入れては殺害し、子を成しては男児が産まれれば殺し、女児だけを戦士として育て上げる母系戦闘部族だそうだ。
そんな恐ろしい部族に連想されるとは、私は学院の生徒たちに、どのような目で見られているのだろうか。ミュラからは野獣呼ばわりされた。戦闘部族の野獣女か……私だったら、あまり近づきになりたくはない。
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先日の事だ。アスベル達っての希望で、実戦形式の手合わせをする事になった。
「一緒に前衛を張る仲間の実力は知っておきたいんすよ。頼んます、どうか一手、宜しく願いますっス」
手を合わせて拝まれてしまっては、断ろうにも断りにくい。それに正直なところ、騎士科の正々堂々とし過ぎた戦い方にも疑問を持ち始めていたのは事実だ。戦士科のアスベルと手合わせするのは良い勉強になると思う。
「分かった。私に断る理由は無いしな」
最近、私には気になる存在がいる。六英雄の「隻眼のサムライ」だ。
彼の戦い方は一種独特だ。正々堂々に見せかけて相手の裏をかく。自然の地形を利用しては罠にかける。わざと刀が折れたふりまでする。一見、卑怯にも見えるが、隻眼のサムライは全ての戦いを悉く勝利し、生き延びているのだ。
――――勝つよりも、とにかく生き延びる事を優先しろ。生き延びさえすれば、いずれ好機は訪れる。
口髭男爵が常々口にしている一言が耳に蘇る。
俄然、隻眼のサムライが気になって「六英雄物語」を最初から読み直していた。
ダークエルフの件は、ルルモニのおかげで気にしない様にする術を身に付けた。
ルルモニ謹製の飴を舐める。すると、モヤモヤやイライラが不思議と薄くなり、本を読み進める事が出来るようになった。ただ、飴の消費量が日に日に増えていくのが新たな悩みになってしまったが。
「互いに木製の練習用の武器を使用する。武器には赤い染料を塗り、ダメージの目安にする。それでどうだろうか」
「いいっすよ。それでいきましょうや」
私とアスベルは、総合戦闘科の戦闘訓練室で模擬戦を行う事にした。
私の得物は当然、槍。先端を丸くした木製の穂先に、赤い液体を塗り付けた。
アスベルが手にしたのは、彼が得意とする戦斧だ。私の槍と同じく赤い染料が塗られているが、木製とはいえ戦斧から滴る赤い液体に、否が応にも緊張が昂まる。
戦闘訓練室は円形の闘技場のような部屋だ。床には滑らない様に灰色の乾いたダートが敷き詰められている。
告知したつもりは無いはずだが、二十人ほどの生徒が見物に集まっていた。
私の最大の武器は、瞬間的な戦闘速度だ。相手が態勢を整える間も無く攻撃をし掛ける。一撃を防がれても手数で圧倒する。だが、私には戦闘持続能力、端的に言えばスタミナが足りない。実技訓練でも二分を超えると息が上がり、足が止まってしまう。
忌々しきウィークポイントだが直ぐに改善出来る問題では無い。
何度か砂を踏み慣らし足下の感触を確かめる。乾いてパサパサした砂だがグリップは十分に効く。
――――試すか……『ドラゴン・トゥース』を。
私は隻眼のサムライの剣技『龍牙』を元に、槍術に応用した技を考案していた。
槍を地面に対して水平に構え、相手の目線に合わせる。弓を引くように後方へ溜め、全身のバネを使い相手の懐に飛び込む様に突撃する。
この攻撃の肝心なところは、必ず相手の向かって左側を狙う事だ。攻撃の狙いは、突撃を避けて相手が右に流れた所を右に薙ぐ。点から線へ繋ぐ連続攻撃。眼前に水平に構えたられた槍は、相手からすれば間合いが掴みにくい。
突撃を避けなければ致死的な刺突の餌食になり、避ければ横薙ぎにされる二段構えの技だ。
名付けて「ドラゴン・トゥース」。冒険小説の必殺技みたいで気恥ずかしいが、直訳的な所が気に入っている。
「ネス、やる気十分みたいだなっ!」
「ああ、やるからには手加減はしないさ」
アスベルは戦斧を握り、腕を回している。得物の重さを確かめているのだろう。
準備が整ったか、彼は両手で斧を構えて腰を落とした。膝を曲げて左右のどちらにでも瞬時に動けるその態勢に、隙はどこにも見当たらない。
騎士科の教官、口髭男爵が立会い人を買って出た。
「まあ、なんだ。死なない程度に頑張れよ」
気の抜けた訓示に気勢が削がれかけたが、アスベルの火が出る様な眼差に身が引きしまった。そうだ。彼には、私には無い「実戦経験」がある。
「では」
男爵が右手を挙げる。
アスベルが手の内で戦斧を回し始める。攻撃のタイミングを計っているのだろう。
――――開始の合図で仕掛ける!
心の奥底で決めた。
「始め!」
自らの身を弓に見立て、右半身を後ろに反らす。右手に持った槍は水平に構え。左手を伸ばし、人差し指をアスベルへ向ける。距離は良し。
――――私は一張りの弓。
「でぃやあぁぁぁあ!!」
――――私は一筋の矢。私の矢は、狙いを外さない。
凶暴な速度と力がアスベルの右肩を襲う。反応したアスベルが向かって右に流れる。
――――矢はお前を捉えた。
右に飛び、大きく体を開いたアスベルに為す術は無い。
鋭く右に薙いだ。革鎧の胸に赤い線が走る。
「そこまで!」
男爵の試合終了の声が掛かる。観衆のどよめき。
感じた事の無い疲労感に片膝を突く。脇の下に冷たい汗が走る。これが戦闘か。
アスベルは、呆然と胸に着いた赤い染料を眺めていた。私がいる事に、いま気付いたばかりの様な顔をした。
「今のは何だ? 何をしたんだ? あまりにも速すぎる……」
アスベルは、右肩に付着した不吉な色の染料に触れた。
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「だがな、アスベル。我々が挑むのは狭い地下訓練施設だ。曲がり角で奇襲を受けた際には、長い槍は不利だ」
カイラルはティーカップを手に、宙を睨みながら答えた。さすがの冷静な状況分析だ。槍のデメリットを良く理解している。
「後方からの奇襲にも気をつけたいな。槍はリーチの長さが利点だが、反面、混戦時の取り回しが難しい。奇襲を受けた際の初動は防御に徹しよう」
この状況判断に優れたリーダーについていけば、生き残る事が出来そうだ。