第41話 武器取扱い注意
その後も教官の暑苦しい勧誘は続いたが、戦乙女に憧れて学院都市まで来たのだと正直に打ち明けると、レンジャー科の教官はしぶしぶ騎士科の受験会場の場所を教えてくれた。
訓練所の長い廊下を歩きながら、騎士という職種について考えてみた。女性騎士たる戦乙女に憧れてはみたものの、正直なところ私は「戦士」と「騎士」の違いも良くは理解していなかった。
基本的といえば基本的過ぎる私の疑問には、立派な髭を蓄えた騎士科の教官が丁寧に答えてくれた。
「戦士とは、端的には矢面に立ち戦う者を指す。ところで、君は女戦士になりたいのかね?」
教官は顎に添えた手で顎鬚を擦りながら言った。
「いえ、私は戦乙女になるために、騎士科を志望しています。その為に森から出てきたと言っても過言ではありません」
「ふむ。戦乙女は、神話における『戦死者を選定する女神』に肖って、女性の騎士が自称したのが始まりとされている」
神話に伝えられる戦乙女は、神に仕えるに相応しい勇者を戦死者の中から選び、戦死者の館へと導く戦いの女神とされる。
だが、私が憧れたのは五百年前の大戦を黄金の槍を手に駆け抜けた「金色の戦乙女」だ。
「私が憧れたのは六英雄、金色の戦乙女です」
「ふふっ、見かけによらずミーハーだな。いや、失礼。しかし、君のように六英雄に憧れる女生徒は多いよ」
口髭の教官は、顎髭に手を当てて笑った。ミーハー呼ばわりされて、あまり良い気分はしなかったが、それだけ戦乙女に憧れる女子生徒が多いのだろう。
「では、君は騎士科に入科するのが正解だな、歓迎するよ。今後、騎士科の講義でも説明するが予め説明しておこうか」
「よろしくお願いします」と頭を下げた私を見て、教官は満足そうな表情で頷き説明を始めた。
「一般的にいう『騎士』とは、馬に乗り、長大な騎兵槍で突撃攻撃を得意とする『騎兵』の事を指す。馬を自在に操り、重たい装備を身に纏うのは並大抵の事では無い。騎士とは精鋭騎馬戦士である」
馬に乗り、馬上槍を担ぎ、敵に突撃する勇ましい鎧兜の騎兵。子供の頃に読んだ絵本に登場する騎士は、大体そんなイメージだ。
「学院でいうところの騎士とは、邪悪を退ける聖騎士と混同されているが、槍斧などの長柄武器、壁盾などの重装備の扱いを究めた重装騎士たる『重騎士』や、剣の道を究めんとする『剣士』なども含まれる」
私の憧れる戦乙女も騎士の一種と見做され、その清楚で勇ましいイメージの良さから総合戦闘科に所属する女生徒の憧れの職種だ。女性ゆえに「力」や「生命力」のステータス数値が足りないことがあるそうだが、私のステータス数値は騎士科に入科するに足りているようだ。
「君が戦乙女になるとして得物はレイピアが適していると思う。その敏捷性は努力で身に付く類の物では無い」
口髭の教官から、「騎士」に相応しい武器の説明を一通り受けた。
「ツーハンデッドソード」・・・両手持ちの剣の総称。大剣とも呼ばれる。見た目が如何にも「騎士」向けなので人気のある武器だが、その重さと長大な剣身の為、相応な「力」のステータス数値が無いと振り回されてしまう取扱いの難しい武器だ。私でも扱えそうではあるが、戦乙女のイメージとは違う。
「六英雄物語」に登場する「狂王」の持つ剣も大剣と伝えられている。狂王は元々は大剣を手に大陸を駆けた英雄の一人だったらしい。
「メイス」・・・柄の先に取り付けた重たい金属の塊を叩きつける、見た目以上に攻撃力がある戦闘棍。鎧や盾の上から殴りつけても重さと遠心力で打撃と衝撃を与えることが出来る。「神の力」を表現する武器として厳かな装飾が施されたメイスもある。聖騎士には似合いそうだが、戦乙女には、どうも馴染まない気がする。
「レイピア」・・・細い剣身に尖った剣先の刺突に適した細身の片手剣。柄を握った手を守るための金属板が取り付けられている。刺突以外に斬撃にも使用出来るが、相当な手練れで無ければ剣身が折れてしまうだろう。装甲の隙間や、急所を狙い撃ちするのに適している。戦乙女の武器には似合いだと思うが、やはり金色の戦乙女には黄金の聖槍が良く似合う。
余談だが、隻眼のサムライが危機に陥った際に使う奥の手、「竜牙」は、刃を地面に水平に構え、高速の刺突を繰り出す技だ。相対する者からすれば、真っ直ぐに向いた刀身の長さが測りにくいので回避が難しい。レイピアで応用すれば、相当な戦力になるだろう。
だが、私には「隻眼のサムライ」の魅力は理解出来ない。大体、最初から最大の攻撃を繰り出した方が効果的だと思うのだが。
「スピア」・・・いわゆる長槍。これこそ戦乙女に似合うと思う。身長ほどの長い柄の先端に鋭利な刃物を取り付けて、長い柄を利用して振り回したり、刺突武器として使う。距離を取りつつ攻撃が出来る優秀な武器だ。
長いほど敵との距離が取れるが、その分、重量が増すので、振り回すのには向かなくなる。かといって短すぎると、刺突武器としての利点が半減するので、自分の力量にあったスピアを選ぶのが肝心だ。「無用の長物」とは、扱いきれない長過ぎる槍のことを指すそうだ。勉強になる。
レイピアを薦める口髭教官に無理を言って、スピアの実技講習を受けた。
「うんうん。いいぞ! その長い手足はスピアの扱いにも向くな」
藁人形を相手に、二度三度と突きを繰り出す。小気味良い音と手に伝わる感触。これは気持ちが良い。ちょっと病みつきになりそう。
「そこだ! 一度引いて、柄を振って柄頭で薙ぎ払え!」
口髭教官の指導のまま、柄を振り回す。だが、長い柄の遠心力に振り回され、手元が狂って木製の柄が後頭部に直撃した!
「はうっ、いったぁーい!」
星が飛ぶとはこの事だ。思わず頭を抱えてしゃがみ込む。五分は続く激痛はエルフにだって長い。悔しいけど、私にスピアは向かないのだろうか……。