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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第三章 異端の女
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第43話 甘酸っぱい感情 それはイチゴのような

「いやーたすかったー。まだくるくるスルー」


 そう言って薬学科の制服を着た少女は、くるくるふらふらと座り込んだ。

 ブルネットの髪、それと同じ色をした大きな瞳。人間にしたら十四、五歳の少女に見えるが、大きな垂れた耳はこの風変わりな少女がノーム族だと物語っている。


 彼女らノーム族は争いを好まない穏やかな性格で知られているが、好奇心や冒険心が旺盛で学院都市でも良く見かける種族だ。

 洞窟や洞穴を住みやすい環境に整えて住居にし、自然環境に溶け込むような生活を営んでいる。そういった点からも、我々エルフ族とノーム族は似通った価値観を持っている。

 そしてノーム族は、エルフ族ほどでは無いが長い年月を生き、成人しても少年少女のような体格までしか成長しない。私たちと同じく長い耳が特徴的だが、エルフの耳はピンと上を向いているのに対し、ノームのそれはタルっと垂れている。


 芝生にぺたりと座り込んだノーム族の少女に手を差し延べると、彼女は差し出した私の手を握り「たすけてくれてありがとう。ルルモニのなまえは、ルルモニっていいます」と、妙な調子で名乗り、礼を言った。

 先入観を無しで見れば、なかなかに可愛らしい容姿と言えよう。言葉使いは少々おかしいが許容は出来る。


「さあ、おまえのなまえをいえ。いってみろよ。きいてやる」


 前言は撤回する。もう一度、木に吊るしてクルクルしてやるべきか。


「ごめんなさい。ルルモニ、ノームの里からでてきたばかりで、まだことばがだめです」


 なるほど、この常軌を逸した言葉使いはそれが原因か。

 エルフの言葉は、人間の言語と殆ど変らなかったので、私はすぐに人間の言葉を使いこなせるようになった。だが、この風変わりなノームの少女は言葉で不自由な思いをしているのだな……可哀そうに。


「ではルルモニ。なぜ、あんな、たかい、ところで、クルクル、していたのだろう?」


 少女の境遇に共感した私は、彼女の奇妙なイントネーションに合わせて聞いてみた。


「何でお前に教えなきゃいけねぇんだよ?」


 ……こいつ、わざと言っていないか?


「はうう、ごめんなさい。ルルモニ、まだ、ことばが……えぇと、りゆうは、そのぅ、はずかしいのですが……」


 もじもじと身を(よじ)り、顔を赤らめるノームの少女。これは変な生き物と知り合ってしまったようだ。





 ルルモニの拙い説明からすると、どうやら木に成った果実を採りたくて頑張って登ってはみたものの、制服のフードが枝に引っ掛かり、登るも降りるも(まま)ならなくなって、吊るされるまま風まかせにクルクル回っていたらしい。


 フード付きの制服、これは「薬学科」の制服だ。

 魔術科や神聖術科、錬金術科と同じ学舎で学んでいるが、副次的な位置付けの薬品や薬物を研究する学科が「薬学科」だ。

 薬草を始めとするする様々な薬物を研究し、怪我の治療薬や、好ましくない状態、例えば麻痺や強制的な睡眠などを回復に導く薬剤を調剤する。

 発火性のある液体や催眠ガスなどを制作することも出来るので、治療回復にみならず、戦闘にも役立つ職種(クラス)でもある。

 魔術科の瞑想や、神聖術科の詠唱などの独自の鍛錬が必要なく、錬金術科ほどの高度な知識までは要求されないので、必要とされるステータス数値も、それほどの高さを要求されない。しかも、学院を卒業した後も、薬店や薬局での就職に困らない為、特に女子に人気のある職種でもある。


「あなたはやさしいエルフですね」


 そうだろうか? 罠にかかった未熟な小動物を助けるのはエルフとして当然だ。数年後には、大きな獲物として手元に帰ってくるからな。


「ルルモニのなかまには、エルフのまじゅつしがいます。すぐにルルモニをおこります」


 こんな珍獣でも、パーティを組んでくれる奇特な連中がいるのか。いや、それでは私の立場があんまりだ……


「そうだ。ルルモニたちのパーティは、このまえ戦士がいなくなりました」


 少女は寂しそうに眉をよせる。まさか……?


