第42話 浮遊少女
結局、スピアの件は保留として騎士科そのものには合格した。これで私も晴れて戦乙女の端くれだ。槍の扱いが苦手な戦乙女見習い ……これは良くないな。早急に解決しなくては。
騎士科の教官が言うには、私の握力が足りていないが為に、槍を振り回すと遠心力ですっぽ抜けてしまうのが原因の様だ。
身長、腕の長さ、腕力、様々な要素が合わさって、武器は初めて自分に合った得物となる。うん、奥が深い!
*
学院女子寮の場所を確認するために壁地図を眺めていると、突然背後に気配を感じ、慌てて振り返った。
「ダークエルフちゃん。あなた、騎士科に行くのね」
息が掛かるほどの位置に背の高い女性が立っていた。
森での暮らしが長い私は気配を察する術に長けている。首筋を狙う野蛭の気配だって察する自信がある。それなのに、こんなに接近されるまで何も感じさせ無いなんて……。
「……あ、貴女は誰ですか?」
動揺を悟られない様にゆっくりと訊いたが、思わず後ずさった拍子に背中が壁地図にぶつかった。平静を装って聞き返したものの、震える声までは隠せない。
顎のラインで切り揃えられた黒髪。猫の様な耳。揺れる長い尻尾。そして金色に光る瞳。獣人族か。
大陸に住む人類の多くは人間族が占めているものの、我々エルフ族やドワーフ族、ノーム族などの人間族以外の種族も、数は少ないながら独自の文化を守り、各地に息づいている。
それら亜人族の中でも人間族に次いで人口が多いのが、犬や猫に似た特徴を持った獣人族だ。その出自のせいか人間族の習慣に良く馴染み、生活圏を共にしている。
「ふふん、別に誰でも良いじゃない。私、あなたが気に入ったのよぅ。また会いましょうねぇ」
語尾を伸ばす独特な口調で言い残し、女性は足音も無く立ち去った。それこそ猫のように。
学院の関係者には間違い無さそうだが、あの制服は何科の制服だろう。攻撃的でいて機能的なフォルム。そして、不吉を感じさせる黒猫のような……
*****
私が魔導院に来てから半月が過ぎた。
「うう、困ったな。どうしよう……」
耳が動いてしまうのと、独り言をいう癖は簡単には直らない。
甘く見ていた。自分の不甲斐なさに失望した。騎士科の事では無い。むしろ、戦闘訓練は順調だ。
騎士科の口髭の教官(学院の生徒は口髭男爵と呼んでいた)との訓練により、槍の扱いは自分で言うのも何だが上達したと思う。少なくとも、すっぽ抜けた槍の柄で後頭部を強打することは無くなった。
いま、私が嘆いているのは自分の対人スキルの低さだ。
長いこと一人で過ごしていたせいで孤独には慣れているが、他人と行動を共にするのが苦手だ。いや、苦手というか、どうやって声を掛ければ良いか分からない。
学院の地下訓練施設には、六人でパーティを組んで挑む様に指導されている。仲間を募らないと訓練は進まないのに、肝心な募り方が分からない。故郷の川沿いを当ても無く歩いていた時みたいな心境だ。
「すいませーん。そこのひとー」
昼食を取ろうと学食に向かう途中で、どこからか女の子の声がした。
「あなたですー。そこのくろっぽいひとー」
くろっぽいに反応してしまう自分にも嫌気が差すが、いったい何処から声がするのだろう?
「あなたのうえですー。たすけてくださーい」
上? 周りに建物は無い。あるのは名前も知らない果実が成る、背の高い果樹だ。
「そうですー。うえをみてー。わたしはここですー」
声に従い見上げてみると、建物にして二階部分ほどのあたりに薬学科の制服を着た少女が宙に浮いていた。
「と、飛んでる……?」
これは私の知らない魔術だろうか。第五位魔術に「浮遊の魔術」があるとは聞いていたが、こんなに高い所まで浮く事が出来るとは驚きだ。
「あのー、フードが木にひっかかっておりられませんのです」
さて、昼食は何にしようか。野菜炒め定食が良いかな。昨日は肉野菜炒め定食にしたが、肉が一枚しか入っていなかった。ならば野菜炒め定食で良いか。
「くろいひとーたすけてー」
スペシャルランチは量が多いからな。ハーフサイズに出来ないものか。食堂で聞いてみるか。お腹が空いたな。さあ、行こう。
「くろいのー、おい、そこのくろいのー! おまえのことだぞー!」
もう頭に来た! 見れば制服のフードが枝に引っ掛って、風が吹くたびにクルクル回っている。
布で包んだ槍でもって、クルクルを逆回転にクルクルしたり、そのまた逆回転にクルクルして弄んでやった。
「やーっ、やめてー! ゆるしてやるから、もうやめてー」
思う存分にクルクルしてから、最後にもう一回クルクルして降ろしてやった。全く。なんなんだ、この失礼な生き物は?