「そ、その戦士はどうなったんだ?」


 私は地下訓練施設で起こり得る最悪の事態を思い起こした。もしや、実戦訓練で……


「あっさり孕んで嫁にいった。そういう幸せもアリだよね」


 どうもコイツと話していると、自分のペースが狂う。


「ルルモニたちのなかまに入りませんか? ルルモニからみんなにいいます」


 それは願っても無い、渡りに船だ。だが、エルフの魔術師がいるのか。冷たい視線と動かない耳を思い出すと気が引けた。しかし、空きがあるのは戦闘職だ。この好機を逃したら、いつ地下訓練施設に挑める事になることか。


「ルルモニが良かったら、私を紹介してもらえないだろうか?」

「ほんとうですか? ルルモニはうれしいですぞ。ほめてやる」


 早く正しい言葉使いを覚えてくれれば良いのだが。


「ところで、その果実は何に使うんだ?」


 赤みの強い、ツヤツヤした小さな果実。リンゴをそのまま小さくしたような実だ。故郷の森では見た事のない果物。興味に負けて、我慢していても耳が動いてしまう。


 ルルモニが欲しがっていたので、槍を利用して採ってやった。錬金術科が自慢していた「錬金ハイ枝切シザー」を真似して実を採ったのだが、あの先端にハサミが付いたポールウェポンの、どのあたりに錬金術が応用されているのか大変興味深い。アレは確かに素晴らしい切れ味だった。私の槍もいずれ強化してもらいたいものだ。


「これはイチリンゴの実です。すごくすごくすっぱいです。たべますか」


 そう言われて、「はい、食べます」と言う者が、この魔導院にどれほどいるのか。それは挑戦者の心境だ。この世には美味しい物がたくさんある事を知った私だが、そうでは無い物もたくさんある。知ると言う事は挑戦する事だ。では、私は勇気を持って辞退しよう。


「その酸っぱいイチリンゴを何に使うのだ? やはり薬学に役立つ物なのだろうか?」


 私は好奇心で聞いてみた。意外にも回復薬の材料かも? いや、その酸っぱさを利用した気付け薬かも知れない。


「ルルモニはこれでアメをつくります」


 アメ? 雨? アメとは何だ?


「イチリンゴをさとうでにつめると、いちごみたいなアジになるのでござる」


 この喋り方にも慣れてきた自分がいる。そうか、アメとは飴の事か。


 同期の女子生徒に貰った、あの丸薬のような菓子の事か。せっかく貰ったものの、食し方が分からなかった。


 エルフの郷では出来るだけ火を使わないのが習慣なので、煮たり焼いたりする菓子の類は殆ど無い。森では四季を通じて葡萄や林檎などの果物がたくさん採れるので、甘味に飢える事はない。

 それに果物は干したり、砂糖水や酒に漬けこめば、十分に菓子の代わりとなる。


 女子生徒たちが飴を口に放り込んだので、私も真似して口に含んだ。これは随分と硬い食べ物だな。砕けた破片が歯にくっつく。


「ちょ……いきなり噛み砕く派? それってエルフ流?」

「え? あ、あぁ。エルフ的には、こんな風に食べる。お、おかしいか?」

「え? いや、人それぞれ、かな? 良いと思うよ。ワイルドで」


 あの時は、どうやら食べ方を間違えたらしい。飴を食べる作法を学ばなくてはいけないな。いただいた物で粗相をしたとなってはエルフの名を汚す。


「これ、ルルモニがつくったアメ。たべてみるか?」


 差し出された掌の上には透明感のある赤い玉が乗っている。摘むように受け取って、しげしげと眺めて見た。食べ物とは思えない鮮やかに透けた赤。思わず掲げて光に透かしてみた。

 嬉しくなるような綺麗な色。宝石のような赤い玉。


「ああ、おなじいろですね」


 ルルモニに思いっきり顔を指さされた。思わずたじろいだ。人の顔を指差すな。


「あなたの目です。とてもきれいな赤。ルルモニのすきないろです」


 そう言って、ルルモニは赤い玉を一つ口に含んだ。私も真似をして、飴を口に放り込んだ。今度は噛み砕かない様に気を付けなくては。

 飴玉を口の中で転がすと、イチゴのような甘味と酸味が口いっぱいに広がる。


「こ、これは美味!」

「すごく良いえがおです。いいとおもいます」


 ルルモニと顔を見合わせて笑ってしまった。今まで味わった事の無い「気持ち」が胸いっぱいに拡がる。

 何だろう? それはまるで、甘酸っぱいイチゴのような感情。

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